悪魔が調べた害虫
今回、最初の偽の依頼を受けるまで、ネリーは件の女性冒険者達のことをしっかりと個別認識していなかった。
それくらい興味が無かったのだ。
せいぜい、視界に入れば、「お行儀の悪い女がいるわねぇ」と感想を持つ程度で、顔さえ記憶に残っていなかった。
ネリー以外の『豪華絢爛』メンバーに随分と迷惑行為を働いてくれていた彼女達は、どうやらネリーに対しては苦手意識を抱き、コソコソと避けていたようなのだ。
お陰で今までは、同じ帝都を本拠地とする冒険者であるにも関わらず、ほとんどネリーの視界に入ることさえ無かった。
しかし今回の件で、ネリーは彼女達をしっかりと個別認識する気になった。
勿論、良い意味ではない。
悪い意味でガッツリ目を付けて、ネリーを「オネエサマ」と慕うお行儀の良い女性冒険者達と女子会を開いて話を聞いたり、実力はあるが素行の悪い男ばかりの高ランクパーティを、少しばかり締め上げて色々吐かせたり。
まぁ、調べる気になって、彼女達が「どういう冒険者なのか」を調べたのだ。
尤も、調べる前の彼女達のパーティランクや職業を聞いた時点で、「ああ、そういう」と、マイナス方面の印象は付いていたのだが。
スノウやシェリーの言う通り、B級以上の女性冒険者には、確かに地雷女が多くなる。
だが、当然、マトモな高ランク女性冒険者だって多数存在するのだ。
本当に実力が無ければ到達不可な位置に勘違い女が着けるほど、冒険者は甘い稼業ではない。
一般的に、冒険者はB級以上から「高ランク」として扱われる。
これは、B級以上になれば一般的には高難易度と認識される依頼を達成出来る確率が上がるからであり、B級以上の冒険者ではない者がB級以上の冒険者であると詐称した場合、多くの国の法で犯罪となる。
だが、冒険者として長く活動を続ける者達は、「本当の高ランクはA級以上から」という認識を持っている。
これは、B級昇格条件とA級昇格条件の差と実情を知っているからであり、「本当に実力が無ければ越えられないA級の壁」という認識があるからだった。
冒険者達が持っている『冒険者ギルドカード』は、現代では再現不可能な旧時代の技術で発行されている。
理屈は誰も分からないが、ギルドカードには持ち主が踏破したダンジョンや、討伐した災害級(一体で都市を一つ壊滅させる恐れがある)、災厄級(一体で国を一つ壊滅させる恐れがある)の魔獣や魔物が自動で記載される。
しかし、その他の討伐状況や、踏破していないダンジョン到達階層などは記載されない。
更に、何故か、「荷物持ちとしてついて行っただけ」だったり、「護衛を雇って踏破の現場に立ち会っただけ」のような、踏破に貢献していない状況では「踏破したダンジョン」として記載されることが無い。
全く原理が分からないが、ダンジョンと旧時代の技術に何らかの繋がりが有り、ダンジョンが「踏破者」として認めないとギルドカードに記載されないのではないか、と言われている。
災害・災厄級の魔獣や魔物の討伐についても、討伐に貢献していなければカードに記載されない。
これも、「災害・災厄級の魔獣や魔物は、旧時代に絶滅せずに現代まで血を繋いでいる存在である」と伝えられている為に、旧時代の技術で発行されるギルドカードがそれらと繋がり、選別して記録しているのでは、と言われている。
ここで、越えられない壁の話に戻るが、A級昇格の条件が、「ダンジョンを踏破していること」と「災害級の魔獣か魔物を討伐していること」なのだ。
つまり、A級の昇格条件は、ギルドカードを照会されれば誤魔化しが効かない。
対してB級の昇格条件は、「討伐難易度B級以上の魔獣か魔物の魔石を四つ納品すること」と「ギルドが指定するダンジョンの指定する階層のボスのドロップ品の納品」だ。
納品する魔石やドロップ品が、自力で得たものか譲渡や購入で得たものかを調べられることも無い。
不正が可能なのだ。
問題の女性冒険者達には、女性だけのA級パーティは居ない。
女性だけのA級パーティ自体は、男性メンバーも居るパーティより数は少ないが、しっかり存在する。
体格や膂力の面で男性より不利な部分が出る為に、彼女達は非常にストイックに自身を鍛え上げ、その自信から相当にプライドも高い。
気が強く口調もキツく、男を寄せ付けない傾向があるので、「地雷だらけのB級以上の女性冒険者」と一緒くたに「誘うな危険」扱いを受けている。
そもそも、真っ当な「女性だけの冒険者パーティ」は、基本的に女性だけで依頼を受けて行動する。他のパーティと合同で動く場合も、声をかけるのは女性パーティだ。
断れない事情でも無ければ、人目の無いダンジョン内や山中、森の奥などに、男性の多い冒険者パーティと同行などしない。
