ロシュール帝国宰相
今回のSTORYはアッサリ短めです。
ロシュール帝国の宰相は、名をベンジャミン・リンデンと言う。
ロシュール帝国筆頭公爵リンデン公爵家の当主であり、現ロシュール帝国皇帝アドルファス・ヴァル・ロシュールの片腕と呼ばれ、皇帝が最も信を寄せる男である。
常に乱れず整えられたダークグレーの髪に切れ長の鋭い翠眼で、厳しい表情がデフォルトのベンジャミンだが、その手腕と権力を恐れられるだけではなく、非常に人望の厚い人物でもある。
帝都ロシュランを本拠地とする、色々な意味で有名な高ランク冒険者パーティ『豪華絢爛』の癖のある面々も、彼の言葉ならば聞く耳を持つのだとか。
ただでさえ冒険者とは自由を謳歌する者である。その中でも実力のある者達は、首輪を付けられた「お抱え」の相手でもなければ、貴族の言葉を聞くことは滅多に無い。
ましてや『豪華絢爛』は、各メンバーの突出した特殊な能力と、貴族の中でも目を惹く美麗な容姿で、これまで多くの権力者達から随分と不愉快な狙われ方をされている、「王族貴族嫌い」として有名なパーティだ。
本人達には特に王族や貴族を差別しているという事実は無く、より不躾で不快で理不尽な要求をして来る相手に王族や貴族が多い、というだけなのだが。
その手の輩には「権力者への抵抗組織」である冒険者ギルドに所属する冒険者という立場を有効に使い、対等な態度で依頼を出す平民に対するよりも冷淡で厳しい対応で拒む為に、「『豪華絢爛』は王族貴族嫌い」という噂が広がった。
ともあれ、ロシュール帝国宰相ベンジャミンは、『豪華絢爛』から一定の信頼を得て誼を結ぶことに成功した数少ない貴族である。
彼が『豪華絢爛』と関わりを持ったのは、およそ五年前のこと。
当時はまだ、現在の『豪華絢爛』メンバーは単独A級として活動していた。
互いに顔見知りではあり、依頼内容によっては、現在パーティのリーダーを担うネリーが中心となって声をかけ、メンバー達の内の数人で組んで仕事をこなしていたが、そのネリーが「どうせだから、この五人でパーティ組まない?」という提案を持ちかけ、他の四人がそれを受けたのが約五年前なのだ。
彼らがパーティを結成するという情報を、ベンジャミンは逸早く掴み、即刻動いた。
ベンジャミンは、彼らが帝都入りした時から目を付けていた。
正確には、彼らがロシュール帝国入りした時から、「どう見ても貴族の血が入った人物」が「道中に無法者に襲われても自衛出来る実力を持っている」という報告を受けて、その時から監視は付けていた。
そして、彼らが帝都に腰を据える構えでロシュランの冒険者ギルドに登録したことで、本格的に目を付け、その行動をずっと追って来た。
冒険者ギルドは「権力者への抵抗組織」の体を取っているが、ギルドに登録された冒険者の情報を、権力者が抜く手段が無い訳ではない。
ベンジャミンも汎ゆる手を使い、目を付けた彼らの情報を収集した。
当時の帝都の冒険者ギルドマスターは、権謀術数に長けた者ではなかったことから、然程労力を割く必要も無く、欲しい情報は手に入った。
彼らが登録した職業、初期から突出している能力、依頼をこなして示して行く実力を知れば、彼らの元の血筋を割り出すことなど、「帝国宰相」の力を以てすれば容易だった。
彼らは、恐ろしいスピードで、同業者からも「本当の高ランク」と呼ばれるA級まで駆け上がった。
しかも全員が単独で。
帝都の冒険者ギルドに登録してから、一番長くかかった者でも二年以内でだ。
目を付けた彼らを高く評価し、「四年以内にはA級に上がるだろう」と予想していたベンジャミンは、自分の予想が彼らの実力に対して失礼なものだったと、今後良好な関係を築くつもりの彼らへ胸の内で密かに謝罪し、彼らの評価を更に上げたものだ。
その彼らが一つのパーティに纏まる。
