一章二十三話[料理人として]
***ヴァルド視点***
「……それじゃあ、今後の方針はこれで決定ですね」
「おうよ! 宣伝は――カナエ! 任せるぜ!」
「任せて! 能無しのアイツが頑張ってるんだもの! その頑張り、ちゃんと皆に広めてみせるわ!」
頼りになる言葉と共に、会議が締めくくられる。
イケスとカナエ。二人の顔には、それぞれ決意と覚悟が浮かんで見えた。
――上等だ!
やるこたぁ決まった。
「後は……アイツ次第だな!」
今も一人、なにやら奮闘しているもう一人の家族――シノ。
成功も失敗も、全てはアイツの作る料理にかかってる。
一体どんなもんが出てくんのか。
俺は少しだけ緊張を感じながらも、どこかワクワクする気持ちを抑えきれなかった。
「……でも、本当に大丈夫でしょうか? 彼じゃ火も起こせるかどうか…………やっぱり、手伝った方が……」
「んだよ、不安か? アイツの目ぇ、てめえも見ただろうが?」
「ええ、まあ……」
俺が言うと、イケスは口を噤んだ。
まあ、こいつの気持ちも分かる。
アイツは能無しで、その上、今は霧患いときたもんだ。
そりゃあ信じろって方が難しいだろう。当たり前だ。
だが、
「男が一度『やる』って言ったんだ! だったら! 信じて、任せてやろうぜ!」
あの燃えるような目……俺は、あれを信じる。そう決めたんだ。
「そうよお兄ちゃん! だいたい、アイツが失敗したっていいじゃない! その時は、今度こそ皆で新メニューを考える……それでいいでしょ?」
「カナエ……そうだね」
そう言って、イケスは小さく頷いた。
「まあ、だが……楽しみじゃねえか? 能無しのアイツが、どんな料理作るかってのはよ!」
シノのやつが集中できるようにってことで、厨房から一番遠いテーブルで作戦会議をした。
そんなもんで、アイツの調理工程はなにも分からねえ。見るつもりもねえ。
見たらアレコレ口出したくなっちまうだろうからな。
だが今は、全てをアイツに任せたんだ。
だから、待つ。
俺にできるのは、そんだけだ。
「……それにしても」
と、口を開いたのはイケス。
「随分と時間がかかってるみたいですね? そろそろ、夜が明けますよ……」
「そうだな……」
確かに、あれから何時間も経った。どれだけ手間暇かかる料理だろうと、一品くらいは出来てもいい頃合いだ。
流石に、少し心配か。
多分カナエのやつも同じ気持ちだったんだろう、
「寝てるんじゃないの? アタシ、ちょっと見てくる! 見るだけならいいでしょ、店長?」
「まあ、しょうがねえか……」
もしも火ぃ点けっぱなしで寝てやがったりしたら事だ。
俺の返事を聞くや否や、カナエは勢いよく椅子から立ち上がった。
その時だ――
「――よっしゃあーーッ!!」
店を揺らすような雄叫びに全員が動きを止める。
なにごとかと思って声の方向に目を向けると、
「あ、おっさん! よかった、起きてたんだな!」
そこには、汗で顔を塗らしたシノが、満面の笑みを浮かべて立っていた。
「よおシノ! 遅かったじゃねえか! あんまり遅えから、カナエのやつが心配してたぞ?」
「ちょ……ッ!」
ギロリとカナエに睨まれる。
んだよ? 事実を言っただけじゃねえか。
こいつも分からんやつだな。
「悪ぃな先輩、心配かけて! でも……」
「……出来たんだな?」
俺の問いに、自信に満ちた顔で頷くシノ。
全く、いつの間にコイツはこんなに頼もしくなったんだ?
「ほら、見てくれ! これが――俺の料理だ!」
ドン、とテーブルに置かれたのは――器が一つ。
「汁物か。こいつぁ……シチュー? いや、違え……」
白濁としたスープに麺が浮いている。その上に肉やら野菜やら茹でた卵やら、色んな具材が乗っかって豪勢な見た目だ。
「スープパスタ……でもねえか。なんだこりゃ?」
テーブルの上で湯気を昇らせるそれは、この俺が生まれて初めて見る料理だった。
「まあ、とりあえず食ってみてくれよ! 冷めねえ内にさ!」
全員に小鉢とフォークを配りながら味見を促すシノ。
俺達は思わず顔を見合わせた。
「ほ、ホントに食べれるんでしょうねこれ?」
「まあまあ、せっかくシノ君が作ってくれたんだし、一口食べてみようよ」
「そうだな! じゃ、いただくぜ!」
どんな料理も食べてみなきゃ分からねえ。
俺はフォークをスープに突っ込んで麺を掬い上げた。
それを見て、他の二人もゆっくりと手を伸ばす。
「ほお……」
匂いは、悪くねえ。
だが……問題は、味だ。
「どれ……」
期待と不安と好奇心。
その全てを胸に、俺は麺を口に運んだ――
***シノ視点***
「――うおお……ッ!」
目を見開いて言葉を失ってるのは、おっさん。
「これは……ッ!」
「なにこれ……ッ!」
同じような表情で固まってるのは、イケスとカナエだ。
そんな皆の視線の先にあるのは、俺の全身全霊を込めた魂の一杯にして、全人類の胃袋を掴む最強の料理。
その名も――
――“とんこつラーメン”だ!
