抜いてみよう
「お帰り、ノワ」
「おぅ、戻ったぜ。いや、しかしスゲェな、あの呪。まるで感知されねーのな。やりたい放題だったぜ」
拠点に戻り装備を解くノワは、既にスノウによって解呪もされている。
旧時代に重罪人に用いられた陰惨な刑罰用の呪を受けていた筈だが、その事実を知ってか知らずかノワのテンションはご機嫌に高い。
精神がやられた様子は微塵も見られず、寧ろ楽しい呪われライフを満喫しての帰還のようだ。
「あぁ・・・精神力が強いって、こういう・・・」
ボソリと呆れたように呟くシェリー。
「んん? 何だシェリー? そうだ、スノウ。あの呪って何て名称なんだ?」
「『半幽霊ノ呪』」
スノウの返答に、シェリー、ネリー、ブラウの三人は「へー・・・」と顔色が悪くなり、ノワは「へぇ!」と更にテンションが上がった。
「確かに、半分幽霊になったみたいな感覚だったな。気付かれねぇし人体や鳥獣もすり抜けるし、面白ぇ貴重な体験したぜ!」
「楽しめたようで何より」
ワハハハと豪快に笑うノワと、無邪気な笑顔で向き合うスノウ。
他の三人は小声で囁き合う。
「いや、半幽霊って絶対そういう意味じゃねぇ」
「アタシもそう思うわ。幽霊に片足どころか半身突っ込まされて『本幽霊待ち状態』にされる呪でしょ?」
「そしてデリカシーの無い者には罰にならない呪」
「おーぅ、お前ら何か言ったかぁ?」
装備を解くついでに服も脱ぎ始め、いつも通り「拠点内半裸族」になっているノワ。
「いいえ?」
ニッコリ誤魔化すネリーと半眼で半裸の筋肉を見るシェリー、呆れの溜め息を吐くブラウ。
「さ、ノワも服を脱いで落ち着いたでしょうし、結果を聞きましょう?」
ネリーが軌道修正を図る。「服を着てると落ち着かない元貴族」とブラウがブツブツ呟いているが、ネリーがパンパンと両手を打って鳴らすと黙ってノワに向き直った。
「んじゃま、結論から。ロシュランのギルドと運営管理部自体はシロだ。ギルド最上層部が『豪華絢爛』と敵対っつーか、俺達を怒らせるような行動をする意思は無ぇ。まぁ当然だよなぁ。王侯貴族の権力には『抵抗組織』の体を取っていても、特級シスターと『金眼』を敵に回す判断なんかする訳が無ぇ」
冒険者ギルドは権力に屈しない。
そういう組織であることが存在意義にもなっている。
だが、それでも『組織』として形を保ちながら運営していくには「集団を動かす力を持つ者」を蔑ろには出来ない。
王侯貴族という「分かりやすい権力者」の振るう権力には抵抗するという体を保っているなら、尚更他の集団の権力者とは手を取り合っていたいのだ。
特級シスターは、聖職者の中では王族より格上の扱いである。
聖職者であらずとも、奇跡としか言えない救いを齎すその能力と、聖職者の中での地位の高さを鑑みれば「上位の存在」として扱う態度を選ぶ者は多い。
ロシュール帝国でも、シェリーは特級シスターとして皇帝から無礼討ちの許可状を賜っている。
シェリーに許可状を乱用する気は無いが、「特級シスターが自国に定住してくれている」という状況は、そのような許可状を与えてもお釣りが来るほど統治者側のメリットが大きいのだ。
それほどまでに、特級シスターの影響力は大きい。
ノワの持つ『金眼』は、人族にとっては「珍しい」くらいで済まされる印象の瞳だが、獣人族にとっては本能的に畏怖してしまう「始祖返り」の証だ。
ノワに限らず『金眼』の持ち主がその気になって扇動すれば、獣人族は『金眼』の支配下で暴徒と化す。
面倒臭がりな気質のノワがその気になる日は来ないだろうが、『金眼』は獣人族のカリスマになれる『力』そのものなのだ。
冒険者ギルド最上層部である運営管理部に在籍しているのは、全員が経験豊富な元ギルドマスターだ。
折角今のところ「味方」である特級シスターと『金眼』を怒らせて離反される行為など、選ぶ道理が無い。
「俺とシェリーだけじゃなく、うちの他のメンツについても、ギルド最上層部は能力を把握し切れてる訳でもねぇのに、各メンバー全員の実力を単独でS級上位と見做している。離反されるリスクなんか冒さねぇよ。あ、スノウが今回使った呪は絶対バレねぇようにしとけよ。利用価値が高過ぎて、俺やシェリーを怒らせてでも首輪付けようとされかねねぇからな」
コクンとスノウが頷くのを見てから、ネリーはノワに訊く。
「ロシュランのギルドは兎も角、『運営管理部自体は』って、どういうこと?」
「ギルド最上層部の総意では、俺達を怒らせて逃げられる愚を犯すな、ってなってるってことだ。運営管理部のメンツ全員が同意してる」
「じゃあ、依頼書の『依頼元』は」
「ああ。騙りだ」
