表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/33

依頼を終えて

「結局アレ、どんな呪だったんだ?」


 拠点の屋敷、最近メンバーが気に入っている食堂のデリをテイクアウトして並べ、依頼達成の打ち上げ中にブラウがスノウに訊いた。


「『魂姿見ノ呪』っていう名称で、その昔どこかの国の王様が、美貌を鼻にかけて民を虐げる王女様へのお仕置きで呪魔法使いに依頼した呪だよ」


「魂の姿を見せるのか? そんなこと可能なのか?」


「呪をかけられた王女様に王様は、『映し出される姿がお前の真の姿だ。自らの行いを省みず、魂の穢れをそのまま放置すれば、いずれ映る姿だけではなく、お前そのものの姿も魂の醜さに引きずられ変化するだろう』って脅かしたらしいけど、本当に魂の姿を見せる呪なんて無いよ」


「無いのか」


「うん。呪の実際の効果は、表面に滲み出ている魔力の質を具現して映し出してるだけ。だから本来は、子供に反省を促す子供騙しの呪なんだけど、反省を一切しようとしない相手だと、こうなっちゃうんだなぁ・・・」


 スティック野菜にアンチョビの効いたディップを付けて一口齧り、スノウは少し困惑した表情で目線を下げた。


 スノウがギルドの大会議室に招集された女性冒険者達に、「お仕置きだよ」とノリノリでかけた呪は、彼女達の負の感情や情念が魔力と共に滲み出たものを、鏡のように姿を映すことの出来る物質に「魔力の質を具現した姿」で映し出すものだった。

 彼女達の場合、虫系魔物の魔力とよく似たモノが漏れ出ていたので、映し出される姿は各種虫系魔物となっていた。


 だが、滲み出る魔力の質さえ変われば、映し出される姿は直ぐに元の人の物に戻るのだ。「滲み出る魔力を具現する呪」なのだから。

 呪の作られた目的も、本当に子供の躾、教育用のものであり、反省して心を入れ替えたり言動を改めれば表層まで滲み出て来る魔力の質は変わるものなので、効果は解けるようになっている。


「誰一人、未だに解けてないって、驚嘆に値する根性よねぇ。あの状況で、全く自分を変えようとしていないんだから。どれだけ周りも自分も見えてないのかしら」


 彼女達の行いは罰を受けるべきものではあるが、冒険者ギルドの規則に照らし合わせて、命を奪ったり人として再起不能なまでに追い詰めなければならないほどではなかった。


 だから、D級に降格させた冒険者グループには「監視付き」の名目で、危なくなったら助ける護衛役も同行しているのだ。

 監視に助けてもらった依頼は「達成」の数にカウントされないが、D級の依頼には命の危険の無いものも色々とある。

 パーティ単位で受けた罰なので人数も居るし、地道にこなせばクリア出来ないものではない。

 更に、懲罰房に居る間は宿賃もかからず、粗末だが無料で食事も出る。

 提示された依頼達成回数が「七回」なのは、彼女達がスノウに一般女性を嗾けた回数が七回だからだ。


 フリーのF級に落とされた女性冒険者達が支払いを命じられた罰金も、F級単独で受けられる依頼を地道に受けていれば期限内に十分払える額だ。

 降格は寧ろ温情で、F級まで下げれば、報酬は低くても「その辺の一般人の子供」でも達成可能な、命の危険の無い雑用やお手伝い的な依頼を受けることが出来るようになるのだ。

 規則上禁止されてはいないが、D級以上になるとF級の依頼は初心者用に残す為に受けない、という暗黙の了解がある。


 厳しいように見えて実は、守られた環境下で反省と更生を促す温情溢れる沙汰だった訳だが、「分かりやすい反省の目安」として、スノウが自分や仲間達の受けた迷惑行為のお仕置きも兼ねて施した「美貌を鼻にかけた女の子の教育用の呪」の効果が、驚異的な持続力を見せている辺りから、彼女達が更生する可能性の低さが窺える。