その好機を逃す気は、帝国宰相としても、帝国皇帝に忠誠を捧げる者としても、ベンジャミンには無かった。
使者を立てることなく、ベンジャミンはお忍びで、自らネリーが滞在する宿へ赴いた。
ずっと注目していたのだ。パーティを組んだとして、リーダーになるのはネリーだと、交渉するならばネリーだと、ベンジャミンは確信していた。
他のメンバーと先に接触することは、却ってネリー以外のメンバーの不興を買うだろうという予測もしていた。
そして、それは当たっていた。
もしも、『特級シスター』や『獣人族の金眼』であるシェリーやノワを先に訪ねていれば、その二人からは外方を向かれ、スノウとブラウからは不信感を抱かれていただろう。
彼らは元の身分の高さ故に、「権力者にとっての自分達の価値」を知っている。
そして、自分達を欲しがる相手の「見る目」を測り、基準に達しなければ、「交渉のテーブルに着く価値無し」の判断を下されるのだ。
ベンジャミンは、彼らの「祖国での身分や立場」と「現在の身分と付随する価値」を知りながら、彼らにとって正解の最も重視する相手を選び取ることに成功した。
尤も、ベンジャミンからすれば、事前に情報を集めておいてネリー以外に最初に話を持って行く奴の気が知れないのだが。
彼らの動きを追えば掴めない訳が無い。
ネリー抜きでは、特級シスターも獣人族の『金眼』も、『魔具』を複数同時に使いこなす狂気的な魔力制御能力の魔導戦士も、闇に潜らず表の組織に所属する稀有な呪符師も、誰一人として他者と組んで依頼に当たったことなど無いのだ。
それを見落とす奴も、偶然だと見逃す奴も、帝国では要職には置いておけぬ盆暗だ。
目立つ彼らに注目していた帝国貴族はベンジャミンだけではない。
だが、盆暗どもは、「我が国の騎士ならば剣と魔法を両方使える者など普通の存在だ」との理由で、魔法剣士として職業を登録するネリーを軽視し、彼らの中では一番価値の無いオマケのように認識していた。
実に見る目の無いことである。
『魔導士』を名乗るに足る魔法素質と魔力量を有し、身体強化と風魔法でパワーとスピードを災害級の魔物を翻弄するほど上げて動き回り、攻撃対象や攻撃箇所ごとに適宜適切な毒に切り替えて毒魔法を纏わせた武器で切り裂き刺し貫き、並行して雷撃の弾幕を放てる者が、もしも帝国に普通の騎士として籍を置いているものならば、今直ぐ目の前に連れて来てもらいたいものだ。
魔法職に就けば『魔導士』を名乗る資格を持ちながら、物理戦闘職に分類される『魔法剣士』として登録し、一年足らずで複数のダンジョンを単独踏破して災害級の魔物を討伐し、A級冒険者に駆け上がる逸材など、帝国宰相として膨大な情報を集めて握るベンジャミンでも聞いたことが無い。
ネリーの部屋を訪れたベンジャミンは名乗った後、「冒険者のネリーとしての対応で構わない」と告げた。
更に、「君達ならば出来るのだろうが、私は冒険者に貴族としての作法を求めるのは無粋だと感じる感性の持ち主だ」と告げれば、ネリーのスカイブルーの両眼は満足そうに細められた。
帝国宰相が冒険者の若僧の反応を一々気にするなど、と不満を持つ輩も居るだろうが、ベンジャミンは一つ一つ正解を引いていく、この勝負に爽快感を覚えていた。
交渉のテーブルに着く資格を得て、ベンジャミンは帝国側が用意するつもりのカードを並べた。
・君達の祖国が帝国へ身柄返還要求を行った場合、これを国として拒否する。
・君達が、望まない帝国貴族からの「お抱え」や「召し上げ」の要求を、現在の立場で退けることが困難な場合、帝国宰相であり筆頭公爵家当主であるベンジャミン・リンデンが盾となり退ける助けとなる。
・君達が、帝国宰相、帝国筆頭公爵と友誼を結ぶ冒険者パーティであることを社交の場で公言し、良からぬ思惑で君達に手を延ばす帝国貴族への牽制を行う。
