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喜田は携帯の着信で目が覚めた。
握ったままの携帯には、母親からのメッセージの通知が表示されている。
それがいつもより嫌に感じて、少し乱暴にソファの上へと放り投げた。
ぼうっと足下を眺めていると、落ちかけた陽がオレンジ色に部屋を染めていることに気づく。
いつの間にか、うたた寝をしてしまったようだ。だが、帰宅してからそれ程時間は経っていないらしい。
意識は段々と醒めるが、ざわついた心はまだ落ち着かない。
こうしていても、未だ残る夢の記憶に引っ張られたままだと気づいて、喜田は家から出ることにした。
住宅地のど真ん中に喜田の家はあるが、自転車を十五分も走らせれば景色は一変する。
池袋
自転車で駆けていくうちに陽は完全に落ちたが、東京でも有数の繁華街はさすが、夜でも明るい。
寧ろ、人の熱量で言えば夜の方が明るい気さえする。
駐輪場に停めた喜田は、その中でも特に明るい方へ向かう。
意味も目的もないが、人の流れに沿って漂うことで何も考えずにいられたし、騒がしい雑音が気を紛らわせてくれる気がした。
「喜田殿ではないですか」
声を掛けられて顔を上げると、知った顔が喜田を見ていた。クラスの同級生の横山である。
特別仲がいい訳では無いが、席が近いこともあり喜田と横山は話す機会も多い。
どこで覚えたのか変な話し方をするけれど、特に難がある訳では無いので、付き合いやすい部類の人間だ。
「ああ、横山くん。塾?」
「こんな騒がしい街のど真ん中の塾にわざわざ通わせる親はいないでしょう」
そう言って横山は笑った。
「実はこれから推しのライブがあるのです」
リュックから取り出し、差し出されたフライヤーに目を向けると、どうやらアイドルらしい女の子グループの小さい写真が載っていた。
「喜田殿はおひとりに見えますが、どなたかと待ち合わせですか?」
「そうだったんだけど、予定が無くなったんだよね」
一人で街をブラブラしていたとは言いづらく、咄嗟に喜田は嘘をついた。
「もしご興味ありましたら、一緒に行きませぬか?」
フライヤーに落としたままだった視線を上げる。興味なんてこれっぽっちもないのに、勘違いさせてしまったのならば悪い気がして、なんと言って断れば角が立たないか考えたが、そこでふと喜田は気づいた。
行くあても目的も特にないのだから、誘われたままにライブに行ったっていいかもしれない。
喜田が再度フライヤーを目を向ければ、料金千五百円(ワンドリンク制)と書いてある。ライブなんて行ったこともないのでシステムはよくわからないが、横山が行く位なのだからおかしな値段にはならないだろうと思った。
「こういうの行ったことないけどいい?」
「勿論!歓迎しますぞ!」
嬉しそうに横山が笑うものだから、なんとなく喜田も嬉しくなって笑った。