「スノウが気にすることじゃないわ。彼女達は、このまま変わらなければ遠からず死んでいたもの」


 年齢的にもそろそろ()()が無くなるし、と付け足しながら、新しい野菜スティックにチェダーチーズのディップを付けてスノウに差し出してシェリーは慰める。


 反省の兆しも見えず、これまでの言動を何も変える気の無い彼女達の呪は、滲み出る魔力の質が変わらないので解けないままだ。

 何かに姿が映る度に自分が虫系魔物として映し出される状況に、彼女達は心身が衰弱し始めている。

 そんな攻撃的な呪をかけたつもりの無いスノウは、この状況に困惑し、先の読めなさに次策を取りかねていた。


「狭かろうが粗末だろうが安全な屋内で寝られて、黙っていても飯に有りつける。男に寄生して来た今までは経験の無い怖い思いをしても、監視役で付いてるベテラン冒険者が助けてくれる。至れり尽くせりの守られた環境だ。

 それでも、罰を受けた自分のこれまでを一度も省みることの出来ないような精神構造なら、いっそ心身衰弱か何かで、もう娑婆に戻れねぇ方が本人の為だと俺は思うぞ」


 骨付きタンドリーチキン片手にノワが真面目な顔で諭せば、甘辛い味付けのスペアリブ片手にブラウも同意する。


「ああ。あの歳まで『冒険者』を名乗って、男に寄生して自分らで依頼を片付ける力も付けずに好き勝手して生きて来たんだ。

 今更、街中でカタギの仕事なんか就けねぇだろうし、雇用する側の需要も無いだろうよ。

 一番良いのは反省して低ランク冒険者として生きて行くことだろうが、次点は、冒険者ギルドが提携してる元冒険者用の救済院の入院要件を満たすレベルで()()()()()()ぶっ壊れて保護してもらうことだ。心身衰弱は、入院レベルの壊れ方としては一番優しいだろ。

 その二つ以外の奴らの末路など、犯罪者として処刑されるか、犯罪に巻き込まれて殺されるかの二択になる未来しか見えねぇぞ」


 スノウのかけた呪を解くのに、別に善人になる必要など無い。

 人は元々善良な生き物ではなく、滲む魔力も同様だ。それでも魔物よりは自制心や理性が有る。

 ほんの少し、魔物に近い魔力を滲ませる生き方をして来た今までの自分を省みて、これからの自分の言動を変える努力を始めるだけでも、滲み出る魔力は人のものに戻り、効力の失われる呪。

 ただし、表層に滲み出る魔力の質が変わらない限り、いつまでも解けない呪でもある。


 現状、スノウに『魂姿見ノ呪』をかけられた女性冒険者達の誰一人として解呪に至っていないのは、丸っと本人達の責任だと、仲間達は思う。

 スノウが責任を感じる必要も、これ以上頭を悩ませて更生に手を貸してやる必要も無いとも思っている。


 祖国で碌でもない王族に目を付けられて出奔した、という共通点はあるが、家族には恵まれていたノワやブラウの精神面は、かなり健全だ。

 生まれた時から精神はほぼ大人と同等で、周囲に最初から期待を抱かず自身で何でも解決できる力を持っていたシェリーも、子供時代に周りに虐げられたことで精神ダメージを負うことが無かった。

 ネリーも、まぁまぁ追い詰められてはいたが、クソ王子に見初められるまでは、貴族として一般的な家庭環境で大事にされて生きていた経験と記憶がある。


 だが、スノウは生まれた時から「博愛王子」の婚約者で、物心がついた頃には既に「価値の無い令嬢」として虐げられながら育っていた。


 スノウの自己肯定感は、酷く低い。


 今でこそ、拠点の屋敷を『家』として、パーティメンバーを『家族』として暮らし、「子供に戻って自分の心を育て直しなさい」と言ってくれたネリーに甘えながら、自己肯定感を含め正常な評価を自分に下せるようになって来たが、自分の行いで想定外の結果を出すと、必要以上の反省をしたり「どうすれば良かったのか」を悩み続ける傾向がある。


 祖国でスノウを追い詰めていたのは「博愛王子」だった。

 元婚約者へ反発していても、生まれた時からの婚約者に刷り込まれ続けた「自分(スノウ)を蔑ろにして他人に優しくするべき」という思考が、スノウを苦しめている。

 仲間達に指摘されて自覚してからは大分改善したが、どの程度は切り捨てて良いラインで、どれくらいからは「やり過ぎ」と反省すべきなのかという線引が、育った環境故に感覚として分からず惑うようだ。


