ネリーのオ・ハ・ナ・シ
EPISODEでは、一話終了の話を幾つか投稿して行きます。
個人でもパーティでも、何も依頼を受けていない穏やかな夜。
拠点の屋敷のリビングルームでは、ノワとブラウとシェリーがボードゲームに興じ、ネリーはパーティの収支の帳簿付け。スノウはネリーの隣に座り、マシュマロの浮かんだココアのカップを両手で持って、ぼんやりとしている。
スノウのその様子に心当たりのあるネリーは、切りの良い所で帳簿を閉じてペンを置き、自分のコーヒーを淹れに立った。
今日の午後、ネリーとスノウはロシュランの冒険者ギルドに郵便物を受け取りに行った。
メンバー全員がストーカー付きなので、拠点の屋敷に直接配達されるモノは一切の受け取りを拒否している為に、郵便物の類は各人が受取場所にしている所へ出向くことにしているのだ。
因みに、家族とは円満な出奔であり、冒険者になる以前の友人との繋がりも続いているブラウとノワは、帝都の郵便ギルド内に有料で私書箱を持っている。
シェリーは特級シスターなので、世界中から繋がりを求めて届く膨大な量の手紙を、帝都大聖堂で全て検閲を済ませてから、必要なものだけを受け取っている。
冒険者ギルドに取りに行くのは、メンバーの中ではネリーとスノウだけだ。
冒険者は「高ランク」と呼ばれるB級以上になると、本拠地とするギルド内に、冒険者ギルドと郵便ギルドで提携する『受取りポスト』を持つことが出来る。
有料だが、『豪華絢爛』のように拠点となる家を持たず、長期契約で宿を借りて暮らす冒険者も多いので、需要は意外とあるようだ。
ギルド内の『受取りポスト』は郵便物の紛失が滅多に無いので評判が良い。
ネリーの場合は、冒険者パーティのリーダーとしての立場へ送られて来るものが多い。
だが、スノウには、帝都でスノウを見初めた貴族や富裕層の男からの恋文や招待状が送られて来ることが多い。
更に、検分してヤバい行動に出そうな奴をチェックしなければならない其れ等の手紙に同封されて、スノウの元婚約者からの気色悪いポエムが送られて来たりするのだ。
今日の郵便物の仕分け作業中、スノウの目が死んでいたことをネリーは覚えている。
多分、鳥肌ポエムが混入されていたのだろう。
「スノウ。眠れそう?」
コーヒー入りのカップを持って戻り、スノウの隣に腰を下ろしたネリーが優しく問えば、頼りなく惑うアメジストが見上げる。
「ネリー、何か、お話、して?」
困ったように、遠慮がちに強請ったスノウの頭を褒めるように撫でてネリーは柔らかく笑う。
黙っていれば、スノウはスラリとして凛とした、冷たそうにも見える美女だ。仲間達以外には、そう見える態度で接してもいる。
だが、ネリーはスノウを仲間にした時、能力ばかりが高くて自己肯定感の低過ぎるスノウに危うさを感じ、祖国での扱いを聞いて、「一度子供に戻って心を育て直しなさい」と、保護者目線で甘やかすことを決め、スノウはそれを受け入れた。
仲間達の前では言葉や態度も子供のようになるスノウは、特にネリーには、母を慕う子供のように信頼して甘えていた。
ネリーも、「母性は無い筈なんだけど、アタシ、三歳の頃に娘を産んでいたのかしら」と嘯きながら甘やかす。
今もネリーは、気持ちが不安定な時に一人で我慢をせずに要求を言葉に出来たスノウを、「よくやったわ、良い子ね」と褒めたのだ。
「いいわよ。そうねぇ。じゃあ、『モーモータウロ』のお話にしようかしら」
「モーモータウロ?」
「そ。『モーモータウロ』。ネリーのオハナシ、始まり始まり〜」
パチパチパチ、とスノウがマグカップをテーブルに置いて拍手をする。
窓辺の席でボードゲームに興じていた三人組から、「おい、また変な話が始まったぞ」というヒソヒソ声が聞こえるが、ネリーは気にしない。
「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」
窓辺から、「今回は出だしは普通だな」という呟きが聞こえる。
「おじいさんは山へ四ツ目赤熊を仕留めに、おばあさんは川へ魚獲りの仕掛けを引き上げに行きました」
窓辺から、「爺さん元冒険者かよ」、「四ツ目赤熊ってB級魔獣よね」というツッコミが入る。