一先ず、ホッと安堵の息が室内各所で洩れた。
どうやら、『豪華絢爛』を馬鹿にした利用の仕方を目論んだ相手は「愚かな個人」であり、その行為は「冒険者ギルド最上層部の総意」ではなかったようだ。
今や高名な実力者パーティとなった『豪華絢爛』の面々は、冒険者ギルドという組織から所属を外しても、煩わしさが増えはするが、祖国の追手から逃げられない訳では無い。
けれど今の生活を捨てずに済むなら、その方が良い。それぞれ、今の暮らしを気に入っているのだ。
「一体、何処のどいつ? 運営管理部の名を騙るなんて。うちに敵対しないことに運営管理部のメンバー全員が同意してるってことは、運営管理部の建物内部で働くメンバー以外の職員が『騙り』をやらかしたってことよね? どんな立場にしろ、相当の馬鹿だわ」
冒険者ギルド運営管理部は、名実ともに「冒険者ギルド最上層部」だ。
そこで採択された決定事項は、冒険者ギルドに所属する者ならば、職員であろうと冒険者であろうと必ず従わねばならない。
メンバーは現役を引退したと言っても、元S級以上の実力者で構成されているので、従わない者には物理で強制する力もある。
運営管理部メンバーが個人的に勝手に『冒険者ギルド運営管理部』の名を使っていたのだとしても、相当に不味い事態ではあるが、それを王政の国に置き換えて例えれば、「玉璽を大臣が個人的に勝手に使った」という辺りの状況だ。
そして、もしも、運営管理部の建物内部で働く一職員が『冒険者ギルド運営管理部』の名を騙ったのだとしたら、それは「平民が盗んだ玉璽を勝手に使った」と同レベルの、気が狂った所業である。
騙ったのが運営管理部メンバーでなければ同じ建物内で働く職員、と断定するのは、運営管理部の名で出される依頼書や命令書等は、偽造が出来ないように全て運営管理部メンバーの魔導士が特殊な紋様を付与した紙を使用しているからだ。
その紙は、未使用の状態で運営管理部の建物から持ち出すと消滅する仕様にもなっている。
きちんと効力を持って『冒険者ギルド運営管理部』の名を騙るには、専用の紙を入手し、建物内部で書式に従って最後まで用紙を埋めて「使用済み」の形で持ち出さなければならない。
それが可能なのは、運営管理部の建物内で働く者だけだ。
どのような事情があったとしても、その行為の代償は、冒険者として働く能力がある者は「死ぬまで危険任務を無償奉仕」。
冒険者としてギルドに貢献する能力の無い者は、「制裁による見せしめの死」が待っているだろう。
「一応、身分上はギルド職員ではねぇな。まぁ、運営管理部の内部でやっちまったんだから、受ける制裁は同じだろうがな。騙りをやらかした『本当の依頼人』は、運営管理部メンバーの一人が個人で雇ってる秘書だ」
「外部の人間てこと?」
「ああ。出身はギルガッドだ」
「これでデンバと繋がった、ってことか?」
腕を組んで眉間にシワを寄せるブラウに、ノワは肩を竦める。
「さぁな。けど、ネリーの読み通り、恨みってより『成敗』って意識っぽいな。相当にヤバい大胆な行為をしてるって自覚が皆無だ。自分が正義の使徒だと思い込んでるような高揚感しか伝わって来ねぇ」
「あぁ、当たり臭ぇな。この中にソイツかソイツの縁者らしき名前はあるか?」
ブラウがギルガッドでの先行調査結果をまとめたものを差し出せば、受け取ったノワの片眉が面白そうに上がる。
「へぇ。歯並びだけで、よくもここまで他人を悪と決めつけられるもんだな。同一の感性を持つ職種に偏った奴らで出来上がった国ってのは恐ろしいな」
口調も面白そうな調子ではあるが、彼の金眼は不快そうに眇められている。
やがて、じっくり調査結果を読み込んでいたノワは、「コイツ」とリストの一部を指差した。
リストは、デンバを悪人と決めつけ、子や孫にも言い伝える人物一家の家族構成だ。
ギルガッドは平民だけの国だが、店を構える商人達は家名を持っているので、同一の一族が分かりやすい。
「この家の息子で、こっちの家の娘の婿のコイツだな。ゴンザック・べデラ。旧姓だとゴンザック・ボルカン。どっちの家もデンバを悪と見做す急先鋒だなぁ」
「ああ、その家の奴らは言う事がヤバ過ぎるってんで、随分前にデンバの実家とは取引を切られてる。それも逆恨みしてるみたいだな。
コイツ等、ただの悪口に過ぎない『歯並びが魔獣みたい』じゃなく、『デンバは人の街に入り込んだ討伐すべき魔獣』とか言い触らしてんだよ。
で、ギルガッド内では距離を置かれて取引相手は年々減少してる。それも『全てはデンバの悪しき力のせいで』とか触れ回ってるらしいぞ。ヤベェよな。
