一章十六話[ありふれた烈情]
「――麺上がるぞ、イケス! ソースは?」
「できてます! ……カナエ、お願い!」
「はいはい」
威勢のいい声が響き、茹で上がった麺がカウンターにドンと置かれる。
イケスは手際よく麺の形を整え、カウンター脇の小さな焜炉で仕上げた熱々のソースをかけた。
それをカナエが受け取り、待っている客のもとへ慣れた足取りで提供する。
流れるような連携。
俺は洗い場からその様子をチラチラ眺めていた。
今日も店は大繁盛。
昨日と比べるといくらか落ち着いているような気もするが、忙しいという事実に変わりはない。
「おう、嬢ちゃん! 今日も精が出るな!」
「あら魚屋さん! 今朝はありがとう! お魚、すっごく美味しかったわ!」
「へへっ、いいってことよ! 店長には世話になってるからな」
カナエが客と軽快に会話を交わしつつ、空いた皿をサッと回収する。
「はい、これ」
ぶっきらぼうに渡された皿を受け取り、俺は黙々と洗い物を進める。
客の笑い声や注文を告げる声。鍋や食器がガシャガシャ鳴る音が混ざり合って、店内はいつ終わるとも知れぬ喧騒に包まれていた。
「店長! 火山炒めと肉肉パスタ! お願い!」
「おう、了解! イケス! ソースは任せた!」
「はい!」
おっさんの号令でイケスが再び焜炉に火を点ける。
手早く材料を準備して鍋で煮詰めると、香ばしい香りが厨房まで漂ってきた。
幸せな気分になりながら、俺は洗い終わった皿を定位置に戻していく。
「――ったく、今日も大忙しだな!」
そう言いながらもおっさんの表情は笑顔だ。
当然か。こんだけの人に「美味しい」と思ってもらえてるってことだもんな。
「店長! 魚屋さんが今日の焼き豚も美味しいって!」
「当然だ! 俺の焼き豚は世界一だからな!」
そう言って豪快に笑うおっさん。
カウンターの向こうでは、魚屋のあんちゃんが満足そうに頷いて口を動かしている。
焼き豚……美味そうだな。
賄いにしてくれたら嬉しい……おっと、いかん、よだれが。
そうして、時々誘惑に負けそうになりながら作業すること、数時間――
「――シノ! それ片付けたらちょっと来い!」
店の熱気がやや落ち着き始めた頃、おっさんに呼ばれて俺は調理場の方に向かった。
「来たぞ、おっさん。なんだよ?」
「おう、悪ぃな! ちょいとそこの鍋見ててくれ!」
「鍋?」
言われた方向を見ると、勢いよく沸騰している大きな鍋があった。グツグツと音を立てるその中で、てぼ(湯切りザル)に入れられた麺達が踊っているのが見える。
「見てろ……って、どうすんのこれ?」
「茹で加減見て上げてくれ! 俺は今手ぇ離せねえ!」
確かに、新たに注文が入ったようで、おっさんは鍋を振る手を止められそうにない。
厨房内には他に誰もいないし……ま、しょうがないか。
「了解! 任せとけ!」
「へっ、いい返事だ!」
洗い場は一時休業。鍋の前に立ち、集中して麺に視線を注ぐ。
「おっさん! 固さは?」
「ん? お、おお……ちょい固めくらいでな!」
「分かった!」
固め、か。パスタなら、アルデンテってとこかな?
「どれ……」
トングで麺を一本だけ取り上げ、口に入れる。
まだ固いな。あと三十秒、って感じか?
少し待ってからまた一本麺を取り、茹で加減を確かめた。
少し芯が残るくらいの固さ。
「よし、今だ!」
俺は手早く麺を鍋から引き上げ、てぼを振って湯切りをする。そして用意されていた皿にサッと盛り付けると、
「おっさん! これでいいか?」
「おう、見せてみろ!」
鍋を振るリズムはそのままに、おっさんは麺を一瞥する。
「てめえ……!」
途端、真剣な表情で声を低くするおっさん。
あれ? なんかやらかした俺?