危険だからだ。
街中では「気のいい冒険者仲間」だった男が、人里から離れて日数が経ち、戦闘後の興奮状態を自然に鎮められなくなれば豹変することなど珍しくもない。
そういう男ばかりではないが、そういう男は冒険者として珍しいタイプでも無いのだ。
だから、女性冒険者達は、幼馴染や肉親などで余程の信頼があるか、それ込みで覚悟が無いなら、男ばかりのパーティには入らないし辺鄙な場所に長期同行するような合同依頼も受けない。
無知な駆け出しの頃に痛い目を見て学ぶ女性冒険者も多い、というのは冒険者業界の闇だろう。
ところが女性冒険者の中には、自ら積極的に男性冒険者達と人里離れた場所に行きたがる者達も存在する。
最初から、男性冒険者達に寄生する気満々なタイプだ。
彼女達は高ランクの男性冒険者パーティに擦り寄り、積極的に危険地帯に同伴して慰める代わりに、個人であればメンバーに加入して養ってもらい、パーティであれば自分達の依頼達成を手伝ってもらったり、戦利品を譲渡してもらう。
口の悪い男性冒険者連中からは、パーティは「穴パーティ」、個人は「穴要員」と陰で揶揄されているが、女性の耳には入れないようにキッチリ情報統制しながら話を回しているらしい。
ネリーが締め上げて吐かせた男性高ランク冒険者の話では、スノウとシェリーの話に上がった「女性だけのB級パーティ」は全て、その筋で有名な「穴パーティ」だった。
そして、高ランクパーティに所属する「魔法士」も、元から「そういう目的で連れている」と見られる職業だ。締め上げた野郎どもによれば、全員見事に「穴要員」として名前が挙がっていた。
魔法職と一口に言っても、資質によって名乗れる職業の区分がある。
魔導士は、稀または珍しい素質を含む四種類以上の魔法素質を持ち、魔力量が紫以上である魔法職。
魔術師は、三種類以上の魔法素質を持ち、魔力量が白以上の魔法職。
魔術士は、「身体強化」以外の魔法素質を持ち、魔力量が緑以上の魔法職。
スノウの「呪符師」やシェリーの「聖職者」は、魔法職の中でも特殊なレア職であり、冒険者にはほぼ存在しないものだが、名乗ろうと思えば二人とも「魔導士」を名乗る資格がある。
魔法士とは、魔導士も魔術師も魔術士も名乗る資格は無いが、取り敢えず魔法職に就いている者用の職業名である。
魔法士を名乗る冒険者のほとんどは、E級以下の駆け出しだ。因みに一番下のランクはFである。
初心者パーティで、物理戦闘が未熟でも軽度治癒の素質を持っていれば「応急手当要員」として役に立つからと、仲間に加わっている場合が多い。
しかし冒険者として経験を積み、成長してくると、その手の「魔法士」は職替えする。
経験を積んだことで魔力量が緑まで育てば「魔術士」になり、そのまま魔法職で活動するし、魔力量の成長が緑に届かなければ、「弓使い」のような遠距離攻撃型の後衛職や、技術力の上がった軽度治癒と自身で調合した薬の併用で高度な応急処置をする「薬師」になる、という辺りがよく聞く話だ。
また、成長前の子供の間は「魔法士」として登録していた年少の冒険者が、身体が育って前衛職に職替えするパターンもある。
そうした実態と魔法職の区分を知っていれば、いい歳をした大人の女性が「魔法士」の職業のまま高ランクパーティに所属しているのは、まぁ、色眼鏡で見てしまう状況だ。
スノウの言っていた「全身ピンクまみれの人」は、結局、魔法士だった。
シェリーの挙げた魔法士以外の女性冒険者も、調べてみれば「いい歳をしたベテラン冒険者の魔法士」と役割は同じだった。
『黒鉄の流星剣』の女性剣士は、「軽度治癒」の素質が無いので「剣士」を名乗り、一応帯剣もしているが、男性の前衛職が五人も居る同パーティでは実際の戦闘には参加することが無く、腰の剣は飾りで手入れもしていない。
手入れのしなさ過ぎで鞘から抜けない剣を持っていることと、パーティ内での役割では非常に良い働きをすることから、高ランクの下品な野郎どもからは『抜けずの鞘』と密かに呼ばれているそうだ。
『狼牙の楔』の女性斥候も、「軽度治癒」の素質が無いから苦肉の策で「斥候」を名乗っているだけで、実際に斥候の仕事をしているのは同パーティに所属する男性の斥候だ。
剣士ではなく斥候を名乗っているのは、腕力も無いので飾りでも剣が持ち歩けないからで、十歳程度の子供サイズの体格と幼児体型から、『合法ロリ娼婦』の渾名で高ランク下品野郎どもには知られている。
ギルガッドの冒険者ギルドマスター・ルーペが、騒ぐ女性冒険者達が虚偽の訴えまでギルドにして来ても軽く流して放置していたのは、彼女達には冒険者としての実力は無いに等しく、侍る高ランクの男性冒険者達も本気で彼女達に惚れて言いなりになっている訳では無いという、これらの情報を掴んでいたからだった。
