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改めて、喜田は自分の並んだ列の先にいるアイドルの子の顔を見てみる。
普通の女の子だった。
瞼が重そうな目は一重で、あまり大きくはない。低いけれど小さめの鼻と、同じく小さい唇が並んだ顔は、不細工ではないけれど特別可愛い訳でもないどこにでもいそうな顔。
可愛い人ばかりがアイドルをしている訳でもないんだな、と思っていると喜田に順番がすぐに回ってきた。
ストップウォッチを片手に持ったスタッフが女の子の横に立っている。どうやら時間が決められているらしい。
目線を女の子に戻すと、じっとこちらを見ていた。
列にさえ並べば流れに沿って何事も無く終わるのだろうと思っていたが、相手は無言でこちらを見ているだけだ。笑顔さえない。
こちらがアクションをするべきなのかと思い、握手会なのだからと取り敢えず喜田は手を差し出してみる。
そっと両手で握られ、どうやら正解だったと喜田は安堵する。しかしこの後はどうしていいかわからない。スタッフに目を向けても、まだ時間はあるらしい。
「あなた高校生?」
ふと声をかけられて、ようやく女の子が口を開いたことに気付く。
「うん、そうだよ」
「ふうん」
愛想のない子だ、と喜田は思った。テレビに映るアイドルはいつだってニコニコしていた気がするから、この子はアイドル向いてないんじゃないかとすら思う。
「ライブ、楽しかった?」
「楽しかったよ」
「そっか」
そう言った女の子に、やはり笑顔はなかったが、どこか嬉しそうに見える。
「終了です」
そっと手を離されて初めて、人の温もりを感じたのも久々だと喜田は気づく。
温もりよりも、笑顔が無いことよりも、その子の目が、喜田の心に深く残った。
「ありがとう。今日は楽しかった」
「そう言っていただけると拙者も嬉しいです」
結局、時間も時間なのでライブ後の二人はそのまま解散となった。
騒がしいネオンから遠ざかる。風を受けペダルを漕ぎながら、喜田は寂しいような切ないような気持ちを感じていた。
旅行の帰り道とか、感動する映画を観終わった後に感じるものと一緒だ。
ライブって頻繁にあるのかな。誘ったら横山は次も一緒に行ってくれるかな。
旅行が楽しければ次回の行先を考えるように。感動する映画を観終われば、次の名作を探すように。
気づければ喜田は夕方にみた夢のことはもう忘れて、またライブに行くことを考えていた。
額にうっすら汗をかきながら、ひたすら足を動かし、前に前に進む。ひんやりした夜の風を気持ちがいいと感じるのは初めてのことだった。