一章十三話[火の用心]
『――料理人スキル。食材鑑定Lv1、発動』
アイテム名:ポムライス
種別:料理
可食適性:〇
アイテム名:ガラガラ鳥の出汁スープ
種別:料理
可食適性:〇
休憩室。こじんまりとした部屋の中にて。
おっさんが持ってきた料理を即座に鑑定した。
「ポムライス……」
覚えのあるそいつに思わず反応してしまう。
フラッシュバック。一瞬嫌な顔が浮かんだが、余計な雑味は不要。即座に振り払って目の前の料理と向き合った。
「ふむ……」
スプーンでひとすくい。
見た感じは……さっきも思ったけど、アレだな。殆どオムライスだ。
外側を包む玉子を更に包むように赤いソース(ケチャップ?)が満遍なく塗りたくられていて真っ赤な見た目にはなっているが、そう思って差し支えない。
まさかこのおっさんから洋食みたいなお洒落なものが出てくるとは……似合わねー。と言いたい所だが、それは黙っていよう。拳骨が怖い。
ともあれ、
「どれどれ……」
この香り……中身は、バターライスか。それと、僅かにニンニクっぽい香りもして、これは食欲をそそる。
という訳で、
「いただきます!」
早速一口。
「おおぉ……!」
美味い。
予想通りで期待以上の結果に、先程のことは忘れて思わず頬が緩む。
塩胡椒とニンニク風味でパンチを効かせたご飯。そこにバターのコクが上乗せされて、えも言われぬ味わいになっている。それを酸味の効いたソースと半熟の卵が包み込んだらもう……最高だ。
米の甘みと乳製品のコク。トマトだと思われるソースの酸味に玉子のふわとろ食感。一口食べる毎に爆発的な味のハーモニーが口の中で輪舞曲を踊って舌を楽しませてくれる……もうなにを言ってるのか俺にも分からない。
とにかく言いたいことは一つ、
「うま過ぎる!」
思わず出た言葉は、しっかりおっさんの耳にも入ったらしい。
「ガッハッハ! そうかそうか! そりゃ作った甲斐があるってなもんだ! ありがとよ!」
ありがとうはこっちの台詞だ。
お陰で沈んでいた気持ちが嘘みたいに晴れた。
やはり美味い食事は尊きものなり。
「うーん、これもなかなか……」
箸休めに飲んだスープも素晴らしい。
鳥の出汁に程よい塩味。溶け込んだ野菜の旨味がするりと喉を通り、食欲を更に促進させる。
それだけじゃない。
『――回復効果。HP小回復』
『――一時的増強。攻撃力、守備力、精神力、毒耐性、小向上』
血が巡り、力が漲る。
労働で疲れた心と体に活力が戻っていくのが感じられた。
言うことなし。本当に、素晴らしい料理だ。俺にも、こんな料理を作れるだろうか?
試したい。機会があったら是非厨房を使わせてほしいなー。
なんてことを考えていると――
「――お疲れ様です」
言いながら部屋に入ってきたのはイケスだ。
「おう、イケス! ……アイツらは? 帰ったか?」
「ええ、特に何事もなく。大人しく食べて帰りましたよ」
「そうか。そんなら良かったぜ。まったくよ……あのクソガキ共は好かん!」
「店長、それ……気持ちは分かりますけど、外では言わないでくださいよ? あんなでも一応村長の息子さんなんですから」
「けっ!」
うへー、マジかよ。
あれが村長の息子? 確かに身なりが良いとは思ったけど、よりによってって感じだ。虎の威を借る狐……最悪だな。
「シノ! 連中がなに言おうが気にするこたぁねえからな! てめえは堂々としてろ!」
「そうそう、良くやってくれてるからね。今後も頼りにしてるよ?」
「はい、ありがとうございます!」
二人して嬉しいことを言ってくれる。心強い。
「ちなみに……カナエのやつも、大丈夫か?」
「まあ、いつものことなので……」
下心丸見えの顔を思い出す。
あんな奴に嫌われるのも面倒だが、好かれるのも考えものだ。その点に関しては、先輩に同情する。
「やれやれだな……つーか、そのカナエはどうした? 来ねえのか?」
「あー、っと……それはまあ、なんというか……」
チラリとこちらに目をやるイケス。
だが、やがて意を決したように、
「……“能無しと一緒なんてゴメンよ!” ……だそうです。部屋で休んでますよ」
「ったく、仕方ねえ奴だな! アイツも!」
前言撤回。同情なんてなかった!
