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一章十九話[感謝を込めて]

 場所は変わって村の外。

 俺達は今、森の中に来ていた。


「――って、なんで!? 食材って、市場とかじゃねぇの!?」

「馬鹿野郎! 店売りのもんで誰が驚くってんだ! それによ……いや、なんでもねえ」


 口を噤んだおっさんだが、言わんとしたことは分かった。

 分かったけど、もう一つ――


「――その背中のやつはなんだよ!? そのデケェの!?」


 指差したのは――おっさんが担いでいる、冗談みたいなデカさの大剣だ。


「こいつか? まあ、気にすんな! 念の為持ってきただけだ! 森ん中じゃあ、なにが起こるか分かんねえからな!」


 物騒なことを言って笑うおっさん。

 勘弁してくれ。平和な採集クエストをやりに来たんだよ、こっちは。


「んなことより、いいか? 料理ってのはな、食材を選ぶ時から始まってんだ!」


 そう言うと、おっさんは腰に差した長めのナイフを抜きながら、近くの草むらに歩いていった。

 草を掻き分けていくその後ろに続くと、そこで小さななにかが動いているのが見えた。

 うにうにと蠢くその姿。

 コイツは、よく知っている――


『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 個体名:ピュアスライム

 生態:幼体

 性別:無

 種族:スライム

 可食適性:〇

 毒性:無



 青く澄んだ体のそいつは、おっさんが近寄っても特に反応せず、ぷにぷにその場に留まっている。


「スライムってのは、捕食者プレデターの中じゃ種類も数も一番多い! なんでも食っちまうからな!」

「なんでも?」

「ああそうだ! 草も獣も金属も……人もな! だから、見つけたらなるべく駆除すんのが常識――だッ!」


 おっさんが説明しながら、手に持ったナイフを振り下ろす。

 その核を的確に刺して、すぐに後退。すると、スライムは水風船みたいにバシャッと破裂した。

 飛び散った欠片をおっさんは慣れた手つきで拾い上げて瓶に詰める。


「ま、仕留めんのは簡単だが、最後っ屁で自爆しやがるからな! 服を汚したくなけりゃ、今みてえにサッと離れろ!」


 うん、確かに、あの時は酷い目にあったな。

 身に沁みた経験を思い出し、俺は唇を歪ませた。


『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 アイテム名:スライムジェル(青)

 種別:素材

 可食適性:〇

 毒性:無



「不っ味いんだよなー、これ……」


 異世界に来たばかりの頃を思い出す。

 スライムジェル……口に入れた瞬間の、あの後悔しかなかった記憶が蘇るようだ。


「ガッハッハ! まさかてめえ、これそんまま食ったのか? そりゃご愁傷さんだ!」


 おっさんが盛大に吹き出す。

 いくら異世界でもスライムを生で食うなんて奴はそうそういないらしい。なんだか恥ずかしくなってきた。


「ま、在庫が減ってたからちょうど良かったぜ! コイツの使い方は、もう分かってんな?」

「とろみ付け……?」

「ご名答だ! 他にも、果汁なんかと混ぜて一晩冷やしたら、最高のデザートになるぜ!」

「へぇー、美味そう」


 なんてことを言いながら、更に森の奥へ進む。

 すると――


「――ギシャアア!!」


 獣の声が響き、牙を生やした兎のような動物が飛び出してきた。

 こいつも、見覚えがある――


『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 個体名:キバ二ー

 生態:成体

 性別:♀

 種別:ウサギ

 可食適性:〇

 毒性:無



「おっ、運が良いじゃねえか! アイツの肉が美味いのはてめえも知っての通りだ! 見つけたからにゃ仕留めてえところだが――」


 そこまで言うと、おっさんは俺にナイフを差し出してきた。


「――シノ、やってみろ!」

「えっ!?」


 いきなりだなおい!

 ちょっと待て! 俺、動物を狩った経験なんて微塵もねぇんだけど!?


「安心しろ! こいつは獲物の首しか狙ってこねえからよ!」

「安心できるかぁ!」


 殺意が高過ぎるだろ!

 それを聞いて恐怖以外の感情が湧く奴は頭がおかしい。


「大丈夫だ! 動きはそれほど速くねえ! 飛んできたら躱して、その隙に急所を狙え!」


 いや、素手でも勝てそうなおっさんと完全素人な俺を一緒にしないで欲しいんだけど!?


