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『僕から見るとね、駆け落ちなんかに人手を割かなきゃいけない警察が一番可哀想で仕方ないのよ』
「あーあ。言っちゃたよこの人」
ボリボリと煎餅を食べながら、事務員の由美ちゃんがテレビを相手に会話をしている。
「ねぇ、新田さん!情報の取捨選択をすべき大人が、堂々とネットの情報鵜呑みにした発言しちゃいけませんよね!」
あ。こっちに飛んできた。
面倒だが仕方ない、食べていたカップうどんを一旦デスクに置く。
「なに、何の話」
「あれですよ!なんか少し前、アイドルの女の子が失踪したじゃないですか」
「うん、あったな」
「ネットでは、ファンの男の子も一人失踪してる噂があって、駆け落ちだとか、どこかで無理心中してるとか言われてるんですよ」
「へえ」
「でも、失踪した男の子の報道なんてどこにもないし、テレビに出る人間がソースも不確かな情報を簡単に発言しちゃ駄目ですよね!」
由美ちゃんは、可愛い顔した二十歳そこそこの女の子でありながら、おやつを片手にワイドショーを観てはこうして語りたがる。
まるで一昔前のドラマに出てくるおばさんのイメージそのものだ。
いや、自分の意見を主張したいのは若いからこそなのか。
「そこは、テレビを観てる人が取捨選択すればいい話だろ?」
「それが出来ない人が沢山いるから言ってるんです!」
むきーっと変な顔をしながら、テレビへと視線を戻し、またボリボリと煎餅を齧り始めた。
俺も残りのうどんを食べようとした瞬間、また声が掛かる。
「そういえば、新田さんお見合いの話どうなったんですか?」
「麺伸びちゃうから取り敢えず食べさせてくれよ」
溜息をつけば、カップうどんの容器を覗き込まれる。
「そんなの一口じゃないですか。早く食べちゃってくださいよ」
この量を一口と言える二十代の身体が羨ましい。四十に差し掛かった辺りから、こちとら頻繁に胃から苦情を申し立てられている。
勿論一口で食べず、ゆっくりスープを飲み干したところで由美ちゃんの口撃が再開する。
どうやら食べ終わるのを待っていたようだ。
「で、どうなったんですか?」
「どうもこうもない。最初から言ってるだろ?社長の紹介だから、顔を立てるためにお見合いは受けるけど、俺に結婚願望ない」
「そこが信じられないんですよ!」
溜息混じりに言っても、察してくれない由美ちゃん。若い子はこれだから怖い。
その上、溺愛されてファザコンになったついでに父親の影響をかなり受けてしまったせいで、ちょいちょい古風な考えを出してくるから余計タチが悪さが増している。
「なあ、わかってんの?由美ちゃん、それセクハラ」
「ははっ。おじさんな新田さんに、私がですか?」
鼻で笑いながら言われるとさすがにカチンとくる。
だが、お世話になった社長の娘である由美ちゃんを赤ちゃんの頃から知ってる身としては、はいそうですかでは終わらせたくない。
「俺が種なしで悩んでても同じ風に言えるか?」
「ええええ!新田さん子ども作れないんですかああああ!?」
「おい」
割りと不謹慎な事を言ってきたが、そこは由美ちゃんと俺の間柄。ギャグのつもりで言ったのだろう。子どもがイタズラしたのがバレたかのように、由美ちゃんはペロッと舌を出した。でも、それを許してはいけない。年齢だとか付き合いも関係なく、巫山戯ていい事と悪い事がある。これは後者だ。
「失礼しました。確かにセクハラになり得ますね、浅はかでした。すみません」
すぐに切り替えてしっかり謝れるところは、由美ちゃんのいい所だ。
正直、これが無ければ今のようには可愛がることも出来なかったとも思う。
「ニュースで観て知ってるだろうけど、認知され始めたLGBT等のマイノリティを持つ人も世の中には大勢いるんだ。その他にも、潜在的にいたのか、時代と共に増えたのかはわからないが、精神疾患を抱える人だって多くいる。異性も同性も年齢も関係なく、安易に将来のことや、恋愛について踏み込んじゃ駄目な時代になったんだよ」
「気をつけます」
話が大きくなってことの大きさを理解したのか、由美ちゃんはしゅんとなった。だが、そこでめげないのが彼女だ。
「でも!私にとって新田さんにはお兄ちゃんみたいな感じだから、幸せになって欲しくて!」
気持ちは分かるが、これは思わず苦笑してしまうレベルだ。俺の言ったこと丸無視かよ。
「だから、結婚=幸せの考えが古いんだって」
そう言って、俺は立ち上がる。
「一服してくる」
十年前までは事務所で吸えた煙草も、今や外の喫煙所まで行かなくてはならない。これも時代の流れだ。
そりゃあ、俺だって恋愛して結婚して幸せになりたいよ。でも、俺の幸せが許される時代は絶対に来ない。
言ってやりたい気持ちもあるけれど、由美ちゃんは俺の自称妹のようだから、言えないし言うつもりもない。
ぶーたれた顔を横目で見て、まだまだ子どもだなと思いながら事務所の扉を開けた。