「上出来じゃねえか! 良い勘してんな! よし! そいつをイケスに持ってけ!」
「了解!」
言われるまま、急いでカウンターのイケスの元へ。
「イケスさん! 麺、上がりました!」
「え? ああ、ありがとう。店長は?」
「手が離せないそうなので」
それだけで大体の状況は伝わったらしい。イケスは納得したように頷いた。
「そっか……これ、もしかして君が?」
「はい、そうですけど……」
「へぇ……」
訝しげなイケスだったが、麺を一口啜ると、一瞬目を見開いて言った。
「……驚いたな。完璧な茹で加減だよ。これも、店長に教わったのかい?」
「いや、それが……いきなりやれって言われて、なんとなくで」
「なんとなく……!」
ま、これでも一応プロだったからな。このくらいは感覚でなんとかなる。
感心したような、なんとも言えない顔で一瞬固まるイケス。
「……おっと、ごめんごめん。グズグズしてると冷めちゃうね。ありがとう、シノ君。麺、貰ってくよ」
「お願いします!」
俺が麺を渡した直後だった――
「――いい加減にして!」
突然の怒鳴り声。
俺達は思わず手を止め、声のした客室の方へと顔を向けた。
「離して! 離しなさいよ!」
店の端の方で、カナエが男と揉めているのが見えた。
「あいつは……」
忘れる筈もない。
あの派手な服にだらしない体型の男は、村長の息子――カーバッドだ。相変わらず取り巻きと一緒にテーブルを占領している。
酒でも呑んでんのか? そいつは豚みたいな顔を赤くしながら、カナエの手首を掴んでいる。
「ねぇ、カナエちゃん? 今日こそ、良い返事を貰いたいなぁ。君だって、あんな能無しと一緒に居たくないんだろう?」
「お断りよ! 何度も言わせないで! 離せって言ってるでしょ!?」
カナエが必死に手を振り解こうとするが、腕力の差か、離れない。カーバッドはニヤニヤしてその抵抗を楽しんでいるようだった。
周りの客はチラチラと様子を窺うが、誰も口を出さない。村長の息子ってだけで、みんな気まずそうに目を逸らしてるのが分かる。
「まずいね……」
イケスが鋭い目つきで呟く。
「ちょっと行ってくる……シノ君は、下がってて」
「は、はい」
言われた通り厨房に引っ込んだものの、気にしないでいるのは不可能だ。
イケスさんなら、大丈夫だと思うけど。
「すみません、カーバッドさん。少し、手を緩めていただけませんか?」
イケスの声が静かになった店内に響く。普段の余裕のある態度は影を潜め、どこか畏まった口調だ。
俺は洗い場の返却口越しに様子を窺った。おっさんも火を止めて、ジッと見守る姿勢でいる。
「やあ、お兄さん。お騒がせして悪いねぇ。そうだ。お兄さんからも言ってもらえるかなぁ? そろそろ僕の妻になってくれるようにさぁ?」
「それは……」
「嫌よ! 誰がアンタの妻になんか!」
カナエが声を張り上げるが、カーバッドはへらへら笑いながら更に絡みついてくる。
そういうことか……気持ち悪ぃな。素直にそう思った。
「おやぁ、良いのかなぁ。そんな態度で? 僕が一言、パパに言えばこんな店なんてさぁ……」
「アンタッ――」
「――申し訳ございません。ただ、今は他のお客様もいらっしゃいますので、どうかお静かに願います」
カナエを手で制して深々と頭を下げるイケスの姿に、俺の心はざわめいた。
「ふぅん? そっかぁ、お兄さんがそう言うなら、仕方がないねぇ……それじゃあ――」
立ち上がるカーバッド一味。
帰るのか? よかった。
そうして胸を撫で下ろしたのも束の間、
「――行こうかぁ? カナエちゃん」
「痛……ッ!」
無理やり引っ張られるカナエ。
その瞬間、俺の中でなにかが切れた――
「――おい、待てよてめぇ」
低く、静かに言う。体が勝手に動いた。
「シノ君……!?」
「あ、アンタ……!」
気が付けば俺は、洗い場を飛び出して、そいつの腕を掴んでいた。
「おやぁ? これは、どういうつもりかなぁ?」
一瞬驚いた顔をしたカーバッドだが、俺の顔を見るなりニヤリと笑って余裕な態度を取り戻す。
