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「今日はこれでキャッチボールしよう」
そう言って夜露が取り出したのは、水風船の入った袋だった。またなんて懐かしいものを。
「待て、お前まだ暴投するだろ」
最初の頃とは比べ物にならない程、ボールを投げるのが上手くなった。最近は球速が上がって嬉しいのか、速く投げることに意識が向きすぎて暴投がまた増えた。
つまりは、俺が濡れる未来しか見えない。
「昨日、着替え持ってくるって言ってたから濡れても大丈夫かなって」
おっさんの独り言を盗み聞きするんじゃない。
とは言っても、もう夜露にもバレてるのだ。俺がここで断れるような人間なら、最初からここにはいないってことを。
深くため息を吐き出しながら、頷くと、満面の笑みで水道まで駆け出して行った。その足元が、サンダルである事に気づく。
俺はといえば、合皮の革靴。革靴でない事がせめてもの救いだった。
「おじさん、いくよ」
ハスキーな高い声と共に、水風船も高く上がる。
「ちょっ、待て」
多分暴投ではないのだろうが、そもそも球体じゃないのだ。真っ直ぐに飛ばすのが難しい事を今になって気づいても、もう手遅れ。
律儀に走って捕りにいった俺の掌の上で、水風船が弾ける。
早速、頭から盛大に弾けた水を被った。
恨みがましい目を夜露に向けると、腹を抱えて笑っている。
ちくしょう。
水道へ目を向ければ、リズが水風船もとい水爆弾を大量生産していた。即座に俺は駆け出す。
「一個貰うぞ」
パンパンに詰まった水風船を、全身を使って投げる。
速さが乗ったそれは、ブレながらも軌道をあまりずらさず夜露に向かう。
捕る気がないのか、腕をクロスさせてそれ受け止めた。夜露も頭からびしょ濡れだ。
何が面白いのか、まだ大口を開けて笑っている。
すると、俺の足元で水風船が弾けた。
「これは夜露のために作ったんだけど」
怒りの顔を隠す気がないリズの仕業らしい。合皮とはいえ、的確に靴を狙うところは流石である。
そこからは、もう水風船の投げ合いだった。
夜露が投げる分をリズが補充し、俺はこっそりそこからくすねる。たまにキャッチして投げ返す。
暑い日差しの中、被る水が気持ちいいから、俺は明日くるであろう筋肉痛の存在に見て見ぬふりをして全力で走り回った。
「あー、楽しかった」
始終笑いっぱなしだった夜露が、もうビショビショと言いながらTシャツをその場で脱ぎ始めた。
それはまずい。
晒された白い胸には、膨らみはないが、そういう問題ではないのだ。
急いでベンチに置いておいたカバンからタオルを投げる。
「トイレで着替えてこい」
「はーい」
大人しく返事をした夜露に、リズが寄り添ってトイレへと向かう。
二人がどっちで着替えてるのかはわからないが、さすがに共に着替えにいく訳にはいかないので、手持ち無沙汰になった俺は濡れたYシャツの裾を絞った。
時折吹く風が心地よい。
小さい頃見かけた打ち水をする光景を、最近また見かけるようになった。時代は変わりもすれば、巡りもする。
一時の涼しさを味わうことで、余計な思考に目を瞑った。