被害者は誰?
「お仕事よ〜」
拠点の屋敷に帰ったネリーが声をかけると、それぞれ読書や武器の手入れなどを切り上げて集まって来るメンバー達。
「今回はどんなの?」
本を閉じて首を傾げたスノウに、ネリーは資料の束を差し出して話し始める。
「依頼書に書いてあるのは、ギルガッドの冒険者ギルドを本拠地とするA級冒険者の男の改心よ。初めに提示された内容だったら『事情に抵触』って蹴ったけど、な〜んか見えるトコに出回ってる情報通りじゃなさそうだったから受けたわ」
「初めに提示された内容って何だ?」
「うちの女性メンバー達を、セクハラ野郎を改心させる為に差し出して接待プレイしろって内容よ」
「「は?」」
「そんな内容で受けるワケ無いでしょ。アタシに威圧向けてどうすんのよ」
気まずげに目を逸らす「デカイ筋肉」二人。
最初にゴドッグから提示された依頼内容のままだったら、ネリーはギルドからの心証が悪くなろうとも、こちら側の「事情」に抵触すると拒否権を捩じ込んでいた。
端から、受けるとしても交渉してやり方は変えさせるつもりだったのだ。
「やり方は、全面的にコッチに任せてもらったわ。スノウ、シェリー、あんた達は女性冒険者の情報共有で『ギルガッドのデンバ』の話は聞いてる?」
「聞いてるけど・・・」
シェリーがスノウと顔を見合わせ、微妙な感じで言葉を濁す。
「どうしたんだ?」
「んー・・・何ていうか、話半分で聞いてるから」
「信憑性が無い話なのか?」
「私達の感覚ではだけど、『ギルガッドの冒険者ギルド』に、彼女達の言う『キモいナンパ野郎のオッサン』は実在するんだろうな、とは思うけど、そこから先の話はちょっと・・・」
言いづらそうに言葉を途切れさせ、思い出して不快になったのか、やや顔を顰めるシェリー。
その不快感を読み取って、ネリーは気遣うように訊ねる。
「とても下品な内容、且つリアリティが無いのね?」
「「うん、そう」」
スノウとシェリーが同時に首肯した。
二人とも、単なるナンパは平気で往なせるが、祖国の王子達が原因で、ガチでグイグイ来るセクハラ野郎への拒否感がかなり強い。
その辺りの「事情」を理解しているメンバーは、この二人にセクハラ野郎の接待などという仕事を強要する気は決して無い。
この二人が、聞いた内容を思い出すだけで不快な表情を露呈するくらいだ。
おそらく、『女性冒険者の情報共有』として出回っている『ギルガッドのデンバの話』は、「自分より立場の弱い相手に対し、A級の立場や財力を振り翳して暴力的に迫る性犯罪者」くらいの内容に盛り上がっているのだろう。
下手をすれば、「迫られた」だけじゃなく「襲われた」という話にまで発展しているかもしれない。
だが、その話が事実だったとしたら、デンバが冒険者資格を剥奪されていないのも、ギルドの牢にブチ込まれていないのも、有り得ない話だ。
大体、そこまでヤバい目に遭ったなら、ギルドに訴えれば確実に勝てる。
中には、絡まれた迷惑行為を訴えた女性冒険者も居るだろう。訴えが重なれば、ギルド側も本格的な調査を入れる。
しかし現状、デンバは口頭注意以上の対応をされていない。それが答えだ。
「虚偽の訴えをギルドにしていたり、故意にA級冒険者に関する嘘をバラ撒いたりすれば、ペナルティを食らうのは『デンバに絡まれた被害者』の方だぞ?」
「被害者だと自認してるから強気なんだろ。数も多いし仲間意識も持てる。悪を成敗する正義だとすら思ってるんじゃないか?」
ブラウとノワは、思い込みの強い女性が原因で面倒に巻き込まれがちな人生を送っている。
祖国の王女しかり、冒険者になってから付き纏ってくる同業者や女性依頼人や見知らぬ一般人しかりだ。
デカイ筋肉二人は、デンバに同情心が湧いたようだ。
「ギルマスの話では、デンバは『チビでブサイクなオッサン』なんですって。シェリーより背が小さくて、ついでに足も短いそうよ」
「え・・・。それだけか?」
「まぁ、『ブサイク』の加減がどの程度なのか知らないけど。恋愛対象にならない立場から見たら、本当に『それだけ』よねぇ」