「このスープ……肉と脂を極限まで煮込んだのか? とんでもなく濃厚だな。だが、しつこくはねえ。後味がスッキリしてやがる……こりゃあ野菜と、キノコも混ざってんな……そいつらのおかげか? 面白え!」
「バンプルも入ってますね……仄かな甘みでスープの獣臭さが中和されてる……中に入ってる麺はパスタ……じゃない。なんでしょう?」
「おう! 糸みてえに細い麺だ、こんなの初めて見たぜ! だが、このドロっとしたスープには相性バッチリだな!」
おっさんとイケスが早速料理の分析を始める。
流石だな。
「具材は卵と肉と……こいつは、タケ茸だな。どれも味が染みてて美味え! って、こりゃあ……もしかして俺のたれか?」
「あ、やっぱ分かる?」
「ったりめーだ! 長年かけて編み出した傑作だぜ! 例え一滴でも、使ってりゃ分かる!」
そう豪語するおっさんだが、多分大袈裟な話ではない。なんたって料理人の舌は特別製だ。その料理にどんな食材が入っててどんな調味料が使われてるか、俺だって一口食べればなんとなく予想はできる。
「これ、ホントにアンタが作ったの!?」
興奮気味に言うカナエに、俺は「まぁね」と笑顔で返した。
「……ガッハッハ! やられたぜ! 凄えもん作ったじゃねえか、てめえ!」
おっさんのデカい笑い声が店内に響く。
「でも、どうやって……どこからこんな発想が……シノ君、君は、一体……?」
ブツブツと呟きながら俺を見るイケスの表情には、驚愕と疑念が混ざって見えた。
「そりゃまあ……なんというか……」
答えに詰まる。
でも、次の瞬間――
「――ごめんなさい!」
俺は勢いよく頭を下げた。
突然の謝罪に全員が呆気にとられる。
「違うんだ、俺……」
「あ? なんの話だよ?」
大事な話だ。
俺は、実は――
「――能無しじゃない! 俺は、料理人! 料理人なんだ……ッ!」
言った。
今まで言えなかったこと。
言ったって無駄だ。そう思っていたことを。
「おいおい、待てよ! 急になにを言い出しやがるてめえ! そりゃあ、本当にそうだったら嬉しいけどよ……」
「本当なんだよ! 証拠なら……ほら、今食べてもらったろ?」
「確かに、こいつぁ大した料理だったが……でもな……」
まだ煮え切らないと言った様子のおっさん。
そこへ、
「まあまあ、落ち着きなよシノ君。君がそう言いたい気持ちは分かるよ? だけど――」
息継ぎ。そして、イケスは言う。
「――有り得ないんだ。生まれ持った役割が変わるなんて……そんなこと、有り得ない。それこそ、おとぎ話の“勇者様”でもない限りね……」
「“勇者”……?」
予想外の単語に、俺は思わず眉をひそめた。
「覚えてないかな? “聖騎士アドの大冒険”……女神に愛されて勇者になった騎士の物語。子供の頃は、皆その主人公に憧れたりしたかもしれない……でも、結局、どんな手を使っても決められた役割は変えられない。一生ね。それが現実なんだよ」
イケスの目は真剣だった。
変わらぬ現実。決められた役割。
成る程、それが世界の理、ってやつか。
理解はできる。できるけど……いや、だからこそ――
「――そうだ!」
閃く。
俺は視線をおっさんに向けて、
「だったら、視てくれよ! おっさん! 料理人ならできるだろ? 俺を鑑定してくれ! そうしたら、分かるはずだ!」
声を荒げる俺。
それを受けて、おっさんは一瞬黙った後、ゆっくりと首を振った。
「……悪ぃな、シノ。そいつは出来ねえ……」
「なんで……ッ!?」
「おっと勘違いすんなよ? ちょいと訳アリでな。使えねえんだ……今はよ」
そう言うおっさんの表情には、どうしようもない歯痒さが滲み出ていた。
鑑定が、使えない?
