一章二十二話[俺の料理]
「――よし、やるか!」
一通り材料も道具も揃えた。
後は、俺の持てる全てを注ぐのみ。
さあ、調理開始だ!
「まずは――」
――“水”だ。
これがないと始まらない。
用意したのは、普段煮物用に使われている底の深い大鍋。それをスープレンジ風の焜炉の上にセットして、中に大量の天然水を注いでいく。満タン近くまで溜まったら――次だ。
「これだよこれ」
思い描く料理に必要不可欠な食材。
それは、さっき食べたマンモスボアの肉――ではなく、余っていた“骨”の方だ。
「背骨と足の骨、ゲンコツに、その他諸々……っと」
欲を言えば頭骨も欲しかったが……まあ、無いものは仕方がない。
とりあえず、これだけあれば足りるだろう。
「よいしょ、っと!」
掛け声と共にそれら全てを鍋に投入。
「こいつもついでに……」
と、手に取ったのは、いつも焼き豚に使ってる塊肉だ。きっとこれからも良い脂と出汁が取れるだろう。これは後で引き揚げるため、網に入れて投入。
これで、ひとまず準備は完了だ。
次に必要なのは――
「……っ……」
焜炉に手を掛けたところで、動きが止まる。
魔法を使って点火する焜炉。またあの時のようになったら……そんな不安が、一瞬頭をよぎった。
「落ち着け俺……大丈夫だ」
火力の調整、できる筈だ。
他の誰でもない、俺の力なんだから。
集中しろ。イメージするんだ。
キャンプファイヤーみたいな大それた火力はいらない。焚き火のような、揺らめく炎を。
「頼むぞ……!」
ただ一心に、願いを込めて――
『――料理人スキル。属性魔法(火)Lv2――下級【リトルバーン】発動』
ボッと音を立てて焜炉から火が上がる。
「やった……!」
やや強め、思った通りの火力に思わずガッツポーズをした。
最初の難関は突破。
とりあえずは一安心だが、ここからが本番だ。
鍋が沸騰するのを待つ間に、他の材料を準備する。
『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』
アイテム名:赤ネギ
種別:野菜
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:ドラゴンハート
種別:野菜
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:活性根
種別:植物
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:虹色キノコ
種別:菌類
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:バンプル
種別:木の実
可食適性:◯
毒性:無
揃えたのは各種野菜。
初めて扱う食材ばかりだが、その特徴的な風味は俺の知ってるものと近い。ということは、おそらく獣の臭みを消すのに使える筈だ。
鍋がコトコト音を立て始める中、俺は包丁を手に取り、山盛りの野菜達と対峙した。
「赤ネギ、こいつはザク切りにして……」
ネギは加熱すると甘みを増す特性がある。まずはこれを適当な大きさに切って鍋へ投入していく。
「お次は……っと」
ドラゴンハート。拳大のそれは見た目こそゴツゴツした赤い塊で、名前の通りなにかの心臓みたいな感じだが、切ってみると中は瑞々しく、ニンニクみたいなスパイシーな香りがする。
こいつは皮ごと一刀両断して、そのまま鍋へ。
一瞬、皮が燃えたように見えたが、気にしない。
次だ。
「活性根……こいつはまあ、生姜だな」
鼻に抜ける爽やかな香り。色が真っ黒なこと以外は、俺の知ってるものと殆ど変わらない。
これはサクッと輪切りにして放り込む。
「これ……やばそうな色してるけど……大丈夫だよな?」
呟きながら手に取ったのは虹色キノコ。
まあ、毒がないのはスキルで確認できたから問題ないとは思うけど……このケミカルな外見は判断を迷わせる。
ただ香りは一級品だ。
あらゆる茸類を混ぜたような、独特な匂い。これをスープに混ぜたら、良い出汁が取れそうだ。
ものは試し。これは切らずにそのまま入れる。
「そして……」
バンプルだ。
昼間、俺の窮地を救ってくれた爆弾リンゴ。
「こいつは、ちょっと取り扱い注意だな……」
その危険性は身を以て味わった。
けど、これの甘みと酸味は、スープの美味さをもう一段階引き上げてくれるはずだ。是非とも活かしたい。
「このまま切れば……大丈夫か?」
冷凍保存されてキンキンのバンプル。この状態なら刃を入れた途端爆発――なんてことにはならないだろう……多分、きっと。
「よし……!」
意を決して包丁を入れる。
緊張の一瞬。
だが、危惧していたことにはならなかった。
凍っていて硬そうなその実は、思ったよりあっさりと刃を受け入れる。真っ二つになった瞬間、プシューッと風船が萎むような音がなったかと思うと、辺りに甘酸っぱい香りが広がった。
「ふぃ〜……」
息を吐きながら、それらも鍋に追加する。
まるで爆弾処理を終えたかのような安堵感。俺はホッと胸を撫で下ろした。
「うん……いい感じ!」
鍋の中では、骨から出た出汁が水と混ざり合い、徐々に白濁したスープが出来上がりつつある。
火力も安定していて、問題はなさそうだ。
「しばらく放置、だな」
適度に様子を見て灰汁を取ったり、混ぜたりする必要はあるが、とりあえずこれでこっちの仕込みは完了だ。
「さて……次!」
“あの料理”を完成させるには、スープだけじゃ足りない。もう一つ、必要不可欠な食材がある。このスープに合う、最高のやつを作らきゃな!