「おばあさんが川で仕掛けを引き上げていると、川上から大きなミノタウロスが、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れて来ました」
窓辺から何かを「ブフォッ」と吹き出す音がして、「川ヤベェ、惨事直前」、「ミノタウロスの川流れ」というヒソヒソ声が。
「おばあさんは川からミノタウロスを引き上げ」
窓辺で「「引き上げるのかよ!」」というツッコミが重なる。
「丁度携帯していた切れ味の良い大鎌で、ミノタウロスの腹を切り裂きました」
ざわつく窓辺では、「ミノタウロスが切り裂ける鎌って⁉」、「大鎌を丁度携帯してる婆さん⁉」、「ほらな、やっぱり惨事直前だっただろ」などと三人組が顔を寄せ合っている。
「すると、ミノタウロスの腹の中からは、玉のような男の子が出て来ました」
窓辺のざわつきは収まらず、「丸呑みされて未消化だったのか?」、「流れミノタウロスは実はメスだった?」、「スプラッタ川辺」などと自由な意見交換を繰り広げる。
「解体したミノタウロスと、川で綺麗に洗った男の子を連れて帰ったおばあさんは、男の子に『モーモータウロ』と名付け、おじいさんと二人で育てることにしました」
窓辺では、「婆さんも元冒険者説」、「ミノタウロス解体して晩飯にしたんだろうな」、「ミノタウロスの鳴き声はモーモーじゃなくてグオォォとかよね?」と意見交換に忙しい。
「モーモータウロは、おじいさんのブートキャンプで、すくすくとムキムキに成長し」
窓辺で再び「ブフォ」と何かを吹き出す音がして、「軍隊方式!」、「モーモータウロの姿が覇王っぽい感じで想像出来たわ」とヒソヒソ。
「ケルベロスを引きずり、アーマーコングを従えて、先発隊としてワイバーンの群れを突っ込ませておいた悪の親玉のお城へ突撃しました」
窓辺では、「やっぱり覇王」、「ケルベロスもアーマーコングも災害級じゃねぇか」、「ワイバーンも群れだとA級扱いだぞ」、「悪の親玉不幸」、「蹂躙される未来しか見えない」などとザワザワ。
「悪の親玉を完膚無きまで叩きのめしたモーモータウロは、お城に貯め込まれていた沢山のお宝を根こそぎ浚って持ち帰りました」
窓辺から、「悪の親玉哀れ」、「やっぱり蹂躙」、「どっちが悪者か分からん絵面の気がする」とヒソヒソ。
「モーモータウロは持ち帰ったお宝の中から、おじいさんには『魂吸ノ剣』を、おばあさんには『妖繰ノ鞭』をプレゼントして、とても喜ばれました」
窓辺の三人組は、「魔剣よね」、「呪われた武器くせぇ」、「絶対ヤバい効果付き」、「てか、喜ぶのかよ!」と反応に忙しい。
「やがてモーモータウロは広い世界へ旅立ち、新たな伝説を築き始めるのでした。メデタシメデタシ」
パチパチパチ、と目をキラキラさせたスノウが拍手を贈り、ネリーがニコニコとスノウの頭を撫でている。
「流石ね。絵面だけ見れば『慈愛の聖母と清き乙女』みたいだわ」
「実態は凄惨な覇王伝説の語り部とスプラッタを喜ぶ魔女だけどな」
「モーモータウロ、そのうち勇者に討伐されそうだよな」
「勇者も返り討ちしそうよ?」
「やがてモーモータウロは世界の覇王になり、世界は暗黒の時代へ・・・」
「ちょっと!」
窓辺の三人組へ、ネリーから非難の声が上がる。
「いや、だってお前の話、最終的には必ず覇王じゃねぇか」
「七人の使徒を従えた死神姫とかな。明けない夜を世界に齎すエンドだったか?」
「そんな話したこと無いわよ! 寝込みを襲おうとした王子の国に制裁を加えただけじゃない!」
ギャーギャーと言い争う、ネリーとブラウとノワ。
シェリーが心配そうにスノウを見れば、先程までのぼんやりとした生気の無い雰囲気は消え去り、顔にもほんのり薔薇色に血色が戻って来ている。
「ネリーのお話は、いつも面白いよ。ネリーのお話を聞くと、悪夢の代わりに夢がソレになるし、すごく助かる」
「ソレも悪夢じゃねぇのか」
「まぁ、インパクトの強さで湧き上がる不快な過去の記憶を駆逐してくれそうではあるわね」
納得のシェリーと、胡乱な目のノワとブラウ。
それでも、スノウが元婚約者からの不幸の手紙のダメージを払拭して安眠出来ると言うならば、やっぱり「メデタシメデタシ」なのよ、と胸を張るネリーだった。