「ナンパされた奴らからしたら大事だったんだろうな。『被害者』のメンツは割れてんのか?」
ノワに問われて、実際に女性冒険者達から話を聞かされていたスノウとシェリーが答える。
「私が聞いたのは、女性だけのB級パーティ『黒薔薇の乙女』と『妖精姫騎士団』、A級パーティ『ガンガン旅団』で『姫』を名乗ってる魔法士と、B級パーティ『勝ち組戦隊』で全身ピンクまみれの装備の人。名前は覚えてない。『ピンクの人』で通じるから」
「私が聞いたのは、女性B級パーティ『麗月の女神』、同じく『綺羅☆天女団』、A級パーティ『黒鉄の流星剣』の女性魔法士と女性剣士、同じく『常時凱旋』の女性魔法士、B級パーティ『狼牙の楔』の女性斥候、同じく『舞姫親衛隊』で『舞姫』を名乗る女性魔法士。こんなところね」
「・・・なんつーか、コレ聞いただけで・・・」
「オゥ・・・」
ブラウとノワが生気の無い目で頭を抱え出した。
その痛々しい名前の散見されるパーティ名とヤバそうな臭いのする名乗りは、この二人にとっては『加害者』として記憶に残るものでもあった。
「もうコレ絶対、デンバの方が被害者だぞ」
唸るようにノワが言う。
「そいつ等全員、男は皆自分に惚れてると思い込んでる奴らだ。そんなのに声をかけたデンバもアホだが、奴ら絶対妄想レベルで話盛ってる」
「えぇ・・・」
引いた声を洩らすネリーに、ブラウが襟元を掴んで訴える。
「お前は! オネエキャラだから被害に遭ってないだろうけどな! 男は全部自分の物の扱いなんだぞ⁉ その前提で話が始まって意味の通る会話が成立しねぇんだぞ⁉」
「うわぁ、大変ねぇ」
「俺やブラウは見つかると爆速で走り寄って来られるから、存在を察知したら隠密行動に切り替えてるな」
「そこまで? 実害は?」
街中で隠密行動が必要なほど迷惑を被っているなら、パーティリーダーとして対応が必要だ。
ネリーの口調が真剣味を帯びると、観念したようにブラウが吐いた。
「リーダーのお前に話が通れば大事になると思って、避けてりゃ済むならと黙ってたんだよ。ただ、俺やノワをパートナーに狙ってたり、うちのパーティに入りたいとか言ってたから、そろそろ対策は必要かもしれん。奴らが欲しいのは『うちのパーティの女性枠』だ。返り討ちだろうが、スノウとシェリーに危害を加えられたら敵わん」
「そんなもの狙ってるの? うちに入る実力も無いのに何を勘違いしてるのかしら」
このパーティに入るには、単独A級以上の実力が必要なのは勿論、各メンバーが抱える「事情」から、「絶対にメンバーを売らない」という信頼を持てなければ加入は認められない。
例え、王族や貴族に脅されても、大金を積まれても、家族や恋人や友人を人質に取られても、だ。
当然、自分自身が人質にならない程度の能力も求められる。
不快げに声を尖らせたネリーに、スノウがおずおずと手を挙げて発言する。
「えっと、もう嫌がらせ程度なら」
「は?」
「ネリー、俺らの時より威圧が洩れてるぞ」
「で、何された? シェリーは?」
「私は陰口くらいよ。特級シスターに分かりやすい喧嘩を売らない程度には処世術を身に着けてるんでしょ。どんな上がり方でも一応B級以上だもの」
シェリーは外出時は特級シスターの制服を着用している。
弱肉強食に敏感な者は、その制服が表す絶対的な権力の匂いを嗅ぎ取るのだろう。
王侯貴族が振り翳す権力には「抵抗組織」の態度を貫く冒険者ギルドも、非常事態に陥れば必ず世話になる聖職者の組織に喧嘩は売らない。
欠損まで完全回復可能な特級シスターが、冒険者としてギルドに所属してくれているのは稀なる幸運の奇跡と言っても良い事柄なのだ。
シェリーに無礼を働く冒険者が、ギルドからどのような扱いを受けるのか。
頭の中に花が咲いていようが、B級以上のパーティに所属する冒険者なら、納得せずとも理解はしている。
だからシェリーに直接的な嫌がらせや攻撃を仕掛けるのは、低級から抜け出せないで腐り切ってしまった者か、右も左も分からぬ新人くらいだ。
そしてその分、スノウに攻撃は集中する。
スノウも単独A級の実力者で、『天誅の魔女』の異名を取るような「やられっぱなしではいないタイプ」なのだが。