 今回、女性冒険者達にかけた呪の事は、スノウ以外のメンバー総意で「切り捨てて良い案件」として処理している。

 その辺りの線引の判断に自信の無いスノウは、各メンバーの意見を聞いて、「これは切り捨てて良いんだ」と覚えて納得した。


 ギルガッドからは、魔獣素材を主力商品として取り扱っていた大店が二つ消えた。


 ゴンザックの実父と義父の店だ。

 双方とも、全財産をギルガッド評議会に没収され、そこから急ピッチで資産整理が進められ、期日までに全額一括で「特級シスターの『欠損治癒』の代金」が支払われた。

 受け取ったシェリーは、修道院の運営費として大神殿に全額送金している。


 消えた大店の会頭だった二人の老年男性は、その後の足取りが掴めないそうだ。


 夜逃げしたとも言われているし、評議会に睨まれて追い出されたという憶測もある。

 一説では、既に殺されて何処かに埋められているのでは、とも言われているが、真偽は定かではない。

 ただ、裏の情報に精通する者の中には、「ギルガッドに『闇の異端審問官』が入った」という不確定情報を掴んだ者が居ると言う。


 彼らが「安らかな眠り」を得る、又は得た可能性は無い。


 だが、『豪華絢爛』メンバーは皆、それで良いと考えている。

 冒険者ギルド運営管理部の名を騙った主犯格達は、類似ケースの再発防止の為に、限りなく恐怖を煽る凄惨な末路を迎えるべきであり、その末路への後押しの一端を担ったことに、彼らは怖気も後悔も無い。


 全ての冒険者は、冒険者ギルド運営管理部からの『命令』への拒否権を持たない。『命令』に疑問を持つことさえ許されない。

 その『命令』の内容に関わらず、だ。


 運営管理部から下されたのが『依頼』であれば、場合によっては拒否権は有るが、何らかのペナルティは確実に食らう。

 ネリー達のように、予め「祖国と関わるものは受諾不可」との申請が認められている場合も、その条件から外れる運営管理部からの依頼を断るのはペナルティ案件である。


 今回は、『豪華絢爛』には『依頼』の形で出していたが、その裏でロシュラン冒険者ギルドマスター・ゴドッグへは、「『豪華絢爛』に必ず依頼を受諾させろ」という内容で『命令』が出されていた。


 もしも依頼が騙りではなく本物で、ネリーが「ペナルティを食らっても依頼を蹴る」という判断をしていたら、ゴドッグは運営管理部からの『命令違反』で処分されていた。

 運営管理部の『命令違反』で下される処分は、必ず死に繋がる内容だ。


 ゴドッグも、自分に下された『運営管理部からの命令』に疑いを持っていたから、茶番にネリーも引き込んだが、『命令』が本物だった可能性がゼロだった訳でも無い。

 もしも本気で()()()()の『命令』や『依頼』を出した者が運営管理部に居るならば大事だ、と、ゴドッグは自分の首を懸けて茶番を演じ、慎重に動きつつ、『豪華絢爛』に「運営管理部の膿の切除」の実行を託していたのだ。


 実際は、運営管理部のメンバーに私情私欲で動く者は居なかったが、外部から雇った正式なギルド職員ですらない個人秘書が運営管理部の名を騙る、という想定外の事態となっていた。

 まさかそんな愚かなことをする者など居ないだろうと、「起こり得る事態」としての警戒度が低かった運営管理部の内情が露呈し、今件で見直しと改善が行われたのは僥倖だった。


 運営管理部が「起こり得る事態」と想定していなかったのは、彼らの持つ権限の強大さに理由が有る。


 全ての冒険者に拒否権を持たせず、疑問さえ許さず『命令』を下し、遂行させる権限。

 冒険者ギルド運営管理部がギルド所属者に下す『命令』は、『命令』を受けた者から、従う以外の一切の権利を奪う強制力を持つ。


 それは、一体で国を一つ壊滅させる力を持つ災厄級の魔物や魔獣の討伐が可能な、人類を辞めてるレベルの戦闘力を持つ、S級以上の冒険者であっても例外ではない。


 その内容が、例えば「ある国を滅ぼして来い」でも、「あの国と隣の国で戦争を引き起こして来い」でも、「人為的にスタンピードを起こせ」でも、『命令』に疑問を持つことさえ許さず遂行させる権限が運営管理部には有り、S級以上の冒険者であれば、これらの内容の命令遂行も可能な力を持っている。