さっきカーバッド一味の間に入ってくれた時はヒーローみたいに見えたが、気のせいだったらしい。
つーか、俺は能無しじゃねぇ! 言っても信じないんだろうけどな……あの神父みたいに。
また一つ嫌な顔を思い出して、人知れず溜め息を吐いた。
「まあ、なんにせよ……とりあえず前半戦は終了だな! お疲れさん! 後半も頼むぜ! てめえら!」
そう言われて「はい!」と元気に返事をする俺とイケス。
まあ、なんやかんやあったが一段落だ。この後も、引き続き頑張ろう。
そんな小さな決意を胸に秘めて、俺は残りの料理を一気にかき込んだ。
***
それからは各自休憩になった。
『夜の準備もあるからな! 夕方には戻って来いよ!』
そう言い残しておっさんはどこぞに消えた。
イケス達兄妹も、少なくなった材料の補充ってことでお出かけ中。
ふいに訪れた一人での自由時間。
折角だから俺も村の中を見て回ろうかと思ったが、色んな嫌な顔が頭に浮かんで断念。どうしたもんか悩んだ末に、結局は店の中で過ごすことにした。
今は……明るさから言って多分昼の二〜三時ってところか。夕方までは、まだまだ時間があるな。
「暇だー……」
手持ち無沙汰。とりあえず自室に戻ったはいいものの、やることがなくて正直困った。
「こういう時は……」
じっとしてても仕方ない。とりあえず足を動かそう。
思い立って部屋を出る。
こんな感じで一人で暇を潰すのは、なんだか久しぶりだ。子供の頃はともかく……最近はだいたい巧実か優莉が一緒だったもんなー。
「……二人とも。どうしてんだろ?」
知る由もない。
どうしようもなく遠い場所に来たんだということを今更ながら実感して、どうしようもなく寂しい気持ちになった。
「っと、いかんいかん」
センチメンタルになってどうする。
死なずに済んだだけでも良かったじゃないか。生きてさえいれば、また会える。会えるんだ。
そのためには、
「……“勇者”、か」
色々あって忘れそうになってたが、本来の目的はそれだ。
これに関しては、今の所なんの情報もない。
おそらくは職業が勇者である人物がこの世界のどこかにいるんだろうけど、どうやって探そうか?
一つの方法としては、出会う人間全てに鑑定を試すって手もあるが……果てしない。こちらの世界にどんだけの人口がいるのか知らないけど、下手をしたら何億分の一の可能性に挑むって話だ。
「無謀過ぎる……」
それでも、やらないよりはマシ……か。
いやはや、始めはこんな職業で大丈夫か? と思ったけど、食材鑑定なんて技能がある分、料理人っていう職業は逆に良かったかもしれない。少なくとも、何かを探すには有用だ。いや、おっさんを見る限り、戦闘でも役に立つかもしれない。
「あっ、そうだ!」
おっさんといえば、思い出した。
そうだよ。同じ料理人として、ひょっとしたら俺にもできるんじゃないか? いや、きっとできる筈だ。できない訳がない。
「……試してみるか」
その価値はある。
思い立ったが吉日。そうして向かった先は――店の厨房だ。
「確か、ここの所に手を当てて……」
おっさんが使っていた焜炉。これは現代で使われていたものとは違って、点火するのにつまみを回す必要はない。
代わりに何をする必要があるかといえばそれは――
――魔法。
おそらくは焜炉に組み込まれているこの……なにかの結晶でできた球体部分に触れながら魔法を使うことで魔力的なものが内部に伝わり、なんやかんやあって五徳(※鍋などを置いたりする部分)の下に見える魔法陣っぽい紋様から火を起こすことができる仕組み……なんじゃないかと思う。
なにぶん、営業中におっさんがやってたのを遠目に見ていただけだから確証はないけど、多分そんな感じだ。
ガスでもなく、電気でもない。さしずめ魔力焜炉とでも言おうか。その認識が正しければ、俺が魔法を試すにはもってこいの設備だ。万が一火が起きても、ここでなら燃え広がるようなことはないだろう。
「よし……!」
手の方に意識を集中する。
料理人にとって火力は命。おっさんが火の魔法を使える以上、俺にも同じことができるのは道理。
なにより、
「俺がどんだけ火に触れてきたと思ってんだ……!」
魔法の使い方なんて分からない。
それでも、こっちには現代で培った経験がある。料理人として、魂に刻まれた努力の結晶。それは……決して俺を裏切らない。
その誇りと自信を胸に、球体を握る右手に力を入れる。
「燃えろ……燃えろ……燃えろ!」
イメージするのは、猛る炎。
最初に会ったおっさんのことを思い出せ。
スライム達を消し炭にしたあの赤……あの熱……俺の中にその才が眠ってるなら、今こそ目覚めの時だ。
起きろ……起きろ……起きろ!
