もう始まっている物語 5
何が起きているんだ?
そんなことを考える脳はなく、ただ茫然とその光景を映画のように魅入っていた。
つい先ほどまで何者でもなかった青年が、何者かに変わった瞬間に言葉が出ることない。
そして、気が付いた。
これが〝驚く〟ということなんだと。
普通ならその両手剣は使うことが出来ないはずなのに。
普通ならその炎を使うことが出来ないはずなのに。
普通なら鍛錬すらしていない人間が出来る動きではないはずなのに。
「…………先輩?」
優しくて、どこか変で、何か抜けていて、勉強が中の下くらいの青年だったはずだ。
それなのに――――目の前で戦う青年は同じはずなのに、まるで別人だ。
鬼のように角が生えた、この世のモノではない存在。
それは私たちの界隈で〝世界の歪〟と呼ばれている。
どこかの誰かが奇跡というものを体験する時があるだろう?
本当だった死んでいたかもしれない大事故に会ったが怪我すらもしていないなんて、よくある奇跡だ。
だが、世界にはそれによって亀裂が走り歪みが起こる。
そうして生まれるのが〝世界の歪〟――――またの名を、贖罪
またどこかで誰かが救われた。
ただそれによって生まれる奇跡の代償が問題なのだ。
目の前にいるのは――――〈運命級〉と呼ばれる、贖罪の脅威を表すもので例えると上から二番目にあたるほどの危険度。
基本的には獣に近しい異形の姿をしているが、人型のは初めて見るために葵も最初は混乱して正体を理解は出来ていなかった。
遭遇したなら、まず命は助からないと暗黙されているほどの存在。それほどまでに脅威である。
それなのに、
「……何で戦えるんですか?」
今まで何回も対峙してきた中でもぶっちぎりの恐ろしさ。
足が地に張り付いたのかと錯覚するほど動かない。
視野が狭くなっていることに気が付かない。
それほどまでに強く、怯えてしまった。
ただ、目の前で戦う先輩は違った。
一発当たれば致命傷を負ってしまうほどの威力が連続で襲いかかってるのに、拳を払い、脚を斬り返して、未だに無傷のままだ。
――――ヨコセ……ソノ、カラダァァアッ
動体視力だけでは追うことが出来なかった速さの拳が集に迫るが、既にその拳を見越していたのか身体を捻ることで鮮やかに躱し紅蓮の両手剣を握りしめ、力一杯に振りかぶった両手剣が腹部に直撃した。
すると、色褪せた世界を真っ赤に染めるほどの爆炎が吹き荒れる。
「切り裂け」
握った柄に力を込めると、それに呼応をするように幅の広い刀身が灼熱を帯びて触れている贖罪の体を溶かし始める。
そして――――勢いのまま振り抜く。
「……ッ!!」
その熱気を冷ますような余波にすらも肌を焦がしてしまいそうなほどの熱さを感じ、葵は思わず顔をしかめてしまう。
贖罪を見送ることなく集はこちらを振り返った。
その姿は何と例えればいいのだろうか?
私でも両手で振りかぶる大剣を片手で振り抜く力の強さ。
契約者である私以外に能力を使えないはずなのに、まるで我が物のように紅蓮の炎を纏った姿。
まるでそれは紅蓮の猛獣のような佇まい。
猛々しい姿は、その武器に封印されし〈赤い虎〉のようだ。
背後に映る灼熱に身を焦がした贖罪など目に映らなかった。
そんなものよりも、もっと強大で恐ろしいものを見てしまったからだ。
一般人などで括っていいものではなかった。
普通などという言葉を当てはめるべきではなかった。
「集……先輩?」
目の前に立っているのは、得体の知れない〝何か〟だ。
人が変わったかのように恐怖に立ち向かったその姿に畏怖してしまうほど強烈で、鮮明な記憶を植え付けてきた知ってはいけないような〝何か〟だったのだ。
「ごめん……後は――――任せ」
集が倒れる姿がスローモーションのように視界に映るゼロコンマの刹那に、ようやく意識がハッと切り替ると受け取めるために一歩踏み出していた。
だが、どうしてかその一歩がピタリと動かなくなった。
「今はいつも以上に隙だらけだね~、どうしよっかなぁ」
「店長……流石に表情が危ないですよ?」
二人の女性が突然現れて、集を抱き留めた。
片方は真っ白な長い髪を頭の後ろで結んでいるが、もう片方は胸もとに名札が付いており名札に書いてある名前の部分を隠すように文字が書かれたシールを貼っている。
共通しているのは、露出された体の一部にバーコードが刻まれているところ。
「あ、てか体ヤバいんじゃん。癒してあげて」
「……全く、天然物だから大変だよぉ。よしよし」
集の頭を大事そうに抱え優しく撫でる。
「やっぱり触れてるだけだと遅いし物足りないや……あっ――――これは良い子には見せれないなぁ……」
だが、その優しそうな表情が一変。
二人の黄金にも勝るとも劣らない輝きを持つ双方が葵の体を貫いた。
「んじゃ、あんた。私と少し話しをしよっか?」
「え?」
◆
自宅からも、学校からも中途半端な距離。
小学生にも使われいてるような安全が確保された道端に、二人の男女が倒れていた。
それを第一に発見したのは言うまでもなく、呼び出した本人である菅原朱里であった。
どうして気を失っているのか?
この場所で何があったのか?
何故、
「葵ではなく……依代君が選ばれているのか――――」
まるで炎に焼かれた痕のように腕に広がっていた〈契約の刻〉。
代々菅原家に継承されてきた神器であるものが、菅原家以外の血筋を選ぶなど考えたこともなかったことが起きている。
「まぁ、このまま連れて行ってしまいましょうか。起きた後はゆっくりと話しを聞かせて貰いましょう」
例えば、どうして二人が手を繋ぎ合ったまま気を失っていたかとか……ね?
残り続けるブクマ1のために書きました。
どうしようか……少し頑張って二作品とも書いていこうかな