人間世界①
「ここは人間世界の本部だ」
奥の部屋で椅子に座り対面するなり、竹丘は言った。
「は? 何を言っている」
「人間世界の本部だと言ったんだ」
「それは聞こえている。潜入捜査か?」
今部屋には二人きり。他の連中は竹丘の指示で外に出ていた。
「ふん。そんなんじゃねえ。俺は人間世界の一人だ」
「なんだって?」
竹丘が人間世界だというのか?
「お前と服屋を捜査した日にここを訪ねた。それでいろいろ知ったんだ。人間世界の考えに共感した。正しいんだ。人間世界は。そう、人間以外が紛れ込んでいるなんて全然正しくない。おかしいだろう。人間が築き上げた世界だぞ。この地下都市だって、人間が作り上げたんだ。なのに人工知能だかなんだか知らないが、不純物が紛れ込んでいるだと? 許されるわけないだろう。おい松山、お前もそう思うだろう。お前なら俺らと一緒だと思って、俺の部屋にパソコンを残しておいたんだ」
演説をするような、恍惚の表情で大げさに話をする。
完全にイっている。
だめだ洗脳されているようだ。
「いや、人間だろうが、ヒューマノイドだろうが、殺人は許さない。どんな正義でも殺人は許せない」
「おい、松山。これは殺人じゃねぇんだよ。機械を壊すだけだ。テレビを壊して罰せられるか? そんなことはないだろう。それと一緒だ」
「一緒ではない。この世界で生活をしている。人権がある。だから殺人だ」
「人権はねぇよ。機械なんだから」
「見極められるのか?」
「さあ。それは話せばわかるんじゃねぇか?」
竹丘の目つきが変わった。
「松山、お前ヒューマノイドだろう?」
「な、何を言う。俺は人間だ」
「人間世界に賛同できない奴は例え人間でも人間じゃねぇよ」
腰に右手を伸ばす竹丘。
瞬時にこれは銃を構える気だと判断する。
俺はそれよりも早く銃を取り出し、竹丘の右腕を狙う。
銃声が鳴る。
命中。
撃たれた衝撃で、竹丘の手から銃が落ちる。
「松山! てめぇ!」
銃声を聞いて人間世界の一味が部屋の扉を開ける。
すぐさま、太ももを狙う。
命中したが、少し上に当たったようだ。下腹部の被弾は致命傷かもしれない。
竹丘を確認すると、銃に手を伸ばしている。
後ろから竹丘の背中を蹴り飛ばすが、銃を手にしてしまった。
離れていては撃たれてしまう。
急いでタックルをするように覆いかぶさり、銃を持つ右腕を掴む。
「ふざけんじゃねぇ!」
竹丘が怒り狂っている。
開いた左手で俺の首を絞める。
「た……たけお……か……」
すごい力だ。苦しい。
目の前がもやがかかったように意識が遠のく。
このままでは死んでしまう。
竹丘の右手を掴む俺の左手の力も緩む。
この手を放せば竹丘は銃をぶっ放すだろう。
その前に俺が。
銃声が響く。
耳がきーんとなっている。
解放された頸部に血が流れるのを感じる。
顔が生暖かい。
返り血だ。
竹丘のこめかみに打ち込んだ銃弾は、左顎に貫通したようだ。
部屋の外でばたばたと音がしているが、人間世界の連中がこの部屋に来る様子はない。逃げているのだろう。
下腹部を撃たれた奴は静かにうずくまっている。死んではいないだろう。
しかし、竹丘は死んだ。
確認するまでもない。
汚い死に顔だ。
しかし、殺したのは俺だ。
確認するまでもない。




