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フィーバーでした

 今回のEPISODEは、全体的に世界観の説明が散りばめられた日常風景になります。


 ポン、ポンという軽快な破裂音が聞こえて、ネリーは拠点の窓からギルドの方向の空を見上げた。

 カラフルな煙の塊が、青空の中で風に形を流され色を薄めていく。


「あら、フィーバーが終わったのね」


 この世界では、世界の各地に「ダンジョン」と呼ばれる不思議空間が存在する。

 何故、そんなものが存在するのか、ダンジョンとは一体何なのか、今も研究は進められているものの謎は解明されていない。

 分かっているのは、ダンジョンが旧時代の遺物であろうということだけだ。


 異質な空間であるダンジョン内には様々な仕掛けや罠が用意され、侵入者は、ダンジョン外に実在する魔物や魔獣と同じ姿、同じ特徴を持つモノや、ダンジョン独自の敵性の存在に襲われることになる。

 ダンジョン内で遭遇する敵性の存在は、姿形や特徴が同じであってもダンジョン外のモノ達と区別し、「ダンジョン内出現モンスター」と一括りに呼ばれている。

 そして、ダンジョンは絶え間無くモンスターを生み出しているのだ。


 ダンジョン外の魔物や魔獣とダンジョン内出現モンスターの最も大きな違いは、討伐後に魔石と何らかの物品を残して死体が消えることである。

 この時に残される魔石や物品の価値は、同種であれば討伐されたモンスターの強さに比例すると言われているが、偶に例外も発生する。


 ダンジョンは、基本的に冒険者ギルドの管理下に置かれている。

 過去、大きな利益が見込めるからと、自国に存在したダンジョンを国家の管理下に置いて独占を目論んだ王国が、管理し切れずに『ダンジョン性スタンピード』を起こし、周辺国を巻き込んで滅亡したという惨事から、それは国際法で決められ、各国が相互監視体制で守っている事だ。


 『ダンジョン性スタンピード』とは、ダンジョン内で増え過ぎたモンスターがダンジョン外に溢れ出すことで発生する災害である。

 初期状態で対応を誤れば、堤防が決壊するようにモンスターの奔流が人の住む都市部まで飲み込み、甚大な災害となってしまう。


 冒険者ギルドがダンジョンを管理する第一の目的は、『ダンジョン性スタンピード』の抑止。次点で、一国によるダンジョンの生産物の利益独占の抑止である。


 ギルドは所属する冒険者達に対し、ランクアップやドロップ品を餌にダンジョンへの入場を推奨し、日々ダンジョン内モンスターの間引き作業を行っている。

 だが、最も『ダンジョン性スタンピード』の抑止効果が高いのは、ダンジョンの踏破となる。原理は解明されていないが、ダンジョンは踏破されると一定期間モンスターの増産が停止するのだ。


 ダンジョンの踏破には相当の実力が必要であり、多大な命の危険を伴う。

 そこで、実力ある冒険者達が積極的にダンジョンの踏破を目指すよう、冒険者ギルドはA級以上の昇格条件に「ダンジョンの踏破」を指定し、A級以上の冒険者への待遇や特権を、それ以下とは別格のものとしている。


 A級昇格の条件は、「災害級の魔物か魔獣の討伐とダンジョンの踏破」。踏破するダンジョンの種類は問わず、一つでも踏破していれば条件クリアとなる。

 S級昇格の条件は、「S級指定ダンジョンもしくはフィーバー中のダンジョンを二種類以上クリア」だ。数十年前までのS級昇格条件は、「災厄級の魔物か魔獣の討伐とS級指定ダンジョンかフィーバー中のダンジョンの踏破」だったが、災厄級の出現数が時代によって大きく異なる為に、現在は条件が変更されていた。


 先ほどギルド方向の空を見上げたネリーも口にしていた「フィーバー」という言葉だが、冒険者にとってそれは、「ダンジョン内の出現モンスターが全て変異種になる現象」という意味になる。


 出現モンスター全てが通常の変異種となるだけあって危険度や攻略難易度が激増する為に、B級以下の冒険者は入場禁止になるが、ドロップ品や宝箱の中身のレア率や価値が上がるので、A級以上で運と実力さえ有れば、かなり効率良く稼げるのがフィーバー中のダンジョンだ。


