一章三十ニ話[招かれざる客達]
「……てめえらが一番客たあ、珍しいな」
暖簾をくぐって現れたのは、真っ白な衣装に身を包んだ男――ズークだった。
背後には、白銀の鎧に身を包んだ騎士らしき人が二人。
そして更に、
「なんだ、まだ店を開けているのか?」
「まったく、図々しいねぇ」
嫌味たっぷりに言うのは、この村の村長――ホアードとその息子、カーバッドだ。
「しかし……随分と、静かになりましたね?」
ズークが店内を見回し、静かに言った。
「おかげさまでな…………で? なにしに来た? 皆で仲良く昼飯か?」
軽く笑っていたおっさんの口元から、笑みが消える。
対してズークは微笑みを浮かべたまま、更に一歩店の中へと足を踏み入れた。騎士達も無言のまま後に続き、その鋼の足音が床板に重く響く。
「いえいえ、今日は客として来た訳ではありませんので」
ズークがそう告げると、ホアードが鼻を鳴らした。
「そうだ、貴様にもこの店にも用はない! そこの能無し! 用があるのは貴様だ!」
「俺に?」
「そうだよぉ、シノ君。君のせいで、こんなことになってるんだ」
「またそれかよ! 懲りねえなてめえらも!」
おっさんが呆れたように言い放つ。その目は、すでに戦場を見据える者の色に変わっていた。
店内の空気が、軋む。
「いえいえ、今回は教会に属する者として、正式に命令させていただきます。大変、心苦しいですが……」
一呼吸。そして、
「……“神シヴィア”の名のもとに――シノ・シルヴァーン、貴方を連行します」
ズークと、目が合った。
「……連行だと!? おいおい、そりゃなんの冗談だ!? 罪状は!? まさか、なんの罪もない奴をしょっ引くってんじゃねえだろうな!?」
「能無しであること――罪というなら、それだけで十分です」
ズークは当然のように言葉を紡いだ。
「彼が存在するだけで、周りの人間は不幸に巻き込まれる。そのことは、ヴァルド殿。貴方も分かっているのでは?」
「分かんねえな! ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、てめえッ!」
おっさんが叫ぶ。
その勢いに、騎士達が警戒の色を見せる中、
「それはそれは……まあ、いいでしょう。ところで――」
ズークは顔色一つ変えずに言った。
「――彼らは、どこへ行かれたのでしょうか?」
イケス達のことだと、すぐに分かった。
「さあな! 今は……いねえよ!」
おっさんが短く答える。
ズークは、ふむと小さく頷いた。
「これは、門番の方から聞いたのですが……」
思い出したように言うズーク。
「今朝早くに、彼ら兄妹に会った。と……港への買い出しということでしたが、それにしては大荷物だったそうですね?」
「……なにが言いてえんだ?」
ねっとりとした声。まるで、全てを知っているようだった。
「追い出したのでしょう?」
「……あ?」
重く、低い声を出してズークを睨むおっさん。
「な、なんだとぉ!? 追い出したって……カ、カナエちゃんもぉ?」
「本当かね? それは?」
大袈裟に反応するのはカーバッド親子だ。
「うるせえッ!!」
一喝。
おっさんの迫力ある声量に、その場の誰もが口を噤んだ。
「追い出しただあ!? ふざけんなッ、そんな訳ねえだろうがッ! アイツらはな、自分の意思で旅立ったんだッ! 他の誰でもねえ、自分の手で道を選んだんだよ! 俺は、そいつを信じて送り出しただけだッ!」
おっさんが吐き捨てるように言うと、ズークは「それはそれは」と柔らかな微笑を崩さぬまま頷いた。
「……成る程。実に、感動的なお話です」
まるで讃えるような口調だったが、そこに込められた響きは冷ややかで、嘲笑のようだった。
「しかし……看過できませんね」
「なんだと?」
おっさんが低く問い返す。
ズークは静かに目を細め、子供を諭すように言った。
