地方で「変なの」と遭遇した
この世界において魔獣や魔物とは、体内に魔石を持ち、魔法または固有の特殊な方法で攻撃してくる存在のことである。
大凡、獣型のものを魔獣、それ以外を魔物と人類は呼んでいるが、微妙なラインに在る種については、人によって呼び方が変わる。
ロシュール帝国の法では、C級以下の魔獣または魔物が出現した場合、各領内での解決が求められ、国への報告義務は無い。
B級の魔獣または魔物が出現した場合は国への報告義務は有るが、解決は各領内で行うことが求められる。
各領内での解決とは、領民または領兵または依頼された冒険者ギルドの冒険者が討伐駆除することである。
A級以上の魔獣または魔物が出現した場合、即時の国への報告義務が有り、領内で対応不可能な場合は国から兵または国が依頼した高ランク冒険者が派遣される。
ちなみに、冒険者が派遣された場合、依頼料は国も半分負担している。
『豪華絢爛』が宰相閣下から皇太子殿下の解毒治療のダミーとして受けた依頼は、帝都から馬車で一日ほどの位置に在るカラン伯爵領に出現したA級魔獣の討伐である。
出現した魔獣は、双頭大蛇の番。単体であればB級の魔獣だが、番で現れた場合はA級扱いとなる。
双頭大蛇は成体になれば五メートルほどまで育つ双頭の蛇で、オスは鬣がありメスには無い。通常は山や森の奥地が棲息地域だが、番を得ると人里近くに営巣し、オスがメスの好物の狩りに勤しむ生態だ。
この「メスの好物」というのが問題で、妊娠中の双頭大蛇のメスは生き物の幼体の柔らかな肉を主な栄養源とする。
先ずは営巣地付近の獣や魔獣の幼体が狩られ、不足すれば人里まで出て来て人族や獣人族の子供を狩るのだ。
双頭大蛇の番を発見した場合、とにかく早く、可能であればメスの妊娠前に討伐してしまうことが望ましい。
今回は、カラン伯爵領の領都から領内北部の森林方面へ馬車で一時間程度の森の中、開けた草地に在る洞窟で双頭大蛇の番が営巣していると、付近を巡回する自警団から領主館へ報告が上がり、領主代行を務めるカラン伯爵の嫡男が即刻国へ報告を上げていた。
領主代行は国からの指示が来るまでに、営巣地の周辺に散らばる村々へ子供を戸外へ出さないよう命令を出し、領兵を派遣して人里と営巣地の間に土嚢や木柵で障害物を作らせていた。
領兵はそのまま現地に留まり、村の護りと営巣地の見張りに隊を分けている。
宰相閣下から依頼を受けた『豪華絢爛』が領主館に姿を現すと、領主代行は彼らを「冒険者ごとき」と侮ること無く、速やかに現在の状況を彼らと情報共有し、現場までの案内に領主館の家令を付けて、丁寧に送り出した。
諸事スムーズであり、『豪華絢爛』のメンバーは、カラン伯爵領の領主代行に好印象を抱いた。
貴族と関わる依頼は、時にかなり面倒臭く非効率的である場合が散見されるのだ。
尤も、関わらせてマズそうな貴族の領地の依頼を宰相閣下が『豪華絢爛』に出すことは無いのだろうが。
カラン伯爵領の依頼は、今後も受けても良さそうだとネリーは心に留めた。
これまで、宰相閣下からの指名以外で受けた貴族からの討伐依頼の中で、スノウやシェリーをやたらと引き止めたり身体に触れようとしたり、夫人や令嬢がノワやブラウに色目を使ったりするような貴族からのものは、指名されても二度目は引き受けていない。
ロシュール帝国内に拠点を構えるA級冒険者パーティは『豪華絢爛』だけではないし、その手の貴族達の依頼を受けずとも『豪華絢爛』は金銭的に全く困っていないので、断っても問題は無い。
また、面倒な貴族から指名された討伐依頼よりも難易度の高い他の依頼を受けてしまえば、ギルドからのペナルティも無い。
ちなみに、その手の貴族は宰相閣下に報告を上げている。
これは、「領地や領民を守るより自分達の欲を満たすことを優先する貴族を把握したい」という宰相閣下との、最初の契約にも盛り込まれている条件の一つだ。
