呪ってみよう
依頼を受けた時点でネリー達が「A級冒険者デンバ」の情報を持っていなかったのは、デンバが拠点を置くギルガッドの冒険者ギルド以外を全く利用していない、「完全拠点固定タイプ」の冒険者だったからだ。
大抵の冒険者は足の向くまま気の向くまま、ふらりと旅に出て拠点の移動も珍しくない。
B級以上になると、自分達の街に留めようと声を掛ける街の有力者が出て来るが、若い内はほとんどが流れて行く根無し草の暮らしを選ぶ。
けれどデンバ達のパーティ『不屈の夢追人』は、メンバー全員がギルガッド出身で、拠点も一度も別の街へ移したことが無い。
本拠地とするギルガッド冒険者ギルドで依頼を受け、護衛依頼で遠方へ行っても必ずギルガッドに帰還してから本拠地のギルドで報告をして報酬を受け取っているのだ。
冒険者としてのデンバの評判は、決して悪くない。
ギルガッドを本拠地としていることで、過去に受けた依頼は、地域特性から護衛が多い。
人の護衛より商品の護衛の割合が多いが、丁寧で確実な仕事ぶりから、リピーターの指名依頼も「商品護衛」では『不屈の夢追人』がギルガッドNo.1だ。
翻って、ギルガッドの一般人の中には、デンバを「悪人」として扱う人間が一部に居る。
ブラウの調査によれば、デンバには、少年時代に外見が原因で人としての評価が悪化し続け、商売を営む実家を慮って家から出て冒険者になったという過去があるようだ。
デンバと家族との仲は悪くないが、当時、デンバの家族へ善意から「悪人デンバの追放」を勧めた周りの人々の一部が、「デンバ悪人説」に未だに固執しているらしい。
デンバが家を出て何年何十年と時が過ぎ、冒険者として誠実に依頼をこなし続けるデンバの評価は、少年時代に外見だけで悪者と決めつけていた両親の同業者の間でも上がっていた。
悪ガキだった子供が大人になったら真っ当に働くようになる、というのはよくある話だ。
そう思える人々は、「悪人デンバは改心したのだろう」という、結局は不当な評価ではあるが、今のデンバに悪感情を持ってはいない。
だが、未だに正義感から「悪人の性根は変わらない」と「悪人デンバ」への警戒を緩めず、自分達の子や孫にも「デンバという悪党への警戒」を促し、「デンバの実家を悪党デンバから守れ」と言い聞かせている人々がいるのだ。
そんな一部のギルガッド地元民と、基準をクリアしていない男が自分に声をかけたことが許せないギルガッドを訪れた女性冒険者達が、互いにデンバへの悪意を街中で吐き出しては把握し合ったことが、双方のデンバへの制裁意識を煽ったのではとブラウは推測した。
「その煽り合ってる奴らの中に依頼元と繋がる奴は居るの?」
「いや、そこまで突っ込んで調べてない。俺がギルドに報告してる行動目的を怪しまれかねんからな」
「まぁ、そうよね」
ブラウはデンバという人間の実態を調べるために、一人でギルガッドに行っていた。
ギルドには、今回受けた依頼を無事完遂するための、「対象であるデンバの詳しい行動範囲や行動パターンを把握する先行調査」だと届けてある。
「実物のデンバも対面はしてねぇが見て来たぞ。確かに恵まれた容姿とは言えないが、それほどか? と俺は思った。商業都市国家ならではの感性だろうな。人の外見に対する美の基準が厳しい訳じゃ無いが、醜さの判定は厳しい」
「確かに、商人は見た目を重視する人が多いわよね。美形かどうかって言うより、『対面する相手に不快感を抱かせない外見』であることが肝要。ソレを目指して自分の見た目をメンテナンスするのが、一種の常識でさえある業界ね」
「だから、商家の子でありながら歯並び悪く生え揃ったデンバが許容出来なかったのかもな。多分、冒険者の女達が悪口雑言罵倒してた『デンバの許せない不細工ポイント』のほとんどは、地元の商人達にとっちゃ『努力次第の許容範囲』だ」
