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一章十四話[見て、聞いて、感じろ]

「――いいかシノ! 料理ってやつぁ火力が命だ!」


 言いながら鉄鍋片手に焜炉の火をつけるおっさん。

 今なら分かる。

 大き過ぎず、小さ過ぎない絶妙な火加減。それをサラッと一発でやってのけるおっさんの卓越した技術。その凄さが。

 俺がやった時はまるで制御できなかったからな。使えたはいいけど、役には立たない。


「まずは油だ!」


 油壺からお玉半分くらいの油をすくい、鍋にジャッと流し入れる。熱が通ってサラサラになったら、お玉の背を使って鍋全体に馴染ませるようにそれを広げる。

 そこへ、


「次ッ!」


 刻まれたニンニクと生姜、唐辛子みたいな赤い野菜を投入。するとたちまちパンチの効いた香りが広がり、鼻が幸せになる。


「肉だッ!」


 微塵切りにされたなにかの肉をお玉一杯程度鍋へ。

 火力が高いのですぐに色が変わり始める。

 焦げ目が付くくらいに炒めたら今度は、


「味付けッ!」


 おっさんが手に取ったのは赤黒いソースが入った壺と、瓶詰めにされた赤い粉。それらをドバっと豪快に投入し、肉に絡めながら炒めていく。すると、ピリッと辛そうな匂いが辺りに充満した。

 前に食べた火山炒めにも入ってたな、あれ。


「次に煮込みだッ!」


 流し込まれたのは、先程まかないで食べたなんとか鳥のスープ。

 そこへ赤いネギの刻み、なにやら黒い醤油みたいなソース、砂糖らしき物を少々入れて混ぜ合わせ味を整えたら、


「主役の登場だッ!」


 そう言うとおっさんは用意してあった白い物体に手を伸ばした。

 豆腐? いや違う。鑑定してみるとそれは『グミ芋』とかいう名前の芋だった。

 四角いジャガイモみたいなそれ。意外な食材の参入だ。てっきり麻婆豆腐的な料理を作ってるかと思ったが……こっちには豆腐がないのかな? 急に味の想像がつかなくなった。

 そんなことを思いながら見ていると、おっさんは皮を剥いただけのそれを、あろうことかそのままドボンと鍋にぶち込んだ。


「火が通るまで待つ! ……っと。どうだ、ここまで? なんか勉強になったか?」


 火力をとろ火まで弱めて煮込みをゆっくりにしながら聞いてくるおっさん。

 豪快すぎる調理法に呆気にとられていた俺だが、すぐに気を取り直して「おう!」と返す。


「そいつぁなによりだ! なんだ、楽しそうな顔しやがってよ!」


 まあな、人の調理風景を見ているのはなんとなく楽しい。おっさんみたいな熟練者のものは特に、だ。

 そういえば……元の世界でも中華料理屋さんの鍋振り動画なんかを延々と見てたっけ。すっかり影響されて地元の町中華に修業しに行ったりしてよ……懐かしいな。

 じいさん店長がすんげぇ厳しくて、めっちゃ怒られたし多忙で大変だったけど、お陰で一人前になれた。何年も何年も、本っ当に世話になったよな。最後には自分の店まで持たせてもらえることになって……


「……はぁ〜あ」


 俺の店……やれる筈だったのにな。

 少しだけ思い出にふけり、人知れず溜め息を吐いた。


「――しっかし驚いた……いや嬉しかったぜ! てめえに料理を教えてくれって言われた時はな!」

「え? ああ……まあ、ジッとしてても暇だしさ」

「そうか……そうだな。その様じゃ、なんもできねえだろうし……」


 そう言っておっさんが目を向けたのは、俺の――包帯でぐるぐる巻きにされた両手だった。


「ったく、迂闊だったぜ。イケスも俺もよ…………すまなかったなシノ」

「いやいや、二人は悪くねぇって!」


 誰のせいでもない。これは、完全に俺のミスだ。

 だいぶ腫れは引いたが、動かそうとするとヒリヒリ痛む両手。

 それを見ながら、俺は先程のことを思い出す――



***



 ――某時刻。そろそろ日も落ち、空が真っ赤に染まった頃。


「おう! 今帰ったぞー!」


 そんな台詞と共に帰ってきたのはおっさんだ。

 なにやらでかい徳利を片手にゆらゆら歩いていて、休憩中どこでなにをしていたかがすぐに分かった。


「酒臭っ!」


 おいおい大丈夫かよ?

