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シェリーは優しい

「シェリーは優しいね。めちゃめちゃ」


 拠点の屋敷へ戻り、リビングルームへ入った途端、スノウが言った。


「だよなぁ。特級シスターの身分は一部を抜かして王族以上。じゃなくても、あの手の慮外者は斬り捨て御免の特権があるだろ」


 ブラウも同調する。


 世界に十人も居ない特級シスターが、自国に滞在するのは国の統治者にとって大きなメリットだ。

 過去現在、特級シスターが滞在した殆どの国では、特級シスターに無理強いや無礼を働いた者への問答無用での無礼討ちが許されている。国によっては相手が貴族でもだ。

 シェリーも、宰相閣下経由でロシュール帝国皇帝から、公爵家当主を除き、貴族相手でも有効な無礼討ちの許可状を渡されている。


 ネリーが呆れたように相槌を打ちながら、思う所を言葉にする。


「それに、田舎の教会の下級シスターが判別出来ちゃうような『特級シスターか大神官しか治せない不治の病』って、本当に治らない、死ぬのが確実、ってことで有名なくらいの死病よね? けれど、もし感染するような死病なら、村人達から息子ごと殺されて死体も焼かれてるだろうから。だとすると、あの男の父親の病は『石化症』あたりかしら?」


「あー、アレな。『神罰の一種だから大神官か特級シスターしか救えない』って話は学のある奴なら平民でも知ってるからな。『神の罰を受けてる最中だから、勝手に人間が殺せば同じ目に遭う』って話も。村人が石化症の奴を殺そうとすれば、村長辺りから『待て』が入るだろ」


 ノワが思い出すように上を見ながら続ける。

 スノウが首を傾げてシェリーに訊いた。


「実際のところ、『石化症』って神罰?」


「ええ。御神木や御神体を、神を侮辱しながら意図的に損なった者が受ける罰だけど、あの辺の村に御神木や御神体が有るという話は聞いたことが無いから、『村の教会の神像に、神を侮辱しながら糞尿や唾をかけて踏み躙る』辺りが、過去の事例で多かった『普通の村人』の石化症の原因よ」


「いや、頭オカシイな」


 シェリーの答えにブラウが引く。

 神を侮辱しながら教会の神像に糞尿をかけて踏み躙るというシチュエーションが、まずオカシイ。


「しかし、腹の立つ野郎だったな。出来る力が有るなら頼られたらやるべき、っつー持論。石化症の神罰受けた父親と同じで頭オカシイだろ」


「シェリーの優しさには一生気付かなさそう」


 苦々しげに吐き捨てたノワに、「ウンウン」と頷きながらスノウも苦々しい顔をする。外では人形のように無表情なスノウだが、拠点内では表情もよく変わる。


「ああいう、強者や実力者にタカる『弱い者』を言い訳にするウジ虫ってのは、何処に行っても一定数湧くからなぁ」


「特級シスターに対価を払わず上位の聖魔法を使わせた、なんて知られたら、ルールを弁えて自分や大切な人の治療を諦めた人達から恨まれて殺されるって言うのにねぇ」


 疲れたようにブラウが言えば、ネリーも溜め息と一緒に事実を吐き出す。


 たとえ一時(いっとき)、無理に治療をしてもらって命が助かったとしても、買った恨みで、治療を受けた病人のみならず関係者皆殺しの未来だって有り得るのだ。


「あの手の輩が恨みを買うのを避けるには、希望する全ての人々に、特級シスターが何時でも何処でも無償奉仕しなきゃならなくなるわねぇ。とっても非現実的だわ」


 特級シスターは、弱者の奴隷ではない。


 他者の能力や時間を搾取する言い訳に、己の無力や無能を提示する輩は最悪だ。

 奴らは常に「力無き自分」を被害者の位置に置き、見合う努力や誠意を示すことを拒む。

 幾つになっても、何時までも、図々しくも力を持つ他者の()庇護者であろうとするのだ。その他者が、たとえ初対面の他人であっても。


 剣呑に目を眇めるネリーの肩に腕を回して「だよな」と相槌を打ち、ノワがシェリーに向き直る。


「無礼討ちもせず、あの慮外者の願いを叶えれば後から家族ごと殺されることになると知っているから、下手な望みを持たせないように冷ややかな態度でハッキリと断る。これ以上に優しさに溢れた対応なんか無ぇだろうに」


「あの慮外者が人の集まる広場で大声でやらかしたから、後から似たようなのが湧いて出ないように、殊更冷たく対応したんでしょ? でも、連行された慮外者が殺されないように、処刑を匂わす言葉は出さなかった。慈悲あり過ぎ」


