条件に対応しよう
ロシュラン冒険者ギルド、ギルドマスター室でネリーは胡乱げな視線を部屋の主に送っていた。
ネリーの視線を受けて大きな身体を小さく縮めているのは、帝都ロシュランの冒険者ギルドマスター。
元S級冒険者で戦士職だったゴドッグだ。
ネリー達『豪華絢爛』がS級昇格を拒みA級で足踏みすることを容認する条件として、冒険者ギルド側が出したのが、「メンバーの事情に関わらない、ギルドからの指名依頼の受諾義務」だ。
この「メンバーの事情に関わらない」という部分が曖昧な条件ではあるが、基本的に各メンバーの出身国が出した依頼や関わる依頼は無条件でネリー達に拒否権が有り、依頼を受諾した時点では関わりが浮上していなくても、それが明らかになった時点で依頼を放り出しても、ネリー達にはペナルティは無い。
だからギルド側は、「条件」を理由に彼らを使いたい時には、依頼内容を自分達で精査してからでなくてはリスクが大きくて出せないのだ。
それでも彼らに頼めば大抵の難問は早期に解決するので、ギルドとしては切実に使いたい。
今回、ゴドッグが『豪華絢爛』リーダーのネリーを呼び出して依頼しようとしている内容は、彼らの祖国が関わっていないことは調べが付いている。
ただ、ざっと彼らの出奔理由を聞いているゴドッグは、「無条件の拒否権発動」には引っ掛からなくても、「彼らの事情」に抵触する可能性は感じていた。
お陰で、ネリーの胡乱げな視線を浴びると身体だけじゃなく胃まで縮み上がりそうだった。
「ハァ・・・」
ネリーの吐いた溜め息に、ゴドッグの身体がソファの上でビクリと跳ねる。
「ギルガッドのA級冒険者のセクハラ野郎を改心させる為に、『豪華絢爛』の娘達をハニトラ要員として差し出せって?」
「そこまで言ってねぇっ!」
わざと刺激的な言葉を選ぶネリーに、反射で言い返したゴドッグだが、冷ややかに片眉を上げられて再び身を縮める。
「やらせようとしてることは同じじゃない。セクハラ野郎にナンパされて受け入れて? 懐に入って良い気分にさせて? 優し〜く可愛らし〜くオネダリしながら? 改心して真面目な実力者になるように誘導しろって? うちの娘達に? 正気かしら? あの娘達の二つ名くらい知ってるでしょうに」
「・・・『ホラードール』と『デスシスター』だろ」
「そんな当たり障りの無い方の渾名を出して現実逃避しないでちょうだい。『天誅の魔女』と『微笑みの殺戮天使』よ。そのセクハラ野郎が天誅を受けて微笑みながら殺戮される未来しか浮かばないと思わない?」
「そこら辺は、ほら、リーダーのお前が、」
「止めるワケ無いでしょう? アタシだって、うちの娘達がセクハラされたら報復措置を取るわよ」
「止めてくれ!」
「当然、ブラウとノワもでしょうけど、アタシ、あの二人も止めないわよ。あのデカイ筋肉二人は、か弱い仲間が同ランクの男冒険者から強引に迫られたりしたら、潰すわよ?」
「か弱くねぇだろ⁉ てか、潰すって何をだ⁉」
「うちじゃあ、か弱い方なのよ。他に比べて物理的戦闘力がね。後衛職ですもの〜」
ヒヒイロカネの鉄扇でオーガの頭をカチ割っても、謎レアメタルの棘付き鞭でワイバーンを挽き肉にしても、『豪華絢爛』の中では後衛職で物理的戦闘力に於いては最下位の二人なのだ。
比べる対象が悪い。
「だが、このままではギルガッドの冒険者ギルドから女性冒険者が消える。奴はA級の実力は有るから、それ以下の女性冒険者には依頼は出せねぇ。お前ンとこ以外の高ランク女性冒険者に奴の好みに合致する女が居ねぇ」
「セクハラ野郎のくせに好みが有るってのが贅沢なのよ」
「それは同意だが、食い付かねぇ餌じゃ釣れねぇだろうが」
「ハァ」
ネリーの口から、もう一度溜め息が出た。
多分、これは受けなければいけない『依頼』だ。
依頼元は、冒険者ギルドの最上層部である『冒険者ギルド運営管理部』。
記載された依頼内容は、帝国に隣接する商業都市国家『ギルガッド』の冒険者ギルドを本拠地とするA級冒険者デンバの改心。
依頼書の説明によれば、デンバは実力的にはS級も間近のA級冒険者だが、今の素行のままS級に昇格はさせられないらしい。