見目麗しいメンバーばかりで構成された『豪華絢爛』は、責任より欲を優先する貴族の炙り出しに有効なようだ。ネリーが報告書を渡す度に、それはそれは良い笑顔で楽しそうなご様子である。
家令の案内で営巣地に着いた『豪華絢爛』は、直ぐに洞窟内を含む付近の気配察知と索敵を開始。
気配から、現在オスも洞窟内に居ると判断出来たが、現地を見張っていた領兵にも確認し、双頭大蛇の番はオス、メス共に巣である洞窟内に居ると断定。
双頭大蛇の番はA級扱いの魔獣だが、『豪華絢爛』のメンバーは全員が単独でA級以上の実力を持つ冒険者だ。
ハッキリ言って、過剰戦力である。
決死の覚悟で寿命の縮む思いをしながら見張りに付いていた領兵達には悪いが、『豪華絢爛』の面々からすれば、今回討伐する双頭大蛇の番は「肉と素材」にしか見えていない。
出来るだけ傷を付けずに殺し、尚且つ血抜きも手早く行い、更に解体と急速冷凍を同時進行する。そんな手順を確認し合う彼らは、「討伐に来た冒険者」と言うより「狩りに来た猟師」のようだ。
果たして、呆気に取られる領兵達の目の前で、双頭大蛇の番は洞窟内の暗闇を利用した闇魔法で外まで引きずり出され、出て来た途端に感電させられ、風魔法で空中に吊られてスパッと血抜き用の切り込みを入れられ、水魔法でグングンと血を抜かれ、抜かれた血も薬や錬金術の素材として売れるのでキッチリ瓶詰めされ、血を抜かれて絶命すると同時にサクサクと解体が進められ、肉や内臓は氷魔法で即時冷凍され、毒腺や毒袋や眼球は保管ケースに収納され、皮や骨や牙や魔石は水魔法で洗われ、それら膨大な量の取得物は全てが亜空間収納に消えて行った。
「な、何が起きたのか分からない・・・」
目を何度も瞬きしながら呟く領兵に、目を擦って首を傾げていた領兵も、口をポカンと開けたまま頷く。
あまりにも、手際が良すぎた。
双頭大蛇の番を洞窟から引きずり出してから、まだ五分も経っていない。
誰が何をしていたのか解説するならば、最初に闇魔法で洞窟から引きずり出したのがブラウ。
雷魔法で感電させて、風魔法で空中に吊り上げ固定したのがネリー。
風魔法でスパッと切り込みを入れて、水魔法でグングン血を抜いて瓶詰めしたのがスノウ。
風魔法でスパスパ解体していたのがスノウとブラウで、水洗いがネリー。氷魔法で冷凍していたのはシェリー。
ノワは、瓶や保管ケースを取り出したり、洗浄済みの皮や骨をコンパクトにまとめたり、収納するばかりに出来上がった取得物を亜空間収納へ収納してもらう為にシェリーに向かって放り投げ、シェリーは自身の収納範囲内に入ったそれらを収納。
このように作業分担が為され、双頭大蛇の番は洞窟から引きずり出された後、一度も地面に着くこと無く肉と素材になって収納された。
物凄く手慣れている。
冒険者を辞めても解体業で十分に儲けられそうだ。
「じゃ、あとはヨロシクね」
ひらりと手を振って場を後にするネリー達『豪華絢爛』を、領兵達は夢うつつのまま見送ることしか出来ない。
宰相閣下から『豪華絢爛』が受けたのは、カラン伯爵領に出現したA級扱いの魔獣、双頭大蛇の番の討伐だけだ。
冒険者が魔獣や魔物を討伐した場合、討伐した獲物の所有権は冒険者に在る。
だから、双頭大蛇の番の死体の解体と回収までは『豪華絢爛』が行うことに問題は無いが、それ以降の作業に手を貸しては追加料金が発生してしまう。
ここで、討伐・解体・回収を済ませた『豪華絢爛』が立ち去るのは当然のことであり、引き止めた事実を作ると後から問題視されかねない。主に、カラン伯爵の足を引っ張りたい他所の貴族から。
どれだけ不可解現象の説明を求めたくても、領兵達は『豪華絢爛』を引き止められないのだ。
彼らは、この後上司に報告する際に、自分達でも理解出来ない見たままを報告するしか無い。