 ノワとスノウの指摘は正しい。

 先程の村人は、十分に無礼討ち相当のことをしている。

 あのような場合は、シェリーが自ら無言で斬って捨てても、帝都内でシェリーに付いている神官兵に斬り捨てるよう命じても、何も問題は無い正当な行いとされる。


 だが、どれほど無礼で不愉快であっても、被害が及ぶのが自分だけであれば、無知故の暴挙をシェリーは一度目は見逃している。

 他の神官や司祭から物凄く厳しい説教はしてもらうが、()()で処刑をすることは、シェリー自身が禁じているのだ。


 だが、衆目の中でシェリーの慈悲の想いを気取(けど)られると、「付け入る隙アリ」と思い込む阿呆が湧く。

 アイツは失敗したが、自分ならば上手く同情を引いてゴリ押しして、望みを叶えてもらえるんじゃないか。そんな勘違いが生じる場合があるのだ。

 そうなってしまえば、見せしめのために、衆目に晒される状況で突撃して来た()()()()()を、初犯でも無礼討ちしなければならなくなる。


 今回の「慮外者」は、帝都から離れた村の住民だったが、もしも帝都の民が「次の慮外者」だった場合、目撃者の話から個人が特定され、その親類縁者までが恐らく帝都では暮らして行けなくなるだろう。

 特級シスターの影響力を考えれば、大袈裟でも考え過ぎでも無い、とても可能性の高い未来だ。

 王族への忖度により祖国で冷遇の憂き目に遭っていたメンバーは、影響力の強い権力者である『特級シスター』のシェリーの懸念がよく分かる。


 特級シスターは、特に聖職者の中ではカリスマとも言える影響力を持つ。

 そのシェリーが、感情的に怒りを見せたり、慮外者の死を望んでいると匂わせるような文言を使えば、如何様にも忖度して、連行先であの慮外者の男は殺されるだろう。

 かと言って、続く者が現れないよう、優しさや慈悲を感じさせる態度は見せられない。


 噴水広場でシェリーは、実は物凄く気を遣っていた。


「他の国では、()()()()の方法として、わざと慮外者の願いを叶えてヘイトを集め、『慮外者は惨殺される』という事実を作って知らしめた特級シスターも居るのよね?」


「まぁ・・・うん。でも、断っても断っても、あまりに頻繁に現れて、何度も繰り返す者を無礼討ちしても収まらず、滞在地を変えたくはなかったから、という苦肉の策だったみたい」


 困ったように眉を下げてシェリーが答えるのは、現在遠方の島国に滞在地を固定している中年の特級シスターの話だ。

 島国故に、外部の常識に疎い住民が多く、「規則だから」と断っても効果が低かったらしい。何度も同じ人物が押しかけて来るし、悪質な者は護衛の神官兵が無礼討ちに及んでも効果無し。

 特級シスター本人は、その島国固有の植物の研究者でもあり、研究の目処がつくまでは島を離れたくないので強硬手段に出たと言う。


 効果は抜群だったらしい。


 願いを叶えてもらった「慮外者」は一族郎党惨殺されて死体が晒され、晒された死体は鳥や獣の餌にされた。

 げに恐ろしきは集団心理である。

 集団から外れて一人だけ()()()()()()()()()()()()は、集団私刑の制裁対象にされる。


 世間からは誤解されがちだが、この世界の聖職者で「聖」の魔法素質を持つ者達は、本質的な悪人ではないが、万人の願いを叶えようとしたり、誰も傷つけないように只管自分が耐え忍ぶような精神も持っていない。

 神が選んで授けた聖魔法の力を不当に搾取しようと目論む輩の為に、聖魔法使いの聖職者が犠牲になることは、寧ろ神の意志に反する行いなのだ。


 島国の特級シスターが、慮外者の一族郎党惨殺の結果を分かっていて、()()()望みを叶えたことは、この世界の神に仕える聖職者として、何ら間違っていない。


 だが、シェリーは、今のところ同じ手段を取るつもりは無かった。

 リンハー大陸は広大であり、ロシュール帝国は様々な他所の国々と交流があり、同じ大陸に神世国も在ることから、言葉や態度での抑制効果が見込める。


 もしも、「ズルい」と恨みを買って殺されるのが、本来であれば無礼討ちになるだけのことをした慮外者と、本来であれば死ぬほどの病や大怪我であった患者本人だけであれば、シェリーも島国の特級シスターと同じ手段を取ったかもしれない。


 だが、社会で暮らす人々に集団心理が働くことは避けられない。

 本来であれば、まだ死ぬ運命ではなかった「慮外者」の親類縁者までが無惨な死を迎える未来を、シェリーは避けたいのだ。


「ホント、うちの特級シスターは優しい良い子よねぇ」


 ニコニコと微笑むネリーに頭を撫でられて、シェリーは頬を染めて目を伏せる。

 下心の無い褒め言葉や、子供の頃さえ得られなかった子供扱いに、どうにも慣れずに照れてしまうのだ。

 ネリーに続いて、他のメンバーまでシェリーの頭をナデナデしに来るのだから、口許がモニョモニョしてしまう。


 その頃、帝都の大聖堂の一室にて、命は奪われずとも心を折る勢いの説教を受けている慮外者の目は光を失って行き、慮外者に不心得な入れ知恵をしたカシシ村の下級シスターを「背信者」とする報告書が、神世国の大神殿に向けて発送されていた。



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