ふざけやがって。
「どういうつもりもねぇよ! 嫌がってんのが分かんねぇのか? いいから、その手を離せ!」
「離せ? 離せだってぇ? ……もしかしてだけど、命令してるのかなぁ? この僕に?」
「だったらなんだ? あ?」
嘲るような笑み。取り巻きの連中も一様に同じ表情で俺を見ている。
「随分と威勢がいいねぇ。どうしたんだい、シノ君? いよいよ頭までおかしくなっちゃったのかなぁ?」
「ハッ! 嫌がってる女を無理やり連れていこうするような馬鹿野郎よりはマシだと思うけどな!」
一瞬の静けさ。
「おい! お前いい加減に……」
周囲の視線が集中する中、取り巻きの一人が声を荒げながら立ち上がろうとしたが、カーバッドが手でそれを制す。
「はは、面白い! 面白いよぉ、シノ君! 僕にそんな口を利くなんてさぁ……いつからそんなに怖いもの知らずになったのかなぁ?」
「怖い物知らず? 笑わせんな! 誰がてめぇみたいな奴にビビるかよ! ただ親が偉いってだけのぼんぼんだろうが!」
俺の言葉に、カーバッドの顔が一瞬歪む。だが、すぐにまたあの気色の悪い笑みを浮かべて、俺を睨みつけてきた。
「やれやれ、随分と生意気になったもんだねぇ。これは、また分からせてあげないといけないかなぁ? 社会の底辺……能無しの立場ってやつをさぁ」
「底辺? 能無し? まったく、どいつもこいつもそればっかりだ! それしか言えねぇのか!」
「事実だろう?」
「ちげぇよ!」
そうだ、違う。違うんだ。
だって俺は、
「俺は――」
――料理人だから。
そう言おうとした瞬間だ。
「――やめて!」
カナエが叫ぶ。
その声に、俺もカーバッドも視線を向けた。
「もう、やめて。アタシは……大丈夫だから。二人共、これ以上、騒ぎを大きくしないで」
「先輩……」
いつもの強気な態度からは想像できないような弱々しい声で懇願するカナエ。
「おやおや、ごめんよぉカナエちゃん。そうだねぇ、こんな出来損ないに構ってる場合じゃあなかった。それじゃあ、そろそろ行こうかぁ?」
言いながらカーバッドが俺の手を振り払おうとする。だが、俺はさらに強く力を込めて言った。
「行きたかったらとっととその手を離して、てめぇらだけで行け!」
「……ッ!」
遂に逆鱗に触れた。
カーバッドの取り巻き達が顔を真っ赤にして俺に拳を振り上げようとした瞬間――
「――そこまでだ!」
太く、鋭い声が店内に響く。
声の主は、おっさんだ。
「ちょいと失礼すんぜ! ……おらよっと!」
威勢良く叫びながら、おっさんはドカッと大きな鍋をテーブルの中心に置いた。
「悪ぃな、カーバッドさんよぉ。うちの店で騒ぎ起こすのは勘弁してくれねえか? 他の客もいる。貴重な時間使ってせっかく飯食いに来てくれてんだからよ! 全員、楽しい気分で過ごしてもらいてえんだ!」
おっさんの声は穏やかだが、その目には有無を言わさぬ迫力があった。カーバッドと取り巻き達は一瞬怯んだように見えたが、すぐに取り繕うように笑みを浮かべる。
「やぁ、店長さん。申し訳ないねぇ。別に、騒ぎを起こすつもりはないよぉ。ただ、この能無しが僕に絡んできただけでさぁ」
「そうか? そりゃすまなかったな。シノ、離してやれ」
おっさんの言葉に、俺は渋々手を離した。
カーバッドは解放された手を振って、わざとらしく痛がる仕草を見せる。
「ああ痛い痛い。まったく、この僕にこんな乱暴を働くなんてねぇ……能無しの教育がなってないんじゃないのかなぁ? ねぇ店長さん?」
「すまねえな、まだ新人なんだ! 大目に見てやってくれや! お詫びの印に、そいつはサービスすっからよ! 皆で食ってくれ!」
おっさんが豪快に笑いながら、テーブルに置かれた大きな鍋を指差す。
「それはそれは、わざわざ悪いねぇ店長さん。そういうことなら、有り難くいただこうかなぁ? ……って、あれぇ?」
と、カーバッドが疑問の声を上げたのは当然だ。
一目見れば分かる。
鍋の中の肉や野菜、半透明なスープに沈んだそれらには――殆ど火が通っていない。