だが、国外との取引で巨額の利益を出して多額の税金を評議会に納めてるから、国内での立場が悪いって訳でも無ぇ」
「主力商品が魔獣素材か。それで護衛依頼に偏るギルガッド以外の冒険者ギルドの上得意になり、ギルド上層部と繋がりが出来て個人秘書の立場を得たって訳か」
「ギルガッド以外の冒険者ギルドを利用していたのは、差別して見下してるデンバに依頼を受けられたくなかったってのもあるだろうな」
全貌が見えて来たメンバーは、それぞれ気持ち悪さや不快感に表情を曇らせる。
自分は正しい側だと思い込む人間の不気味さを、彼らは身を以て経験している。
「なぁ、取り敢えずデンバの歯並び直さねぇ?」
「「「「は?」」」」
唐突に提案したノワに、他の四人の疑問の声が重なる。
人族の、一度生え揃った大人の歯を並べ直す方法など、この世界では認知されていない。
歯の専門医も無ければ歯を矯正するという概念も無いのだ。
だが、ノワは、逆に仲間達の疑問が分からないという顔で話を進める。
「シェリーは欠損も治せるだろ? 失くなった歯も生やせるじゃねーか。なら、今生えてるデンバの歯を全部抜いて特級シスターの欠損治癒を使えば、本来の有るべき状態で生えて来るだろ?」
「そんな乱暴な・・・でも、一理ある、かな。昔ある国で、指が癒着したまま生まれた王子の手を切り落として特級シスターから欠損治癒を受けたら、健康な手で回復したという記録が残ってるもの。私は遭遇したことが無いけど、年配の特級シスターは、親から不完全な部分を切り落とされた貴族や王族の子供を治癒した経験のある人も居るわ」
「あぁ、大量の寄付が出来る財力もあるし、後継ぎは完全体以外認めない風潮のある階級だものねぇ」
身分社会の特権階級の闇は、彼らもよく知るところだ。
「人族は歯の生え替わりが一度だが、獣人は大抵が、栄養が摂れていて健康であれば若い間は何回でも生える。獣人も歯並びは重視される。歯並びが悪いと不健康で弱い個体だと認識されて見下されるし、何より結婚相手が見つからなくなる。だから、獣人族の家だと子供の歯並びが悪けりゃ親が抜いて、綺麗に生えるまで再挑戦だぞ?」
「「えぇ・・・」」
初めて聞いた獣人族の「一般常識」に、スノウとシェリーが引いた声を出す。
手足を切り落として、自分の子供を「完璧な貴族や王族」に仕上げようとする人族よりは、引く要素が無いと感じたのはネリーとブラウだ。
スノウとシェリーも思わず引いた声は出したが、抜歯は予想以上に出血が多いのに無茶をする、という感想からの「引き」で、獣人族の慣習を野蛮と謗る意味では無い。
「本人が望むなら、私は欠損治癒の行使に否やは無いけど、痛み止めや止血は薬でした方が良いと思うわ。あとは、口止めは絶対」
特級シスターは還俗不可だが、聖職者の中では、かなり行動の自由が認められる。
本人の自由意思で力の使い方を選べるのだ。
ただし、それは周知されていない。
本人が好きに力を使って良いなどと知られれば、特級シスター個人を口説き落とせば神世国を敵に回さず最上位の聖魔法使いの所有者になれると考える、強欲な馬鹿が湧いて出る。
だから、実際のところ彼女達の意思は自由でありながら、高位の聖魔法は神世国にお伺いを立てて許可を得なければ使えない風を装っているのだ。
特級シスターだからと言って、魔力や体力が無尽蔵な訳でも無い。
万人へ奇跡を起こす力も意思も無い。
特殊な魔法素質である「聖」の持ち主に本質的な悪党は居ないが、自己犠牲を尊ぶ博愛主義者もまた「聖」の素質に恵まれることは無いというのが、この世界の理である。
この世界の神から見れば、自己犠牲や博愛主義は善性には数えられず、無自覚な悪党の持ち得る性質に数えられるのだ。
よって、聖職者に自己犠牲や博愛精神を強いるのは、神に背く行いだと大神殿は各国の統治者に通達している。
それでも、聖職者の優しく高潔なイメージから無償奉仕を要求する慮外者や、莫大な利益を生む力を囲いたがる強欲者は後を絶たない。
ノワの提案のような気軽さで特級シスターの力の行使を求められない為にも、真実は口止めをして、「それらしい重大深刻な事由」の建前を周知する必要がある。
「建前の詳細はアタシが考えとくわ。ゴドッグ殿から運営管理部に繋ぎを取ってもらって、協力要請するつもりだし。
先に名前を騙られてアタシ達に迷惑をかけたのは運営管理部だもの。協力の程度はゴドッグ殿の腕と運営管理部の誠意次第だろうけど、協力自体を嫌なんて言えないでしょ」
「ええ、ネリーに任せるわ」
サッと上着を羽織って出て行くネリー。
残りのメンバーは、ギルガッドへの出立準備に入った。