ブラウは、ギルガッドで見た実物のデンバと女性冒険者達が街で吐き散らしていたと言うデンバの外見の悪口、そしてギルガッドの街で見かけた「普通の商人の男性達」の姿を思い出しながら続ける。
「背が低くて短足な商人のオッサンなんか街中にゴロゴロ居た。
デンバは酷い癖っ毛らしいが、人前ではバンダナで覆って抑えてる。
毛虫みたいだと言われる太い眉も形は整えてるんだから、冒険者の男としては珍しいくらい見た目に気遣ってる方だ。
街中では無精髭も生やしてねぇし、私服は簡素だが清潔感がある。
オークみたいだと言われる鼻も、顔面打っても治癒に払う金を惜しむ戦闘職の野郎共に比べりゃ綺麗なもんだ。鼻毛や鼻水が出てる訳でも無ぇしな。
目がギラついて気持ち悪ぃって、デンバは体格や顔の大きさの割に目がデカくて目力はあるが、目も澱んでねぇし目付きに卑しさも感じねぇ。デンバを扱き下ろす女達の方が、よっぽど目付きが気持ち悪ぃぜ。俺とかノワに向ける視線なんか変質者っぽいしな」
「「うわぁ・・・」」
ネリーとシェリーの気の毒そうな視線がブラウに注がれ、スノウが「うんうん」と納得するように頷いている。
「彼女達の『自分に相応しい』と思ってる男の人への視線って、粘っこくて絡め取るような感じなの。彼女達から滲み出ている、オスを捕食する虫系魔物と類似する魔力が、視線にも滲んでるんだ〜」
「「「は⁉」」」
「ちょっ、待て! 初耳だぞ何だソレ怖ぇ!」
騒然とする仲間達に、スノウは「ん?」と首を傾げてから説明する。
「えっとね? 『呪』の素質があれば、ある程度以上の呪魔法使いになると呪魔法に転用や流用可能な魔力が感知出来るようになるの。人が発するものだと強い負の感情とか酷く利己的な情念とか。魔物の発する魔力と質が似てるほど使いやすいらしいよ」
「えぇ、マジか。誰にかける呪に使うんだ?」
「それは勿論、良くないもの垂れ流してる発生源だよ? 他人に迷惑かけちゃイケマセン」
ウフフ、と笑って呪符用紙を撫でるスノウ。
まぁ、仲間だから良いか、と呪魔法の恐ろしさに目を瞑るブラウ達。
「全員でギルガッドに向かうのは、ノワの結果待ちね。スノウ、あとどれくらいで戻って来そう?」
「んー、ちょっと待ってね。もう帰路に入ってるから、ノワの身体能力だと今日中だと思う」
ロシュランのギルド内部や運営管理部の調査を担当しているノワとスノウ。
スノウがノワに、他者から存在を感知されなくなる呪をかけて維持し、ノワが獣人としても規格外の身体能力を発揮して彼方此方に潜入に向かったのだ。
呪を維持している間、スノウには呪をかけた対象の居場所が把握出来る。
「しかし便利な呪よねぇ。スノウより数段格上の呪魔法使い以外の全ての生き物から存在を感知されなくなる、なんて」
「呪を受けると他の生き物からは、見えない聞こえない匂いも気配もしない触れない。他の生き物を触ることも出来なくなるけど、呪を受けた者からは見えるし聞こえる。潜入し放題な呪だけど、よく使われてるの?」
感心するネリーとシェリーに、スノウは「んー」と難しげに小さく唸ると首を横に振った。
「かなり上級で古い呪だから、多分使える人がほとんど居ない。それに、この呪は、旧時代の刑罰に用いられていたものなの。虚言で多くの人を混乱に陥れた罪人に処される最も重い刑」
「お前がノワにかけたくらいだから、危険がある訳じゃ無いんだろ?」
「今回は。短期で期限も決めて解呪が確約されているし、かける側と受ける側の間に信頼関係があって、受けた側が不安を覚えていないから。あと、ノワは精神力が強いし」
どういうことだ?