『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』
アイテム名:カムギ粉
種別:穀物
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:天然塩
種別:調味料
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:木灰
種別:肥料
可食適性:〇
毒性:無
「カムギ粉、ね」
名前こそ違うが、要は小麦粉だろう。
多分、普段店で出してるパスタもこれから出来てるに違いない。ということは、これに他の材料を組み合わせれば、きっと俺の想像通りのものが出来る。
「まず打ち水……っと」
木灰を適当なカップに入れて水と混ぜ、上澄みだけを取る。
そうしたら別のカップに水を注ぎ、塩と、かん水代わりの木灰水を混ぜて、打ち水の完成だ。
「こっからが……正念場だな」
重要な工程。
俺は気合を入れ直して、大きめのボウルにカムギ粉を投入する。
目分量でとりあえず一キロくらい。そこに打ち水を少しずつ加えながら、手で捏ねていく。
水の量を間違えると全部が台無しだから、慎重に、様子を見ながら。
捏ねて、捏ねて、捏ねて――
「――こんなもん、かな?」
感覚での判断。
最初はポロポロだった生地に粘り気が出て、滑らかな感触になったところで手を止める。
「よし、いいぞ……!」
耳たぶくらいの柔らかさに、程よい弾力。これならバッチリだ。
ひとまず生地を丸め、湿った布をかけて寝かせておく。
「その間に……」
用意するのは――トッピングだ。
『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』
アイテム名:ガラ鳥の卵
種別:卵
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:タケ茸
種別:菌類
可食適性:〇
毒性:無
アイテム名:至高のつけだれ
種別:調味料
可食適性:〇
毒性:無
「卵はいるよな」
水を張った鍋を用意して、点火。もう感覚は掴んだ。火力調整、強火で一気に沸かしていく。
そこに黄色い殻の卵を二十個ほど沈めたら、このまま数分程放置。
その時間を使って他の準備に取り掛かる。
お次は――タケ茸。
これはキノコの一種だが、食べるとタケノコみたいな歯応えがあって美味い……って、おっさんが言ってた。
「それなら……」
これは短冊切り。包丁で食べやすい大きさ、太さにしていく。
そうしたら鉄鍋を手に取り、焜炉へ。
ここで、新たな食材の登場だ。
『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』
アイテム名:オイルベリー
種別:木の実
可食適性:〇
毒性:無
これは絞ると果汁の代わりに油が染み出す珍しい果物……って、おっさんが言ってた。
という訳で、鷲掴みにしたオイルベリーをそのまま握り潰して油を抽出。琥珀色のそれを鍋に引いて点火したら、タケ茸を投入して弱火でじっくり炒めていく。
「こりゃ上物だな」
オリーブオイルとゴマ油を混ぜたような香りが鼻腔をくすぐる。
それを堪能しながらタケ茸を炒めること数分、あらかた火が通ったのを確認したら、今度は味付けだ。
火力をやや強める。
そうしたら料理酒を加えて煮立たせ、アルコールを飛ばしていく。
そして、
「使わせてもらうぜ、おっさん!」
手に取ったのは、至高のつけだれ。
醤油っぽい風味に甘みと酸味が足してあるこれは、今回の味付けにはこれ以上ない程ぴったりだ。
たれを全体に回しかけるように加える。
すると、たちまちタケ茸が調味液を吸い込み、艶やかな色合いに変わっていく。そのまま混ぜながら煮詰め、水分が完全に飛んだところで火を止めた。
「うーん、完璧!」
程よい歯応えに甘辛い煮汁が絡んで美味い。味見の結果も上々。
トッピングその一、“メンマ”の完成だ。