 店につくや否やカウンターの椅子に座り込んだおっさんに心配が募る。


「ガッハッハ、心配すんな! 大丈夫だ! 俺ぁプロだぞ? 仕事には支障ねえ!」

「ホントかよ……」


 頬を赤らめたその顔からはまるで大丈夫な感じはしない。

 やれやれ、おっさんアンタ……実は酒にだらしないタイプだったんだな。

 そんなやり取りをしていると――


「――ただいま帰りました!」


 イケスとカナエの兄妹コンビも帰ってきた。二人とも大きな籠やら袋を持っていて、いかにも買い物帰りって感じだ。


「あー! ちょっと店長! またお酒っ!」


 開口一番にそう言っておっさんに詰め寄るのはカナエ。


「おう、なんだ? てめえも呑むか?」

「アタシはまだ未成年よ! って、そうじゃなくて! 仕事の時は呑まないでって言ったじゃない!」

「んー? そうだったか? まあ、いいじゃねえか! 酔うほどは呑んでねえしよ!」

「そういう問題じゃない!」


 帰ってきて早々不機嫌に喚き立てるカナエを相手にたじたじなおっさん。


「まあまあカナエ。店長にそれを言っても無理だよ? 君も分かってるでしょ?」

「でも、お兄ちゃん!」

「心配なのは分かるよ? こんな見た目の割に弱いもんね、店長」


 意外な事実が発覚。

 マジかよ、見た目詐欺だろそんなの。

 イケスの言葉に「ほっとけ!」と鼻を鳴らすおっさん。


「……だけど、それで料理の腕が狂ったことなんか一度もない。そうだろ?」

「そりゃそうだけど……」

「大人の楽しみを取るもんじゃない。どうせほどほどにしか呑めないんだから大丈夫だよ」


 庇っているのか貶しているのか分からないイケスの言葉に、カナエはこれまた納得してるのかどうか分からない様子で小さく唸った。


「――もういいだろ!」


 と、話をぶった切ったのはおっさん。


「んなことより! てめえらはさっさとその荷物片して来い! 準備もあるんだ! 時間はねえぞ!」


 その言葉で全員のスイッチが入った。

 さっそく指示通りに荷物を運んでいく二人。


「シノ、てめえも手伝ってやれ!」

「了解!」


 言われてすぐさま二人の方に駆け出す俺。


「手伝います!」

「いらないわよ!」


 速攻で振られてシュンとなる俺。


「こーら、カナエ。……ありがとう、シノ君。助かるよ。それじゃあ、外に荷車があるからさ。積んである荷物を頼めるかい?」

「もちろんです!」


 イケス先輩がいてよかった! 命に代えても任務を遂行する!

 そんな気持ちと勢いで指示に従い、俺は外に飛び出した。


「荷車は……これか?」


 店先に小型の人力車みたいなものが停まっている。多分これがそうだろう。


「こりゃまた沢山だな……」


 荷台には大小様々、袋や籠に入った食材がぎっしり積んであった。

 色とりどりの野菜や果物、肉に玉子など。その他にも色々……当たり前だがどれもこれも初めて見るものばかり。新鮮さに負けて思わず見惚れてしまいそうになったが、今は自重する。


「さーて……」


 どれを運ぼうかな?

 一瞬迷ったが、とりあえず手近な所にあった袋に手を伸ばした。


「なんだこれ? ……胡麻?」


 上から覗いた感じの印象はそれだ。

 匂いはない。なにやら黒い木の実のような? 種のような? そんな小さな粒々が袋いっぱいに詰まっている。


『――料理人スキル。食材鑑定Lv1、発動』



 アイテム名:ハジカの実

 種別:木の実

 可食適性:〇



 うん、勿論知らない。

 一体どんな料理に使うんだろう? すり胡麻とか? 

