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コード・ア・インフィニティ  作者: 豚肉の加工品
星空解放
8/14

〈赤き虎〉 Ⅱ

蜷局を巻くように山を一周する階段を上がりきった先には群青という珍しい色をした重厚な鳥居が待ち構えていた。

それも一つだけではない、奥に見える神社にも見える神聖さを醸す建物の入り口までずらりと立ち並んでいるのだ。それはあまりにも幻想的でいて、現世とはかけ離れた神々しさを感じさせるほどで自然と心が引き締まる。


「この奥にあるのが〈願廻殿〉だ。そこでお前を見定める者たちが待っている」


「……それよりも、鳥居を通る時の礼儀とかは必要?」


「いや、そもそもここは世界の間にある場所だ。日本の礼儀は必要ない、ただ――――」


言い切る前に隆守は葵と集を見た。


「お前たちは〈赤き虎〉の力を使えるからな。嫌われている」


「へぇ、まるで屏風みたいだね」


龍と虎が睨み合っている作品というのは少なくない。

成長するに連れて、興味がなくとも頭に残っているであろう。


「お前はともかく、葵は何があるか分からん。本来なら正当な〈赤き虎〉の継承者は正式な格好をしてここを通らなければならないからな」


「なら今はダメなんじゃないの?」


自分は無地で真っ白な服を着させられているが、葵の方は普通に家で着ているような私服だ。

とてもじゃないが正式な格好とは言えない。


「そのために俺がいるんだよ。お前は男なんだから自分で耐えるんだぞ?」


「…………?」


なんのことを言っているのか分からずに首を傾げると、そこから何も言わずに隆守は鳥居を潜る。

その後ろには葵が張り付くように並んで歩き、更にその後ろには朱里が歩く。


「部長は大丈夫なんですか?」


葵は何かに備えているように一切口を利く気配はないが、朱里の方はいつも以上にリラックスしているようにも見える。


「むしろ気分が楽なくらいね。ここは空気が綺麗で体が軽いわ」


「まぁ、確かに結構高い場所にありますしね」


何段上がってきたのかは数えていないが三百は超えているだろう。

まるで空の上にいるような感覚になるほど見渡しが良く、どこか空気が澄んでいるのも言われてみればそう思える。


「何かあったら言って頂戴。私が貴方の前にいる理由はそれだから」


「分かりました。待っている人がいるんですもんね、行きましょう」


既に先に行っている父親の背中は小さく見える。

相変わらず歩幅を合わせて歩くのが下手くそな様子だ。

だが、まだ追い付ける所にいる――――そう思って、一歩。

鳥居を潜った瞬間に体が振動するほどの怒号が響いた。


「――――ッ!!!?」


この世のものとは思えないほどの雄叫び。

それこそ、動画やテレビで見れる獅子や虎の類のものではない。

もっともっと恐ろしく、もっともっと巨大な何か。


「早いわね、聞こえたのかしら?」


「え、え? 今のやつは何ですか?」


「…………龍の威嚇、と言ったら信じられるかしら?」


想像上での生物。

御伽話や絵画などに多く見られる、龍という存在。

架空の存在だとしても多くの人間に知られている怪物だ。

それを知っていて、朱里は集に言った――――信じられるか、と。

一歩目で立ち止まり、体を小刻みに震わせて硬直させた。人間の本能が動きを止めてしまうほどに恐怖した存在が、この世のものではないと信じられるのかと問うたのだ。


「あぁ……なるほど、納得しました。だから体が動かなくなったんですね」


だが、集は手足をプラプラとストレッチしたのちに平然と歩き始めた。


「それじゃ行きましょう? もう大丈夫なんで」


その、あまりの普通さに朱里の瞳孔が大きくなった。

ここを何回も通っている葵ですら助けがないと歩くことすら出来ない。

〈赤き虎〉の継承者というのは、この道に嫌われている。

それは、〈赤き虎〉の力を使える集も同様なはずなのに…………。


「やっぱり、貴方おかしいわよ?」


「何がですか?」


「怖くないのかしら」


「いやいや怖いですけど?」


なら、どうしてそんなに普通でいられる?

まるで通学路を通るように、まるで学校の廊下を歩くように、どうして平然と歩くことが出来るのだ。


「でもこんな分かりやすい怖さよりも、真っ暗な森の中を歩いたり廃工場を小さな懐中電灯で彷徨ったりするほうが怖いですね。視界が綺麗なのに怖いって感情はあんまり似合わない、そんな感じに勝手に脳が処理してるんでしょう。体は震えるし動きも悪いですけど決して動けないわけじゃないですよ」