「……こっちも、いい感じだな!」
そうこうしてる間に茹で上がったガラ鳥の卵を確認。
網を使って鍋から取り出したら、予め水を張っておいたボウルに移して冷やす。
そうして十分に熱が取れたら、殼剥きのお時間だ。丁寧にヒビを入れて殻を取ると、中からツルッとした白身が現れる。
一つ切って中を確認。
「よし、バッチリ!」
トロッとした半熟の黄身を見て、満足気に頷く俺。
後はこれを、
「また使わせてもらうぜ、おっさん!」
至高のつけだれを注いでおいた中サイズの寸胴鍋に卵を投入。これで、後はしばらく放置しておけば、トッピングその二、“煮玉子”の完成だ。
「……っと、忘れるところだった」
言いながら、スープの元へ。
そうしてブクブク音を立てる大鍋から取り出したのは、出汁を取っていた豚肉の塊。
すっかり煮られて柔らかくなったそれを、
「よしよし、一緒にねんねしな!」
今しがた卵を入れた寸胴鍋へドボン。
このまま一緒に数時間ほど漬け込んだら、トッピングその三、“チャーシュー”の完成だ。
「順調順調!」
スープは良い感じに白濁し、深みを増している。トッピングもほぼ仕上がった。後はいよいよ、さっき寝かせておいた“あの食材”を完成させるだけだ。
布を取り、寝かせていたカムギ粉の生地を確認する。
表面はしっとりと落ち着き、触ってみると弾力が増していた。
いいぞ、ベストな状態だ。
「よっしゃ、こっからだ!」
気合を入れ直し、作業台に生地を移す。
まずは生地を軽く叩いて空気を抜き、均等な大きさに分割。手に取った一つを、麺棒で丁寧に伸ばしていく。
「薄く、均等に……」
集中して生地を伸ばし、薄い長方形に整える。
伸ばし終わったら、表面に軽くカムギ粉を振ってくっつき防止。半分に折り畳む
そうしたら次は、
「腕の見せ所だな」
イメージするのは、濃厚なスープに絡む絶妙な太さ。
「すぅ……はぁー……」
四角い麺切り包丁を片手に、全意識を集中する。
呼吸を整えたら、
「いざ……!」
慎重に、されど素早く。
手慣れた動きで生地を均等に切り、麺の形に整えていく。
糸のように細い麺は、思い描いた通りの仕上がりだ。
切り終わった麺は、断面がくっつかないよう軽く粉をまぶしておく。
「……ふぅ、一丁上がり!」
完成した手打ち麺を見て、思わずニヤリとする。これぞ“あの料理”の心臓部、初めて作ったにしては上出来だろう。
残るピースは、後一つ。
「……スープは?」
鍋の方を確認すると、白濁したスープがグツグツと煮えて湯気を立てている。
「どれどれ……」
味見用のスプーンでスープをすくって一口。
瞬間、舌の上に広がるのは、骨から染み出した独特な出汁の香りに、野菜の甘みや旨みが絶妙に溶け合った深い味わい。
「いいねいいね! けど……」
まだ完成には遠い。
濃度が十分になるにはまだまだ時間が必要だ。
「朝までコースだなこりゃ」
こればっかりは致し方ない。
やることは全てやった。
後は、待つのみだ。
「ちょいと休憩……」
休憩室から椅子を持ってきて鍋の前に陣取って腰掛ける。
料理は基本立ち仕事。あれから何時間作業していたか知らないが、いい加減足が棒になりそうだった。
「そういえば……」
俺が調理してる間、誰一人厨房に入ってこなかったな。
「心配してねぇ、ってことか」
信頼の証。
皆が俺に、能無し《ノーマン》と呼ばれた俺に、全てを任せて託してくれている。
その事実に胸を打たれ、心が熱くなった。
「待ってろよ、皆……!」
この店は、必ず救ってみせる。
これまで培った経験と知識、技術の全て、俺の魂を込めた――
「――最高の一杯でな!」
これが……俺の料理だ!
***
『――料理人スキル。Lv向上。食材鑑定Lv3、発動』
アイテム名:“アトリエとんこつ”
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:S+
次回「料理人として」
乞うご期待!
※ブクマ、評価等もよろしくお願いします!