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一章二十話[命を狩る]

「うおお!? なんじゃこりゃあ!?」


 でかい。

 見上げる程の体躯。まるで暴走列車みたいな――そいつ。


『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 個体名:マンモスボア

 年齢:31

 性別:♂

 種族:牙獣

 可食適性:〇

 毒性:無



「おうおう、こいつぁ立派なもんだ! いい肉が獲れそうだな! どうするシノ? 狩っとくか?」

「狩っとくか? ……って、軽いなおいッ!」


 平然とした態度のおっさんに突っ込みつつ、俺は慌ててナイフを構えた。

 あっという間に近付いてくる巨体。

 早ぇなおい!

 牙をいからせながら真っ直ぐ突っ込んでくるそいつの迫力に、心臓がバクバク音を立てる。


「――横に飛べッ!」


 おっさんの掛け声で咄嗟に横へ。

 慌てたせいで足がもつれて転んだような形になる。

 左右、二人が分かれた間を勢いよく巨体が通り抜けていったのを、風で感じた。

 追突された木が倒れて派手な音が響く。

 それにゾッとしたのも束の間――


「――シノッ!」


 叫び声に顔を上げると、Uターンしてこちらに迫る大猪の姿があった。


「おいおいおいおいィッ!?」


 よりによってこっちかよ!

 俺は弾けるように立ち上がって、その場から全速力で逃げた。


「こ、こっち来んなーーッ!!」


 そんな叫びも虚しく、背後からはマンモスボアの荒々しい息遣いと地面を揺らす足音が迫ってくる。

 俺は木々の合間を縫って必死に走った。

 だが、相手との距離は一向に離れてくれない。それどころか、段々と縮まってるような気さえする。


 ――死ぬ。


 このままじゃ、確実に。

 バッドなエンディングが頭をよぎり、肌が粟立った。


「おっさん……どこだ……!?」


 いない。

 走ってる内にはぐれてしまったようだ。

 孤立無援。

 この窮地、もはや頼れるのは――己のみ。


「どうする……ッ?」


 焦る頭で、俺は必死に打開策を考えた。

 背後から足音がどんどん近付いてくる。

 逃げてるだけじゃ駄目だ。体力もそろそろ限界。これが尽きたら、すぐに追いつかれる。そうなったら、本当に終わりだ。


 ――なにか、使えるものはないか?


 周囲を見渡しながら走る。

 木々、草むら、地面に転がる石ころ。

 なんでもいい。なにか、この危機を脱するヒントが欲しい――



『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 瞬間、視界に浮かんだ情報を俺の目が捉えた。


 ――“活力草”。


 さっき採った、あの薬っぽい匂いの野草だ。

 道端に生えていたそれを、俺は反射的に毟り取った。

 確か、おっさんが言ってたな――「こいつには疲れを吹き飛ばす効果がある」とかなんとか。


「これだ!」


 俺は走りながら活力草を口に含む。


「――ッ!?」


 ツンと来る辛さが鼻を通り抜ける。次の瞬間――疲れで重かった体が一気に軽くなった。


「うおおっ! すげぇ!」


 効果は抜群だ。

 距離が縮まりつつあったマンモスボアの足音が、少しずつ遠ざかっていく。

 でも、まだだ。

 体力が回復したのはいい。でも、あいつをどうにかしないと、根本的な解決にはならない。


 ――考えろ、冷静に。


 これまでに得た知識をフル動員させて解決策を探る。

 マンモスボア……アイツに、なにか弱点はないのか?


「そうだ……魔法……!」


 獣は火に弱いと相場が決まってる。

 俺の炎魔法を使えば、或いは……


「……いや駄目だ!」


 まだ制御できるか怪しい炎。そんなものを考えなしに使ったら、森が燃えて大惨事になるかもしれない。

 よって、これは却下!


