転生したら、食の女神でした
食の神に転生した。この世界には、何柱も食の神がいるらしい。その1人だ。
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死んだ記憶はある。無機質に光る蛍光灯の下、パソコンをカタカタと叩いていた。今日は何時に帰れるんだろう、と思いながら、コーヒーを飲んだ瞬間、激しい頭痛に襲われた。先輩が脳梗塞になったって言ってたな……先輩、まだ30なのに……と思いながら、デスクに倒れ込む。誰かの叫び声と救急車という声が聞こえた気はする。
最初は、死んで生まれ変わったと思っていた。しかし、ここは魔法というものを使う村だった。つまり、流行りの異世界転生というものか、と気づいた。
ただ、ここの村人以外は、世界で誰も魔法を使えないものらしい。何か種族的な違いなのだろうか? それとも、遺伝的な体質や土地の特性のせいなのだろうか? 疑問には思うが、村人に尋ねることはない。
派生したばかりの私に、そういうことを教えてくれたのは、村の子供たちだ。派生したばかりの食の神には、世界について説明するように言い伝えられているらしい。我先にと、いろんなことを教えてくれた。
「食の神様! 神様にたくさんご飯をあげると、神様が食に困らないようにしてくれるんだよ! 神様はどうやってやるの?」
「神様、神様! ご飯だよー!」
魔法でシュワリと、突然、私の前に捧げられる食事に動揺する。
この世界では、食の神に食事を捧げ、祈る文化があるらしい。食の神として捧げられた食事をそっといただく。私が食べることで、捧げた者たちは食に困らないらしい。ただ、神が近くに現れる度に、神に食を捧げないといけないそうだが。毎日交代で各家庭が私に食を捧げてくれる。
今日この家では肉料理のようだ。たっぷりの甘辛くてニンニクの香るタレにつけてジュワジュワと焼いた肉にご飯、みじん切りしたキャベツにお味噌汁。食欲をそそる。この世界でも、前世と食材はほとんど同じらしい。何故か、キャベツーやチーズーのように語尾を伸ばすよだが。
そっと食事をすると、一晩泊まらせてもらう。もともとは30cmくらいだった私も、食事を重ねると徐々に大きくなり、今では、60cmはあろうかという身体になっている。まだ、外見は幼女だ。私の服装は、この世界にはない和装で、見た目座敷童子だ。
私が食事した家の人たちは、神への感謝を忘れなければ、次の神が現れるまで食事に困ることがないそうだ。仕組みはわからないが。
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今日はこの家。揚げ物のようだ。美味しそうな香りがする。ザクザクとみじん切りに切ったキャベツと玉ねぎ、ひき肉を混ぜ、丸めたら、衣をつけてじゅわりと揚げる。メンチカツだ。蒸したじゃがいもを潰し、マヨネーズと塩揉みきゅうりを入れ、隠し味にトリュフ塩を混ぜたポテトサラダと、白だしに浸して鰹節をかけたトマト、レタスを添える。あとは、ご飯と長芋のお味噌汁、いぶりがっこの漬物だ。
こちらは、魔法で私のところまでしゅわしゅわと飛んできた。
「あれ? この家、食の神様がいるじゃねーか!」
美味しい食事に舌鼓を打っていると、見たことのない人が現れた。
「あら、行商人のリクさんじゃないの! いつまでここにいるの?」
「へへ、こんばんは。2週間くらいはここでいろいろ売り買いさせてもらって、次の村に向かう予定っす!」
ニコニコと感じのいい笑顔を浮かべたリクという男は、私に向き直る。
「せっかくだから、俺もなんか捧げさせてもらってもいいっすかね?……これなら、パンーと一緒に食べたら美味いと思いますよ、神様」
差し出されたパンにメンチカツを挟んで食べてみる。溢れ出る肉汁をパンが吸い取って、確かにすごく美味しい。満足だ。
「これで、旅の途中も安心っす! ありがとうございましたー」
リクと呼ばれた男はそう言って出ていった。
「神様、神様! どうやって僕たちに食の恵みを与えてくれてるの?」
私もわからないから、そっと首を傾げる。
「おかあさーん! 神様わからないんだってー!」
「はいはい、そういうことは人には教えられないものなのよ。神様、ごめんなさいね」
お母さんと呼ばれた女性がそう言って私に謝ってくれる。私は実際、やり方がわからないのだが、違う意味で受け取ってくれたらしい。
「そろそろ、この村の人たち、全員から食を捧げられた気がする」
120cm程度まで成長した私は、話せるようになった。そっと村を抜け出し、1人とてとてと新しい場所を目指して歩き出した。