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 衝撃の事実から二週間、流されやすい俺は気がつけば毎日のように仕事終わりにキャッチボールをしていた。もはや、キャッチボールが日課となりつつある。


 七月も半ば、段々と暑くなり明日は着替えを持ってこようと呟いてしまったのは仕方ないことだろう。


 余談だが。以前は、学校が終わったあとの近隣の小学生で賑わっていた筈の公園が、俺が公園に行きだしてから中々見かける事がないのを不思議に思っていた。校庭の改修工事が終わったそうで皆そっちにいってると聞いたのは、由美ちゃんのご近所情報からだった。なるほど、新しい遊具はさぞ人気なことだろう。


 毎日身体を動かしていると体力もつくもので、今日はキャッチボールを終えてから駅前まで足を伸ばしていた。


 こう暑いと冷たい生ビールが恋しくなる。汗をかいた後は、さぞ美味いだろうとアルコールに思いを寄せてしまうのはサラリーマンの性か。営業などの外勤でなく、クーラーの効いた事務所で働く俺が思うのだから皮肉なものだ。


 生ビールと焼き鳥で腹が満たされれ、焼酎のグラスを傾けていると隣から賑やかな声が聞こえる事に気づく。隣に座る客が、酔っ払ってまた隣の客に絡んでいるようだが、その顔はとても若いように見える。


 まだ二十代前半だろうか。夜露が二十二歳と言っていたが、二人が並んだら見た目は教師と中学生に見えそうだと思ったら、込み上げる笑いを堪えきれず息が漏れた。


 それに気づいたのか、その若い酔っぱらいが俺に存在に気づいて振り返る。



「兄さんもかんぱーい!」



 兄さんって歳でもないだろうと、今回は笑いを隠さないまま、陽気な声で掲げたジョッキに、静かにグラスを当てた。



「乾杯」



 酔うことは気持ちいい。酔っぱらいは嫌いではない。未だ大学の同級とは交流はあるものの、俺にとっては数少ない人との触れ合いだ。一夜の関係だとしても、否、一夜の関係だからこそ、気軽に親しく付き合える。



「なんすか、なんすかー。シケた面しちゃってぇ。兄さん悩み事ですかー」



 悩み事。


 そう問われれば、心当たりがあり過ぎる。最近そればかり考えていると言ってもいい程に。



「最近」



 その一言で、頷き黙る一時の隣人。


 どうやらこの酔っぱらいは人の話を聞けるタイプの酔っぱらいらしい。ほろ酔いに乗せ、俺も口が軽くなる。



「今までは許されないと思っていた恋が、問題なく付き合えると知った」



 俺は小児愛性者であり、しかも男児にしか目が向かない。恋愛の対象かと問われれば恋愛するほど近い距離に誰もいないが、男児が欲望の対象であることは間違いなかった。


 だから、成人の年齢を越えたと知った今でも、あいつに対して胸の高鳴りを覚えるのはかなり驚いたし、簡単には認めなくなかった。


 何十年、この性的思考で苦しんだのか。今までの思いは、そんな簡単に覆せるものだったのか。



「だが、向こうの興味がわからない。普通に仲はいいと思うが、歳も離れすぎているし、俺が対象となり得るのか」



 目下一番の悩みであった。俺の中の問題は置いておいても。


 夜露が、おじさんも好きだよと言った言葉に嘘はないだろう。ただ、それは幼稚園児がゾウやキリンを好きだと言うのと同じレベルだ。


 普通に考えれば、恋愛対象になり得ない事は明白なのだろう。しかし、俺に変化があったものだから、可能性の少ない向こうの変化にも期待してしまう愚かな希望が消えてはくれなかった。



「なるほどなるほど」



 目を閉じて深く頷きながらジョッキを傾ける若き隣人。



「営業で行った先の団地妻が、実は未亡人だった感じっすね!」



 違う。なんだその、昭和臭溢れるアダルトビデオのシチュエーションみたいなものは。ここでも昭和か。どうなってる日本。



「その表情は、この推理が間違ってたって言うんすか!」



 表情でわかるのならば、今のは言いたいだけの酔っぱらいの戯言か。



「今度こそわかったっすよ!」



 自信満々に胸を張る隣人。



「勤めていた屋敷の大奥様。ずっと憧れていたものの、自分の主人は御館様。叶うはずのない恋だと思っていたのに、御館様突然の死。集まる親戚!遺産争い!皆同じ顔をした謎の弁護士軍団!知略の攻防!果たして俺の恋は実るのか!ってことっすね!」



 長い。それに、やっぱり昭和臭が濃すぎる上に、サスペンス入ってきたぞ。ちょっと続きが気になるのが悔しい。



「まあ、どっちにしても、どっちにしなくても。俺はタイミングが大事だと思うんすよね」



 そう言って、アルコールで顔を真っ赤にさせながら、カウンターに顎を乗せたまま器用にジョッキ傾ける隣人。



「人間、知ってる人としか恋愛も結婚もできないから、なるようになるっすよ。流れに身を任せるしかないっす」



 川の流れだとか、時の流れだとか、そういう言葉が思いつくが、どちらにしてもやはり昭和を感じる。


 昭和を生きてないない若者がどこで覚えてくるのだろうと思うがそれも些細な事。



「兄さんの幸運を俺は祈ってるっす」



 その言葉を最後に、グラスを持ったままカウンターで寝伏し始めた。


 相手の素性も知らなければ、名前も知らない酔っぱらいの戯言。


 それでも、少し心が軽くなった気がしてグラスに残った焼酎を一気に煽った。


 なるようになる、だな。


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