可哀想な領兵達を気にすることも無く、少し離れた安全地帯に残して来た領主館の家令の所へ戻れば、その家令が歳の頃は二十代半ばほどと思しき見知らぬ男に話しかけられていた。
表情に出さぬよう努力しているのだろうが、家令から困惑の雰囲気は滲み出ている。
男の鎧や剣には、大分前に宰相閣下から「自衛の為に覚えておいた方が良い」と見せられたことのある帝国の主だった貴族の家紋の一つ、ロシュール帝国の某侯爵家の家紋。
男が従える騎士達の装備に見える紋章も同じく。
どうやら男は、騎士達と共に森の浅いところで魔物を討伐して戻って来たようだが、思いっ切り某侯爵家の家紋付きの装備で固め、どう見ても騎士でしか無い某侯爵家の紋章付き装備の連中を従えながら、自身を「通りすがりのC級冒険者と仲間達」と称しているらしい。
そりゃあ、家令も困惑するだろう。
話しかけられている家令は、伯爵家に仕える使用人だ。
忠誠は主のカラン伯爵に誓っていても、あからさまに侯爵家の者だと全身で主張する不審者を無下に扱うことなど出来ない。
しかし、自称は「通りすがりのC級冒険者」だ。暗に「貴族扱いすることは許さない」と圧をかけているつもりなのかもしれない。
どう対応するのが正解なのか、考えあぐねている様子だ。
「B級以上の冒険者を詐称するのは犯罪だってことは、知ってるみたいねぇ」
声を潜め、呆れたようにネリーが言えば、ノワが鼻を鳴らして嘲笑するように言う。
「腐っても貴族だろうからな。その辺の法知識くらいは子供の内に家庭教師から教わっているだろう」
「アレ、宰相が言ってたボリジ侯爵家のバカ息子だよな」
眉を顰めてブラウが囁けば、シェリーが唇を歪めて肯定する。
「でしょうね。家紋がそうだし、やってることも、聞いたままだわ」
その間、スノウは「信じられないモノを見た」というように固まっていた。
彼らは皇太子殿下の解毒治療が済んだ後、宰相閣下から「変なのが出没するから気を付けろ」と、現在目撃中の「ボリジ侯爵家のバカ息子」の話を聞いていた。
ボリジ侯爵家の当主と次期当主である嫡男は、真面目だがそれなりに腹芸も出来る、宰相閣下にとって信頼に足る貴族らしい。
だが、今ここでC級冒険者を自称している次男は、学園卒業後に帝国の騎士を目指したものの、常識を理解しない方向での協調性の無さから帝国騎士団への入団を見習い時点で撥ねられ、入団を断念して故郷へ帰った問題児だった。
故郷へ帰ったものの、騎士の夢を捨てることが出来なかった──と言うよりは、在学中の騎士になることだけを目指した視野の狭い科目選択から他の職には就けなかった──次男は、ボリジ侯爵家の領兵である私設騎士団の中に自分の隊を作り、隊長の座に着いた。
当主と次期当主である父と兄は、次男が作った隊の隊員を呼び出して次男の護衛として任命し、帝国の侯爵家の息子の「護衛隊」として許容範囲の人数だったことから、隊の存在については黙認。
ただし、次男にはボリジ侯爵領騎士団への命令権や指揮権は一切与えなかった。
また、次男が隊長と自称している隊の実態は次男の護衛隊であることから、隊員達が最終的に従うのは、当主であるボリジ侯爵である。
次男を領地で兄の補佐に付けるには、文官や秘書官としては侍従見習い以下の状態から教育し直す必要があり、帝国の学園を卒業した侯爵家の息子として、それを大っぴらにするには、あまりに体裁が悪かった。
そこで父と兄は、対外的には自領の騎士団に一つ隊を持つ隊長として領内の巡視に当たらせ、それ以外の時間は領内の別館で密かに教師を付けて、領地や領民の役に立つ人物になるよう学ばせることにしていた。
「で、その結果、どこかで齟齬が生じてああなってしまった、と」
宰相閣下の話を思い出しながら男を眺めていた『豪華絢爛』メンバーは、カラン伯爵領領主館の家令に対して御高説をブチ上げ始めた「C級冒険者と詐称するボリジ侯爵家のバカ息子」に、徒労の溜め息を吐いてボソリと呟いた。