「なら、どうする……?」


 思考は振り出しに。

 だがその時――ふと視界の端に映る物があった。


『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 アイテム名:バンプル

 種別:木の実

 可食適性:〇

 毒性:無



「バンプル……?」


 その名前が視界に入った瞬間、俺は反射的に足を止めた。

 木の枝にぶら下がる、赤くて丸い木の実。マンモスボアが猛スピードで迫る中、俺はなぜかその存在を無視できなかった。


 ――これ、使えるかも。


 根拠はない。だが、直感がそう告げる。 


「賭けてみるしかねぇ!」


 俺は全力でその木に駆け寄り、リンゴみたいなその果実を一つ毟り取った。


「――ブオオオオオオ!!」


 獣の咆哮がすぐそこまで迫る中、俺は息を整え、タイミングを見計らう。

 そして――


「――喰らえッ!」


 自分でも訳が分からないまま、渾身の力でバンプルの実を投げつける。

 赤い実が空を切り裂いてマンモスボアの鼻先に直撃する。

 その瞬間――


 ――ドォーーンッ!


 冗談みたいに大袈裟な爆発音が辺りに響き渡った。


「爆弾ッ!?」


 思わぬ特性に驚愕。

 甘い匂いの果汁が飛び散り、マンモスボアの顔をべっとりと覆った。

 完全な不意打ち。

 凄まじい衝撃と音で一瞬怯んだそいつは、それでも懲りずに俺めがけて突っ込んできたが、その動きは鈍い。

 こうなれば簡単だ。ギリギリまで引きつけた所で、横に回避。

 すると――


「――ブオオオオオオ!?」


 思惑通り、マンモスボアは俺の背後にあったバンプルの木に激突。その幹を大きく揺らした。


「奢ってやるよ! たんと喰らいな!」


 直後、雨のように降り注ぐ赤い果実。

 それらは地面に、マンモスボアの巨体に当たっては次々と爆発を起こし、辺りに音と衝撃と果汁を撒き散らす――


「――今だッ!」


 チャンスを逃すまいと、俺はナイフを強く握り、マンモスボアの脇腹に飛びかかる。



『――料理人スキル。解体術Lv1、【斬視】発動』



 現れた光の線を頼りに、急所を狙う。


「おらぁッ!!」


 掛け声と共に刃が分厚い皮を切り裂き、肉に深々と突き刺さった。


「――ブオオオオオッ!?」


 痛みに咆哮を上げるマンモスボア。俺は慌ててナイフを引き抜いたが――


「――うわッ!?」


 大暴れ、破茶滅茶に頭をぶん回す巨体に弾き飛ばされる俺。


「ッ……!」


 地面に叩きつけられ、息が詰まる。体中が痛むが、立ち上がらない訳にはいかない。

 怒りに狂ったマンモスボアがこちらを睨みつけ、地面を削るように蹄を鳴らしている。


「しぶとい……!」


 ダメージを与えたのは確かだが、まだまだやる気満々みたいだ。

 直後、突っ込んでくるマンモスボア。


「ここまで、だな」


 もう十分、俺の役目は終わりだ。

 後は――


「――よお、シノ! 生きてっか?」


 突如、野太い声が響く。

 大きな背中が、そこにあった。

 迫りくる巨体から俺を庇うようにして立つのは――


「――おっさん!」


 俺は思わず叫んだ。

 ホッとしたのも束の間、マンモスボアは止まることなく地面を震わせながら突進してくる。


「ガッハッハ! てめえ、よく粘ったな! 後の仕上げは――任せとけ!」


 おっさんは豪快に笑いながら荷物を置くと、背中に担いだ大剣――いや、違う。

 あの片刃……あれは、包丁?