と、しばし考えたブラウの顔が段々と引き攣って来る。怖い答えに行き着いたらしい。
「成る程、刑罰だな。いつ解呪されるか分からねぇ状態で、ほぼ全ての生き物から認知されず触れられない。そりゃ精神に来るだろう。その上、無機物はそのままだから壁抜けが出来る訳じゃねぇ。自宅を封鎖されちまえば雨風や暑さ寒さを凌げる場所は、容易に得られなくなるし、水や食料も人から認知してもらえなけりゃ盗む羽目になる」
「そう。呪の効果は、生き物から認知されず感知されず触れられず、されどその肉体は生身のまま、飢えも渇きも眠気も疲労も重さも暑さも寒さも痛みも感じ、無機物には隔てられる不思議な身体となる。
あ、ちゃんと着てる服ごとね。この呪の発案者が、『全裸でうろつかれてると思うと気持ち悪いから』という理由で注文を付けたらしいよ。
呪の狙いは、生き物からは存在を無視されているように感じさせ、閉ざした建物によって物理的にも拒絶を感じさせ、無視と拒絶の孤独の中で生き抜く困難を体験させ、心身に苦痛を与えること。
この刑罰の残酷なところは、刑期が罪人に知らされないところ。
罪の重さによって、生きている間は解呪されないこともあれば、生きている内に解呪された後で、呪を受けている間の窃盗の罪として、さらなる刑罰を課されることもある。
この刑を受けたほとんどの罪人が、疑心暗鬼と極度の不安で解呪される前に狂死するか自殺しているよ」
「「「・・・」」」
「そんな呪を、ノワにかけたんだな?」
ヒクヒクと頬を引き攣らせて訊ねるブラウに、両拳を握って「フン」と鼻から息を出し、スノウが自信満々で宣言する。
「大丈夫。私が仲間にかける呪は、絶対の安全をお約束」
「うん、まぁ、知ってるけどよ」
出来れば、そんな物騒な呪は受けたくないと思うブラウだが、スノウの腕前は分かっているし信頼もしている。
「あ」
スノウが唐突に、入口の方を向いた。
そして、ポカンとして呟く。
「早い。流石ノワ」
「え? 居るの?」
「屋敷の外で待ってるみたい。多分、呪のせいでノワの魔力認証が反応しなくて、このままだとトラップが発動するんだと思う。迎えに行って来る」
ふわりと立ち上がり、軽い足取りで駆け出すスノウ。
残った三人は、メンバー内では大人しい方だが抱える能力は底の知れない『豪華絢爛』の呪符師を苦笑しながら見送る。
「魔力登録まで作動しねぇって、どんだけ感知させねぇ呪だよ」
「見えない、聞こえない、匂わない、気配もしない、触れない、で、魔力もスルーって、ホント、ヤバいじゃないの。無機物は触れても魔道具は作動しないってことじゃない」
「旧時代って、現代より魔道具に全面的に頼り切った生活だった筈よね? 罪人は何日生きていられたのかな?」
ゾゾ〜ッ。
三人の背中を冷や汗が伝う。
「よく、あの娘を敵に回す気になるわよねぇ。虫系魔物ガールズ」
「呪魔法に転用流用可能なモンを自ら垂れ流してるのに、なぁ?」
「今回の件が片付いた時って、関わってる女性冒険者達にもペナルティが課されることになるでしょ? スノウが最近フンフン歌いながら描いてた呪符って・・・」
「「ウワァ・・・」」
シェリーから齎された不穏な情報に、ネリーとブラウは耳を塞いで遠い目をした。




