一章十話[赤くて辛くて]
『――料理人スキル。食材鑑定Lv1、発動』
アイテム名:肉団子と赤ネギのとろ玉スープ
種別:料理
可食適性:〇
アイテム名:兎もも肉の塩揚げ
種別:料理
可食適性:〇
アイテム名:至高のつけだれ
種別:調味料
可食適性:〇
アイテム名:キバニーの火山炒め(甘口)
種別:料理
可食適性:〇
目の前に並んだ料理の数々。
結論から言おう。
「うめえぇぇぇぇ!!」
なにこれ、マジで美味い!
鶏ガラベースと思われる香りに程よい塩味、なんの卵か分からないがふわふわとろっとした黄身が混ざり込んだスープは、一口飲めば空腹で弱りきった胃袋を優しく温めてくれる。肉団子はキバ二ーの肉で作ったのかな? スプーンでちょうどすくえるサイズで噛むとホロッと柔らかく崩れ、そこから鳥肉のような……なんとも言えない旨味が口いっぱいに広がる。この赤いネギっぽい野菜も見た目とは裏腹に甘みがあってスープのいいアクセントになっている。おかげでいくらでも飲めそう。この後の前座としてはこれ以上ない出来だ。
お次は塩揚げとやらを試してみる。これは、見た目で分かる通り、肉に塩なんかで味付けをして、そのまま素揚げにした簡単料理だろう。おっさん曰く、たれを付けて食べるとのことだったが……まずはそのままでひと齧り。
「おお……!」
素揚げにすると素材の味が逃げてしまうっていうのはよく言う話だが、これはそんなことはない。フォークで刺した感触からも分かる程度に柔らかな肉質のそれは、噛みしめる毎に肉汁が溢れ、脂が弾ける。まるで若鶏の唐揚げのようなジューシー食感がたまらない。このままでも香辛料が効いて充分美味しいけど、そこにたれを付けると――
「――ッ!」
これまた美味。
やや甘味のある、それでいて酢醤油に近い味のたれは、揚げ物の脂っこさを抑えてサッパリした味わいに変えてくれる。それだけじゃなく、肉とたれの旨味、この二つが化学反応を起こし相乗効果で爆発的な美味さを生み出す。まさに至高、その名に恥じない一品だった。
まだ終わりじゃない。
キバニーの火山炒め。ここまでの料理も絶品だったが、極めつけは疑いようもなくこれだ。
見た目は薄めに切った肉と葉物野菜に、なにやら赤黒い調味料を絡めた野菜炒め。それが山の形に盛り付けられていて、現代で言うところの回鍋肉に近い。違うのは、その山のてっぺんになにか……謎の赤い液体と赤い粉末が振りかけられている点だ。火山炒め……その料理名からして、多分マグマをイメージしたものなんだろうが、この驚きの赤さといい、この刺激的な香りといい……大丈夫かな?
そう思いつつ恐る恐る一口。
「辛ッ!」
案の定、噴火。暴力的な刺激に襲われる。
カプサイシン? なるべく赤みが薄い部分を取ったのにも関わらず、唐辛子系統のそれが体中を駆け巡り、血が火照るのを感じた。
思わずコップの水に手を伸ばしかける。
だが、次の瞬間、
「うまッ!」
それは一気に旨味に変わった。
肉と野菜の甘み。それらが調味料の辛さを中和する。まるで海に流出したマグマが冷えて固まり、陸を作るように。後には強烈な旨味だけが残って舌を喜ばせる。辛いが幸せに。そもそも辛党の俺にとっては、ドンピシャで好みの味付けだった。
これは是非とも米と一緒にいきたい。
ふとそう思い、ダメ元でおっさんに聞いてみると、
「なんだ、んな事も忘れちまったのか? 俺らの原動力だろうが!」
とのこと。
なんとこの世界、米が主食だった!
素晴らしい! 感動的だ!
衝撃の事実が判明してテンションが更に上がる。
誰だよ、ファンタジーの住人は全員パン派とか言った奴は? そんな偏見は無限の彼方に投げ捨ててしまえ!
「つっても、今は切らしてんだけどな!」
それは残念!
本っ当に残念だ。期待させといて、なんだよもう!
だけど、聞けばその辺の店で普通に売ってるらしい。ということは、さっき買い出しに行った二人が戻れば……温かな白米を想像して期待で胸が膨らむ。
ともあれ、今この時に無いというなら仕方がない。
大丈夫だ。これだけでも十分戦える。
さあ、かかって来い!
そうして一口、また一口。美味い。美味い。美味い!