「ほら、ボサッとすんな! 来るぞ!」

「いッ!?」


 覚悟を決めてナイフを構えた瞬間、目の前のキバニーが動く。

 姿勢を低くした、かと思うと同時に――跳躍。


「うわっ!」


 咄嗟に体を反らして避ける。が、勢い余って尻餅をついてしまう俺。そこへすかさずキバニーが襲いかかってくる。

 まずい――


「――ッ!!」


 瞬間、半ば無意識に突き出した刃がキバニーの腹に深々と刺さる。

 ナイフを伝って滴り落ちる鮮血。手を濡らした、例えようのない気持ち悪さに思わず顔を顰める。

 やった。

 スライムを倒した時とはまた違う、確かな殺生の感触。

 ピクピクと痙攣した後で動かなくなったキバニーの死骸を見て、俺はなんとも言えず嫌な気分になった。


「なんだてめえ、やるじゃねえか! よくやったぞシノ!」


 大声で褒めてくれるおっさんの声がなんだか遠く感じた。


「……キツかったか?」

「うん、まあ……情けねぇけど」


 まだ、手が震えている。


「ガッハッハ! 馬鹿野郎、それでいいんだ! だからこそ、食材一つ一つ、丹精込めて美味しくしてやらなきゃいけねえ! 特に料理をする者は、命への感謝を忘れちゃならねえんだ!」


 その通り、だな。

 おっさんの言葉に、首肯して意を示す。

 いただきますの意味、それを改めて思い知ったような気がした。


「よっし! そんじゃ、次は血抜きだな! 肉の味を左右する大事な作業……教えてやっから、とりあえずやってみろ!」


 やっぱり、そう来たか。

 うう……嫌だな。殺すのも嫌だったけど、解体するのは、もっと嫌だ。

 できればお断り……と言いたい所だけど、ここで逃げたら、奪った命に申し訳ない。

 覚悟を決めよう。


「いいか、よく聞けよ? まずは、ここをこうして――」


 おっさんの指示に従って、首の辺りにナイフで切り込みを入れていく。

 狩ったばかりのキバニーの体はまだ温かくて、なんだか現実感が薄い。

 裂いた首筋から血がポタポタ落ちて地面に染み込む。目を背けたくなる光景に、胃がムカムカした。

 俺、本当にこんなことやってるんだな……。


「ビビんじゃねえ! しっかりやれ! 半端にやると肉が不味くなんぞ!」


 おっさんの言葉にハッとして、ナイフを握り直す。

 震える手をなんとか抑えて、黙々と作業を進めていった。

 手が血でべたつき、鉄の匂いが鼻をつく。慣れない感触に何度も吐き気を覚えたが、ここで手を止める訳にはいかない。


「よし、いいぞ! ガッハッハ! なんだ、筋が良いじゃねえか、てめえ! 本当に能無し(ノーマン)かよ?」


 いいえ、料理人です。

 なんてツッコミを入れる余裕はなかった。

 集中しながらどれほど時間が経ったか、なんとか血抜きが終わり、ホッと一息。額の汗を拭っていると、


「折角だ! この調子で解体までやっちまうか! シノ、次は皮を剥ぐぞ! 肉を傷付けねえように気ぃ付けろよ!」


 安心したのも束の間、またしても無茶振りが飛んでくる。

 薄々感じてたけど、スパルタだな、このおっさん。

 俺は深呼吸して気持ちを落ち着け、もう一度ナイフを握る手に力を込める。

 キバニーの体をそっとひっくり返し、おっさんの指示通り腹の部分へナイフを入れた。

 刃先が柔らかい毛皮を切り裂くと、中からまだ温かい内臓が覗いた。


「うへー……」


 思わず声を漏らすと、おっさんがニヤリと笑った。


「ガッハッハ! 慣れねえ内はそんなもんだな! だが、気持ち悪がってる暇はねえぞ! こいつを美味くすんのも不味くすんのもてめえ次第だ! おら、手ぇ動かせ!」


 その言葉に少しだけ気合が入った。

 確かに、このキバニーは俺が仕留めた命。無駄にしたら、それこそ可哀想だ。

 よし、やるぞ!