味の方も気になる所だ。後でおっさんにでも聞いてみよう。

 そんな事を考えつつ、袋の紐部分を掴んで手元に引き寄せた。


「っと、しまった」


 パラパラっと音が鳴る。

 迂闊。中身が少し零れてしまった。どうやら傾け過ぎたようだ。


「てへっ、失敗失敗」


 三秒ルールを適用。地べたに落ちた訳でもなし。すぐに戻せば問題ない。

 そうして両手を箒代わりに散らばった粒々を拾い集めようとした。その瞬間――


「――痛ってぇッ!?」


 激痛。

 突如として両手が焼けるような痛みに襲われ、思わずその場に蹲った。

 なんだこれ!? なにが起きた!?

 分からぬままに両手を見ると、ハジカの実に触れた部分がまるで赤い風船みたいに腫れ上がっていた。それを見て、すぐさま一つの可能性に思い至る。


 ――“毒”だ。


「あああ! 痛い痛い痛い痛い!」


 強い痒みと痛み。耐え難い感覚に声を出さずにはいられない。そうして気を紛らわせないと辛くて泣きそうだった。


「――シノ君!?」


 慌ただしく駆け寄る足音が聞こえた。

 この声、イケスさんか? 見ると、後ろからカナエもついて来ている。


「大丈夫!? 一体どうしたの……って」


 俺の両手と荷台を見て状況を察したらしいイケス。


「もしかして……これに触った?」


 泣きそうな顔で頷く俺。


「あーあ、バッカじゃないの? ハジカと毛虫は触らない。子供でも知ってるわよ!」


 カナエの言葉が刺さる。泣きっ面に蜂。二重の意味で痛い。


「それも、忘れちゃったってことか……しまったな。ごめんねシノ君。手、見せてもらっていい?」

「は、はい……」


 赤く腫れた両手を広げて前に出す。すると、イケスは二本の指をかざして、


「まずは洗わなきゃね」


 言った直後、指先から蛇口を捻ったように水が溢れてきた。

 冷たい。両手が濡れる感触が心地いい。不思議と痛みも和らいだ気がする。


「応急処置しかできないけど」


 今度は両手をかざして集中するイケス。

 するとそこから淡く水色の光が灯り、患部を優しく照らす。

 温かい感覚。光に包まれた両手から徐々に腫れが引いていく。

 これは……いわゆる回復魔法ってやつか? 創作ではよく見かけるけど、実際に受けると凄いなこれ。医者いらずじゃないか。


「後は包帯で……カナエ、取って来てくれる?」

「な、なんでアタシが!?」

「いいから! お願い!」


 有無を言わせぬ兄に押されて、渋々と言った様子で包帯を取りに行くカナエ。


「ホント、ごめんね? 痛かったでしょ? 僕がちゃんと注意してればこんなことには……」

「いや、イケスさんは悪くないです。俺の確認不足でした。すみません、心配かけて」


 そもそも素手で触っちゃいけない食材は現代でもある。主に河豚とかの魚が多いけど、表面に毒を持った食材がある可能性を考えなかったのは完全に俺の油断だ。プロの料理人としてあるまじきミス。反省しかない。


「――おい! 大丈夫かシノ!?」


 騒がしい声が響く。

 見れば、カナエと一緒におっさんが店から駆けつけていた。


「はいこれ! 持って来たわよ!」

「うん、ありがとう」


 カナエから包帯を受け取ったイケスは、手際よくそれを俺の両手に巻いてくれた。


「これでよし……っと。うん、もう大丈夫! 毒は流したし、明日には完治すると思うよ」

「感謝しなさい! ホントなら何日も痛いのが続くんだからね!」

「あ、ありがとうございます」


 うへー、それはきついな。

 イケス先輩マジでグッジョブ!


