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一章十八話[静かな決意]

 村長との一件から、数日が経っていた。

 その間、特に大きな出来事がある訳でもなく、今日も店はいつも通り営業中。

 だった筈なのに――


「――おかしい。絶対おかしいわよこれ」


 カナエが店内を眺めながら呟く。

 その意味は、俺の目から見ても明らかだった。


 ――静か過ぎる。


 真っ昼間。普段ならこの時間は、近所の常連客で店内が賑わい始めている頃だというのに。

 確かに最近、少しずつ客入りが減っているような気はしていたが……今日は、明らかに様子が違う。


「お客さん、来ませんね……」


 俺は思わず口に出してしまった。

 正直、やることがない。

 あまりに暇過ぎて、皆がカウンターに腰を下ろし、ぼんやりと店の入り口を見つめたり、テーブルを拭いたりして時間を潰している。

 窓の向こうには行き交う人影が見えるのに、誰も店に足を踏み入れようとしない。まるで透明な壁でも張られているかのようだ。

 カナエが腕を組んで眉を寄せる。


「ねえ、アンタ、呼び込みでもしてきなさいよ」

「俺なんかが行ったら余計に来ませんって。先輩行ったらどうです?」


 鋭い視線が俺を突き刺す。が、それは別に俺の発言に対するものではなかった。


「ねえ、お兄ちゃん。これって、やっぱり“アイツら”の……?」

「どうかな……可能性はあるけど」


 思い浮かんだ親子の顔に、俺は思わず顔を顰めた。

 あの一件以来、村長とは顔を合わせていない。

 今日まで拍子抜けするように何事もなく過ぎて、それが逆に不気味だった。

 あの村長がこのまま引き下がるなんてあり得ない気はしていたけど。


「……野郎、いよいよ仕掛けてきやがったか」


 呟くように言ったのはおっさんだ。

 待てど暮らせど、客は来ない。この異常事態、絶対になにかある。


「どうなってんのよ、もう」


 カナエが苛立ちを隠せずに溜め息を吐いた。


 昼過ぎ。

 ようやく扉が開き、一人の客が入ってきた。

 ここ数日ですっかり見慣れた顔――常連の男だ。普段ならうるさいくらい明るくカナエ達に話し掛け、店の空気を和ませてくれる人なのに。

 この日は様子が違った。

 どこかよそよそしく、こちらと視線をあまり合わせようとしない。

 カナエが挨拶をしても返事は短く、向ける笑顔もぎこちなかった。

 どうしたんだ?

 男は注文した料理が届くと、それを黙々と食べ、あっという間に平らげると席を立った。

 なにかに追われているかのようなその早さにカナエが思わず声を掛ける。


「おじさん、今日は随分とお急ぎなのね?」

「あ、ああ、ごめん。ちょっと忙しくてね……」


 男は気まずそうにカナエの顔を一瞥すると、急に声を潜めて言った。


「気を付けてね、カナエちゃん。よくない噂が流れてるみたいだから……」

「……噂って?」

「それは…………とにかく、あまり能無し(ノーマン)とは関わらない方がいいよ。教会を敵に回したくないならね」


 早口にそれだけ言うと、男はまるで逃げるように店を後にした。

 再び訪れる静寂。

 カナエは呆然とその背中を見送ると、やがて片付けた皿を持って俺の方へ歩いて来た。


「シノ……」


 小さく言って沈黙する彼女の瞳には、戸惑いと不安が混じっている。

 気まずい。俺は受け取った皿を見つめたまま、ただ黙って手に持った泡袋を握り潰すように力を込めた。


「噂……」


 小さく呟きながら、男の言った言葉を反芻する。

 能無し(ノーマン)に関わるな……か。俺のこと、だよな?

 皿をシンクに置く音が、やけに大きく店内に響いた。


「……アイツら、やっぱり動いてんな。黙ってる訳ねえってのは分かってたが、こうも露骨に圧をかけて来やがるか」


 再びカウンターに全員が集まる中でおっさんが言った言葉に、俺は思わず顔を上げた。

 確かに、あの村長――いや、あの親子がこのままなにもしないなんてあり得なかった。この前の一件以来、表面上は平穏に見えたが、水面下で事態は動いていたのかもしれない。まさかこんな形で現れてくるとは。


「ったく! どんな噂流しやがったんだ、畜生が!」


 苛立ったように言うおっさんに対し、カナエは首を振って応える。


「分かんない……けど、あのおじさんの様子じゃ、ろくな噂じゃないのは確かよ。能無し(ノーマン)って……どうせシノのこと言ってるんじゃないの?」


 その言葉に、俺の胸の奥はざわついた。


「俺のせいで……」


 思わず口に出た言葉に、おっさんが鼻を鳴らす。


「勘違いすんなシノ! てめえのせいじゃねえ! アイツらは、お前が目障りなだけだ! 特にホアードの奴ぁ、熱心な聖教信者だからな! 能無し(ノーマン)嫌いも人一倍ってわけだ!」