問題の女性冒険者達は、常に「より上等な寄生先」を探しているようで、特に「魔法士」達は頻繁にパーティを移籍していた。
本当に若い頃から、世間一般では「若い」とは言えない現在まで、ずっと「女」を売り物にして、自分より冒険者としての実力のある男達からチヤホヤされる立ち位置に自分を据えて来た彼女達は、とても強かではあるし、ある意味とても経験値が高く腕の良い「プロ」だろう。
だが、「冒険者」とは呼べない。
彼女達は、冒険者として受けた依頼の達成に、冒険者として貢献していないからだ。
彼女達は、「冒険者に随行する娼婦」とは呼べるかもしれないが、「冒険者」ではない。
それなのに、冒険者としてのスノウやシェリーの居場所を狙い、冒険者パーティ『豪華絢爛』のメンバーに潜り込む妄想をして二人の排除を目論み、事実無根の二人の悪評を流したり、一般人を嗾けた。
そのくせ、ノワとブラウに求めていたのは、冒険者としての実力ではなく、街中で見せびらかせる美麗な外見と、街で遊び暮らす為の贅沢品を貢ぐ財力。
スノウやシェリー排除する為の言い分は、「自分の方が冒険者として彼らの側に相応しい」なのに、ブラウとノワに纏わり付いて、さも当然のように強請っていたのは、冒険者らしい高価な装備や魔法効果の付与された装飾品ではなく、ただ綺麗なだけの宝石やドレス、貴賓席で観覧する流行りの芝居、貴族御用達のレストランでの食事に会員制超高級ホテルでの宿泊。
何一つ、要求を叶えてはいないが。
本人達は、付き纏われながらされた要求の内容を濁していたけれど、衆人環視の街中での行為だ。目撃者は多かった。
目撃者達から、二人が強請られていた内容を具体的に聞いて、あまりの酷さにネリーは宇宙から得体の知れない波動を受信した猫のような顔を晒してしまったものだ。
吹聴もしていないが特に隠している訳でもない「元貴族」の身分を、彼女達は嗅ぎ付けて、ノワとブラウに「一介の冒険者」ではなく「貴公子」として、自分達を「お姫様扱い」することを求めたのだろう。
隠していないのだから、自分達が排除しようとしているスノウとシェリーも「元貴族」であることは分かっている筈だが、そこは「お姫様」として勝負をせずに「冒険者」としてマウントを取って行くつもりらしい。矛盾だらけだ。
自分達の方が、スノウやシェリーよりも「冒険者として」ブラウやノワの隣や『豪華絢爛』のメンバーに相応しいと妄言を吐いているようだが、彼女達の中では「冒険者」とは「娼婦」とイコールなのか。
ブラウもノワも、勿論ネリーも、パーティに娼婦を入れる必要は一切感じていないし、冒険者として信頼する仲間であるスノウとシェリーをメンバーから外す気はゼロだ。
大体、『豪華絢爛』のメンバーは、知られている通り、全員が高位貴族の教育を受けていた元貴族なのだ。
媚薬や興奮剤を使われる危険も有る高位貴族の令息は、性的な興奮状態での心身の制御訓練を受けている者が多い。
受けてもだらしのない者や、訓練から逃げる者も居るが、ネリーとノワは王族の婚約者であった為に一際厳しく制御法を身に付けさせられたし、ブラウも近衛騎士を目指していたので真面目に取り組んでいた。
つまり、どんな人里離れた場所に長期滞在の必要な依頼であろうが、『豪華絢爛』の仕事に娼婦が随行する必要は、全く一切、丸っ切り無いのだ。
何より声を大にして言いたいのは、
【こちらにも選ぶ権利がある!!】
ということだ。
ノワとブラウも、どんよりと生気の消えた目で、血を吐くように言っていた。
二人とも、それにキャラとしてはオネエを維持しているネリーも、必要に応じて娼館を利用している。お金も人脈もある三人は、要人御用達の帝都最上級の会員制娼館の会員だ。
三人の利用している娼館のお姐さん達を思い浮かべれば、高ランク男性冒険者達から娼婦扱いされている件の女性冒険者達を「娼婦」という同じ職業を表す言葉でまとめることに、物凄く罪悪感を感じるほど質が違う。
スノウとシェリーの代わりに件の女性冒険者の誰かを入れて、僻地に長期遠征に行かなければならなくなったらどうする?
ノワとブラウに、何となく思い付きで訊いたネリーは、
「「想定外のとんでもねぇ極限状態に陥って突っ込まねぇとどうにもならねぇくらい追い詰められたら、あの痴女共に乗っかられる前に、お前に突っ込むッ!」」
と、恐ろしい回答を声を揃えて叫ばれた。
「切り落とすわよ」
と返したものの、馬鹿力の二人に抑え込まれたら、抵抗したところで無駄な足掻きだろう。
自分の身の安全の為にも、絶対にあの害虫どもを二度と寄せ付けないように駆除しなきゃ。
そう、強く心に誓ったネリーだった。