「こっちが手を出せない一般人を差し向けられるのが一番多いかな? 私がブラウやノワを呪いで無理矢理従えて側にいさせてるって、二人に好意を寄せる一般女性に吹き込んで、私に突撃させるの。ノワやブラウを『解放してあげて!』って、囲んで叫ばれるんだ。下手に彼女達の身体に触れると、勝手に転んだりして加害者にされかねないから、気が済むまで話を聞いてるけど、煩い」
「悪い、スノウ」
「スマン・・・」
遠い目で被害を語るスノウに、項垂れるノワとブラウ。
「そのデンバさん? がナンパするのは、『B級以上の容姿の良い女性冒険者』に限るんでしょう? 彼が追い込まれた原因はソレね」
シェリーの指摘にスノウも同意する。
「街中で働いていれば『若い美人』なんか珍しくない。特に接客で働いてるなら皆、綺麗な格好してお化粧もしてるんだから。
けど、高ランク冒険者には『若い美人』はほとんど居ない。若い内に高ランクに上がるのは難しいし、仕事中に綺麗な格好や化粧は無理だもの。
B級以上の女性冒険者って、ギリギリ二十代で、そこそこ顔立ちが整ってれば、同業者の男性からは『若い美人』扱いで凄くチヤホヤされてるよ」
「一般女性が求められる美人レベルより、ずっと甘い判定でね。
ダンジョンや森の中や山の中みたいな人里離れた危険地帯でも自分達に付いて来られる『若い美人』ということで、周囲の男性冒険者達は彼女達を、お姫様扱いや女神扱いでチヤホヤするの。
そして、彼女達の勘違いは加速して行く」
「彼女達、自分は最上級の、女神もかくやというレベルの美女だと、本気で思ってるよ。だから、自分達の基準に達していない男性が、そんな『美しい自分』に声をかけてくるのは、『大罪』で『有罪』って感覚なんだと思う」
「えぇ? 思い込みも、そこまで行くと病気じゃない?」
ドン引きのネリーに、老成した達観の笑みで首を横に振るシェリーが言い聞かせる。
「病的に勘違いした思い込みが無ければ、その二人に『美しい私に話しかけてもらって嬉しいでしょ』なんて自信満々で突撃出来ると思う?」
「・・・鏡、見たことが無いのかしら。アタシ、こいつらを惑わせるレベルの美女なんてギルドで見かけたこと無いわよ」
ノワもブラウも、極上も極上のハイレベル男だ。
二人ともA級冒険者、すれ違う人が振り返るレベルの美男、下手な貴族より豊富な資金力と人脈、血筋は元高位貴族。
完全に二人とも「選ぶ側」であり、「お願いして選んでもらう側」ではない。
元の血筋を考えれば、どこかの国の王女から望まれてもおかしくないだろう。
というか、ブラウは今現在も望まれて逃げているし、ノワも『金眼』目当てで祖国とは別の獣人族の国の姫から求婚されて断っている。
貴族令嬢から懸想されてお断りした数など、各々二桁に上る。
その二人に対して、よくもそれほど上から目線で自信満々に「私を欲しいでしょう?」という振る舞いが出来るものだ。
聞いているだけのネリーが恥ずかしくなる。
「俺も無ぇよ。ついでにスノウとシェリー以上どころか同レベルの美女も見かけたことが無ぇ」
「あいつら自信満々だけど、俺達が一緒に暮らすシェリーやスノウにも惑ってねぇのに、なんで自分達がイケると思えたんだろうな?」
「ネリーの方が百倍、女として美人」
「あら、ありがと」
思わぬ被害状況に寒々としていた空気が、スノウの本気の称賛と、笑顔でそれを受けるネリーで温まる。
「さて、と。じゃあ方針を決めましょ。現地でも調査は入れるけど、やっぱり『被害者』として依頼書に記載されてる方の怪しさが増したわね。どうせだから、この依頼の件を片付けるのと一緒に、『豪華絢爛』に喧嘩売った身の程知らずにも痛い目見てもらいましょうか」
ニッコリ。
毒を含んだネリーの笑顔で、温まった空気の温度が再び下がった。
「アイツ、キモいブサイクだから絶対チカンとかしてると思う〜」
とか言う女子って、どうして自分達が
「アイツ、キモいブスだから絶対男子トイレとか覗いてるって〜」
と男性から言われている可能性を考えないんだろう。