穿ってみよう
舞台は『豪華絢爛』拠点に戻ります。
「ノワはスノウと組んで、ギルドの方──本当の依頼の出処を調べてちょうだい」
ネリーが指示を出せば、ノワが好戦的に金眼を眇めた。
「怪しいんだな?」
「そうね。本当の目的だってコレには書いてない気がするし」
皮肉げに片頬を歪めてノワに応じ、ネリーが示すのはゴドッグから受け取った依頼書。
「依頼元は『冒険者ギルド運営管理部』なのよ。ギルドマスターを十年以上、瑕疵無く勤め上げた経歴が無ければ籍を置けない、冒険者ギルドの最上層部ね」
「そこが怪しいと?」
「どうかしら。現役冒険者との癒着を防ぐ為に、そこまで行くと直接表舞台には出て来なくなるらしいから。ただ、だからこそ、最上層部まで報告するまでもない案件だったら、勝手に名義を使おうとする馬鹿が居そうじゃない?」
「あー・・・流石に玉璽を勝手に使おうとするほどアホな文官貴族は見たこと無ぇが、『宰相の命令だ』と嘯いて無名の平民騎士から地位と財産を取り上げて追放した宰相府の悪徳役人なら、俺も見たことあるな」
類似ケースを祖国の記憶から掘り出したブラウにノワが引いた。
「フレイネン王国ヤベェな」
「ちゃんと捕まって処分されたぞ?」
「平民騎士はどうなったんだ?」
「行方不明のままだな」
「やっぱヤベェじゃねぇか」
デカい筋肉二人の掛け合いに、ネリーの指が机を叩く軽い音がブレーキをかける。
机を叩いたネリーの指が、そのまま角度を変えて依頼書の一部を指し示した。
「コレを見ると、そもそも依頼を出す原因になったのは、ギルガッドの冒険者ギルドで『A級冒険者デンバ』から、『不快感や恐怖を覚える声掛け』をされた多数の女性冒険者からの訴えなのよ。で、事実関係を確認した結果、この依頼を出すことが決定した、と」
「あぁ、依頼書には訴えた女性冒険者の個人名も無けりゃ、事実関係を確認した過程と結果、つまり調査内容と結論を出すに至った理由の説明も証拠の提示も、何も無いな」
「おー、怪しいな」
「それに、アタシがそのままじゃ受け入れる気の無かった最初の依頼内容よ。穿って見たら、依頼元の本当の望みって、書いてある通りのデンバの改心だとは思えなくない?」
「多数の女性冒険者からセクハラ野郎と訴えられてるA級冒険者の男にシェリーとスノウを宛てがうってやつか。まぁ・・・こいつらの評判を知ってたら、なぁ」
改心する前にシェリーとスノウによって再起不能にされるか、他の『豪華絢爛』メンバーの怒りに触れて物理的に潰される。
ネリー達はまだ若いが、冒険者として駆け出しではない。
A級パーティとして名が売れてから、既にそれなりの年月が経っているのだ。
ギルド関係者が、ましてやギルド最上層部が、彼らの能力や行動方針、これまで害意を持って近付いて来た者共の末路を知らない筈が無い。
私闘は禁止事項でも、降りかかる火の粉を払うのを止める規則など無いのだから、見た目で舐めてかかり、シェリーやスノウに襲いかかった男達がどうなろうと自業自得。
集団で襲おうとしたり、闇ギルドのプロを雇ったり、薬物や魔道具を用意するような計画性が高く悪質な連中は、メンバー総出で制裁を加えて来たが、これも冒険者ギルドの規則には引っ掛からない。
つまり、シェリーやスノウに無理矢理迫るような同業者は、冒険者ギルド的には合法で葬り去られることになると、ギルド関係者ならば推測出来るのだ。
「目的は、デンバを殺すことか?」
「そう単純ではないんじゃないかしら。ただ殺すだけなら、それこそ闇ギルドに大金を積めばA級一人くらいなら殺れるわ。わざわざこの娘達を差し向けるなんて遣り方まで指示してるんですもの。予想出来る結果を望んでいるとしたら、『抹殺』より『成敗』辺りかしらねぇ」
「うわ。デンバにどんな恨みがあるんだよ」
「人間、生きてりゃ何処かで恨みは買ってるもんよ。存在してるだけでもね」