「過程や動機がなんであれ、村人が二名……それも貴重な若い人材がいなくなった。そのことが、村にとっての損失以外のなんだと言うのでしょう? それも、代わりに残っているのは――」
また、目が合った。
ぞわり、と背筋を撫でるような悪寒が走る。
「――邪教徒め! やはり、貴様はこの村に存在してはいかんのだ!」
「パパの言う通りだよぉ! お前なんかのせいで、カナエちゃんがぁ……」
ホアード親子が俺を睨みながら言う。
「嘆かわしいことです。有望な若者が去り、後に残されたのは“役立たず”一人。私から見れば、これほど明確な害はありません」
「てめえら、いい加減に……!」
おっさんが一歩、前に出た。その瞬間、騎士達が剣の柄に手をかける。
「――待った!」
俺は叫んだ。
咄嗟の判断。足が勝手に動いて、俺はおっさんの前に出ていた。
「待ってくれ……アンタらは、俺を連れに来たんだろ? だったら、連れてけよ」
体の震えを無視して、俺は言った。
「シノ……てめえ……!」
「いいんだ、おっさん。認めんのは癪だけどさ。実際、アイツらの言う通りだろ? イケスさん達がいなくなったのも、店が大変なのも……」
今、こんなことになってるのも、全部……俺のせいだ。
俺がいなけりゃ、誰も傷付かなかった。誰も苦しまずに済んだんだ。
だから、やっぱり――
「――違うッ!!」
怒号。
おっさんの大きな手が、俺の胸倉を掴む。
「馬鹿かてめえはッ!! てめえがいなくなりゃあ、全部解決するとでも思ってんのか? 自分を犠牲にして、俺と店を助けようってか? ふざけんじゃねえッ! もう、てめえしかいねえんだ! てめえがいねえと、ダメなんだよッ! この店も、俺も……ッ! ――“家族”だろうがッ!!」
胸が、震えた。
この期に及んで、この人は、俺を“家族”と呼んでくれるのか。
「……おっさん……ッ」
目が潤む。言葉が、出なかった。
「……それで? どうするのです?」
冷ややかに入ってきたズークが片手を上げる。
その合図に、騎士達が一歩、前に出る。
「彼は今、自ら同行を申し出た……しかし、ヴァルド殿。貴方があくまで抵抗するというのなら、こちらも相応の措置を取らねばなりません」
その言葉に、騎士の二人が一斉に剣を抜いた。
「……やるってのか?」
「必要とあらば」
それを聞いた瞬間、おっさんは俺を後ろへ押しやった。
「下がってろシノ!」
「で、でも、おっさん……!」
「何度も言わせんな! てめえは家族だ! 家族を、みすみす連れては行かせねえ!」
おっさんの拳から、ボッと炎が上がる。
一触即発の空気。
「やれやれ……これだから、感情で動く人間は嫌なんですよ」
ズークは眉一つ動かず、ただ小さく溜め息を吐いた。
「いいですか? ヴァルド殿、我々教会は正式な権限に基づいて――」
「――黙れッ! ズーク、てめえに正式だの権限だの語る資格はねえッ! シバの後釜に座っただけの、てめえにはなッ!」
その叫びに、ズークの表情が一瞬引き攣った。
「…………よろしい」
低く言うズークの声には、確かな怒気が滲んでいた。
「もはや、言葉は不要でしょう。貴方がた二人を、邪教徒として拘束します。どうぞ、ご覚悟を」
「ハッ、舐めんなよ? 覚悟すんのはてめえらだッ! 一人残らず、店から叩き出してやらあッ!!」
騎士達が剣を構え、前進する。
対し、おっさんは拳を燃やして、戦闘態勢を取った。
剣が振りかぶられ、勢いよく刃がおっさんに向かう。
その瞬間――
「――キャァァァァァァッ!!」
甲高い悲鳴。
唐突なそれに、全員の動きが止まった。
「な、なんだぁ!?」
「何事です!?」
眉を顰めるズークと、戸惑うホアード。
「……外から?」
呟きに反応したのか、騎士達がすぐさま扉の方へ向かう。
勢いよく開かれる扉。
おっさんも俺も、反射的に視線を向けた。
そこには――
第一章もいよいよラストスパート!
次回「赤き災厄」
乞うご期待!
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