「これは、どういうことかなぁ?」
湯気も立っていない鍋を見て、僅かに顔を引きつらせるカーバッド。
「へっ、せっかくのサービスなんだ! もっと楽しんでもらおうと思ってな!」
そう言うとおっさんは、ポケットから小さな瓶を取り出した。
「……酒?」
思わず声を漏らす。
透明な小瓶の中で琥珀色の液体が揺れている。よく分からないが、なんだか度数が高そうな酒だ。
「見ての通り、こいつはまだ未完成だ! だが、安心しろ! こっからが本番だからな!」
おっさんはチラリとこちらに振り返り、小声で「少し離れてろ」と言うと、意味深にウインクして見せた。
「当店自慢の“噴火鍋”! よく見てろよ、てめえら!」
そう言うと、おっさんは瓶の中身を鍋にサッと振りかけ、指先を具材の方に向ける。
カーバッド達が「なんだ?」と怪訝な顔をする中、
「――点火ぁ!」
掛け声と共に指先から小さな火の粉が飛ぶ。
次の瞬間、
「――うわぁッ!?」
引火。
鍋からまるで噴火したかのように勢いよく炎が立ち上がり、テーブルを囲むカーバッドと取り巻き達の顔を照らした。
「熱っ!」
カーバッドが慌てて椅子から飛び上がる。その隙にカナエは掴まれていた手を振り解き、イケスの後ろへ退避。取り巻き達も口々に悲鳴を上げながら、後ずさった。
「お、お前! な、なに! なにをッ!?」
カーバッドが目を丸くして叫ぶ。
おっさんは豪快に笑いながら歩み寄って、
「おっと悪ぃ! 餓鬼にゃあ刺激が強すぎたか? 火力は抑えたつもりなんだがよ!」
スープの表面でゴウゴウと音を立てながら燃える炎。その熱で鍋は瞬く間に沸騰し、具材に火が通っていく。
その光景に圧倒されたのか、カーバッド達は口をパクパクさせるだけでまともな反論もできない。
「店長! やりすぎです!」
その場にイケスが慌てて入ってくるが、おっさんは笑いながら手を振った。
「大丈夫だ! こんな程度の火で、どうにもなりゃしねえよ!」
確かに、炎は派手に見えたが、鍋の縁を超える程じゃなかった。誰一人火傷もしていない。
というか、そもそもの話。アルコールを瞬時に飛ばして食材の旨味を引き出す――フランベはれっきとした調理方法だ。
実際、後に残ったのは、香ばしい香りを纏った熱々の鍋が一つだけ。
「ふ、ふざけるなぁ! 僕を脅すつもりぃ!? こんなことをして、ただで済むと――」
「――おい小僧!」
割り込むようにおっさんの怒声が飛ぶ。
大迫力。
それまでとはまるで違う、重みを感じるその声に、カーバッド一味は全員息を呑んで固まった。
「あまり、調子に乗んなよ? いいか? シノのやつが悪かったなら謝る……だがな! ウチの大事な看板娘に手ぇ出すってんなら、きちんと筋は通してもらおうか?」
おっさんの声が響き渡った後、カーバッドの取り巻き達は目を泳がせ、互いにどうすればいいのか分からない様子で顔を見合わせている。
カーバッド自身も、さっきまでの余裕たっぷりの態度が嘘のように、唇をわなわな震わせながらおっさんを睨みつけていた。
「筋を通せ、だとぉ? なんだぁ、その偉そうな物言いはぁ……! 僕が、誰だか分かってるのかぁ?」
カーバッドが声を張り上げて反撃しようとするが、その声はどこか上ずっていて、怯えが滲んでいるのが分かる。
おっさんはそんなカーバッドを一瞥すると、ニヤリと笑って言った。
「おう、勿論分かってるぜ! てめえが村長の息子だってのはな! だがよ、親の威を借りてイキがる小僧が何人来ようが関係ねえ! ここは俺の城で、俺がルールだ! 覚えとけ!」
その言葉には冗談や軽口の色は一切なく、ただただ純粋な迫力が込められていた。
カーバッドは一瞬言葉に詰まり、後ずさりながらもなんとか面子を保とうと取り繕う。
「ク、クソぉ、どいつもこいつも……! こんなボロい店がなんだって言うんだぁ! 僕が一言パパに言えば、お前らなんか――」
「――好きにしやがれ!」
おっさんが放った声は、まるで刃物のように鋭くカーバッドの言葉を切り裂いた。
