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古いビルの狭い階段を下りながら、喜田は少し高揚していた。
壁には所狭しとフライヤーやポスターが乱雑に貼られているが、喜田にはそこに写る者を誰一人として知らない、
普段と違う今日。
新しいことを始めたり、知らない場所に行くことが久々だと気付く。
横山はここに来る前に喜田からチケット代を預かっており、手早く受付を済ませる姿は学校で同級生と話す姿よりも大人びて見えた。
受付を済ますと、横山は物販を買うといって近くのグッズを眺め始めた。CDやタオルが簡素な長机に並べられており、なんだか受付も含めて学校の文化祭に似ていると喜田は思った。
重いドアを開けて会場に入る。
ライブはまだ始まっていないようだが、歌詞のない音楽がそこそこの音量で流れており、ライブハウス特有な音響の振動が身体に直に伝わる。ここの空気も何かに似ていると喜田は思いながら周りを見渡す。
殆どがおじさん。太っていたり、痩せていたり、背が高かったり。それぞれ違うが、どことなく横山と皆雰囲気が似ている。
複数人で話す者もいれば、一人で携帯をいじったり何か本を広げている者もいる。その誰もがそわそわしている。
あ、お祭りだ。
高揚感に満ちた人、身体に響く太鼓の振動、それに似たものを喜田はこの場所に感じた。
「今日は四人組のアイドルが参加するんですが」
そういって語り出した横山だが、喜田にはその説明の半分ほどもよくわからなかった。
けれど、初めての喜田にわかりやすく話そうとしてる事がわかるから、なんとなくそれも楽しく聞いていた。
そうこうしているうちに、会場の電気が落ちてライブが始まる。
終わってみればあっという間で。
喜田には、特に心に残った曲も気に入ったアイドルもいなかったが、ただライブは楽しかった。
特に、アイドルよりも客の熱量が凄まじく、普段は物静かそうな大人達が大きな声を上げたり身体いっぱいに動くさまが衝撃的だった。
ふと喜田が横を見ると、半分魂が抜けたような表情で横山がステージを未だ見つめていた。
喜田の視線に気づき、ようやくいつもの顔に戻った横山が笑う。
「素敵なライブでしたな」
「そうだね」
まだ帰りたくないような気分で、ご飯でも誘うか悩む喜田だったが、アイドルのライブはここで終わりではないようで、逆に横山からの誘いを受ける。
「握手券が二枚あるので、喜田殿も一緒に並びましょうぞ」
テレビで聞いたことはあったから喜田も知らないものでもなかったが、渡された握手券を見れば簡素に文字が印刷されただけのペラペラの紙だった。これにお金を注ぎ込む人が沢山いるのだと思うと、なんとも切ない気持ちが込み上げる。
渡された握手券で気に入った子の列に並べばいいと言われたが、喜田は特に顔を覚えている子もいなかった。
ファン同士で嫉妬という感情があるのか喜田にはわからないけれど、横山と被ってはいけない気がして、列に並んだのを横目で確認してから、その隣の極端に列の少ない子の所に並ぶことにした。