「やれやれ、だな。まあ、大事なくてなによりだぜ!」

「すみません店長。危険な食材もあるってこと、僕がちゃんと教えるべきだったのに……」

「はぁ? なんでお兄ちゃんが謝るのよ? コイツが考えなしに触るのが悪いんじゃない!」

「カナエは黙ってて!」


 言われて不機嫌な顔で黙るカナエ。


「まあまあ、落ち着けてめえら!」


 そう言って兄妹の肩に手を置きながら言うのはおっさんだ。


「イケス! てめえが責任を感じるのは分かるがな! てめえの責任は俺の責任だ! 気にすんなとは言わねえが、あんま引き摺んじゃねえぞ!」

「店長……ありがとう、ございます」


 いい意味でジャイアニズムを感じる言葉。それを受け、イケスは頭を下げて応じる。


「カナエ! てめえも報告ありがとよ!」

「包帯もね。仕事が早くて助かったよ。そんなに心配だった?」

「はあ!? 違うわよ! ただ見るに堪えなかっただけ! あんなの見てたらこっちまで痒くなるじゃない! それだけよ!」

「はいはい」


 まあ、いつも通りのカナエは置いといて、


「しっかし、こりゃあ……どうすっか?」


 腕組みして考えるおっさんの視線は、俺の両手に注がれていた。


「その様じゃあ、洗い場は無理そうだな」

「そうですね。念の為、今日一日は安静にした方がいいと思います」


 なんてこった。初日で早速役立たずになるとは……これじゃ、本当に能無しじゃないか。

 無力感に苛まれて俯く俺を余所に話は進む。


「しゃあねえ! カナエ! ちっと大変だろうが、洗い場も頼めるか?」

「別に、今までと一緒だもの! 問題ないわ!」


 コイツなんかいなくても……と、言外に聞こえたのは果たして気のせいかどうか。


「よし! じゃあてめえらは作業に戻れ! おら、あんまり時間ねえぞ!」


 促されて、イケス達兄妹はそれぞれの作業に戻っていった。

 おっさんも、ついでとばかりに荷台の上の籠や袋をいくつか担ぎながら、店に戻っていく。

 俺はというと、なにもできない。ただなんとなく、その背中を追いかけるしかなかった。

 もどかしい。

 畜生、こんなんじゃ木偶の坊って言われても仕方ねぇじゃねえかよ。


「クソ……!」


 よくないな。これはよくない。どうしても思考が卑屈になってしまう。

 切り替えろ。やってしまったことは仕方がない。大事なのは、それをどう取り返すかだ。

 さしあたっては、


「なあ、おっさん」


 今の俺が、やれることをやる。

 厨房を通って、奥の食糧庫へ。荷物を棚に下ろすおっさんに向けて、俺は言った。


「おう、どうした? てめえは今日休み――」

「――俺に料理を教えてくれ!」


 役に立ちたい! そのために、今は学ぶ。

 俺なりに考えて、出した結論がそれだった。


「な、なんだ藪から棒に。第一、教えてくれったって、てめえは……」


 口を噤んだおっさんだが、言わんとしたことは分かる。

 でもそれは、俺には関係ない。


「頼む! 俺だって、なにかしてえんだよ! 見るだけでもいい! 邪魔はしねえから、居させてくれ!」


 今は二人っきりだ。なりふり構わず頭を下げて懇願する。


「おいおい、なにしてんだ馬鹿野郎! 別に駄目とは言ってねえだろうが! 頭上げろ!」

「それじゃあ……」

「いいに決まってんだろ! まあ、為になるか分かんねえが、やりてえってんならやれ!」

「っ……ありがとう、おっさん!」


 上げた頭をまた下げる俺に見て、「しゃあねえな!」と呆れた声で笑うおっさん。


「……そうだな、夜の開店にはまだ少し時間がある……てめえ、腹減ってるか?」

「うーん、小腹程度なら?」


