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デンバの生い立ち

 デンバの外見が嫌われる理由や原因は、あくまでも「この世界の人間の感覚」が、そういうものであるというだけです。

 現実世界の何かを決めつける意図はありません。


 デンバは商業都市国家ギルガッドで、有力な商人の三男として生まれた。


 女性冒険者達から「キモい」「ブサイク」と蛇蝎の如く嫌われているデンバの見た目は、両親譲りだ。

 だが、デンバの両親が「ブサイク」の謗りを受けている事実は、過去も現在も無い。


 デンバの父は会う人々から「男らしい外見」と言われ、デンバの母は会う人々から「愛嬌のある顔立ち」と言われる。

 まぁ、「美しい」と褒める言葉は嘘になるから出て来た「男らしい」や「愛嬌」だろうが、それでも両親は「ブサイク」と言われたことは無かった。


 デンバの背の低さは母譲りだ。

 デンバは成人しても、女性としても小柄な母と同じくらいの身長だった。


 デンバの足の短さは父譲りだ。

 父は大柄だが、足は身長の割に短い。


 デンバの太い眉とギョロリとした睨んでいるような目は父譲りだ。

 父は顔の他のパーツと体格のお陰で、総合的に「男らしい」の評価をされている。


 デンバの鼻が大きいのは父譲りで、その鼻が低くて上向きなのは母譲りだ。

 父の鼻は立派だし、母の鼻は小ぶりで愛嬌がある。


 デンバの父の髪は軽い癖っ毛で、母は緩くウェーブする髪質だ。

 それがどう掛け合わさったのか、デンバの髪は、放置するとアフロヘアが膨張していくキツい天然パーマだ。


 デンバの厚い唇は父譲りだ。

 そして、その唇の内側の歯並びが「魔獣のようだ」と揶揄されるほど乱れているのは、・・・自分自身のせいだとデンバは思っている。


 この世界、人族の歯の生え替わりは一生に一回、大体七歳〜九歳の間で完了する。

 デンバの歯が子供から大人に生え替わる頃、デンバの家は家運を懸けた大取引に手を着けていた。


 当時、デンバの両親も、七つ歳上の長兄と五つ歳上の次兄も、家や店の使用人達も、取引成功の為に死物狂いだった。

 誰も、もう着替えや食事も一人で出来る程度には成長していたデンバを顧みることも出来ないくらい。


 流石に食事の用意は使用人がしてくれた。

 簡単なものを作り置いてくれる程度だが、飢えはしなかった。量は全然足りなかったけれど。


 それでも、お利口なデンバ少年は家の人達が大変なことを理解して、邪魔にならないように一人で大人しく過ごしている分別があった。


 だが、分別があるからと言って寂しさが埋まる訳では無い。


 幼いデンバは寂しさと空腹が限界を越えると、無意識の内に手に触れる物を噛みしめるようになった。


 毛布の端、枕、自分のズボンのサスペンダー、上着の裾、読んでいた本、手習いに貰った日記帳、椅子の背もたれ、机の縁。

 その時、手に触れている物を何でも噛みしめた。

 そして、泣き疲れ、何かを噛みしめたまま眠ってしまう。


 そんな日々を二年ほど送ったデンバ少年の歯は、すっかり全部大人の歯に生え替わった。


 「魔獣のようだ」と揶揄される、ガタガタに乱れた歯並びで。


 一度生え揃ってしまった歯並びを矯正する発想どころか、歯を診る医者も存在しない世界だ。

 一生に一度しか生え替わらない歯並びは、一度決まってしまえば、もう変えようが無い。


 だからこの世界では、歯が生え替わる時期の子供は、周りの大人達から「丈夫で綺麗な歯が生えるように」と食事も行動も気にかけられる。

 デンバのように寂しさと空腹が限界を越えなくても、生え替わる歯がムズムズして噛み癖が出る子供は普通に居るからだ。


 この世界で「歯並び悪く生え替わった子供」は、特に人族の国では「()()()()()で育った子」に見てもらえない。


 何を以て「マトモ」と言うのか定かでは無いし、差別意識から出た見方だが、その考え方は一般通念として浸透している。

 だから高貴な血筋に歯並びの悪い者など見られないし、平民の一般家庭でも、特に女の子の親は子供の歯並びが綺麗に揃うように気を付けている。


 そして、国民の大半が商人であるギルガッドでは、「他者を不快にさせない外見」を重要視する傾向が非常に強く、歯並びのような、「意識して努力すれば悪くなることは避けられる」と考えられている部分については、かなり厳しい目を向けられるのだ。