さあ……魂を燃やせ――
『――料理人スキル。“属性魔法(火)Lv5”――』
視界に浮かぶ文字列。
『――“中級【メガバーン】”。発動』
体から温かいなにかが吸い取られる感覚があり、そして――
「え? ちょ、待っ……!?」
――爆炎。見上げるほどの大火が、一瞬にして発現した。
「あわわわ……!」
な、なんじゃこりゃあーー!?
どうしよう? どうする?
想定外。思った以上の火力に驚き、慌てふためく俺。
「と、とにかく、消さねぇと……ッ!」
消し方は? 分からない。
弾みで球体からは手を離したにも関わらず、炎は天井に届かん勢いで燃え続けている。
そりゃそうか。これでいちいち消えてたら料理なんかできないもんな……なんて分析してる場合じゃねえ!
「水……ッ!」
その辺にあった桶を取り洗い場に走る。
水を満タンに注いで急ぎ戻り、そして――
――バシャーン!
思いっ切りぶっかけた。
しかし、
「消えねぇ……!?」
炎はその勢いをやや弱めただけで、消えるには至らなかった。
量が足りなかったのか?
いや、それとも……
「ただの水じゃ……駄目だったり?」
なにせ魔法で生み出された炎だ。その可能性はある。
そもそもここは異世界だ。俺の世界の原理がそのまま通用するとは限らない。
「じゃあ、どうする……!」
このままじゃ大惨事になり得る。いやならないにしても、大目玉を食らうことは確実だ。
マジで、今ここに誰もいなくて良かった。
おっさんが居たら拳骨じゃ済まないかもしれない。
「――そうだッ! おっさん!」
ハッとして思い至る。
「確か……」
同じだ。消す時も、同じだった。
調理を終えた際、おっさんは再びこの球体に触って火力を抑えていたような気がする。どういう原理かは知らない。でもきっと、ここで調節もできるんだ。
となれば、迷う暇はない。
「消えろ消えろ消えろ消えろ!」
お願いだから、消えてくれ!
心から思いつつ球体を握る。
すると――
『――スキル解除』
そんな文字が現れたかと思った次の瞬間、まるで俺の意思を聞き入れたかのように、炎は跡形もなく消え去った。
「一件、落着……?」
安堵、そして脱力感。
後には、呆けた顔で立ち尽くす俺と、水浸しの焜炉だけが残った。
「ハ、ハハハッ……!」
できた……できたぞ! マジでできた!
夢ではない。だいたい三割くらい減ったMPがそれを証明している。
間違いない、魔法だ! 俺にも使えた!
その結果につい笑みがこぼれる。
まさか、こんなにあっさりできるとは思わなかった。殆どダメ元だっただけに、気分の高揚が収まらない。
「しかも……」
俺の目に狂いがなければ、今のは……
「……“中級”魔法?」
それって、どうなんだ? 初心者がいきなり使えるもんなのか?
ゲームで言ったら、大抵が物語の中盤で覚えるようなイメージだけど……この世界だと、違うのか?
それに技能のレベルも。初めて使った筈なのに何故か上がってたし……謎だ。
あれもこれも、自分の技能の癖に分からないことだらけではある……が、少なくとも、俺には才能がある。そのことが分かった。今はそれで十分だ。
「練習……しないとな」
気持ちの上では、すぐにでも能無し能無しうるさい連中に見せて度肝を抜いてやりたい所だが、今はまだ駄目だ。
あんな制御が効かない状態じゃ、危なっかしくて人前では絶対に使えない。せめて自分の意思で火力の調節ができるようになるまでは、お披露目は後回しだ。
クールにいこうぜ。
一歩は踏み出した。後は進むだけ。機会を見つけてまたやってみるとしよう。
なんだよ異世界、楽しくなってきたじゃないか!
「でもその前に……」
俺にはやらなければいけないことがある。
そのために必要な物は、すぐそこに。
「さあ……始めようか!」
全身全霊、全速力で――
「うぉおおおおおお!」
――後始末をな!
その後、びしょ濡れになった厨房を片っ端から拭いて周る俺がいたことは、誰も知らない。
『――作者スキル。人物鑑定Lv1、発動』
個体名:金田凌平
年齢:26
性別:男
職業:料理人
職業スキル:食材鑑定 Lv1
属性魔法(火)Lv5
個別スキル:???
魔法適性:火
今お見せできるのはここまで。
次回「見て、聞いて、感じろ」
乞うご期待!
後、全く関係はありませんが、ふと思いついた短編作品を投稿しました!
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『常在戦場 〜妻がシリアルキラーなので毎日命懸けです〜』
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