 その答えにおっさんは満足そうに頷く。


「おっし! なら、ちっとはえーが夕飯作ってやる! しっかり見とけよ!」

「おう!」


 異世界料理人のお手並み拝見。楽しみだ。

 食材の整理を終え、勢いよく立ち上がったおっさんと一緒に、俺は厨房へと向かった。



***



 ――そして、今に至る。


 グツグツと食材が煮える小気味よい音を聞きながら、俺はおっさんの隣で鍋に視線を注いでいた。


「……このグミ芋ってのはよ。煮込むとトロッとして、味が染み込みやすいんだ! それに、ちょっと歯応えが残るくらいがちょうどいい! 火加減が大事だぜ、シノ! 強すぎると芋が溶けちまうし、弱すぎると味が入らねえからな!」


 おっさんは鍋をかき混ぜながら、慣れた手つきで火力を微調整する。

 確かに、火加減ってのは料理の肝だ。昔中華料理屋で修業してた時も、じいさん店長に「火を見ろ、火を聞け、火を感じろ」って何度も叩き込まれた。鍋から上がる音や炎の揺れ方で食材の状態が分かるようになるまで、どれだけ失敗したか分からない。


「……よし! そろそろいいだろ!」


 火を消したらいよいよ、


「仕上げだッ!」


 そう言っておっさんがボウルから取り出した物を見た瞬間だ。


「えっ!?」


 ちょっと待て。それは――


『――料理人スキル。食材鑑定Lv1、発動』



 アイテム名:スライムジェル(青)

 種別:素材

 可食適性:〇



 スライムじゃねえか! なにに使うんだそんなの!?

 という疑問の答えは、すぐにおっさんからもたらされた。


「なに驚いてんだ……って、そうか。覚えてねえよな。こいつを水に混ぜて煮るとよ、いい具合にとろみを付けてくれんだ! うちでは必需品だな!」

「へ、へぇ……」


 片栗粉、みたいなもんか。

 そんな使い道があるとは……想像できなかった。

 呆気にとられる俺を余所に、おっさんはお玉を使って器用にグミ芋だけを取り出し、用意してあった底の深い石皿に移す。

 そのタイミングで焜炉を再点火したら、残ったスープにスライムの欠片を投入し、ゆっくり混ぜていく。すると、あら不思議。見る見る内にスープはとろみの強い餡へと変身を遂げた。

 そうなったら後は盛り付け。

 火を消して、出来上がった餡をグミ芋の入った皿に流し込んだら完成……かと思いきや、最後の一手間。


「こいつを忘れちゃなんねえ!」


 おっさんが取り出したのは、小さな壺に入った黒い胡麻のような粒々。


「え!?」


 ちょっと待て。それは――


『――料理人スキル。Lv向上。食材鑑定Lv2、発動』



 アイテム名:ハジカの実

 種別:木の実

 可食適性:〇

 毒性:無



 おお! レベルが上がった? やったぜ!

 って、そうじゃねぇよ!

 毒だろ! なに使うんだそんなの!?


「驚いたか? 安心しろ! こいつは十分火を通してあるからな! 毒はねぇ!」

「へ、へぇ……」


 確かに、たった今増えた鑑定結果を見ても、毒は無い。それでもさっきのことがある。なかなか抵抗感が拭いきれないが……。

 そんな俺に構わず、おっさんはハジカの実を一摘み取ると、それを満遍なく料理に振りかけた。


「“グミ芋のマグマ煮込み”! 一丁あがり! ほれ、口開けろ! 味見だ!」


 おっさんがスプーンに少しすくって俺に差し出してくる。両手が使えない俺に気を遣ってくれたらしいけど、


「いや、大丈夫! ほら、指は動くから! 自分でやるよ!」


 やれやれ、危うく男同士でアーンをする地獄絵図が出来上がる所だったぜ。

 なんとか動かせる指でおっさんからスプーンを受け取り、そのまま一口。


「うん……!」


 美味い!

