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 しとしとと、雨が降る。




 グラスに入ったハイボールを傾けながらテレビを眺める。内容は全く入ってこないが問題はない。雨音の存在を消すための、ただのBGMだ。



 駄目だ。最近調子が悪い。



 就職してから二十余年。普通に生きてきた筈だ。働いて食って寝る。その繰り返しに、社会の中の名もない一人でいることに、安心感を得て明日も生きる。


 それなのに、どうも心がざわつく。


 理由は勿論わかっている。


 少年と遊んだ、たかが数回。



 それが。たったそれだけの事が。俺の頭の中をこれ程までに掻き回しているのだ。



 俺は家族にすら隠し事をして、長く一人で生きてきたから大丈夫。普通の人なら、偶然に子どもと遊ぶ機会もあるだろう。そんな言い訳で、普通を演じる。


 いや、違う。


 普通を装って、確かに俺は喜んでいた。


 認めよう。俺は少年に笑いかけられることが嬉しかったのだと。



 でも、もう終わりにしよう。



















「じゃ、お疲れ」


「お疲れ様でーす」



 いつも通り、由美ちゃんに鍵を任せて廊下を歩く。


 いつも通り、ビルを出て空を見上げる。


 予報通りに雨は止み、晴れた空がそこにあった。


「おじさん」


 少年が一人、笑みをたたえて立っている。


「キャッチボールするか」


 俺は別れを告げるため、返事をした。

















 公園に移動したものの、俺達はキャッチボールをせず、ブランコに乗っていた。



「ごめん、おじさんまだ身体きついかなと思ってボール持ってきてないや」



 そう言いながらも帰る気配のない少年。


 お前何しに来たんだよ。いや、身体ひとつでも遊びに誘えるのが子どもの常識か。


 さすがに、明日も仕事があるのに走り回る気力はないので、自販機で買ったジュースを片手にブランコに腰掛け今に至る。



「もう一人はどうした」


「リズは今日病院に行くっていってた」



 そこで、ふとあの子の昭和臭漂う発言を思い出す。



「あんまり彼女に心配かけるんじゃないぞ」



 すると、ソーダを片手にきょとんとした顔でこちらを見た。



「リズは彼女じゃないよ」



 さも当たり前のように言うが、無自覚か。

 どこまでも少年らしくて、笑ってしまいそうになるのを堪えた。



「お前がどう思ってても、あの子がどう思ってるかはわからないだろう」


「うーん。なんて言ったらいいのかな?リズのはそういうのじゃないんだよね」



 思い至る事があったようだが、どうやら少年少女の淡い恋愛とは違うようだ。



「リズはちょっと家族と上手くいってないから、僕を弟に当てはめて家族ごっこすることで安心してるっていうか。言葉にすると難しいね。上手く言えないや」



 そう言って少年はソーダをぐっと煽った。


 あの子にも色々とあるようだ。ニュースで取り上げられるような虐待やネグレクトではなくても、家庭内不和は昔から至る所に存在する。そんなものがなくたって心の内は十人十色だから。俺がそうであるように。



「でも、リズは僕を好きだと思うし、僕もリズは好きだよ」



 その声音には恋愛の色はない。



「おじさんのことも僕は好きだよ」



 しかし、その笑みには色がついて見えた。



「そうか」



 苦しくも、嬉しいと感じた心に蓋をして俺は告げる。



「少年、今日で遊ぶのは終わりだ」




















「え、どうして」



 大きく見開いたその瞳が、言っている意味がわからないと語る。



「言うのが遅れたが、本当は未成年が知らないおっさんと遊ぶのは駄目なんだ。通報されたら警察がくる」



「未成年がだめってこと?」



「そうだ」



 もしかしたら、駄々をこねられるかもしれない。泣き出すかもしれない。そう思う程度には、この少年が「少年らしい」と思っていたのに。





 なんだその顔は。


 何故そんな顔でこっちを見ている。





「よかった、じゃあ大丈夫だ」



 安心したとでもいうように、いつもと変わらない微笑みがそこにあった。



「なにが大丈夫なんだ」



 動悸がする。鼓動が早い。何が起こっている。



「そういえば自己紹介もしてなかったもんね。僕もおじさんの名前も知らないし」



 違う、そうじゃない。そうじゃないだろ。





「僕、夜露(ヨツユ)。二十二歳。普段はお家でシステムエンジニアのお仕事をしてます」





 信じられない。



「ごめんね、ずっと少年って呼ばれてたから慣れちゃってて」



 嘘だ。


 その声も、顔も、笑顔も、雰囲気も、体格も、その全てが少年だ。



「嘘だ」


「嘘じゃないよ。免許証みる?」



 普段は、個人情報だとかには人一倍気を使っているのに、俺は動転して渡された免許証をそのまま覗いてしまう。


 夜露


 確かにその名前で、免許証には俺が予想もしてなかった事実がそこに載っていた。






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