まぁ、筋肉痛が痛すぎるくらいですね。

そんな軽口を呟きながらゆっくりとした足取りで朱里の隣までやってくると、


「んじゃ、行きましょう」


額に汗を滲ませながら必死に自分の父を追おうとする彼の横顔が、朱里の目に止まった。


「……えぇ、あまりにも痛かったら私に掴まって。ゆっくり行きましょう?」


そう言って朱里は彼の後ろを、彼の歩幅に合わせて歩く。


「(平然を装っているのか……それとも受け入れ切れずに混乱しているのか)」


常軌を逸している体験をすると、人間はおかしくなってしまうものだ。

この世ではありえるはずもない贖罪(デザイア)と呼ばれる〝化物〟と初めて対面したときは、朱里も何も感じることが出来なくなってしまったことを思い出す。

依代隆守という人物を知っている。

百戦錬磨の戦士。幾多の贖罪(デザイア)を滅しては、世界の平和を裏から守って来た立役者と言っても過言ではない人物だ。

だけど、その息子である依代集は至って普通に生きてきた。

必要以上に恐れることも、必要以上に渇望することも、必要以上に憎悪することもない普通の生活をしてきたはずなのだ。


「(やっぱり……彼にも受け継がれているのかしら――――)」


依代隆守の根底にある〝力〟が。


「部長、どうかしました?」


「――――いえ、少し考え事をしていただけよ。それよりも本当に大丈夫なの?」


「……正直なこと言うと、結構辛いですね。なんか右腕がやたらと熱いし、そのせいなのか汗が止まらないし、若干気怠いし。なのに体は元気なんですよねぇ……不思議な感覚です」


「ここを通った後に風邪薬でも持ってこさせるわ」


「ありがとうございま――――あぁ……見てくださいよ。父さんが腕組んでこっち見てます……早く来いって」


この鳥居のトンネルはもうすぐ終わる。

視界に続いていた青が途切れているのがはっきりと分かる。しかし、堂々とした体制で待っている自分の父親が見える。

その表情は「遅い」。そう言っているのが分かってしまうのが、親子というものなのだろうか。


「よく分かるわね……」


「何でですかね……気配っていうか、感情が伝わってくるというか、曖昧なんですけどね。厳しいのか厳しくないのか分からないんですよ、父さんって」


風邪をひいたら学校を休む、それが嘘でも本当でも。

宿題をやっていなくても学校での成績が良くなくても、で笑みを浮かべるだけ。

母親には激怒されるだろうが煙草を吸おうが酒を飲もうが、きっと父親は何も言わずにいつも通りだと思う。それが父親なりの教育なのだろう。

〝だからこそ〟だと心底思っていることがある。

強がることはない。

我慢をするほど何かを欲したこともない。

悪いと言われていることは基本的にしない。

世間一般的に正しいと言われていることに沿って行動するように成長していった。


「隆守さんのことをよく理解できているのね。流石は親子と言ったところかしら」


「部長も長い付き合いなんじゃないですか? このあと色んなことを含めて説明されるんでしょうけど、結構ですよね。多分、母さんとも」


「そうね……かなり長いわ。それこそ子供の頃の貴方を良く知っているくらいにはね」


「え!? 初耳ですけど?」


「花火さんが毎日のように自慢していたもの。私も幼い時に沢山見せられたわ」


「あぁ…………なんか、すみません」


「良いわよ、別に嫌だったわけではないし。むしろ同年代が近くにいるってことは嬉しかったわ」


「そう言えば、確かに人の気配がないというか……あまり感じ取れないですよね、ここって」


「いるにはいるのだけれどね……」


言いにくい理由があるのか、少しだけ悲しそうな表情を見せた朱里には反応できなかった。


「まぁ、それも含めて全部聞かせて貰えるんですね?」


「えぇ……だけど、それなりの覚悟を持った方がいいわよ。会話するのは私の父と母。周りに鎮座するのはこの〈廻奇(かいき)の社〉の重鎮ばかり、一般人として生きていた貴方に良い判断を持っているとは思えない人たちばかりだから」


「何とかしますよ。俺が口が上手いことは部長が良く知っているでしょう? それにこの頃は武術系の本も読んでるんです。対応……というか適応してみせますよ」


長かった鳥居を通り抜けた先には、隆守と葵が並んで立っていた。

そして、その背景に映る大きな建物に目を奪われる。


「遅いぞ。もう少し早く来れただろ」


筋肉痛とは言えど優しい言葉などくれるわけがない父親。

そんな父に、


「待たせている人には申し訳ないの一言だよ」


額から流れる汗拭いながら少し皮肉の効いた言葉を返すと、笑みを浮かべた。


「……ったく。ここからがお前にとっての本番だぞ、気を引き締めろよ」


「俺は何をしてればいい?」


「お前は聞かれたことに素直に受け答えしてればいい。後は上手いことやってやる」


「それが上手いこと運ばなかったら?」


「そん時は――――上手く運ばせる」


それが俺の役割だ、と言わんばかりの言葉に集は思わず口角を上げた。

これほどまでに頼もしい存在は、この世で母と父以外にいないからだ。


「依代君、私たちも力になるから安心しなさい」


「先輩の後ろにちゃんといますから」


「ありがとう二人共」


見た目は寺……ないし神社に似ている。

だからこそ神聖さがひしひしと感じられるのか、既に体が緊張しているのが分かる。

それだけではない。

味方こそいれど、ここでは完全に部外者と呼べる自分が何を言われるのか……。


「それじゃ、行くぞ」


父の背について行った先からは、畳から香る匂いと鼻の甘い香りが嗅覚を掠めた。

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