 思わず目を見開く。

 最初に来るのは鋭い辛さ。粉山椒みたいな独特な香りを伴ってそれを五感に訴えてくるのは、他ならぬハジカの実だ。その後にグミ芋のほのかな甘さと餡自体の旨味が広がって、辛さがまろやかになる。肉の香ばしさとニンニク風味が後を引いて、癖になりそうな味だ。歯ごたえも絶妙で、グミ芋のもっちりした食感が楽しい。見た目こそ大きく違うが、まるで四川風の麻婆豆腐を食べてるみたいだ。


「どうだ?」


 おっさんがニヤリと笑いながら聞いてくる。 


「最高! 辛いけど奥深いっていうか……なんつうか、食った後に元気が出る感じ!」

「ガッハッハ! そいつぁいい褒め言葉だぜ! 料理ってのは食う奴を笑顔にするもんだ! てめえがそんな顔してんなら、俺の勝ちだな!」


 そう言うおっさんも満足そうに笑う。

 料理って、やっぱりいいな。作るのも食うのも、見てるだけでも楽しい。俺が料理を好きになった理由が、そこにあるってことを思い出した。


「なぁ、シノ」

「なんだよ、おっさん? 改まって」


 その問いに、おっさんは決意したような顔で言う。


「……てめえ、手が治ったら、本格的に料理やってみねえか?」

「え?」


 突然の提案に、目を丸くする。


「俺が? この店で?」

「おう! てめえにやる気さえありゃあ、俺が一から教えてやる。どうだ?」


 一瞬、言葉に詰まる。

 俺がこの店で料理を……?

 確かに、元の世界じゃ、自分の店を持つ夢が叶う直前で全部パーになった。

 おっさんの豪快な料理と、イケスの優しさ、カナエの毒舌も含めて、この店なら楽しそうだとも思う。


「……でも、なんで?」


 能無し《ノーマン》って言われてる俺に?

 言外に問いかけると、おっさんは、


「目だよ」

「目?」

「そう、てめえのその……料理を見てるときの真剣な目。なんつうかよ。そいつが本気かどうかは、目を見りゃだいたい分かる。てめえは今、見ながら頭ん中で一緒に調理してたろ?」


 そう言われて、少し驚いた。

 確かに、人の料理を見る時はいつも、「俺ならこうする」を考える癖があった。けど、それを人に指摘されるのは初めてだ。流石だな。


「その想像力は料理人にとって大切なもんだ。能無し《ノーマン》だからって関係ねえ! ただ、てめえになら教えてもいい、そう思ったんだ。どうだ? やってみねえか?」


 やってみてもいいかもしれない。いや、だけど……。

 再び投げかけられたその問いに俺は、


「……考えてみるよ。おっさん、ありがとな!」

「おう! 急がねえから、ゆっくり決めな! それまで、俺の料理をしっかり目に焼き付けとけよ!」

「了解!」


 そう答えて、俺はまた皿の方に目を向けた。グミ芋のマグマ煮込みが辛みを含んだ湯気を立てて目に染みる。

 ここは、ずっといる場所じゃない。俺には帰る場所がある。だから、すぐに答えは出せない。

 でも、


「おっさん! 次はなに作るんだ?」

「おう、なんだ勉強熱心じゃねえか! そうだな、次は――」


 なんだか、これからの日々は少し楽しみになってきたような気がする。

 上がった気分で再びスプーンを口に入れる。

 舌の上で踊るグミ芋たちは、さっきよりも一層美味しく感じられた。

『――作者スキル。料理紹介、発動』


 アイテム名:グミ芋のマグマ煮込み

 種別:料理

 可食適性:〇

 毒性:無

 概要:辛味の効いた肉味噌と鳥のスープでグミ芋を煮込んだ料理。スライムジェルを入れることでとろみが付く。ピリッとしたハジカの風味ととろとろの餡が具材に絡んで舌に嬉しい旨さ。


次回「ありふれた日常」

乞うご期待!


※ブクマ、評価等もよろしくお願いします!

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この度は、旧ツイッターにて応募ありがとうございます。 最新話まで読ませて頂きました。 最初の物語の出だしから、一体どうなるのかと気になりました。 しかし読み進めるにつれて、だんだん謎が解明され始め更に…
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