「言いたきゃ言えよ! 村長だろうがなんだろうが相手してやる! 本気でこの店を――この俺を潰せると思うなら、やってみな!」
おっさんの言葉に、カーバッドの顔がみるみる赤く染まる。怒りと屈辱が入り混じった表情で、拳を握り潰すようにしながら立ち尽くしていた。
やがて、
「……お、覚えてろよぉ。こんな辱め、ただじゃ済まさないからねぇ……!」
捨て台詞を吐きながら、カーバッドは踵を返して店の出口へと向かう。その背中を見ながら、おっさんは小さく鼻を鳴らした。
「おう、いつでも来な! 次はお前らの為に“特別メニュー”を用意しといてやっからよ!」
その言葉に、カーバッド達の肩がビクッと震えたが、振り返ることはなく、そのまま店を出て行った。
扉がバタンと閉まる音が響くと同時に、店内にいた客達が一斉に息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
中には、
「店長、かっこいい!」「スカッとしたー!」「流石だよアンタ!」「最高!」
と歓声を上げる者までいて、店内は再び活気を取り戻し始めた。
「んだよ、褒めてもなんも出ねえぞ? いいから皆、気にしねえで食事続けてくれや!」
そう言われて、客達は再び料理に目を向ける。
「てめえらもだ! いつまでサボってやがる! さっさと仕事に戻れ!」
おっさんの号令で、俺達は慌ててそれぞれの持ち場に戻る。
イケスはカウンターで麺を仕上げ始め、カナエは客へのアフターフォロー。俺も洗い場に戻って溜まった皿と格闘を再開した。
鍋や食器がぶつかり合う音。客席から聞こえる笑い声。
店内は何事もなかったかのように、いつもの喧騒に包まれていく。
それから程なくして、
「ふぃー、一段落……っと」
客足も落ち着いた頃、洗い物を終えた俺が一息ついていると、
「ちょっとアンタ……」
背後から声が掛かる。
振り返ると、そこに立っていたのは――カナエ。
いつもの威勢のいい態度はどこへやら、なんとなく気まずそうな表情の彼女に、俺は少し驚きながらも、平静を装って応じた。
「な、なんだよ先輩。皿ならもう――」
「――ありがと」
「ぅえっ?」
それだけ言うと、カナエはサッと踵を返して、客席の方へ戻っていった。
まるで嵐だ。
突然のことに思わず変な声を漏らしてしまう俺。
だが、すぐに小さく笑って、
「……ったく、先輩らしいな」
呟きながら、俺は去っていく小さな背中を見送る。胸の奥が、なんだか温かくなったような気がした。
まだまだ忙しい一日は続く。
ここに来てから大変なことだらけだけど、なんだか悪い気はしなかった。
「おーい、てめえら! そろそろ飯にすんぞ!」
洗い場の掃除がそろそろ終わるかという頃、嬉しい知らせが耳に届く。
待ってました!
各々作業を切りの良い所で終わらせ、休憩室へと向かう。
今日はなにが食べれるんだろう?
期待に胸を膨らませ、俺は休憩室の扉を開いた。
そして――
――カーバッド達の残した“噴火鍋”が、そのまま俺達の賄いになったことは、言うまでもない。
『――作者スキル。料理紹介、発動』
アイテム名:噴火鍋
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
概要:醤油風の調味料をベースに、脂の多いバラ肉、香味野菜、根菜、葉物野菜をふんだんに使った鍋。仕上げにフランベを行う事で食材の香りと旨味を最大限引き出し、ついでに火も通す。野菜の甘さと肉と脂、パンチのあるスープが絶品。
アイテム名:肉肉パスタ
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
概要:ガーリックオイルでじっくり焼いたステーキを乗せた豪快な見た目のパスタ。肉汁が混ざったオイルソースと麺の相性が抜群。塩胡椒の効いたステーキは言わずもがな。
次回「不遜にして不穏な者達」
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