冒険者ギルド運営管理部
冒険者ギルド運営管理部は、リンハー大陸ではロシュール帝国内の『ギルド自治区』に存在する。
ロシュール帝国ギルド自治区とは、各種ギルドに於いて特殊性の有る権限や役割を持つ部署や部門を集結させた、帝国の治外法権領域である。
ロシュール帝国ギルド自治区には冒険者ギルド運営管理部の他、大規模なものとしては、商業ギルド監査部、商業ギルド裁定局、農業ギルド気象予報局、郵便ギルド情報管理部などが在り、その他にも中小規模の各種ギルド建造物が多数存在する。
ただし、長期間固定している拠点も無く、内部事情も明らかにはされていない闇ギルドのものだけは存在しないと言われている。
ロシュラン冒険者ギルドマスター・ゴドッグからの報告は、冒険者ギルド運営管理部に激震を走らせた。
メンバーは各々修羅場に慣れた豪傑揃いだ。
心情を顔色に出すことは無いが、よりにもよって、『豪華絢爛』が冒険者ギルドへの不審感を覚え、ギルドからの脱退も視野に入るような事態を、運営管理部メンバーが抱える個人秘書が引き起こしていたとは、最悪の事態と言っても過言ではない凶事だった。
しかも、『豪華絢爛』を確実に動かす為にだろう。ロシュラン冒険者ギルドマスター・ゴドッグへは、『冒険者ギルド運営管理部』の名を騙った『命令』まで出されていたのだ。
速やかに、ジュドウの個人秘書ゴンザックの意識を刈り取り運営管理部の地下牢に入れたが、それだけで事態が好転する訳も無い。
疑われ、怒らせた相手は、あの『豪華絢爛』なのだ。
訳アリでA級のまま足踏みしているが、詳細は掴めずとも、彼らの未だ隠している実力の大凡のところを感じられるくらいには、運営管理部の面々は経験豊富な実力者である。
今回の件は、『豪華絢爛』からは完全に冒険者ギルド側の失態と捉えられていることは想像に難くない。
冒険者ギルド最上層部の中に、冒険者に害を為すネズミを招き入れ、ネズミ程度の小物に、良いように組織を利用させることを許していたのだ。
運営管理部側に『豪華絢爛』を騙して利用する意図が皆無であったとしても、言い訳にはならない。
折角、ロシュランのギルドマスターがゴドッグに代わってから築いて来た信頼や、保たれている良好な関係が、一気に失われるところだったのだ。
彼らの信を得ているゴドッグを、運営管理部の名で巻き込んで『豪華絢爛』を利用しようとしたことで、更に怒りを煽っているとも考えられる。
冒険者ギルド運営管理部は総力を上げ、『豪華絢爛』への迅速かつ誠実な対応をする必要がある。
どのような手を使ったのか全く見当も付かないが、ゴドッグが「運営管理部から送られて来た依頼書」を『豪華絢爛』リーダーのネリーに渡してから、十日も経たない内に、この運営管理部の内部状況を、在籍するメンバーですら把握し切れていない細部まで、彼らは掴んでいたのだ。
見慣れぬ者を運営管理部内で見た者は無く、普段会わない相手に会った者も居ない。
管理部メンバーで『豪華絢爛』の間諜役が出来るほど彼らの信を得ている者が居るならば、彼らがこちらへ猜疑心を向けることも無かった筈だ。
現役を退いたとは言え、全員が修羅場慣れした元S級だ。中には感知系の魔法を常時展開している魔術師も居るし、建物自体も侵入感知機能が至る所に備えられている。
その誰もどれもが何一つ存在を感知出来ずに、『豪華絢爛』側の人員の侵入と内部調査を許し、あまつさえ、その事実にすら気付いていなかった。
それは、心胆を寒からしめる現実だった。
運営管理部の地下牢に放り込んだゴンザックは、いつ自分が意識を刈り取られたのか認識する暇も無いまま眠っている。
ジュドウが物理的に意識を刈り取った後、元S級魔導士のメンバーが魔法で深く眠らせた。自然に目が覚めることは無いだろう。
尤も、目を覚ましたところでゴンザックが地下牢を抜け出すことは不可能だが。