現在彼は、ギルガッドの冒険者ギルドを訪れる容姿の良いB級以上の女性冒険者に次々と因縁をつけて絡み、女性冒険者同士で情報共有が成された結果、ギルガッドにはB級以下の女性冒険者まで寄り付かなくなって来ていると言う。
ギルガッドは、王政ではなく民主政治の小国家だ。
政治形態は、ギルガッドの有力者達から成る評議会の議会政治。評議会議員から選出される議長が、任期中は国の代表者を務めている。
国土は帝国の一都市程度の広さで、人口も同程度。
王政ではないから国王も貴族も居ない。
ただし、「商業都市国家」と謳うだけあって商人の力が強い。それでありながら、商業ギルドの影響を極力薄め、自治を維持している。
他の王政の国々からの侵略を防ぐため、帝国の庇護下に入ることを望んで認められたギルガッドは、一つの国ではあるが、実質は帝国の自治区の一つのようなものだ。
商人の国とも言えるギルガッドでは、冒険者ギルドの受注する依頼が他のギルドより護衛に偏っている。
人であったり商品であったりと、護衛対象は変われど依頼内容は似たりよったりだ。
護衛対象が商品の場合は、冒険者に要求されるのは能力だけだが、人の場合は「女性であること」が条件に入ることも間々有る。
商人が、妻や娘の護衛は同性で頼みたいと希望を出すことは珍しくないからだ。
ギルガッドで女性冒険者が見繕えない状態は、ギルガッド冒険者ギルドの死活問題になりかねない。
問題のA級冒険者デンバはギルガッドの冒険者ギルドを本拠地にしているが、出身もギルガッドだ。
しかも、実家は大商人なので、王侯貴族の存在しない商業都市国家では「大貴族の息子」と同レベルの地位と見做される。
デンバが、その狭い限定地域だけとは言え「貴族に匹敵する権力」を振り翳して横暴な行動をしているなら、もっと話は単純に済んでいた。
懲罰対象とし、降格や冒険者資格の剥奪も視野に入れた対策が取られただけだ。
冒険者としての実力で手に入れた以外の身分を、冒険者相手に振り翳すような輩は、実力がどうであれ『冒険者ギルド』に所属させておけない。
冒険者ギルドの存在意義に関わる。
だが、ゴドッグがギルガッドの冒険者ギルドに問い合わせてみても、デンバが因縁をつけて絡みに行く女性は、B級以上の冒険者に限られていた。
一般人や低ランクの弱者には迷惑をかけることが無いし、B級以上の女性冒険者相手でも、金や暴力での無理強いはしていない。
その辺りは、寧ろ他の粋がった破落戸まがいの冒険者達より余程真っ当なのだ。
だからギルド側も、口頭注意以外に出来る対応が無い。
デンバはギルド規則に反することはしていないし、好みの女性冒険者へ因縁をつけ絡みはしても、手を出したことは無い。
だが、女性冒険者達はギルガッドに寄り付かなくなるほど嫌がっている。
「本当に、規則に反するレベルの絡み方はしていないの? 女性指定依頼が受けられないほど女性冒険者が寄り付かなくなるって、普通じゃないわよ?」
「本当だ。問題が深刻化したことで『因縁』や『絡む』なんて大仰な言葉にしてるんだろうが、実際に奴がやってんのは単なるナンパだ。それも、かなり微妙なやつだ。
迷惑行為っちゃ迷惑行為だが、血の気の多い野郎どもの多い冒険者なんて生業で上品ぶって被害者面されてもナァ。
嫌なら実力行使で断ればいいだろ。ソレは私闘扱いじゃねぇからペナルティも付かねぇ。ランク差が有りすぎる相手へのナンパはナンパじゃなく『脅迫』扱いで規則違反だ。
ナンパごときから自衛も出来ねぇなら冒険者なんか辞めちまえ。冒険者ギルドはお上品なサロンじゃねぇ」
「そう、ギルガッドから逃げ出した女性冒険者達に言ってやったら?」
「言えたら苦労はしねぇ・・・」
ネリーの言葉に消沈するゴドッグ。
ゴドッグの言葉は、冒険者ギルドマスターとして正論だ。ネリーにも反論は無い。
スノウやシェリーもナンパなど日常茶飯事だが、自分達で振り払っている。ランクが低い間も実力行使で黙らせて来た。
