01.黒い世界
01.黒い世界
瞼を閉じれば、ふと脳裏に浮かぶあの一面が黒く輝く世界。小さい頃から何度も夢に出てくるあの情景。来たことがある気がするのに、行ってはいけないと思うあの場所。誰かの声がかすかに聞こえてくるような、あそこは一体どこなんだろう。
「えーとそれではここの問題を柊、解いてみろ」
先生が教室の隅の机で突っ伏して寝ている男子生徒を指す。
「またアイツは寝てるのか ⁉ 」
「まぁ、こいつの家は色々特殊だから毎日深夜までバイトしてて忙しいんっすよ」
寝ている男子生徒の前の席に座っている、彼とは幼馴染の城戸が代わりに弁明するように話す。
「何やら特殊な事情があるようだが………、それでも起きててもらわなきゃ困るぞ、柊ッ!」
「おい、柊!そろそろ起きねぇと山田がキレるぜ?」
「……………」
「昔からだけど、マジでこいつ一回爆睡したらなかなか起きねぇよな」
「柊が起きんのと山田が噴火すんのどっちが早ぇかな?」
「俺は山田に一票」
「俺も山田に一票〜」
「っていうか柊に入れるやつそもそもいねぇだろ」
「確かにこいつが授業中起こされずに自分で起きたの見たことないわ」
柊の席の周辺の男子たちが彼の図太さについて話す。
「いい加減、起きろ柊ッ!」
「……………」
「起きろ柊ィッ!」
「……………」
「起きろ柊ィィッ!」
「……………」
山田が教壇を降りて、三連続目覚ましボイスをガン無視した柊の元へ歩いていく。
「あ、これ終わったな。アレが炸裂するの確定だ」
「前から気になってたんだけどアレっていつもどこから出してんだ?」
他のクラスメイトも山田のブチギレに備え、柊に呆れた視線を向けながら耳を塞ぐ。
そして山田がどこからともなくハリセンを取り出し、柊の頭めがけて振り下ろし、綺麗にスパァンッ!と爆音がなった。
「う〜ん、なんだよ痛ぇなぁ」
驚いた柊は椅子を後ろに倒して立ち上がる。
「柊!お前、俺の授業で寝るの何度目だ ⁉ 」
「えーと………やべっ、わかんねぇ。なぁ、城戸〜、俺これで何回目だっけ?」
「えー?それを俺に振るか?分かんねぇーけど、多分ここに入学してからの一ヶ月で初回の授業含め全部寝てるぞ」
「先生ー、俺全部寝てるらしいっす!」
クラスがドッと笑いに包まれる。
「笑い事じゃねーぞ!柊、放課後職員室に来い!」
「うーっす」
柊は眠そうな目を擦りながら再び席につく。
山田が教壇に戻って授業を再開すると柊は城戸に囁き声で話しかけた。
「城戸、聞いてくれよ。また例の場所が夢に出てきた」
「あぁ、あの場所?いつもお前が言ってる “黒い世界” ってやつか?」
「そうそう!なんかやっぱり怖いんだよなぁ」
「お前が怖がる場所とかあんのかよ。 “史上最強のヤンキー” 柊黒斗くん。お前の伝説挙げたらキリねぇぞ」
「例えば?」
「中一の時に絡んできた高校生全員フルボッコにして病院送りとか、中学校の体育館に立てこもった立て籠もり犯たちをボコボコにして自力で脱出とか」
「1個目のやつは猫を虐めてたから庇ったらたまたまそうなっただけだ」
「じゃぁ2つ目は?」
「……………」
「やっぱり最強じゃん」
「あのなぁ、俺も一応お前たちと同じハム・サイエンスなんだわ」
「ハム・サイエンス?なんだそれ?」
「この間社会でやったじゃねーかよ。今の人類を生物学的に言うと種族はハム・サイエンスだって」
「たぶんそれ、ホモ・サピエンスな」
「そう、それそれ!」
「どう考えてもホモ・サピエンスとハム・サイエンスは違うだろ」
「俺バカだからなぁ」
「うん。知ってる」
「酷くない ?! 」
「図太すぎるお前にはこのぐらいでちょうどいいだろ」
「あのなぁ………まぁいいや、でも心配なのが今月になってもうこれが3回目なんだよ」
「それって多いのか?」
「今までが月に1回くらいの頻度だったのがこの4月が始まってからのたった1週間で3回だぜ?」
「そりゃ多いわ」
「だからまたあの時みたいなことが起こるんじゃねーかって結構ビビってんだよ」
「あの時?」
「あぁ、あの6年前の事故のことだよ」
あの日は小学校の始業式が終わってちょうど3日ほど経った、空には雲一つない晴天の日だった。