 せめて、こいつを最高の食材にできますように。

 そう願いを込めて手を動かした、その時――



『――料理人スキル。“解体術Lv1”、【斬視】発動』



 突如視界に浮かんだ文字列。

 ここでスキルが発動するとは思わず、俺は一瞬手を止めてしまった。

 どんな効果だ?

 それは、改めてキバニーの死体に目を向けるとすぐに分かった。

 光の線……とでも言えばいいか。銀色のそれが、キバニーの体のあちらこちらに浮かび上がって見える。

 それだけじゃない。

 分かる。

 まるで熟練の狩人みたいに、どの部分へ、どの角度から刃を入れればいいか、それが本能的に理解できた。


「これなら……!」


 慣れない作業。でも、おっさんの指示と、この銀色の線が全てを教えてくれるお陰で、淀みなく作業を進めることができた。


「おっ、手際が良くなったな! ちったあ慣れたか?」

「まあ、少し……」


 スキルを使ってます。っていうのは、なんだかおっさんの指導を無下にするみたいで、口にはできなかった。

 その後も順調に作業を進める俺。

 皮を剥ぎ終えるとおっさんは、


「お次は内臓だな! これで最後だ! 気張れよ!」

「りょ、了解!」


 おっさんの指導の元、心臓や肝臓を丁寧に取り除き、食べられる部分とそうでない部分を分ける。

 まさか異世界に来てこんなことやる羽目になるとは思わなかったな。

 俺は血と脂に塗れた手を見ながら低く笑った。


「見ろ、シノ! こいつは肝もまた絶品なんだ! 塩振ってじっくり炙れば、酒が進むってもんだぜ!」

「へえ……そうなのか」


 想像してみると、確かに美味そうだ。

 そうだよな。気持ち悪いなんて思ってる場合じゃない。これは、全部食材なんだ。

 そう思って目の前の血肉を見ると、少しだけ冷静な気持ちになれる自分がいた。


「よし、だいたい終わったか! 後は肉を切り分けて持って帰るだけだ! ……頑張ったじゃねえかシノ! 初めてにしちゃあ上出来だ! 能無し(ノーマン)とは思えねえナイフ捌きだったぜ!」

「お、おう……」


 そりゃ違うからな。と、言いたい所だったが、心身共に疲労困憊で言葉が出なかった。

 でも、おっさんに褒められて多少気分が軽くなった気がする。

 血抜きと解体。思った以上の重労働でぐったりだけど、やり切った達成感はあった。


「よーし、まだまだ行くぞ!」


 適当な大きさに切り分けた肉を布に包んで背負いながら、おっさんは歩き出す。

 マジかよ……まだやるのか?

 血と汗でベトベトの手を拭いながら、疲れた体に鞭を打つ。

 先を行くおっさんは、まるで疲れを知らないみたいにずんずんと森の奥へ進んでいった。

 その後も、俺達は森の中を進みながら、色んな食材を採集して回った。


『――料理人スキル。食材鑑定Lv2、発動』



 アイテム名:オイルベリー

 種別:木の実

 可食適性:〇

 毒性:無


 アイテム名:虹色キノコ

 種別:菌類

 可食適性:〇

 毒性:無


 アイテム名:バオーの葉

 種別:植物

 可食適性:◯

 毒性:無


 アイテム名:活力草

 種別:植物

 可食適性:〇

 毒性:無



 緑色の苺みたいな果物や、食べれるのか心配になる色のキノコ。でっかい紫蘇みたいな葉っぱに、薬っぽい匂いのする野草など……。

 多種多様な食材達を見ていると、この世界の自然の豊かさに驚くばかりだ。


「おう、楽しそうじゃねえかシノ! さっきまでへばってた癖によ!」

「ん? ああ……」


 楽しい。

 疲れを忘れてそう思ってたことが顔に出ていたみたいだ。言われるまで気付かなかった。


「ガッハッハ! 結構なこった! だが、油断すんじゃねえぞ! どこに捕食者プレデターが潜んでっか分かんねえからな!」


 というおっさんの言葉に「おう!」と返事をしようとした時だ――


「――ブオオオオオオ!!」


 そんな咆哮と共に、木々の隙間から巨大な影が飛び出してきた。

次回「命を狩る」

乞うご期待!


※ブクマ、評価等もよろしくお願いします!

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