魔女のお仕置き
その怪異は、ロシュランを本拠地とする評判の悪い女性冒険者達が、ギルドマスター・ゴドッグの名前でギルドの大会議室に招集された日から始まった。
その女性冒険者達はゴドッグから、「ギルガッドのA級冒険者デンバの成敗に関する賞罰が決まったから」との理由で招集をかけられていた。
彼女達は誰一人、自分達が受けるのは「賞」の方だと疑い無く考えていた。
だから、招集された指定日まで、これでもかと「自分達の輝かしい未来予想の自慢」と、実際に見ても聞いてもいない「滅びた悪であるデンバの最期」を吹聴して回った。
ここ最近、彼女達にとって面白くない出来事が重ねて起きていて、ここらで思い切り憂さ晴らしに自慢や悪口を喋りまくらなければ、やってられない気持ちだったのだ。
いつでも同業者の男からチヤホヤされるのが当たり前だった彼女達は、自分達にイヤラシイ視線を這わせて媚びて来ていたチョロい男達が、最近、熱に浮かされたようなポーッとした目をC級以下の女達に向け始めていることに気が付いた。
下心は有るけれどソレだけじゃない、「セフレじゃなく本命に向ける視線」にも見えるそれは、いたく彼女達のプライドを傷付け、とてつもなく不愉快にさせた。
彼女達にとって「チョロい男」だった高ランク冒険者の男達は、弱った歯がボロボロと抜けるように、彼女達の側から去り始めた。
彼女達の周りから去った男達に声をかけられて、困ったように眉を下げるC級以下の女冒険者に、立場を弁えるように釘を刺していたら、ついこの前まで自分達に媚びて貢いでいたくせに、男達は正義のヒーロー面でC級以下女を庇いながら責めて来た。
物凄くムカついたし、二度とヤらせてやらないと絶交してやったけど、ムカつく気持ちは収まらなかった。
ムシャクシャして飲みに行けば、酒場で酔った男どもが騒ぐ話題の半分以上は女のことだ。
いつも酒場で耳に入るのは、自分達を「イイ女」だと讃える話だったのに、極上の男を侍らせていい気になってるムカつく小娘ども──『豪華絢爛』のスノウとシェリーを「高嶺の花」と褒め称える雑音が響いていた。
あの小娘どもは「高嶺の花」で、俺達程度じゃ手を出す資格は無い。
そう、彼女達には何度も手を出しているA級パーティの男が嘆いていた。
あの小娘どもの隣に立つには、ノワやブラウくらいの、実力も顔面も稼ぎも最上級の男じゃないと不足だろう。俺等じゃ釣り合わない。
そう、彼女達には「俺等って似合いじゃねぇ?」と口説いて来たことのあるA級冒険者の男が肩を竦めた。
あの小娘どもの肌や髪の美しさを讃え、「身体を作ってる材料からして、俺等がヤッてる女どもとは違うんじゃねーか?」と首を捻ったのは、彼女達が馴染むほどヤッてるA級パーティの男で。
それに応えて爆笑しながら、「あー分かるわ。俺等がヤッてる女どもより、ポイズンストロベリーのが肌も髪も綺麗で良い匂いまでする美人だよな〜」とジョッキを掲げたのも、彼女達と何度もヤッてるA級冒険者の男だった。
オネエのネリーの方が、「普段自分達がヤッてる女ども」より上だと笑った男に、賛同するように次々ジョッキが掲げられ、酒場に爆笑の渦が広がって、彼女達は、居心地の悪いその店を出る羽目になった。
ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく───。
似たようなことが行く先々で何度も繰り返され、腐った気分を払拭する「何かイイコト」が自分に起きないか渇望していた、そんな日に、ギルドマスターのゴドッグから招集されたのだ。
元々脆い理性の箍は容易に壊れ、普段なら多少は考える後先も考えず、普段なら用意しておく、咎められた時に差し出す身代わりを用意するのも忘れ、ありのままに思考力の鈍った感情を垂れ流して、冒険者ギルドやA級冒険者に関する事実無根の情報を吹聴しまくった。
「あらあら、どんどん罪状が加算されていくわね〜」
帝都のカフェのテラス席で、長い脚を組んで優雅にカップを傾けながら、自滅へ進む女性冒険者達を眺めるネリー。
招集された女性冒険者に、カラダ目当てで群がっていた高ランク男性冒険者達が、C級以下の女性冒険者に目移りして去って行った裏には、ネリーの暗躍がある。
ネリーを慕う女性冒険者達との『女子会』で、情報収集と並行してネリーは、後輩女性冒険者達に冒険者でも出来る美容術やオシャレ、男を転がす表情や仕草や態度をレクチャーしていた。
