一章三十七話[決死行]
今まで見たことがないような必死の形相でワイバーンからの攻撃を避けるズーク。
それと――
「ひ、ひぃぃ……!」
「だ、誰か……ッ!」
物陰で恐怖に震えるホアード親子の姿も、そこにあった。
見ないと思ったら、アイツらあんな所に隠れてたのか。
絶体絶命の光景。
周りの皆は? 気付いてないのか?
「――チッ!」
舌打ち。
思うところはある。
だが、考えるより先に、体が動いていた。
『――料理人スキル。属性魔法(火)Lv2、初級【リボルバーン】。発動』
指先に拳大の火球を生成。
それを、ズークの背後にいるワイバーンめがけて狙い放った。
『――ギャッ!?』
見事命中。火球が爆ぜる。
しかし、
「効かねぇか……!」
顔面に当たった筈だが、ダメージは殆どなさそうだ。
だが、それでもいい。注意は引きつけた。
「おら! こっちだ! 羽トカゲ!」
馬鹿なことをしている。
分かってる。
あんなクズ達、助ける義理なんかない。
分かってる。
今までなにを言われた? なにをされた?
分かってるんだ、そんなことは!
でも、ここで見捨てたら、俺もアイツらと同じになってしまう。
だから、
「喰らっとけ!」
火球を飛ばしつつ、走る。
唸り声。竜の瞳が俺を捉えた瞬間、まるで時が止まったかのように感じた。
『――料理人スキル。食材鑑定Lv3、発動』
個体名:ドレッドワイバーン
年齢:118
性別:♂
種族:飛竜
可食適性:〇
毒性:無
食材ランク:A
視界に文字が走る。
「食える、のかよ……!」
そう思った途端、恐怖が消えた。
ワイバーンが翼を広げてこちらに飛びかかってくる。
「――来い!」
コイツは、“食材”だ。
だったら……料理人の俺が、負ける訳がねぇ!
包丁を構え、解体スキル【斬視】と【剛刃】を発動。
そこへ、情け容赦のない鉤爪の一撃が迫る。
それに合わせるようにして、俺は全力で包丁を振るった。
――キィン!
衝突。そして衝撃。火花が散る。
普通に考えれば、ただの包丁が竜の爪に太刀打ちできる筈はない。
だが、【剛刃】により研ぎ澄まされ、【斬視】で正確に切断点を見極めたその刃は、鋼のような竜の爪をいとも簡単に切り裂いた。
『――ギャアァッ!?』
ワイバーンが悲鳴のような唸りを上げる。
隙だらけだ!
瞬間、ワイバーンの腹に光の線が見えた。
料理人として磨き上げた技術と勘が、俺の体を反射的に動かす。
「――おらぁッ!!」
まるで光に導かれるように、俺は迷わず包丁を突き立てた。
肉が裂け、血が飛ぶ。
苦痛にのたうつワイバーン。尾が鞭のようにしなって地面を抉る。
「っとぉ! 危ねぇッ!」
巻き添えはごめんだ。
傷が広がるように包丁を引き抜きつつ全速力で後退。
手応えあり。だが、
「まだ終わりじゃねぇぞ!」
傷口を狙って火球を放つ。
肉が焼かれる臭い。苦痛に怯んだワイバーンを見て、即座に疾走する。
――【斬視】発動。
光を辿る。狙いは――
「――おらぁッ!!」
隙だらけの喉元へ、渾身の一撃をお見舞いする。
骨に当たる感触。突き刺さった刃を下に思い切り引き、その首を縦に割いた。
『――――ギ………ァ…ッ!?』
喉を裂かれ、叫ぶこともできなくなった哀れな竜は、そこから噴水のように血を流しながら暴れ……やがて――動かなくなった。
調理、完了。
「……へっ! 料理人、舐めんじゃねぇ……!」
肩で息をしながら、包丁を鞘に納める。
「……馬鹿な……そんな、馬鹿な……」
聞き慣れた声。振り返れば、息を荒げたズークが、呆然と立ち尽くしていた。
忘れてた。まだいたのか。
「能無しが、何故魔法を……? あ、有り得ない……」
普段の調子はどこにもなく、ただ困惑した声でブツブツと呟いている。
そこへ、物陰から情けない声が混じった。
「た、助かったぁ……?」
「ワイバーンを……倒したのか? き、貴様が……?」
転がるように這い出してきたホアード親子。二人とも目を丸くしながら、信じられない様子で竜の死骸を見ていた。
「……何故、ですか?」
静かに言ったのはズークだ。
「なにがだよ?」
ぶっきらぼうに返すと、ズークは少し黙り……そして、
「何故、我々を助けたのです? 貴方にとって、私は……」
「……勘違いすんな。俺は、料理人だ。そこに食材になりそうな奴がいたから、調理した。たまたまそこにアンタらが居ただけだ」
沈黙。
親子は口を開けたまま言葉を失い、ズークは何かを測るように俺を見つめている。
「料理人……? いや、能無しだ。貴方は――お前は、能無しの筈だ。そうでないと……」
「ちげぇって言ってんだ! 何度も言わせんな! 魔法だって……見てたろ? それが証拠だ!」
「なんだ……なんなのだ? お前は、一体…………」
ズークが言いかけたその時――
『――ギャオォォッ!』
空からの咆哮。
見れば、またもやワイバーンの群れがこっちに向かってきていた。
「クソッ! 血の匂いにでも釣られやがったか? ――おい、アンタらッ!」
咄嗟に叫んだ。
その声に反応してズークらの視線が俺に集まる。
「なに突っ立ってんだ! とっととここから離れろ!」
「な、なんだと!? 貴様、誰に向かってそんな口を……」
「……死にたいんなら好きにしろ! 数が多い! 次は守れねぇぞ!」
その言葉にホアード親子は恐怖の表情を浮かべる。
「貴方は、どうするつもりです?」
「引きつける! だから、早く行け!」
「今のようなまぐれが続くと?」
「うるせぇ! てめぇらは今、俺に頼るしかねぇんだ! 俺に助けられたこと、一生感謝しやがれ!」
ふん、と鼻を鳴らすズーク。
「せいぜい、餌にならぬことです」
「ならねぇよ!」
最後まで口の減らない奴!