 更に、他の多くの国では子供の歯並びは、「マトモな家」や「マトモな親」の判定基準の一つとなるが、ギルガッドでは()()()()()()()を問われ、「親から見向きもされないほど疎まれている子」か「親の言うことを全く聞かなかった我儘な子」だと見られてしまう。


 この辺りは、一つの職種に国民が偏っているが故の、ギルガッドの特殊性だ。

 他の国ならば、責められていたのはデンバの両親であり、児童福祉に力を入れる国であれば、両親がデンバを虐待した疑いで取調べられていた可能性が高い。

 だが、ギルガッドでは、歯並びの悪い本人であるデンバ一人が責められる悪者になるのだ。


 大取引を無事に成功させ、家を更に栄えさせた両親と兄達がデンバを顧みる余裕を取り戻した時、悪評にまみれる未来を決定付けるデンバの外見は完成され、もう取り返しのつかない状態になっていた。


 家族も当時の使用人も、デンバへの罪悪感と後悔の念で真っ青になり落ち込んだ。


 それでも家族からの末っ子への愛情は変わらなかったし、デンバも家族が大好きなままだった。

 デンバが大取引の犠牲になったと知る古参使用人は、デンバのガタガタな歯並びは、寧ろデンバが「家族を思い遣る優しい子」だった証だと知っている。


 家族や古参使用人達に構ってもらえるようになったデンバは、無意識に何かを噛みしめることも無くなり、外見だけでデンバを嫌う価値観を持っていない近所の男の子達とも仲良くなり、元気に成長して行った。


 けれど、「好意を持たれ難い外見」は、悪意を持たれ易い。

 商業都市国家の大店の子供は、人目に触れる機会が多いから尚更だった。


 繊細になりがちな思春期が来ると、デンバは幾度も信じた人間からの裏切りにあい、見知らぬ人からも心無い言葉や態度を向けられ、何度も何度も傷つき絶望に落とされることになる。

 特に、恋心の結果など、軽く人間不信になるほど惨憺たる悪意と裏切りにまみれた死に様だった。


 デンバが思春期に入った頃には、兄二人は「優良物件の結婚相手」としてモテにモテていた。


 父そっくりで男らしい見た目の長兄は、大店の後継ぎだ。妻になれば裕福な暮らしが約束される。

 母そっくりの次兄は、男としては低いが大抵の女性よりは背も高いし、小さくとも母と同様に均整の取れたスタイルは見目が良い。顔立ちだって親しみやすく愛嬌がある。

 長兄と共に父の補佐をしている次兄も、商人としての将来は安泰で、妻に裕福な暮らしを約束できるだろう。


 ところがデンバは、家が発展した大取引の頃はまだ小さかったから、商人としての実績は無いと知られている。

 だから『商人としての将来』も不安に見える。


 その頃のデンバは、率先して家で扱う商品の荷運びをしていた。

 平民にしては多い緑の魔力量を有し、「身体強化」の素質を持つ自分が役に立てる役割を考えた結果だ。


 それは、とても家族や古参使用人から褒められ感謝されたが、新しい使用人や顧客や取引先からは、「商売に携わる才覚が無いから、()()()で荷運びをさせてもらう厄介者の末っ子」だと見られていた。


 デンバの「商人の子」としての評価が最底辺のまま時が過ぎ、両親や兄達に()()()デンバの放逐を勧める人が増えていった。


 ()()()()()()から見たデンバという人間は、


 子供の頃から手の付けられない我儘な悪童で、成長しても商いの才ばかりか体格にさえ恵まれず、人を不愉快にさせる外見は商いをする家にとってマイナス要因でしか無く、()()()()()でしか使えない厄介者。


 となる。

 成功して栄える家にも親にも、将来有望な兄達にも、デンバは邪魔で有害な存在にしか見えないのだ。


 だから早く放逐してしまえと、両親や兄と親しい人々や、仕事で関わる人々、意見を無視は出来ないお得意様まで、揃って()()()提案するのだ。


 家族は悲しんだし、憤った。

 自分達が犠牲にして今の成功を手に入れた末っ子デンバを、放逐したり冷遇する気など更々無い。

 違うと、巫山戯るなと、叫びたい。


 しかし彼らは商売人だ。

 それも大店で、多くの従業員とその家族の生活への責任もある。

 だから特に、仕事関係の人や得意先には、相手が()()()()()()()()のだから、強い態度には出られない。


 家族は罪悪感と責任の間で懊悩していたが、家族の周囲の人々の悪意を受けたデンバは意外と前向きだった。


 家族はデンバを放逐する気など無かった。

 だと言うのに、デンバが家から放逐されるという噂が出回り始めると、「大店の息子だから、アンタ()()結婚()()()()()()()()()」と擦り寄って来ていた、計算高いお嬢さん達までもが一斉に手のひらを返した。

