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「じゃ、お疲れ」


「お疲れ様でーす」



 いつも通り、由美ちゃんに鍵を任せて廊下を歩く。


 今朝起きると、早速筋肉痛になっていた。俺もまだまだ若いなと喜んでいたら、由美ちゃんにその説は古く医学的根拠がないと言われた。


 筋肉痛に加えて心のダメージが重く、歩くのさえ億劫だが、家は迎えに来てくれやしないから頑張って俺が歩くしかない。


 ビルを出ると、昨日と同じくまだ日が高い。

 だが、さすがに駅前まで行く気力はない。今日は大人しく家にあるウィスキーにしよう。



「おじさん」



 夕飯は米炊いてあるし、なんか家にあるレトルト使って丼でいいか。ツマミはあったっけ?缶詰も久々にまた買い溜めしなければ。



「おじさーん」



 まさか。


 そう思って振り返ると、昨日の少年と少女が立っていた。



「いや、どうしたよ?」


「キャッチボール誘いに来た」



 俺 は 友 達 じ ゃ ね ぇ !



 これはさすがに、発育がいいだけの小学生である疑いが出てきた。



「ちょっと筋肉痛が酷いから、しばらく無理だ」



 相手が子どもだとか、大人だとか関係なく、正面から断るのが苦手な俺は筋肉痛を言い訳にする。しばらくって言ったんだから、すぐ他の事に興味が向くだろう。それでおしまいだ。



「そっか」



 たったその一言。それなのに、まるで、くうんと鳴く子犬のような哀愁を漂わせる美少年パワーはさすがである。



「残念だけど仕方ないよね。おじさん、またね」



 そう言って、少女と手を繋ぎ帰っていく。


 無事断れた事にほっとする反面、またねと言う言葉に少し不安になる。


 やっぱり、スーパーに寄って今日も発泡酒買って帰ろう。



















「新田さん傘あります?」


「ああ、持ってきた」


「夜中には上がるらしいんで、明日は傘いらなさそうですよ」


「そっか、わかった。じゃ、お疲れ」


「お疲れ様でーす」



 しっかり土日はぐうたらし、筋肉痛も疲労も大分回復した月曜日。天気は生憎の雨。

 雨は嫌いではないが、日によっては嫌になる時もある。大分回復したとはいえ、全快してないスタミナで雨の中帰るのはとても億劫だ。


 ビルを出て傘を差した時、外が明るくて驚いた。不思議に思って空を見上げると、天気雨な事に気づく。朝から降っていたのに、珍しい事もあるもんだ。



「おじさん」



 明日は晴れるようだし、土日に洗濯だけじゃなく布団まで干したんだから、今日は洗濯は休みにしよう。



「おじさーん」



 またか!



「雨じゃキャッチボールはできないぞ」


「シャボン玉しよう」



 そう言って、少年は今日も笑った。











 あまりの目の輝きに圧されて今日も来てしまったが、シャボン玉なんて小学生通り越してもはや園児ではないか。


 呆れと同時に、今更気づいてしまったことがある。



「着いてから言うのもなんだけど、雨でシャボン玉割れるだろ」



 傘を差しながらパッケージを開封するのに手こずってる少年に向けて言う。失敗に気づくのは早ければ早いほど良いのだ。



「んーやってみなきゃわからないかなあって、ああっ」



 手が滑ったらしくパッケージごとシャボン玉を落とした。拾おうとして手まで泥だらけになっている。不器用か。



「ごめん、ちょっと手洗ってくる」



 そう言った少年は水道まで小走りで掛けて行く。

 おいおい、今度は靴まで汚れるぞ。


 そして、残された俺と少女二人。

 てっきり少年にこの子はついて行くのかと思ってたが、フリフリの白い傘の柄を両手で握りしめながら、その場に残り俺を睨みつけている。



「言わせてもらうけど」



 なにか言いたい事があったようだ。



「あんたなんか、物珍しさでヨツユが構ってあげてるだけなんだからね!リズが運動出来たら、あんたなんか用無しなんだから!」



 おお、なんというテンプレート。


 俺が学生時代観たドラマで、よくあったやつだよこれ。ヒロインを虐める役の台詞だけどいいのか、おっさんヒロインにして。


 最近Tシャツをインする若者を多く見かけるようになったし、世間は昭和がブームなのか。まあ、時代は巡るって言うしな。


 まあ、そんなことは伝える訳にはいかないので。



「安心しろ。すぐこんなおっさん飽きるよ」



 きっと恋する少女には、周りが敵だらけに見えるのだろう。


 全く安心する様子はなく、更に睨まれている気がするが、本当に気にする必要なんてないのだ。

 血の繋がらない少年とおじさんを繋ぎ止めるものなんて、この世にないのは俺が一番よく知っている。



「お待たせ」



 そう言って手をビョショビショにしたまま少年が帰ってきて、またパッケージと格闘しようとする。



「待て。傘持っててやるから」



 なるほど、という顔されても困る。だが、傘を持っているのといないのじゃ勝手が全然違ったらしく、あっという間に開封する。



「はい、リズの分」



 いや、まさか。



「はい、これおじさんの」



 確かにストロー三本あるようだが、一つの液体を知らないおっさんと回し使いするのありなのか?色んな意味で問題がありすぎるだろ。



「俺はいいよ」


「駄目だよ、みんなでやった方が楽しいよ」



 まぁ、やらないとしてもこれが終わらなきゃ帰れないので取り敢えず受け取る。そもそも、雨で思うようにいかないはずなのだから。



「先にリズどうぞ」


「いいよ、ヨツユが最初にやって」


「いいの?」



 レディーファーストは形だけで、本当は一番にやりたかったらしい。どこまでも幼い。



「じゃあ」











 勢いよく吹かれたシャボン玉は



 予想を裏切って



 割れることなく、ゆっくり昇っていく。



 雨のせいか天気雨のせいか



 きらきらと光を放つ。



「ヨツユのと私のくっついたよ」



 肩がぶつかる距離で笑い合う少年と少女も、



 許された世界できらきらと光を放った。



 ああ、



 なんて綺麗で、



 なんて苦しいんだろう。




「おじさんも」



 その笑みが、余計に胸を苦しくさせるから



 笑みを貼り付けて一息に吹いた。

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