走り去るその背中を見ながら、俺は舌打ちをした。
「……とは言ったものの」
空から迫る影。数にして三、四……いや、それ以上。
「チッ……群れで来やがったな!」
さっきの一体ですら命懸けだった。それが複数。常識で考えれば、勝ち目なんかない。
けど、
「来いよ! どいつもこいつも、ぶった切って焼き肉にしてやらぁ!」
走りながら【リボルバーン】を発動し、次々と発射。
爆ぜる火球がワイバーンの動きを僅かに鈍らせる。
『――ギャオォォッ!』
突っ込んでくる一体の爪を紙一重で躱し、隙を突いて翼を狙う。
一閃。刃が走り、鮮血が飛ぶ。
地に落ちた一体は放置。
逃げるが勝ちだ。
しかし、
『――ゴアァァァ!』
背後から迫る風圧。振り返れば別の一体が口を開けていた。
「ちょ、それはマズ――ッ!」
咄嗟に横へ転がる。
直後、炎のブレスが地面を焼き、熱気背中を掠めた。
「やばいやばいやばいやばい!」
汗が滲む。息が辛い。
流石に数が多すぎる!
スキルでいくら切れる箇所が見えてても、追いつかねぇ!
「くそっ、どうする……?」
焦燥と周りの熱で思考が空回りしそうになる。
でも、死ぬ訳にはいかねぇ!
『――ギャオォッ!』
ワイバーンが迫る。鉤爪――回避。間に合った。
だが、もう一体が牙を剥いていた。
息を吸い込む動作――ブレスだ!
「やべっ……!」
地を蹴った瞬間、背後で炎が弾け、轟音が大気を揺らした。
熱風に背中を焼かれ、地面を転がる。
「ぐ……ッ!」
立ち上がろうとした瞬間、視界が影に覆われる。
振り向けば、ワイバーンの爪が真上から迫っていた。
「やらせねぇよッ!」
全力を喰らえ――
『――料理人スキル。属性魔法(火)Lv5、中級【メガバーン】。発動』
咄嗟に突き出した両手の平。そこから、バーナーみたいな炎が勢いよく噴出し、ワイバーンを呑み込む。
竜の鱗すら焦がす程の火力。炎に耐性がありそうなワイバーンも、これには堪らず逃げ去った。
一時しのぎ。この隙に、呼吸を整える。
「きついな、やっぱ……!」
ここで踏ん張っても、駄目だ。体力も魔力も無限じゃない。いずれ数に潰される。
だったら――
「――行くしかねぇ……か!」
アトリエ。店の方へ!
おっさんのところへ!
「まだ、死んでねぇよな? おっさん……っ!」
息が切れる。肺が焼けるみたいだ。
それでも、足を止める訳にはいかない。
背後にはワイバーンの群れ。
一人じゃ、どうしようもない。でも、二人なら……!
「はぁ、はぁ……っ! 頼む……!」
生きててくれよ、おっさん!
嫌な想像を振り払って走った。
背後から、ワイバーンが爪を、牙を、火球を飛ばして追いかけてくる。
それを躱して走る。防いで走る。切って、叩いて、燃やして進む。
気付いたら――店の前だった。
「よし! ここまで来れば……」
あと少し、そう思った時――
――ドォォン!
轟音。
突然、俺の横をなにかが通り過ぎていった。
――なんだ?
凄まじい勢いで店の扉を突き破り、店内に消えたそれの後を、俺は慌てて追いかけた。
入った途端、入り口が崩れて落ちる。
でも、それを気にする余裕なんて俺にはなかった。
散らかった店内。砕けたテーブルや椅子に埋もれて、それが……いや、ソイツが目に入ったからだ。
「え……?」
時が止まる。
そこには、まるで人形のように動かない――おっさんの姿があった。
次回「炎を継ぐ者」
乞うご期待!
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