どれもこれも最高に美味くて食事の手が止まらないやめられない。
「へっ! いい食いっぷりじゃねえか!」
それはもう、なんだか数日ぶりにご飯を食べたような気分だ。いやまあ、スライムとか妙な草を口にした気もするが、あれはノーカン。
ともあれ、
『――回復効果。HP小回復』
『――一時的増強。攻撃力、守備力、炎耐性、小向上』
食事を進めていると、目の端にそんな文字列が浮かんできた。
こいつは驚きだ。
確かに、食べ始めてからなんだか力が湧いてきたような感覚はあったが……体力が回復するだけならともかく、こんなに色んなバフ効果まで受けられるとは思わなかった。おっさんの作る料理が特別なのか? それは分からないが、とりあえず食べるとなにかしらの力を得られる料理がある。まるでどこかの狩猟ゲームみたいだ。これは、これからこの世界で生きる上で有用な事実かもしれないな。
「ありがとう、おっさん」
「気にすんな! そういう顔が見たくてやってんだ!」
料理で笑顔を作りたい。料理人の端くれとして、その想いには非常に共感できた。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さま、だ。どうだ? 腹一杯になったか?」
いやー食った食った。おかげで体力全快。もう満足だ。
その気持ちを表情に込めて大きく頷く。それを受けて、おっさんの方もまた大きく頷き返した。
「そんなら良かった! ま、とりあえずお疲れさんだな!」
そう言われた途端、
「ふぁ〜あ……」
満腹感もあってか、強烈な眠気が俺を襲う。
「なんだでけえ欠伸しやがって。もうお眠か?」
「あー、うん。なんかごめん……」
頭がボーッとして、段々となにも考えられなくなってきた。
「ま、しゃあねえか。色々あったからな今日は……どうせこの後は部屋の案内をしてやるつもりだったんだ。使った皿なんかもそんままでいいからよ。もう休んじまえ」
「ん、そうする……」
「よし、じゃあこっちだ!」
そうして歩き出したおっさんの後に続く。
厨房の入口、そのすぐ側にある階段を上り二階へ。正直ここまでの疲れで足が重かったが、なんとか気合いで乗り切った。
見た感じ、上の階は居住空間になっているらしい。廊下を挟んで左右に数部屋分の扉。それぞれに文字が刻まれているみたいだけど……これは、名前か?
『ヴァルドの部屋』
まあ、おっさんの名前があるのは当然として、
『イケスの部屋』
『カナエの部屋』
うわーやっぱり、この二人もここに住んでるのか。
さっきの会話からして、おっさんがアイツらの世話をしてるみたいだったもんな。こりゃあ、余計に先が思いやられる。
「やれやれだぜ……」
呟きながら二人の部屋を通り過ぎた所で、前にいるおっさんが立ち止まった。
「ここがてめえの部屋だ! ちょいと散らかってるかもしんねえが、気にすんな! 今は誰の部屋でもねえ。好きに使え!」
そう言っておっさんが開いた部屋の扉には、
『”ロズ”の部屋』
知らない名前が刻んであった。
「ロズ……」
響き的に女……いや男でも有り得るか? 察するに先住民ってことなんだろうけど……
「分かるか?」
「いや……」
「……そう、か」
一縷の望みに賭けて聞かれたそれに対して、俺は望みの答えを返せなかった。
一瞬、表情を暗くするおっさん。
「ちなみに、さっきの二人はどうだ?」
「そっちも……ごめん」
バツの悪い顔で思わず目を逸らす俺に、おっさんは「大丈夫だ」と優しく声を掛けてくれる。
「そんならまずは自己紹介からだな! まあ心配すんな! 大体の事情は俺から話しといてやっからよ!」
努めて明るく言うおっさんに、努めて笑顔で「任せた」を言う俺。とりあえず、あの二人とはまた後でゆっくり話をしないといけなさそうだ。少し気が重い。
ともあれ、
「しばらく休んでろ。晩飯時にゃ起こしてやる。そこのベッド使え」
言われるがまま部屋の中に入る。
六畳……いや七畳くらいかな? 人一人が暮らすには十分な広さの空間。その一角を占めるベッドの方にふらふらと歩み寄って、そのままの勢いで身を任せた。バフっとやや固めの質感に包み込まれるや否や、いよいよ眠気はピークを迎える。
「そんじゃ、また後でな。いい夢見ろよ!」
「んー、おやすみ……」
部屋を出るおっさんに力無く手を振る。
バタンと扉が閉まる音を最後に、俺の意識は遠いどこかへと消えていった――
***
『――シノ、逃げろ!!』
誰かが叫んでいた。
知らないような気もするし、知っているような気もする。男の声だ。
姿は見えない。
炎が邪魔だった。
目の前、視界を埋め尽くすほどの赤。熱気で肌がひりつく。
――もしかして、この中に?
だとしたら助けないと。
そう思って、訳も分からず手を伸ばした。
『駄目だ! 早く……行けェ!』
焦燥。姿無き切実な声。
のべた手を払うようなそれに押されて、体が勝手に動く。
――待ってくれ!