 そして、広さや深さや敵からの特殊攻撃などの理由で常時S級指定となっているダンジョンよりは、フィーバー中の一般ダンジョンの方が平均的に踏破しやすいと言われている。

 どうせ条件クリアを目指すなら、効率良く稼げる上に常時S級指定よりは多少安全に踏破出来そうな、『フィーバー中のダンジョン』を目指し、該当するダンジョンを管轄するギルドには、S級目前のソロ冒険者や冒険者パーティが集中する。


 ここしばらくの間、ブラウやノワが、A級パーティやA級男性冒険者に寄生する「虫系魔物ガールズ」に付き纏われていたのは、帝都ロシュランの冒険者ギルド管轄にあるダンジョンがフィーバー中となり、それ目当てで帝都に集中した高ランクパーティがダンジョンに向かう際、単独B級以下で入場資格の無い彼女達を街で待機させていたせいだ。


 あの破裂音を伴う色付きの煙は、「フィーバー終了」の合図だ。

 ダンジョンのフィーバーは、規定量を超えるモンスターが討伐される、又はフィーバー状態となったダンジョンが踏破されることで終了する。

 踏破したのがA級冒険者であれば、新たなS級冒険者が誕生しているのかもしれない。


 魔女(スノウ)の「お仕置き」のお陰でイイ男達(ノワとブラウ)への付き纏いは既に解決しているが、フィーバーが終われば多くの冒険者が物価の高めな帝都からは引き上げることが予想される。

 二人に限らずメンバー全員が目立つ彼らの周囲も、これで少しは静かになるだろう。


 因みに、()()()()踏破してS級昇格の条件を満たしてしまわないように、『豪華絢爛』の面々は、フィーバー中のダンジョンには入場資格は持っているが立ち入らないことにしている。


「今回のフィーバーは『機工渓谷』だったか。貴族や豪商向けのオークションが凄まじいことになりそうだな」


 ネリーの言葉を受けて、ブラウが他人事然とした声で言って肩を竦める。


 『機工渓谷』とは、今回フィーバーが起きた帝都近くに在るダンジョンの名だ。

 内部の景色は、自然の渓谷に見えるが全てが機械仕掛け。出現モンスターも全てが機械仕掛けというダンジョンである。

 機械仕掛けのモンスター達は、ダンジョン外には存在しない『機工渓谷』限定のモノである。


 通常時でも『機工渓谷』のモンスターのドロップ品は金属か鉱石であり、宝箱の中身は雑貨か装飾品か芸術品だ。

 それらが、フィーバー中はレア品もしくは高級品になる。

 フィーバーが終了し、一通りの品が出揃うまではと開催されなかったオークションが、これから連日連夜、帝都や近隣都市の各所で開かれるのだろう。


 オークションが開催されれば、参加者となる巨額の現金を持った富豪も集まり、それを狙った悪党も集まって来る。

 治安維持を仕事にする者達は、さぞ多忙を極めるだろうが、ブラウにとっては確かに「他人事」だ。

 一介の冒険者にまで治安維持の助力を請うほど、ロシュール帝国の騎士や衛兵が無能ということは無い。


「そう言えば、『機工渓谷』ってノワがチェスセット出した所じゃなかった?」


「捨てても捨てても戻って来る恐怖のチェスセット!」


 思い出したようにシェリーが言えば、嬉しそうにスノウが頷く。

 ノワが不満げに唇を曲げた。


「素材目当てで行ったが、あのダンジョンの宝箱はハズレしか出ねぇ」


「いや、お前がお前的ハズレしか引かねぇだけだから」


 ブラウにツッコまれ、益々唇をへの字に曲げるノワ。


 A級昇格資格を得る為に、各々単独でダンジョンを踏破したことのあるメンバーだが、冒険者になった当初から身体能力がぶっ千切りだったノワは、効果的行動が物理攻撃に比重が傾くダンジョンをアッサリ踏破し、相性の良いダンジョンは何度も周回している。


 例のチェスセットを出した『機工渓谷』は、素材目当てで潜った、特に得意という訳でも無いダンジョンだったが、身体能力の高さが物を言う命懸けの障害物競走をさせられる『トラップ・トラック』や、雑魚から竜種まで鱗を持つモンスターのみが出現するパワー重視ダンジョン『鱗々爛々』は、「もう第二の家なんじゃない?」と言われるほどに通い、踏破している。