「そうよ! どうせ難癖つけてシノを遠ざけたいだけに決まってるわ!」


 盛り上がる二人の姿が頼もしい。

 お陰で、胸のさざめきが少しだけ落ち着いたような気がした。


「……で、どうします?」


 腕を組んで冷静に言うのはイケスだ。

 店内に響く声に、おっさんは考え込みながら応える。


「どうするたって……様子見るしかねえだろ? 今ん所、直接なにかされた訳でもねえし……客が来ないってんなら、俺がもっと美味え飯を作るだけだ!」


 おっさんが努めて冷静に言うと、カナエが唇を尖らせて言った。


「そもそも食べる人がいないじゃない! そうやって様子を見てる間に店が潰れちゃったらどうすんのよ!」


 その通りだった。

 客足が遠のく理由がなんであれ、この状況が続けば店は持たない。俺だって分かる。

 でも、どうすればいいのか? 頭の中がぐちゃぐちゃで、答えなんか出てこない。


「そうだな……そんなら、とりあえず新作メニューでも考えてみっか?」

「新メニュー、ですか……」


 応えるイケスの声は低くて重い。

 よく見ると、その顔には濃い疲労の色があった。

 目を伏せ、しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開くイケス。


「そう、ですね……なにもしないよりはいいと思います」

「よし、決まりだ! そんじゃ、今日はもう店仕舞いにすんぞ!」


「ちょっと! まだ昼過ぎじゃないの!?」


 カナエが目を丸くして声を上げるが、おっさんは既にカウンターの奥でエプロンを外し始めていた。


「どうせ客が来ねえんだ! だったら早めに切り上げちまって、じっくり作戦練る方がマシだろ?」


 その言葉に、カナエは一瞬反論しかけたが、結局肩を落として溜め息を吐いた。


「……まぁ、そうね。こんな状況じゃ営業してる意味もないか」


 俺は黙って会話を聞いたが、胸の内でなにかが引っかかっていた。

 この状況……新メニューを作ってどうにかなるのか?

 客が来ない理由が噂にあるなら、料理の味を変えた所で意味はないんじゃないか?

 でも、それを口に出す勇気はなかった。おっさん達が必死に前を向こうとしているのに、水を差すようなことは言えない。


「シノ、アンタもなにかアイデア出しなさいよ。ぼーっとしてないでさ!」

「え? あ、えーっと……」


 カナエに睨まれ、俺は慌てて言葉を探した。

 噂……村長……教会……能無し(ノーマン)……頭をフル回転させて、なんとか打開策を考える。

 そうして、やっとのことで口を動かした。


「噂が流れてるなら……その噂を潰すか、もしくは逆に利用する……とか?」


 その言葉に、おっさんが眉を上げて反応する。


「利用する? どういうこった、そりゃ?」

「いや、えっと……」


 俺は言葉に詰まりながらも、なんとか考えをまとめようとした。


「上手く言えないんだけど……噂が広まってるなら、それを逆手に取れないかなー、って……噂に俺が関係してるってことは、それをひっくり返せるようななにかを俺が証明できれば……」


 例えば、俺が能無し(ノーマン)じゃないことを皆に分かってもらえたら。


「……逆に店に注目が集まる、ってか。なるほどな」


 おっさんが腕を組んで頷きながら、興味深そうに俺を見た。


「そんで、具体的にはどうすんだ? 噂をひっくり返すったって、村長や教会が絡んでんなら簡単じゃねえぞ?」

「それは……」


 確かにその通りだ。村長が裏で手を引いているなら、俺がなにか言った所で信じてもらえる保証はない。

 でも、黙っているだけじゃなにも変わらないのも事実だ。


「……とりあえず、噂の内容をちゃんと知ることから始めないと駄目ですね。どんな噂が流れてるのか分からないと、対処のしようがない」

「確かに、そうだな!」


 イケスの言葉におっさんが同意する。


「常連の連中にでもそれとなく聞いてみっか……並行して、新メニューも考える! それでいいな?」


 おっさんの提案に全員が頷いた。


「よし! そんならとっとと動くぞ! アイツらに舐められたまんまじゃ終われねえ!」


 その言葉に、俺達は顔を見合わせた。

 不安は消えない。でも、こうやって皆でなにかしようとしていることが、少しだけ心を軽くしてくれた。


「早速だが、俺ぁ出かけるぞ! シノ、てめえも付いて来い!」

「え?」

「え? じゃねえよ! 新メニュー開発の食材探しだ! 行くぞっ!」

「わ、分かった!」


 まさか呼ばれると思っていなかった俺。一瞬反応が遅れたが、すぐに立て直しておっさんの背中を追った。


「イケス、カナエ! てめえらは情報収集だ! 頼むぜ!」

「任せて! 私だって、このまま黙ってる気はないんだから! ね? お兄ちゃん!」


 カナエが勢いよく言いながらイケスと目を合わせる。


「勿論、ここは僕にとって――いや、皆にとって大事な場所だからね。絶対に、守ってみせるよ」


 そうやって小さく頷き合った兄妹の表情は、強い決意に満ちているようだった。


「その意気だ! んじゃ、また後でな!」


 勢い良く扉を開けたおっさんの後について、俺は店を出ていく。

 昼間の陽光が眩しく俺達を迎える中――


「――僕が……守るんだ」


 閉まる扉の向こうから、そんな声が微かに聞こえたような気がした。

次回「感謝を込めて」

乞うご期待!


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