そういうこちらの意思を無視して足が動き、炎から遠ざかるように疾走する。
――駄目だ。駄目だ。駄目だ!
ここから離れちゃいけない。
あの人から離れちゃいけない。
そう思うのに、まるで他人の物のように体は言うことを聞いてくれない。
――ごめんなさい。
なにもできなかった。
役立たず。無能。
泣きたくなる程の無力感に苛まれて、それでも足は止まらない。
どこに向かっているのかも分からずに、ただただ走り続ける。
――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
誰に謝っているのかも分からずに、ただただ謝り続ける。
知らない景色が流れていく。知らない声が遠ざかる。
――神様、どうか。
縋るように、知らない誰かの無事を祈って、祈って、祈った。
――助けて。
その願いは、どこかの誰かに届いたのだろうか。
『――シノ』
呼ぶ声が聞こえた気がして、そして――
――ドォン、と。
突如背後から爆発したような音が響いて、空気が震えた。
――あの人は?
そう思った時、体は自由を取り戻す。
すかさず立ち止まって、後ろを振り返った。
絶句。
視線を向けた先、そこには――柱があった。
そう表現するしかない程の、天を焦がさんばかりに燃え上がる大火。世界の終わりが来たかと思うようなそれは、見る者の恐怖を煽るには十分過ぎた。
思わず数歩後退る。
――逃げろ!
脳が下した命令が全身に伝わるのは一瞬だった。
遠く、とにかく遠くへ。
あの熱が届かない場所へ。あの炎が見えない場所へ。
踵を返して再び走る。
その刹那、目の端に見た。見てしまった。
紅蓮の炎の中、そこでなにかが……巨大ななにかが、動いているのを。
――来る!
絶望がやってくる。
頭で理解する前に、本能で悟った。
全身の毛が逆立つ。
――走れ! 走れ! 走れ!
怖い。嫌だ。死にたくない。
その思いに押されるように、ひたすら走った。
『――シノ』
また、呼ぶ声がした。
道の先……誰の声かは分からない。
遠いのか、近いのか。それすらも分からない。
でも、それでも、
――行かなくちゃ!
何故だろう? なんでそんなことを思うのか。
訳も分からず、声のする方へ向かって走る。
『――シノ』
向かう先に救いがあるように。助けがあるように。
走って、走って、走って――
***
ハッとして、目を開けた。
次の瞬間――
「うわぁぁぁーー!!」
「うおっ!?」
――声を出してしまったのは、目の前にとんでもなくいかつい男の顔があったからだ。
「んだよ。いきなり大声で……」
「ご、ごめん」
とは言ったが、おっさんも悪い。
寝起きでこんな怖い顔が至近距離にあったら、俺じゃなくても叫ぶだろ。まだ心臓がバクバクいってる。
あー、ビックリした。
「大丈夫かシノ? 顔色が悪ぃぞ。なんか嫌な夢でも見たか?」
「夢……」
どうだろう? 見ていた……ような気がする。
でも、内容は全然思い出せない。おっさんの顔面のせいで記憶が全部吹っ飛んだみたいだ。
ただ……恐怖と絶望の重たい感情だけが胸に残っている。
「まあ、大丈夫……」
「……には見えねえな。しゃあねえ! 今日はとにかく休め!」
「え、でも晩御飯……」
「後から持って来てやる! いいから安静にしてやがれ!」
そう言われて大人しく引き下がったのは、あの二人……とりわけカナエの顔が頭に浮かんだからだ。
正直、今の状態であの子の視線に耐えながら飯を食べるのはかなりしんどい。
寝た筈なのに疲労感が増してるような気もするし、ここはおっさんのお言葉に甘えて素直に引き篭もるとしよう。
そうと決まれば、ひとつ大事なことを聞かないと。
「ちなみに、今日のメニューは?」
「悪ぃが昼と同じだ! ちょいと作り過ぎちまったんでな!」
そう聞いて残念だとは全く思わなかった。
寧ろまた食べたいと思っていただけに、それは嬉しい報告だ。
「つーわけで、残り全部消費しなきゃなんねえ! 大盛りでいいか?」
「もちろん!」
「へっ、よく言った! そんじゃ、すぐに持って来っから待ってろ!」
「あいよー」
そうやって気軽に返事したのが、運の尽きだった。
「――二郎系かよ!」
昼間に食べた倍量はあるんじゃないかってボリューム。そこに炊きたてのご飯が山盛りでついてきた。
見ただけで胃がムカムカしたが、
「残すなよ?」
ドスを効かせた声で言われたら、逃げ場はない。
まさか、あれほど求めていた米に苦しめられることになるとは……。
そう思いながら、時間をかけて死ぬ気で完食した。
その後、ベッドから一歩も動けなくなったのは、言うまでもない。
お腹が空きました。ご飯(ブクマ、評価、感想)をください!
次回「消えない罪」
乞うご期待!