「どういうことだよ……」
「そいつは言えねえ……つーか、そもそも鑑定なんてもん、人に向けてホイホイ使うようなスキルでもねえんだよ」
「え? そうなの?」
「そりゃあな! 勝手に人の情報を盗み見るなんて真似、相手からしたら気持ち悪ぃだろ?」
「それは……」
おっさんの言葉に、俺は力なく頷いた。
確かに、言われてみればごもっとも。現代なら、プライバシーの侵害で逮捕されてもおかしくない。
分かったよ。それなら、鑑定での証明は諦める。
でも――
「――それでも、俺は……!」
料理人だ。
必死の訴え。思わず声が震えた。
「シノ……」
「シノ君……」
沈黙が訪れる。
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……ふんっ!」
鋭い鼻息。
沈黙を破ったのは、意外にもカナエだった。
「なによ二人共! 別に、いいじゃない! 能無しでも料理人でも。どっちでもいいわよそんなの! だって……」
一呼吸間を置いて、カナエは真っ直ぐに俺を見た。
「今、アタシが食べた料理は――“美味しかった”わ! 凄く幸せな気持ちになれた……それで十分でしょ!」
「先輩……!」
それは、なによりの言葉だった。
思わぬ援軍に胸が熱くなる。
やばい、泣きそう。
「ちょ、な、なんで泣くのよ!?」
「いや、だって……っ」
「フッ……ガッハッハ!」
大声で笑うのはおっさん。
「そうだな! カナエの言う通りだぜ! シノ、てめえが何者かなんて関係ねえ! 料理で人を幸せにできる……それが、本物の料理人だ!」
そう告げるおっさんの顔には、さっきまでの戸惑いはもうなかった。
「皆……ありがとう」
感謝の念に、自然と頭が下がる。
「おいおいまだ早えぞ! 勝負はこれからだ! 村の連中にも証明してやれ! てめえの――その料理でな!」
「おうよ!」
やってやる! 誰も彼も、俺の料理で笑顔にしてやるぜ!
「よし、それじゃあ早速準備を始めようか」
「はい! って、えっと……なんの?」
「試食会をやんぞ! 利益度外視の大盤振る舞いだ!」
つまり、金は取らない。新メニューの無料提供で客を呼び込むってわけだ。
「成る程……で? 開催はいつ?」
「明日だ! だから、てめえはこれ、この……料理名は、なんてった?」
「あーっと、そうだなぁ……」
名前……か。
ラーメン、って言っても通じないんだよな多分。由来を聞かれても言葉に詰まりそうだし。
うーん……だったら、アレだ。豚(というか猪?)の骨から出汁を取ったって意味で――
「――“とんこつ”……とか?」
「ほお……なるほどな。この“とんでもなくこってり”したスープ……それで“とんこつ”ってことか! ガッハッハ! なんだ、良い名前じゃねえか!」
「お、おう!」
そうきたか。意味はちょっと違うけど、まあいいや。
「ねえ、せっかくだからお店の名前も入れましょうよ!」
「ん? おお、そうだな! これからうちの看板になるかもしれねえ料理だ! つーことで、こいつの名前は――」
『――料理人スキル。Lv向上。食材鑑定Lv3、発動』
アイテム名:“アトリエとんこつ”
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:S+
また一つレベルが上がった!
どうやったら上がるのか条件が分からないけど、とりあえず項目がまた一個増えたみたいだ。
調味ランク、ってなんだ? 分からん……いや、いい。
とりあえず大事なのは、
「さあて、名前も決まったところで……いいかてめえら! こっからが本番だ! この店が終わらねえってこと、村の連中にガツンと証明してやろうぜ!」
その言葉にそれぞれが「任せろ」と頷いた。
会場の設営に宣伝、食材の確保。まだやることはいっぱいある。
でも、大変だとは思わない。
「なんだか楽しくなってきたんじゃない? ねえ、お兄ちゃん?」
「うん、そうだね」
「ハッ! その意気だ!」
皆が店のため、俺のために動いてくれる。
そのことに頼もしさを感じながら、俺は自分のやるべきことを確認した。
「シノ! てめえは料理の仕込みだ! 俺らも手伝うからよ! 大量に頼むぜ!」
「具体的には?」
「せめて二百は欲しいところだな! 無くなりゃ終いだ!」
「り、了解!」
徹夜明けに容赦がない。
どうやら今日も忙しくなりそうだ。
でも、不思議と辛くはない。
寧ろ、心は燃えていた。
「よっしゃ、やるか!」
料理人として、全力でな!
次回は起承転結、四部に分けての更新になります!
「一杯入魂・起」
乞うご期待!
※ブクマ、評価等もよろしくお願いします!