冒険者ギルド運営管理部の地下牢は、問題を起こしたS級冒険者を拘置しておくことも可能なほどの堅牢さを、物理的にも魔術的にも誇る監禁空間だ。
地下牢で眠るゴンザックに、「毒」の魔法素質を持つ元S級魔導士が自白毒の魔法を使い、眠りの魔法を解く。
深い眠りは「闇」の素質で使っていたものであり、毒の使い併せによる影響は無い。
自白毒の毒魔法は、高度で使い手も稀な魔法だ。「毒」の素質持ち自体が珍しい上に、高い技術力と練度が必要で、魔力量が紫以上でなければ習得さえ出来ない。
今はネリーも使えるようになっているが、実戦で使ったことはまだ無い。魔法を解いた後も被術者に激しい苦痛が残る非人道的な魔法であり、気軽に使えるものでは無いからだ。
もしもネリーが王子の婚約者のまま祖国に残っていれば、重罪人や間諜の尋問の際に行使を命じられていただろうが、一介の冒険者に国の機密を知る現場に立たせるような依頼は、冒険者ギルドが間に入り、拒むことが出来る。
勿論、ネリーは祖国以外の国からの依頼も含めて全拒否の意向をギルドに伝えていた。
自白毒の魔法を使われたゴンザックは為す術も無く、訊かれるままに答えを返した。
ゴンザックは商人としては優秀と評価されることはあったが、無力な一般人に過ぎない。
S級魔導士の魔法に抵抗する力も無ければ抵抗の仕方も知らず、そもそも「自白毒の魔法」などという魔法が存在することすら知らなかった。
尋問に当たった運営管理部メンバーは、ゴンザックと今回の件に関わった者達の歪んだ正義感と他者を見下すことに愉悦を覚える人間性、気持ちが悪いほどの自己正当化と利己主義精神に辟易しながら報告書をまとめた。
ゴドッグから報告が上がってから僅か一日。
気付きさえすれば、一日で駆除が終わる程度の小さなネズミ。
気付かなかったのだ。
元S級冒険者として人生経験豊富なベテラン勢が、揃いも揃って誰一人。
招き入れた者が駆除すべきネズミであり、そのネズミが立場を利用して情報を抜き、その情報を「正義のため」とほざいて私的に流用し、私情でギルドが守るべきギルド貢献度の高い冒険者の排除を目論み、ギルドが「失えない」と慎重に扱う実力者パーティを侮って駒とする計画を立て、不可侵であり重責を伴う『冒険者ギルド運営管理部』の名を騙って『命令』まで出していたことに。
この事実は、自分達の実力と権威に無自覚に慢心していた運営管理部の面々の気を引き締め直した。
運営管理部はジュドウ以外のメンバーの個人秘書達の誓約書も厳しく検分し、不備のあるものは再度新しく作り直すことにした。
加えて、秘書自身に対する調査も改めて行い、身近に不審な者が居る場合は進退を含めて話し合う面談の機会を設けることになった。
運営管理部メンバー達も自戒を込めて、私情私欲で動けぬよう相互監視体制を組み、制約がより厳しくなった秘書達の給料は、大幅に上げる方針を固めた。
運営管理部からロシュラン冒険者ギルドマスター・ゴドッグへ、新しい『豪華絢爛』への依頼書が届いたのは、ゴンザックの尋問の次の日。
今度は本当に『冒険者ギルド運営管理部』が依頼元となった依頼書だ。
依頼内容は、運営管理部の名を騙り、『豪華絢爛』を利用して貢献度の高いA級冒険者デンバを排除しようとした主犯に滞り無く制裁を加える為に、その協力者達の力を削ぐこと。そして、本件に関わったギルド規約に抵触する冒険者達への処罰だ。
依頼遂行の方法は『豪華絢爛』に一任し、本件解決の為に限り、『冒険者ギルド運営管理部』の名を一時的に用いることも許可されている。
依頼書には、ゴンザックの取調べ内容と、本件の再発を防ぐ具体的な方策、それらが実行済みであることが明記されたものが添付されていた。
受け取ったゴドッグが、深く安堵の息を吐き出しながら胃の辺りを摩ったのは言うまでもない。