ギルドも全てを把握はしていないだろうが、ランク差のある相手への強要行為の内、「肉体関係や恋愛関係の強要」と「戦利品の略取」の罰則は重い方だ。
低ランクの若者が育つ前に潰されないよう護る規則が、冒険者ギルドには、それなりにある。
冒険者は寿命の長い職業じゃない。高ランクなら尚更。
ネリー達のような一部の「元々潜在能力の高かった冒険者」以外は、高ランクになった頃には引退間近の大ベテランだ。
新人の若者を次から次へ育てて行かないと、需要に供給が追いつかない。
そうやって、高ランクまで育つ芽のある低ランクも、光るものの無い者達も一緒くたに規則で護っているのだから、女性だけ更に別口で特別扱いなどしていられない。
ギルドも手が回らないし、そんなことをしたら女性冒険者の地位は逆に下がるだろう。
「・・・チビでブサイクなオッサンなんだ」
「は?」
言いづらそうに目を逸らしながら、小声で吐き出したゴドッグに、ネリーの眉が寄り「何言い出したんだコイツ?」という顔になる。
「だから、デンバは、お宅のシェリーより背が低いくらいのチビで、ついでに足も短くて顔はブサイクで、年齢はもうすぐ四十なんだ。奴の声のかけ方や内容にも、微妙過ぎて馬鹿にしてんのかと思われるってぇ問題はあるが、本っ当に単なるナンパの域は出てねぇんだよ。幼馴染みの野郎どもで構成されたパーティのメンバーにも慕われているし、ギルドへの貢献度だって高ぇ。悪い奴じゃねぇんだ・・・」
「あー・・・」
情け無さげに尻すぼみになるゴドッグの声に、ネリーも段々と事情が把握出来てきた。
ゴドッグは帝都の冒険者ギルドマスターだ。そんな重要拠点を任される人物が、温い奴な訳は無い。
そのゴドッグが、手を回したいほどに惜しむ実力がデンバには有り、同情して掬い上げたい程度には人間性も悪くないと言うことだ。
このままではギルガッドの冒険者ギルドも困るだろうが、ゴドッグの本当の目的は、デンバの救済だ。
冒険者ギルドの上層部としては、デンバ一人を排除すれば女性冒険者がギルガッドに戻るなら、その方が楽だろう。
S級間近のA級と言う実力は惜しいが、四十間近なら、昇格しても十年現役でいられるかは怪しいところだ。
元S級でギルドマスターのゴドッグは現在四十八歳。引退してギルドマスターに就いたのは、四年前だ。
その辺りを考えても、この先の利益を計算すれば、デンバよりも長く冒険者として働けるB級以下の女性冒険者達に天秤は傾いたのかもしれない。
───まぁ、依頼内容を額面通りに受け取れば、だが。
そして、それを、ゴドッグは良としなかった。
ゴドッグが調べ直しても、デンバの行為は若いイケメンがやったら無罪放免か笑って済まされる内容だった。
当然ナンパは迷惑行為だ。
街中で一般人がされたら、官憲を呼ぶ扱いでいいだろう。
だが、『自衛が出来なきゃ名乗る資格の無い職種である冒険者』が、『職員の目も有り規則で守られる冒険者ギルド内』で、『同ランクか一ランク上の同業者から一対一』で声をかけられるナンパは、本来ならここまで大事にはならない案件だ。
寧ろ、騒いだ側が、白い目で見られる案件だ。
冒険者のくせに、その程度を自分で解決出来ず拠点のギルドごと避けるなんて、「どこのお嬢様だよ」と嘲笑われることなのだ、本来は。
なのに、その「お嬢様気分の戯言」の尻馬に乗るような依頼が、ギルドの最上層部から出されている。
さて、どういうことなのか。
「冒険者も実力より見た目の時代だってのかよ・・・」
「アタシ達には答えづらい議題ねぇ」
「お前ら極上の美形しか居ねぇパーティだからな」
「そうねぇ」
こうなると、色々と怪しい点が浮かんで来る。
どうにも、冒険者としてはデンバの方が被害者のようにも見えて来るじゃないか。
「依頼は受けるわ。ただし、やり方はアタシ達に任せてちょうだい。ハニトラじゃ本質的な解決には至らないわ」
「ああ、任せる。奴を潰さねぇでS級に上げてくれ。頼む」
深く頭を下げるゴドッグは、温くはないが人情に厚く面倒見の良い男だ。
ネリーは依頼書を受け取ると、『豪華絢爛』リーダーとしてサインを記し、拠点に戻った。