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権力でタコ殴り

 ギルガッド評議会の議事堂に召喚された、ゴンザックにとって実父と義父にあたる老齢の男二人は、怠けた分を取り戻す為に使者として働くギルガッド冒険者ギルドマスターであるルーペに提示された請求書を前に、脳内で目まぐるしく回避策を探し、言い訳を捏ねくり回していた。


 ルーペが提示したのは、「特級シスターによる『欠損治癒』の代金」の請求書。

 記された金額は、大店の会頭としても目の玉が飛び出て行方不明になるような額だ。二人で半分ずつ払えと言われているが、それでもどちらの店どころか身代も傾く大金である。


 提示されたのが請求書だけならば、白を切って無関係を貫き通す手もあったが、添えられていた、何らかの権力を持つ機関や人物からの各種書面が問題だ。


 冒険者ギルド運営管理部からは、「冒険者ギルド運営管理部の名を騙り、帝都ロシュランの冒険者ギルドマスターへ虚偽の『命令』を出し、ギルドが現在最重要視している冒険者パーティを偽の依頼書で誘導して『無実の同業者に危害を加える犯罪者』に仕立て上げようとし、ギルド貢献度の高い冒険者を排除しようとした」()()を、()()()()()()()()()()()()()()()()()と受け取った、という通達。

 並びに、この敵対行為への報復措置を執行する旨の宣言。

 報復措置の軽減を望むならば、特級シスターの欠損治癒に要した代金を全額一括で支払うべし、との文言。


 実行犯として拘束されているゴンザックから、偽証不可能な自白毒の魔法で取った証言により、この二名がゴンザックへ教唆し、協力者でもあった事実から逃れることは認めない、と釘も刺されている。


 世界的な組織である『冒険者ギルド』。

 その()()()()()()に「敵対者」として扱われると言うことは、世界中の冒険者ギルドに「敵対者」として人物情報が回されると言うこと。

 その情報は逐一、冒険者ギルドが抱える調査や情報収集の専門家らが最新のものに更新し、情報を持つ全ての冒険者から常に「敵」として見られ、冒険者ギルドへの依頼は当然門前払いとなる。


 冒険者へ依頼を出せないだけでも、王侯貴族のように私設騎士団など持てない平民の商人には痛手だろう。護衛も採取依頼も受けてもらえないのだ。


 冒険者ギルドに所属していない「腕に覚えあり」な用心棒など、脛に傷持つ者か破落戸だ。護衛中に盗賊や魔獣に襲われても最後まで守ってくれるか怪しいものだ。盗賊側に寝返る確率の方が高いくらいだろう。

 採取も、素人では子供のお使いレベルの物くらいしか入手が難しくなる。


 その上、全ての冒険者から「敵」だと認識されるのだ。


 冒険者は、『冒険者ギルド』という組織に所属し、その組織の規則を守ることで組織からも守られている。

 荒事に従事する冒険者達は、品行方正な紳士淑女の集団ではない。

 中には、犯罪者と区別のつかない連中も少なくないのだ。だが、彼らも自分達が「冒険者」という立場を失えば後が無いことを自覚しているから、ギルドの規則だけは守る。


 通常、素行の悪い冒険者が一般人に危害を加えた場合、規則によりギルドからは、かなり重い罰を下される。

 だが、「冒険者ギルドから敵と見做されている者」は、冒険者ギルド的には「一般人」の枠では扱われないのだ。


 冒険者ギルドに「敵」として登録された者は、全ての冒険者から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()「敵」に()()をした冒険者へ罰を下すことは無い。


 勿論、「敵」の所属する国の法や()()()()となった国の法に触れる行為は、()()()()()()()()()()()きちんと法の下で裁かれる。

 だが、冒険者ギルドが、「敵」が被害者である()()の捜査に協力することも無ければ、もしも冒険者が前科者となっても、刑期が明けたらノーペナルティで冒険者として復職出来る。


 ぶっちゃけて言えば、「冒険者ギルドの『敵』を、冒険者ギルドは自分達と同じ人類として扱いません」という話だ。


 冒険者は世界中どこにでも居るし、駆け出しの低ランクでも、一般人より大概の者は戦闘能力が高い。

 全ての冒険者から「敵」扱いと言うことは、S級冒険者や殲滅魔法を自在に操る魔法職、一般人が肉眼で捉えられない遠方から必中で狙撃可能な弓使い等も敵になると言う事。

 命が幾つあっても足りない、恐怖の立場に置かれることになる。


 次は、シェリーが『特級シスター』の立場で記した抗議と警告を(したた)めた書面だ。


 特級シスターの所属するパーティを、謀によって犯罪者グループに貶めようとした()()への強い憤りを感じ、厳重に抗議する旨、この行為を全ての聖職者への侮辱と捉え、神世国へ()()()()()があるのだと受け取ったこと。

 既に()()を神世国の大神殿へ報告済みであるが、期日までに請求書に記載された全額が支払われなかった場合、すべての神殿、聖堂、教会、聖職者の在籍する国の代表へ、()()()()()()()殿()()()()()()()という警告。