「あー・・・」
ノワが明後日の方向を見て乾いた声を上げた。
メンバー内随一の理不尽な恨みを買って刺客を向けられ続ける男、ノワの中でデンバへの仲間意識が勝手に芽生えて育ち始める。
「でも、依頼元の本当の目的が『デンバの成敗』だとしたら、私達を騙して利用しようとしてるってことよね?」
「当たりだったら、そうなるわ。馬鹿にしてるわね。甘く見られたもんだわ」
ネリーのスカイブルーの瞳が険しさを宿し、声も鋭く尖る。
何より腹が立つのは、依頼の出し方だ。
依頼を達成するための遣り方の指定まで入れて、デンバが「悪として成敗」されることを望んでいるのが透けて見えると言うのに、依頼書自体は「素行の悪いS級間近の実力のA級冒険者デンバを改心させて昇格試験を受ける資格を持たせる」ことを目的として作成されている。
この目的での依頼となれば、「S級冒険者不足解消への協力」扱いの案件だ。
各々が抱える事情で実力以下のランクで足踏みする『豪華絢爛』としては、少々の不都合は飲み込んで受諾しなければならなくなる。
そういった背後関係も知るギルド内部の者が、この依頼には関わっているのだと思われる。
これは、『冒険者ギルド』という組織を信頼して身を寄せ所属する者への裏切り行為であり、それが「愚かな個人の思惑」ではなく「ギルド最上層部の総意」であるならば、『豪華絢爛』は所属ギルドとの決別も辞さない。
「当たりだったら、どうするの?」
「しっかり準備した強い抗議を捩じ込むわよ。そっちの準備はアタシと、シェリーも手伝ってもらうわ」
「よろこんで」
フフッと笑って了承するシェリーは正しく「微笑む天使」の絵面だが、その内面を知るメンバーには「惨劇の予感に爪を研ぐ凶悪な獣」に見える。
尤も、そんなシェリーを見て、「楽しそうで何よりだ」としか感想を抱かない仲間達は、一同揃って同類でしかない。
「ブラウはデンバの調査よ。ただし、アタシ達が依頼自体を探ってることは気取らせないで。まだ何処が敵か分からないから」
「んん? ロシュランのギルマスもか?」
「ゴドッグ殿は多分シロねぇ。ロシュランのギルドマスターの責任で、依頼遂行の遣り方を訂正してくれたもの」
依頼書には、ロシュラン冒険者ギルドマスター・ゴドッグのサイン入りで、目的を果たす為の行動を指示する部分が二重線で消され、「方法は『豪華絢爛』に一任」と訂正されている。
依頼元の本当の望みが、依頼書に書かれた目的通りの「素行の悪いA級冒険者を改心させS級冒険者不足の解消を目指す」ようなものではなく、「個人的に恨みのあるデンバを『豪華絢爛』に成敗させる」だった場合、ゴドッグの行動は依頼元の望みに反する。
遣り方を一任されたネリー達は、当然、「依頼書に書かれた目的」を果たす為に動くのだから、A級冒険者デンバを再起不能にするような方法は取らない。
ギルドマスター室で頭を深く下げたゴドッグの言葉も、デンバを救って欲しいという想いから出たものだった。
「多分、ゴドッグ殿も、この依頼に不信感は持ってるのよ。ただ、出してるのが彼の立場じゃ反駁出来ないギルド最上層部で、一応依頼書に『目的』として書かれてるのは、アタシ達に課された条件からして真っ先にうちに回すべき『高ランク冒険者不足解消案件』だから、依頼を出さざるを得なかったんじゃないかしら。敵はゴドッグ殿とアタシ達の良好な関係も知っていて、彼を利用した可能性が高いわ」
「まぁ、ゴドッグのオッサンに頭下げられたらなぁ。持ちつ持たれつとは言え、随分と環境も整えてもらったしな」
今でも『豪華絢爛』のメンバーに付き纏い近付こうとする者は多いが、ゴドッグがロシュランのギルドマスターに就任する前は、彼らに群がる有象無象は「自己責任」の建前で放置され、もっと多かった。