 だから、運営管理部は軽々に『命令』を出さない。

 出すのは『依頼』や『指示』、『訓告』や『勧告』や『警告』などだ。


 もしも、大量破壊兵器に匹敵する殲滅力を有するS級以上の冒険者をも意のままに動かせる『運営管理部の名での命令』を悪用するような輩が現れたとしたら、その命令内容は、世界を揺るがす大胆なものだと、少なくとも国の一つくらいは消えるレベルのものだという思い込みが、運営管理部の側にはあった。

 それならば、初動の内に必ず気付けるし、対策も取れるだろうという慢心もあった。


 まさか、命まで狙っていたようだが、それでも個人への嫌がらせレベルの話で、運営管理部の名を騙った『命令』を出すとは、誰の想像の隅にさえも浮かんでいなかった。


 冒険者ギルド運営管理部は、『命令』一つで世界を滅亡させることも可能だ。

 だから、その名での『命令』は不可侵のものであり、非常に重い責任を負っている理解と覚悟が伴わねば行使不可のものである。


 その不可侵を侵した実行犯のゴンザックは、今も生かされ、見せしめの為に、旧時代の魔道具で世界各地の冒険者ギルドの天井にランダムで現在の姿を上映されて晒されている。


 首から『冒険者ギルド運営管理部の名を騙った愚か者』と記されたプレートをぶら下げ、苦痛を長引かせるよう、細やかに慎重に、物理、魔法、毒、精神攻撃の拷問を受ける様子は、映し出される度に「もう殺してくれ!」と泣き叫び、愚か者予備軍への強烈な教訓となっている。


 世の中には、「そんなつもりは無かった」では済まされないことが有る。


 運営管理部の制裁上映を耳目にした人物の中には、結果的に誰も被害者は出ていないのに厳し過ぎる、残酷だという批判をする人々も居るが、結果は関係無いのだ。


 問題は、取った手段なのだから。


 世界の敵、人類の敵、に成り得る力を、自分のものでも無いのに、身勝手に私情で行使した。


 実行犯のゴンザックを含め、主犯格の彼らが「安らかな眠り」を得る未来を失った理由は、それに尽きる。

 被害状況や結果など、考慮の必要も無いものである。


「まさかと思ったけど、本当に居たのねぇ。運営管理部の名を騙る馬鹿。しかも、『命令』まで出してるし」


 ネリーが疲労の滲んだ溜め息を吐けば、ブラウがグラスの中身を呷って「ヤレヤレ」と言った体で空のグラスを振って応じる。


「使ってる紙が特殊だから内部に居なけりゃ騙れねぇしな。内部に居て、化け物みたいなヤバい運営管理部メンバーの身近で働いていて、騙ろうと思う命知らずが居るとは、そりゃ、あんまり考えねぇよなぁ」


 ブラウのグラスに新しいエールを注いで、ノワが自分のグラスのエールを呷って空にし、思うところを口にする。


「この大陸は、ロシュール帝国が一番の強大国として君臨してから、小競合いはあっても平和だからな」


 ノワのグラスにエールを注いで、ネリーは遣る瀬無さの滲む声で言葉を零す。


「平和な時代だからこそ生まれる類の馬鹿、なのよね」


「危機が身近にある時代や環境なら、もう少し考えると思う。・・・彼女達も」


 スノウの言葉に、ネリーは眉を下げた。


「確かに、あの人達が『自分を変えずに今までのままでイケる筈』という思いを捨てられないのは、ソレが許される、平和で豊かな環境があったから、という面もあるでしょうね」


「平和の功罪ってやつか」


 皮肉げに片眉を上げて言ったノワに、シェリーが咎めるように果実酒の入ったグラスを合わせて言う。


「でも、大多数にとっては平和の享受は望むものよ。幸福でもあるわ」


「だな」


 ノワも、望んでいるのは乱世ではなく平和な世の中だ。

 豊かで平穏な生活を享受出来るのならば、否やは無く、その延長を求める。


 ともあれ、冒険者ギルド運営管理部からの、()()()()()は無事達成された。

 思い思いの好物や酒を手に、『豪華絢爛』の打ち上げの夜は更けていく。




 この章は、これで終わりです。


 チュートリアルに続き、まだ世界観の説明的記述部分は多いですが、章が進めばストーリー中心で書いていけるようになると思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