 聖職者の中で、特級シスターは王国の王族以上に崇められる尊い存在だ。

 その特級シスターを犯罪者に貶めようと謀った。そんな事実を公表されれば、世界中の聖職者から、それこそ()()()()のような目で見られることになる。


 表向きは存在を認められていないが、過激思想の「特級シスター崇拝者」も世界各地に点在し、『闇の異端審問官』と密かに呼ばれている。

 彼らの耳に入れば、いや、既に入っているかもしれないが、どのような()()を付けられるか素人には想像もつかない。

 大神殿からの「事実発表」があれば、穏健派も『闇の異端審問官』の暴走を見て見ぬ振りで容認するだろう。


 大体、ギルガッドは王族が居ない為に「国教」と呼ばれるものが無く、創造神のかなり緩い教義で教会や神殿も運営されているが、選択している国教によっては「特級シスターを犯罪者に貶めようと謀る行為」など、国法で異端審問が当然の罪業となる。

 利用しようとして、喧嘩を吹っかけた形になった相手が、あまりにも悪過ぎたのだ。


 ゴンザックの自白によれば、「デンバが如何に悪であるか」を幼少から言い聞かされて育った彼は、年頃になって同様に育った幼馴染の少女と婚約し、「デンバを改心したと評価する周りは騙されている。自分達まで正義を忘れてはならない」と励まし合うことで仲を深め、婚約者の家に婿入りした。


 婿入り先の義父も、ゴンザックの父親と同等の熱量で()()を説く「尊敬すべき先達」であり、「正義を忘れぬ者達」で「冒険者という隠れ蓑で善良な人々を騙す悪党デンバの討伐方法」を話し合い、扱う商品を魔獣素材をメインに据えて冒険者ギルドへ()()()()()()を頻繁に出し、ギルドから上客として認識される関係を築き、信用を得ることで、内部に潜り込むことを目指した。


 十年以上の時間はかかったが、ゴンザックは単なるギルドの職員として潜り込むのではなく、運営管理部という冒険者ギルドの最上層部の一員の個人秘書として雇われる機会に恵まれた。

 魔法誓約を交わすことになると分かっていたが、抜け道のある契約の文面など商人として経験を積んでいたゴンザックには何パターンでも用意が出来た。


 職務上知り得た情報の守秘義務や悪用不可の縛りなどは、情報を()()()()()()では外部に流さず、「悪用」ではなく「正義」の為に利用するのだから、具体性の無い文面の誓約など意味を持たなかった。


 運営管理部に集まる情報を目にしたゴンザックが、「デンバが穢れた悪の存在であることを世に知らしめる成敗方法」として考えついたのは、『豪華絢爛』という、冒険者ギルド最上層部が現在最も重要視している高ランクパーティに、「デンバを()()()()()()()させる」ことだった。


 ギルガッドの義父と実父から、デンバが女性冒険者達に無体を働き、卑しく外道な行いを繰り返していると聞いていた。

 父親達は、()()()である女性冒険者達に寄り添い、支援を申し出て、「極悪非道なデンバの行い」という()()を広めてもらっていた。


 正義の為に、か弱き女性達も立ち上がったのだ。

 高位貴族出身だと言う『豪華絢爛』の面々も、「高貴なる義務」として当然立ち上がるだろう。


 ゴンザックは、己の考えに何一つ疑問を持たず、偽の依頼書を作成し、「条件」を持つ『豪華絢爛』が断れないようS級冒険者増員案件の体を取り、保険で『豪華絢爛』の信用を得ているロシュランのギルドマスター・ゴドッグにも、『冒険者ギルド運営管理部』の名前で「必ず依頼を受けさせろ」と()()()を出した。


 ゴンザックの尋問に立ち会った運営管理部のメンバーは、「商人のくせに世間知らずが過ぎるな」と呆れ返ったと言う。


 ()()()()()()()()()で目が曇っていたにしても、『豪華絢爛』に特級シスターがメンバーとして所属していると知っていて、よくもこんな馬鹿らしい暴挙に出られたものだ。


 メンバー全員が元高位貴族だとも分かっていたなら、勝手に利用されて報復に出ないと何故思えた。

 高貴なる義務に夢を見過ぎだ。

 高額商品を扱う商人のくせに、貴族の恐ろしさを知らなさ過ぎる。


 情報を抜いていたなら、『豪華絢爛』のメンバーが、ただ貴族の血を引いているだけの「血統だけ元貴族」ではなく、実際に高位貴族として生活し、相応の教育を受けていた経験もあり、各々が祖国の王族からの執着対象となるほどの素養を持っていることに、何故目を留め、その恐ろしさを考えなかった。


 まぁ、運営管理部の内部に居て、制裁を受けた冒険者や職員の末路を知る立場にあって尚、『冒険者ギルド運営管理部』の名を私情で騙り、『命令』まで出してしまうくらいだから、危機意識は持ち合わせが無かったのだろう。