 鉄の塊みたいなそれに手を掛けたその姿は、さっきまでの雰囲気とは打って変わって、まるで戦士のようだった。


「――来いよ、デカブツ! 今夜のメインディッシュにしてやらぁ!」


 おっさんが叫ぶと同時に、マンモスボアが唸りを上げて迫る。

 牙を突き出し、地面を抉るような勢い。俺ならその迫力だけで腰が引けそうだが、おっさんは動じない。いや、むしろニヤリと笑って迎え討つ。


「――うおらぁッ!!」


 引き抜く――と同時、叩きつけるように一閃。

 それだけで、決着はついた。


 ――ズシン。


 と、地面が揺れるような衝撃音が響き、土煙が舞い上がる。

 凄まじい一撃を脳天に叩き込まれたそいつは、自身の巨体をもはや支えられない。マンモスボアは、まるで糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。


「――ハッ! こいつぁ上等な食材だぜ!」


 おっさんはデカ包丁を背中に担ぎ直し、豪快に笑う。

 血と土に汚れたその姿は、まるで戦場を制した英雄のようだ。


「す……すっげぇ……!」


 俺は地面にへたり込んだまま、呆然とその光景を見つめるしかなかった。


「ガハハ! よし! そんじゃあ、ちゃっちゃと解体すっか! てめえは……そこで休んでろ!」


 おっさんはそう言って、倒れたマンモスボアの巨体に近付く。

 刃を手に、まるで職人が彫刻を削るような手つきで作業を始めた。

 皮を剥ぎ、肉を切り分け、骨を外す――その一連の動作は無駄がなく、まるで芸術のようだ。


「それにしてもてめえ、なかなかやるじゃねえか! コイツ相手によく頑張ったぜ! 能無し(ノーマン)だってのによぉ……」

「いやおっさんこそ、ホントに料理人かよ! 戦闘力高過ぎだろ!?」


 思わず突っ込む俺。


「なあに言ってんだ? 料理人なんだから戦えて当然だろうが!」

「当然……って」


 え? そうなの? 料理人って、そうだっけ? 俺がおかしいのか?

 おっさんの言葉に頭を悩ませる俺。

 ともあれ、危機は去った。

 死にそうな目には遭ったが、今はまるで祭りの後の打ち上げみたいな気分だ。


 しばらくして、おっさんはマンモスボアの使える部位を全て切り分け、袋に詰め込んだ。

 見れば分かる。肉、骨、皮――どれも一級品だ。苦労した甲斐があった。


「後は……そいつも忘れちゃなんねえな!」


 そう言うおっさんの視線の先にあるのは、木になる赤い果実――バンプル。

 俺の窮地を救ってくれた、恩人みたいな存在だ。


「持って帰れんのそれ? 爆発しない?」

「ガッハッハ、安心しろ! 凍らせちまえば爆発はしねえよ!」

「冷凍……成る程」


 その手があったか。

 おっさんの冷気魔法ならできるだろうな。

 いやはや、面白いもんがいっぱいで飽きないぜ。


「まあ、なんだ。イケスの好物だからよ! 持って帰ってやりてえんだ!」


 そう言うと、おっさんはバンプルをいくつかもぎ取って籠に入れた。


「よし! こんだけありゃ充分だろ! そんじゃ――」

「――おう! 帰って新メニュー開発、だな?」

「へっ、分かってんじゃねえか!」


 おっさんがニヤリと笑う。俺も釣られて笑いながら、頭の中でメニューを考え始めた。

 ステーキ、シチュー、焼き肉に鍋。こんだけ食材があれば、色々作れそうだな。

 いかん、想像しただけで腹の虫が。


「ガッハッハ! でけえ腹の音だなおい! よっしゃ、帰ったらまずは飯にすっか!」


 森の奥から村へ続く道を、俺達はガヤガヤ喋りながら歩いた。

 夕日が木々の隙間から差し込んで、地面に長い影を落としている。

 荷物の重さも、疲れも、なんだかこの瞬間は全部どうでもよかった。

 帰ったらどんな料理が俺を待ってるんだろう?

 道中は、それを考えるだけで胸と腹がワクワクした。

次回「邪教徒」

乞うご期待!

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