冒険者でも一般人でも地位の有る権力者でも、各々の祖国の関係者でも、ネリー達の正当防衛も認められて不問にされる代わり、近付く側も自由。
前ギルドマスターは、ロシュランの冒険者ギルドを訪れる冒険者達への最低限の注意喚起さえしていなかった。
大陸一の強大国であるロシュール帝国の帝都ともなれば、元から抱える人の数も訪れる人の数も他所とは桁が違う。
ゴドッグの前のギルドマスターは、ギルド規則の違反者が出てから処罰するタイプで、未然に防ぐ方針を「無駄だ」と切り捨てるタイプだった。
冒険者の中には字の読めない者も少なくない。ギルドに貼り紙をする程度では、規則違反を防ぐ効力など期待出来ない、というのが前ギルマスの言い分だ。
だが、ゴドッグは着任後、ロシュランの冒険者周辺で起きる問題の大半は未然に防げると考え、ギルド職員の意識改革から手を着けた。
何故なら、問題の大部分が、人気の高い冒険者への付き纏い行為から派生していたからだ。
『読めねぇなら言って聞かせろ。職員の言葉は素直に聞かねぇ奴らも勝手に耳に入る噂は鵜呑みにしやがる奴が多い。必要な噂は俺が伝手を使って流すから、お前ら職員は噂を否定するな』
見た目は脳筋のゴドッグは、情報戦でも戦える戦士だった。
そしてゴドッグは、ネリー達を呼んで頭を下げたのだ。
今までギルド側の怠慢で迷惑をかけた、と。
実力が高く依頼完遂率の高い高ランクパーティに、仕事に支障を来しかねないほど有象無象を集らせておいたのは、完全にギルド側の手落ちだと。
今後は多少静かになるだろうし、ギルドへの信頼回復に自分が努めるから良好な関係を求めたいと。
ネリー達の他にも、人気があり目立つ帝都に拠点を置くパーティを幾つか同じ様に呼んで、直接言葉を交わしたようだ。
呼び出された時、『豪華絢爛』メンバーを畏怖させるような噂をゴドッグが抱えるその手のプロが流すことを説明され、了承した。
街に流れる噂を拾えば、人気冒険者への過剰な接触を控える気になりそうな内容の他、「ギルド規則に違反した奴が『知らなかった』では済まされなかった」というような話や、規則違反の罰則が想像以上にヤバそうな話など、元高位貴族のネリー達をして「上手いもんだ」と感心させる内容の選び方と流し方だった。
一般人の他、情報収集に余念の無い貴族達にも噂は広がり、ネリー達の周辺から、随分と煩わしさが減った。
帝国の宰相閣下と誼を結ぶ見返りで、繋がりを求めてくる帝国貴族達への牽制はしてもらっていたが、冒険者からの付き纏いを牽制する力は貴族の権力者にはそれほど無い。
ゴドッグが『豪華絢爛』が本拠地とするロシュランのギルドマスターに就いてから、ネリー達に過激な付き纏い行為をやらかす冒険者が激減したのだ。
「そうなのよねぇ。大体、この依頼の怪しさを確信したのも、ゴドッグ殿がデンバを救いたがっていたからだし。だからアタシ、ゴドッグ殿から依頼を受けたのよ」
「あぁ、成る程」
「俺達はゴドッグ殿の望みを叶えりゃいいんだな?」
「そうよ〜。依頼書の『目的』だってそう書いているんだし?」
ニヤリと笑うネリーに、メンバー達は、ゴドッグも諸々察した上で乗って乗らせた茶番だったと気付いた。
「ギルマス室でのやり取りは見せるための茶番か」
「ゴドッグ殿もギルド内部に敵が居ると考えてるんでしょうね。その中で、不自然にならない流れで彼はアタシ達に敵対する意思は無いと示し、アタシを茶番に誘い、アタシ達にとって既知ではないデンバが依頼書に書かれてるような悪党ではないことを伝えた」
「わぁ、面白い流れだね。私達の敵に、ギルド最上層部の関係者が居るってことだよね?」
スノウがアメジストの瞳をパチクリと瞬かせ、腰のポーチからいそいそと付与前の呪符用紙を束で取り出す。
その頭を褒めるように撫でて、ネリーは号令を出した。
「ええ。行くわよ、皆。身の程知らずなお馬鹿さんに、後悔させてやりましょう?」