 トドメの書面は、ギルガッドを庇護下に置くロシュール帝国の宰相閣下からの警告書だ。

 この場に同席するギルガッド評議会の議長と副議長が、険しい顔でゴンザックの義父と実父に突き付けている。


 ロシュールの宰相閣下曰く、「帝国は、冒険者ギルド、神世国という巨大組織に敵対する危険因子を抱えた国家を庇護下に置き続けることを否定する」そうだ。

 危険因子を抱えたままなら、ギルガッドを帝国の庇護下から外す、という警告である。


 ギルガッド評議会としては、今後も帝国の庇護下に在る為に実力行使の誠意を見せる必要に迫られる。

 単純に()()()()をギルガッドから追い出して責任逃れなどしては、帝国との信頼関係に亀裂が入るだろう。

 せめて、評議会の強権を発動してでも、請求書の記載額を要求通りに耳を揃えて期日内に払わせるくらいはしなくてはならない。


 ギルガッド評議会の代表者達、ギルガッド冒険者ギルドのギルドマスターから圧をかけられ、支払いを求められたゴンザックの縁者二名は、回避の取っ掛かりになればと恐る恐る質問を口にした。


「あの、何故わざわざ彼奴・・・デンバの歯を全部抜いて貴重な御力である『欠損治癒』など施されたのでしょうか」


 蔑む口調で「彼奴」と呼んだ際に深まったルーペの笑みに、慌てて言い直したが、機嫌を伺う口調ながら「あんな奴に貴重な力を使うなど勿体無い、どうかしている」という憤懣が有り有りと漏れ出ている。


 結局ルーペの笑みは、そのまま妖しく深くなった。


「それは、あんた達への制裁方法を任された『豪華絢爛』の皮肉だよ。あんたら、デンバを『討伐すべき魔獣』だと吹聴してただろう?

 だから、偽の依頼書の()()を読み取った彼らは『魔獣』と呼ばれるデンバの歯を『討伐』したのさ。


 『魔獣』が『討伐』された後には、『豪華絢爛』が依頼を遂行する際に発生した『大怪我をした同業者』が残った。

 だから、『豪華絢爛』メンバーである特級シスターが()()()()()()()『欠損治癒』を使った。

 だが、依頼書は運営管理部の名を騙った偽物であることが発覚し、偽の依頼書は『豪華絢爛』を犯罪者に貶めんと謀るものであった。


 ()()()最上位の聖魔法を行使させられた特級シスターは大神殿に相談し、本来であれば使う必要の無かった『欠損治癒』の代金を、()()()()()()()()()()()に請求することが決定した。


 長年、冒険者に依頼を出して魔獣素材を主商品として扱ってるんだから、あんたらだって聞いたことはあるよね?

 『欠損治癒』みたいな最上位聖魔法は、緊急時以外は大神殿からの事前許可が必要だし、緊急時だって後から不正が発覚すれば正規の代金を請求されるって。


 今回は、後から発覚した不正、って形での請求だから、払わなければ普通に依頼して代金踏み倒した場合より心証は悪くなるし、神世国からの対応も厳しいものになると思うよ?」


 ゴンザックが出した偽の依頼書に、「デンバを魔獣として討伐しろ」などの文言は無い。

 だが、ゴンザックの本意は自白させられ、背後の教唆犯及び協力者も、これまでの計画も、全て白日の下に晒されている。


 加えて、『冒険者ギルド運営管理部』に『特級シスターと神世国』に『ロシュール帝国宰相』と、たかがギルガッドの大店の会頭如きでは鼻息の相手にもならない強大な権力者や組織からのゴリ押しがあるのだ。


 そして、先程ルーペは「生き残っている主犯格」と言った。

 それは、既に拘束され自白させられたゴンザックの生命は───。

 息子が、婿がどうなったのかを想像して、更に恐怖で老け込んだ老年男性二人に、議長と副議長が書類を差し出しサインを求める。


 請求書の代金支払のために、所有財産の全てをギルガッド評議会に委ねるという内容の書類だ。


「今、ギルガッドのギルドに『豪華絢爛』が滞在してるんだよねぇ。僕、慈悲であんたらと対面する使者の役をやってあげてるんだけど? 僕の慈悲、要らなかった? 勝手に利用しようとしたあんたらに無茶苦茶ブチ切れてる本人達と、今直ぐ交代しちゃおうかなぁ?」


 ニタァ。『嗤う蟷螂』。

 ルーペが現役S級魔術師時代に呼ばれていた二つ名を彷彿させる、不穏な笑み。


 事なかれ主義だろうが、平穏なセカンドライフを希望している非野心家だろうが、S級まで上がった経歴は伊達じゃない。現役時代、人類を辞めてるレベルの破壊力で敵を屠っていた殲滅者だ。

 いつもの口調で嗤うだけでも、一般人を震え上がらせる「得体の知れない強者の片鱗」を見せつけられる。

 減俸だけじゃなく、ペナルティには仕事の増加も含まれていた。その八つ当たりが、ちょっとばかり威圧に出ているかもしれないが、仕方の無いことだ。


 カタカタと震えながらペンを手に取る「生き残っている主犯格二名」は、結局のところ上手い言い訳も回避策も捻り出せず、ブチ噛まされた過剰な権力と目の前の恐怖に、屈伏するしか無かった。



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