そして、締め上げた素行の悪い高ランク冒険者の男どもには、「昇級やランク維持の不正に今後も加担するならギルドに報告する」と忠告を入れたのだ。
女性だけのB級パーティを「穴パーティ」として利用する代わりに、自分達の力なら楽勝な討伐や採取の依頼を代打してやったり、「ちょうだい」と強請られるままに、昇級試験に使うと薄々気付いていても魔石やドロップ品を融通したり、彼らの身には覚えが幾らもあった。
他所のパーティの魔法士を、ヤリ目で自パーティに引き込もうとしていた男達も、関わると自分達がペナルティを受けるリスクがあると判断して、「仕事先で簡単にヤらせてくれる女冒険者」から手を引くことにした。
男達は、ネリーから忠告を受けた際に、
『アンタ達そろそろ本命を作ったら? 高ランクで身分も稼ぎも安定してるんだから、性病が感染りそうな女より、大事に守りたい恋人を作んなさいよ』
と呆れたように言われ、まるで雷に打たれたかのような感覚で「おお! そうかも!」と思った。
実はこの時、ネリーは微弱な雷の魔法を軽い催眠毒の魔法と混ぜて風の魔法で男達の周囲に漂わせ、言葉と同時にビリッとさせたのだが、誰も気付かなかった。
天啓を受けたかのようにネリーの言葉に納得して、すっかり「本命の恋人」を作る気になっている男達を見て、「確かにコイツ等チョロいわ・・・」と半眼になっていたのもバレていない。
まぁ、彼らも腐っても高ランクだ。命の危険がある魔法を漂わせていたなら、流石に気付いていただろう。
酒場やその他の盛り場で騒ぐ男達の話題に『豪華絢爛』の綺麗どころが上ったのは、ただでさえ素材が最上級のスノウとシェリーを、オネエキャラを極めようと美容の研究に余念の無いネリーが魔法も駆使して磨きまくり、普段は目立つから抑えている「貴族だった時の所作解禁」で、オーラをバンバン垂れ流して人目を惹きつけながら、ノワとブラウにエスコートさせて帝都を練り歩かせたせいだ。
美容魔法をスノウとシェリーに施術する前に、自分で実験していたネリーの「美人度」も恐ろしく上がってしまったのは計算外だったが。
多分、ノワとブラウの恐ろしい世迷い言(極限状況下で痴女に襲われる前にネリーに突っ込む)は、この想定外の副産物のせいだとネリーは思うことにした。どうにか思いたい。そうであってくれ。
招集当日、ギルドの大会議室に入った彼女達は、ゴドッグから一方的に告げられた厳しい沙汰に、「意味が分からない」と呆然とした。
彼女達は、「女性冒険者が優遇される」という噂を聞きつけてギルガッドの冒険者ギルドへ行ってみたが、依頼は彼女達が苦手とする護衛ばかりで無駄足となり、苛立っていたところに身の程知らずな不細工が声をかけて来たから正当な怒りを示しただけで。
ギルガッドの街中で「酷い目に遭った被害者」である自分達の不幸を嘆いていたら、話の分かる商人が、「これ以上被害者を出さないために」と正義の鉄槌を下す資金を提供してくれたから、しばらく依頼を受けずにギルドのある街で「最悪なブ男デンバ」の「悪行」を、いつものマウンティングついでに同性の冒険者達に広めただけだ。
何も悪いことなどしていない。
彼女達は、本気でそう思っていた。
前に街中で吹聴した「デンバの悪行」も、ギルドに訴えた「デンバからの被害」も、彼女達の頭の中では事実になっているのだ。
長年、自分達に都合良く物事を捻じ曲げて受け取り、競合相手を嘘で蹴落としながら寄生先をゲットして来た彼女達は、事実を自分達の思い込みとすり替えることが大得意であり、今や無意識にその技術を発動させるようになっていた。
ゴドッグから告げられたのは、女性だけのB級パーティはD級へ降格の上で、監視付き無報酬でD級依頼を七回達成すること。達成までの間、依頼遂行中以外はギルド内の懲罰房に入ること。
高ランクパーティに所属する魔法士や、名ばかりで実態の無い職業で申請していた女性冒険者達は、魔法士という職業や本人の実力・実態に相応した職業及びランクに改め、現在のパーティから脱退させること。
パーティの脱退は、既に他のパーティメンバーから了承を得ていること。
パーティを脱退し、相応しいランクと職業に改めた後、ギルドへ提示された罰金を期限内に納めること。