 周回しているダンジョンでも、ノワの深層階の宝箱の()()は微妙だ。

 例えば『捨てても捨てても戻って来るハチマキ』とか。布のくせに謎素材で物凄く丈夫だが、何に使うか悩む代物だ。

 他にも『捨てても捨てても戻って来る極小サイズの古代竜の置物』とか。マニアには垂涎の逸品だろうが、捨てても捨てても戻って来ることと非常識に頑丈なこと以外に特殊な効果が有るわけでも無いソレは、今もノワの尻ポケットに確実に入っている。


 ノワ単独ではなくパーティでダンジョンに潜った時は、深層階ではノワに宝箱を開けさせないのはメンバー全員一致の決定事項だった。

 これ以上、捨てても捨てても戻って来るシリーズを増やされても困る。

 『キリング・ジャグラー』のダンのように、使える武器になるなら良いが、ノワが出すダンジョン産の珍品は概ね微妙さが勝るのだ。


「ノワって、微妙に運が悪いよね・・・」


 スノウがひどく同情めいた視線でノワを見つめる。

 スノウが思い出して同情の気持ちを湧かせているのは、人食いモンスターばかりが出現するダンジョン、『弱肉()食』での一幕だ。


 『弱肉競食』では出現モンスター達から明確な食欲を露わに追い回されるが、モンスターを倒すと必ず()()()()()()()がドロップする。

 ドロップした食べ物を食べると一定時間、同じ種類のモンスターからは攻撃を受けず、むしろ怖がられて逃げられるのだが、このドロップする「何らかの食べ物」に強烈な当たりハズレがあるのだ。


 大抵のダンジョンでは、ドロップ品の価値は同種であれば強さに比例する。だが、『弱肉競食』では魔石は強さに比例するが、ドロップ品は完全ランダムなのだ。

 超高級果実や回復効果のある一口サイズの菓子や小さなグラスに入った幻の美酒の時もあれば、焦げた特大サイズの骨付き肉(邪魔だし食べ難いしクソ不味い)や激臭珍味(食べると一週間は臭いが取れない)や激辛菓子(罰ゲーム用として人気の品)の時もある。

 後者は全てノワが実際に出したドロップ品だ。


「一応、食べ物、ではあるものねぇ・・・」


 ネリーも思い出して、ホロリと憐れみの涙を拭う仕草をする。仕草だけで涙は出ていない。


「・・・ちょっと出て来る」


 居た堪れなくなったノワは立ち上がり、外出準備の為に一度自分の部屋に向かった。

 拠点内半裸族のノワは、そのまま外には出られない。

 その背中にネリーが朗らかに声をかけた。


「ダンジョン行くなら『食肉楽園』にしてちょうだい。今夜は肉祭りにするわ」


 まだ明るい時間、昼間のノワが憂晴らしに出掛ける先は、大体はダンジョンなのだ。

 どうせなら「お使い」を頼みたい。『食肉楽園』は、出現モンスターが全て家畜型でドロップ品が美味な高級肉というダンジョンだ。『豪華絢爛』のメンバーにとっては、「馴染みの肉屋」扱いになっているダンジョンである。


「おー。焦げてない肉、食いてぇ」


 逞しい裸の背中を向けたまま片手を上げて応じるノワは、己の微妙な運を大して悲観していない。

 長い尻尾が機嫌良さげに揺れている。夕食の「肉祭り」が楽しみなのだ。


「んー、じゃぁアタシは調味料を買い足して来るわ」


 ネリーは立ち上がると、上着だけ羽織ってさっさと玄関へ向かう。

 帝都を引き上げる冒険者達が出立準備の為に利用する店は、ネリーがこれから向かう調味料の店とは通りが何本も違うから、出立ラッシュの喧騒に巻き込まれることも無いだろう。

 富豪狙いの悪党が帝都に集合する前に、面倒に巻き込まれそうな場所への買い物は済ませておきたい。ネリーが行く調味料の店は、高級品を扱う通りに面している。


「フィーバーが終わって冒険者は静かになるけど、『フィーバー明け』の方はいつ頃終わるかしらねぇ」


 独り言ちて拠点のドアを出るネリーの呟きは、すっかり色付き煙の消えた青空に吸い込まれて行った。



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