 そのお陰で、デンバは色々と吹っ切れたのだ。


 自分は商家の人間としては価値を認められない。

 その原因の大部分は外見だが、生まれついてのものは、どうしようもないし、歯並びだって今更どうにも出来ない。

 確かに商売をする上で、「他人に好かれる外見」は大きな利点であるし、「他人を不愉快にする外見」は商売人には向いていないのだろう。


 そう納得したデンバは、家族の迷惑にならないように家を出て、「価値=実力」である冒険者になることを決めたのだ。


 最初の装備は両親も兄達も「新たな門出の祝い」だと奮発して贈ってくれた。

 幼馴染みの男達が、「俺らもデンバの兄貴について行くぜ!」と一緒にパーティを組む為に押しかけて来た。


『不屈の夢追人』


 そう名付けたパーティ名の通り、嫌われ者の大店の末っ子と、ごく普通の悪ガキや、デンバに助けられた近所の苛められっ子達は、周りから馬鹿にされても、長い年月がかかっても、着実に自分達の力を鍛え、細かな依頼からコツコツと成功を積み上げて、A級パーティまで昇格した。


 ただ、デンバを含め、A級に上がった頃には全員が三十代半ばに差し掛かっていた。

 それでも、四十手前でデンバ個人はS級が狙えるところに居るし、他のメンバーもベテラン冒険者でA級もしくはB級だ。


 全員、独身だが。


 他のメンバーが、リーダーのデンバに遠慮して独り身でいることに、A級に上がった頃からデンバは気付いていた。


 このままじゃ駄目だ。


 デンバは決意した。


 俺が、先ず結婚しなければ。


 実はデンバは、「自分が結婚する」ということを少なからず諦めていた。

 思い出したくも無い思春期の無惨な恋心の屍や、家の財産狙いの女の子すら、事実でも無いただの噂で手のひらを返して来た経験から、恋愛や女性に対してかなり臆病になっていたのだ。


 けれど二十年以上ぶりに、デンバはまともに「結婚」というものを考えた。

 そして、結論を出す。


 美人と結婚したい。


 難しいことは分かっていたが、自分がした外見での苦労を、自分の子供にはさせたくなかったのだ。

 子供の歯が生え替わる時期には、仕事を休んで付きっ切りで世話をするつもりだが、やはり()()も重要だと思うのだ。


 美人と結婚して、自分の容姿が受け継がれる分が薄まることで、子供の苦労が少しでも薄まればいいと考えていた。


 だが、デンバは立ち止まる。


 俺の見た目って、怖くないか?

 魔獣みたいって言われてるよな?


 ()()()()()では、結婚しても毎日怯えられてしまいそうだ。

 それは、とても可哀想なことの気がした。

 そして、デンバは斜め上の結論を出す。


 魔獣を見慣れた冒険者の女性なら大丈夫なんじゃないか。


 普段から積極的に女性と関わろうとしなかったデンバは、高ランクの女性冒険者でそれなりの容姿の連中は、中々の地雷原だという暗黙の了解を知らない。


 更に悪いことに、もうずっと女性を口説こうとすら考えない生活を送って来たデンバは女性の口説き方を知らず、酔っ払って気の大きくなった他の冒険者の戯言や、古本屋に売っている怪しげな恋愛ハウツー本を参考に、B級以上の女性冒険者に突撃してしまった。


 デンバがB級以上の女性冒険者だけを選んで声をかけていたのは、「冒険者でもランク差が有り過ぎると魔獣っぽい俺を怖がるかも」という気遣いだ。


 メンバー達は「兄貴ぃ・・・」と涙を流しているが、デンバの優しさと不憫さに気付く女性冒険者は、今のところ一人も現れていない。

 メンバーも、さして女性慣れなどしていないメンツが揃っているのだから、玉砕するデンバを慰めはしてもアドバイスなど誰も出来ない。


 そしてデンバや『不屈の夢追人』の知らないところで、デンバの嫁探しは大事になり、デンバに悪意の牙を剥いていた。



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