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それは本当に偶然のことだった。
喜田がファーストフード店で夕飯を食べていたところ、アイがトレーを持って席を探していたのだ。
目が合う。
しかし、仕事外のアイドルに声をかけていいのか喜田はわからない。プライベートだから見なかったふりをするべきか。
喜田は食べていたバーガーに目を落とすと、隣のテーブル席にアイが座ったのが視界の端に映った。
見なかったフリをしたんだから、どうせなら遠い席に座ってくれればいいのに。隣にいると思うと気になってしょうがなかった。
最近気に入ってリピートしている期間限定のバーガーの味がわからない。味がわからないと、いつも以上に食べるのに時間がかかるものなのかと、喜田はぼんやりと思った。
「ここから家近いの?」
横から突然声を掛けられた。ふと、喜田は横目でアイを確認するが、こちらを見ずにバーガーを食べている。
「割りと近いよ」
喜田もバーガーに目を落としながら答えた。
「ふうん」
話し掛けられたのなら、こちらも話を振るべきなのだろうか。だが、突然そんな機会があっても、話したい言葉も掛けたい言葉も喜田は見つけられない。
悩んでいると、またアイの方から声が掛けられた。
「たくさんライブに来てるけど、いつもバイトしてるの?」
「バイトはしてないよ」
「じゃあ、家がお金持ちなんだ」
「さあ」
「さあって、自分の家のことでしょ?父親の仕事も知らないの?」
「父親はいないし、母親も随分会ってないから」
返事はこない。ふと、アイを見てみるとバーガーを持ったままこちらを見ていた。
そういえば、家のことを自分から誰かに話したのは初めてかもしれない。そこまで驚くような内容だったのか。
「でも!お金はちゃんと置いてってくれるから、ライブにもいけるしご飯も食べられる!」
慌てて、言い訳のように早口で言葉を続けたが、アイは喜田から目を外しバーガーの続きを食べ始めた。
何か間違えたのだろうか。
わからないが、喜田もアイから目を逸らし、食事に戻った。
しばらくして、そろそろ店を出ようと席を立つ。
「待って」
先程より随分小さい声が聞こえた。アイを見ると、言葉を選ぶのに悩んでいるように見える。
「この後時間ある?」