・もしも帝国皇族が君達へ冒険者としての職分を超える要求、または望まぬ占有の為に権力を行使した場合、君達が拒めるよう皇帝陛下が力添えされる用意がある。
・帝国は君達に「首輪」や「枷」を付ける意図は無く、それらを意図する帝国貴族への牽制を行う。
それに対し、ネリーはうっそりと笑い、「まぁ、恐ろしいほどの好条件ですこと。代わりに宰相閣下と帝国は、何を我々に望むのでしょう」と返して来た。
強大なロシュール帝国の宰相を前に、皇帝陛下の御名まで出した条件に臆することも無く、二十歳を越えたばかりの麗しい容姿の青年は、見た目にそぐわぬ胆の太さを有していた。
ベンジャミンは帝国側の要求と、要求に付随する条件を並べた。
・君達には帝都ロシュランに定住し、拠点を帝都以外に移さないでもらいたい。
拠点とする物件は君達の希望に適う物を紹介し、物件の改造等は帝国法に反する内容でなければ不問とする。
・帝国宰相であるベンジャミン・リンデンからの依頼を優先的に受けてもらいたい。
適正価格で報酬は支払い、出来る限り受けて欲しいが依頼への拒否権は有る。
また、君達の祖国へ赴く必要のある依頼、関わる依頼は出さないことを約束する。
「帝国は君達と良い関係を築くことを望んでいる。一方的な搾取をすることは無く、また、こちらが一方的に君達を庇護する関係も望まない。帝国は、君達に選ばれた国であると、対外的に示せることも利益であると考えている。是非、誼を結んでもらいたい。そして出来れば、長い付き合いとなることを望んでいる」
直接対面し、言葉を交わしたネリーは、調査内容以上に傑物のオーラを感じさせる、末恐ろしい若者だった。
三十ほども歳上の強大国の権力者であるベンジャミンに一歩も退かず、鋭い質問で細かく話を詰め、部分的には魔法誓約を含む契約書を作成する条件を追加され、「この内容で他のメンバーと話し合いますね」と微笑まれた。
嫣然と微笑みながら、帝国宰相に「待て」をして来たのだ。
断られることは無いという感触ではあったが、相手の年齢を考えれば、手ぶらで帰宅するベンジャミンは、薄っすらと感じた敗北感を見ない振りは出来なかった。
あの交渉力と立ち回りと胆力。
手放した、否、逃げられたアドギス王国は実に愚かだ。
アドギス王国だけではない。
彼らの祖国の王族らは総じて、先の見えない愚か者だろう。
そう、ベンジャミンは断定する。
特級シスターに見捨てられたテオキッド王国は言うに及ばず。
獣人族の国の国王でありながら、高位貴族の『金眼』を国から失う原因となった王女を未だに王籍に置き、幽閉すらしていないリオニーズ王国も先は暗い。
公爵家の血筋で『魔具』を複数同時使用する騎士など、将来、騎士団総帥として周辺諸国に武力を喧伝する英雄になっただろうに、「価値の低い王女」と引き換えに、それを失ったフレイネン王国。
伝説級の旧時代の呪まで呪符として作成可能な稀代の呪符師を王子妃として王家で囲えていれば、カイトレス王国の防衛は、この先百年は安泰であっただろうに、才能に気付きすらせず虐げて捨てた。
為政者として、何とも情け無い失態ではなかろうか。
尤も、愚かな彼らの祖国の王族や貴族らのお陰で、帝国は彼らのような素晴らしい人材を得ることが出来たのだから、笑いが止まらない。
ネリーからの返事は、程無くしてベンジャミンの手許に届いた。
メンバー全員の同意は得られたようだ。
今後良い関係を築くことを目指す友好の証として、ベンジャミンの他、どの帝国貴族がメンバーの誰の所に訪ねて来たかの一覧が添付されていて、冷や汗をかくと同時に、「後継者として養子に欲しいが叶わぬだろうな」と苦く笑った。
そして、パーティ名は『豪華絢爛』とするのだと併せて伝えられ、あまりに彼らに似合いのパーティ名に、ベンジャミンは腹の底から愉快に笑ったのだった。