彼女達が「賞」ではなく「罰」を与えられる理由は、冒険者ギルドに不利益を与える虚偽の情報を拡散し、その行為が、「冒険者ギルド運営管理部の名を騙り、冒険者ギルドと神世国へ敵対行動を起こした愚か者」への協力となっていたからだと説明された。
処分を下したのは冒険者ギルド運営管理部であり、彼女達が協力した『愚か者』が敵対行動を起こした相手の持つ権力が強大過ぎる為に、「知らなかったから」と情状酌量を願える余地も無い。
流石に、都合良く事実を捻じ曲げる特技が発達した彼女達でも、冒険者ギルド運営管理部や神世国を敵に回して無事で済むとは思わない。
権力目当てに運営管理部の男を堕とそうと画策したことは何度もあったが、メンバーと出逢う機会がそもそも無かったので無理だったのだ。
無理でも諦めずに堕とせていれば、自分だけは助かったのに、と、彼女達の全員が同じことを考えていた。
今更考えても、意味の無いことだ。
冒険者ギルドの最上層部である運営管理部の通達は、冒険者にとって絶対だ。
その名で下された処分に逆らえば、見せしめの制裁は恐らく、今下された処分以上の痛い目になる。
ちょっと口が過ぎただけなのに、下手をしたら殺されるかもしれない。
運営管理部や神世国と敵対、という文言にビビり、一応大人しく処分に従う姿勢を見せた彼女達だが、反省など一切していなかった。
『だって、あたし達は悪くない』
そう思っているし、
『今回は運が悪かった』
その程度の「大したことないやらかし」だと、思っているからだ。
反省はしていないが逆らえず、降格手続きやパーティ脱退手続きを終え、女性だけのB級パーティはD級に、高ランクパーティに所属していた女性冒険者達は皆揃ってフリーのF級での出直しとなり、文句や不満を呪詛のように吐き散らしながら、ギルド二階の大会議室を出て、彼女達は一階へ降りる。
そして、異変は起きた。
新たな寄生先を見つける為に、冒険者が屯しているギルド内の酒場へ向かったフリーの女性達が、酒場入口横の磨き込まれた盾のオブジェに姿を映した時。
監視付きでD級の依頼を受ける為に、依頼貼り出しボードへ向かったD級パーティに降格した女性達が、貼り出しボードの両サイドの窓に姿を映した時。
彼女達の本体は、変わらず人の姿のままであるが、鏡のような盾のオブジェや大きな窓ガラスに映し出された彼女達の姿は、
───恐ろしくも醜い、虫の魔物。
「「「キャアアアアアアァッ!!」」」
「「「ギャアアアアアアアッッ!!」」」
「「「いやああぁぁぁぁああっ!!」」」
ロシュラン冒険者ギルド内に、絶叫が響き渡る。
錯乱する女性冒険者達を制圧する為に、カウンターの中から出て来るギルド職員と、協力するギルド内の冒険者達。
その騒ぎから幾日も経過した後も、以前のように堂々と傍若無人に振る舞う彼女達の姿を見た者は居ない。
罰金の支払いや懲罰としての依頼達成の為に、ギルドには出て来なくてはならない彼女達は、顔も体もスッポリと隠せるローブに身を包み、人目を避けてコソコソと、俯き背を丸めて隅を歩いているようだ。
「反省したら解ける呪なのに、まだあのままなんだね」
アメジストの瞳を細めて呪を施した対象を観察する『天誅の魔女』。
その姿を目撃した冒険者達は、己の行いを今一度振り返り、「天誅を食らうような真似はするなよ」と、仲間達と互いに戒め合うのだった。
問題を起こした女性冒険者達の年齢は、21歳のシェリーや23歳のスノウを「小娘」と呼ぶくらいの「大人の女性(笑)」です。
女性冒険者達を「利用」していた高ランク男性冒険者達が特に処分を受けないのは、彼らにはランクに相応しい実力があり、仕事は十分にこなしてギルドに貢献しているからです。
この後しばらくは、わざとキツい依頼を回されるでしょうが、その程度で禊は終わりです。
実力さえ示していれば、世間一般と同等のモラルや良識までは求められないのが、この世界の冒険者業界です。
多くの冒険者は、国法<冒険者ギルド規則、です。滞在する国の国法なんて知らない教養レベルの者が多いので。
ギルド規則で「カタギに迷惑かけるな」的なものが有るので、冒険者の男達が性搾取する対象は同業者の女性になりがち、という部分はあります。
その辺は、「同レベル相手に自衛出来ないなら業界に入ってくるな」というスタンスです。




