もう始まっている物語 3
こんな趣味と気分転換のために書いているようなものに、ブックマークをしてくれた人が一人いました。
嬉しかったので投稿ました。
今日までのことを振り返ろうと思う。
部長から言われた金曜日までのことだ。
幻聴が聞こえた日……いや、初めて痴漢された日と記憶しているほうが覚えやすいかもしれない。
あの日以来、まずは電車に乗ることはなくなった。
四つも駅が離れた大型書店まで歩いて、または走って通うことを決意したからだ。
痴漢されてから電車に乗ったものの背中側がぞわぞわしてしょうがないのだ、それはドア側だろうと座っていようと関係はない。
あの密閉された空間にいるだけで体が反応して仕方がないのだ。
『きっとお前はあの痴漢に電車に乗れない体に調教されたんだよ』
そんなことをにやにやと腹が立つ顔で言ってきた伊達には一発をかましておいた。
あいつは彼女がいるからっていい気になっている。この頃のリア充とリア充でない奴の差別的発言には耳を塞ぎたくなるものがある。
語尾が「まっ、俺って彼女いるかさ。そういうの分かっちゃうんだよ」になっていることをそろそろ自覚してほしい。
なんなら口癖が「まっ、彼女いない奴には分からないかなぁ」になっていることで周りの男子の視線がこちら側に集中していることを察しろ、俺にまで変な視線が来るのは勘弁してほしい。
そして一番困っているのは、惚気話である。
彼女とのツーショット写真。
連絡のやり取り。
デレデレと頬を赤らめて繋いでいくたどたどしい惚気。
あれやった、これやったと幸せそうに話す姿に延々と首を動かしていた。
まぁ、本音を言えば幸せならそれでいいのだ。
とてもじゃないが学校での自分の立ち位置は〝普通の人間〟で収まっていると思う。
整髪料もがっつり使っているわけでもない、制服だって着崩さない、髪の色は真っ黒だし、装飾品を身に着けているわけでもない。
伊達のように話しかけてくれる人間はいるが〝クラスでいつも読書している人〟で収まるような人間だ。
だが伊達はそうではない。
運動神経も良く、面倒見がいい、日頃の行いだって彼女の自慢をしていなければ優等生のそれだ。
そして一番の長所は高すぎる程のコミュニケーション能力。クラス内での連絡手段を作り上げたのは伊達であることからも能力の高さは証明されているだろう。
だからこそ、他のクラスからも認知されており、名前を知られている伊達には幸せになってほしいと思うのだ。
人が沢山集まってくるということは、一度の思い違いで沢山の敵を作りかねないという状況と一緒。
味方である人間が味方であるということを認識していなければ、これから先でその高いコミュニケーション能力を失ってしまうようなことになりえてしまうだろう。
だから、俺は伊達にこう言った。
「俺以外にはこんな話ししてないだろうな?」
釘を刺すという意味。
それから、言ってしまっていないかの確認。
だが、伊達はそれすらも分かっていたようで……
「こんなことシュウにしか言わねぇよ。だからもっと俺の彼女自慢させてくんね?」
流石は優等生だな、そう確信したのと同時に遠慮がないなとも思った。
「自慢するのはいいけど、俺が読んでる途中の『誰でも極められる護身術 拳編』返してよ」
「返したら俺の話し聞かねぇじゃん」
何よりも少し嬉しかったのは内緒のことだ。
――――というのが、水曜日の話である。
「ふぅ…………」
日も暮れ始めて、視界に映る光景は平日の夕方。
人よりも車が走っている姿の方が目に映るような人々の帰宅時間。
そんな中でスポーツ用のジャージをカサカサと音を立てながら息を整えるのは、何だか周りとは違うように目に映り浮いて見えるものだ。
「(これは個人的な背に腹は代えられない事情があるんだ……)」
仕方ないなどと内心で思っていても、残酷なことではあるが周囲の人間には伝わることはない。
そんな煮え切らない気持ちを抑えつつも、ショルダーバックを胸の前までもってきて財布を取り出した。
「いらっしゃいませー」
父親から受け継いだ……というか、貰い受けた水色の長財布。一応革素材で出来ている物ではあるらしいので高価な物だとは分かるが、得意気に取り出して買い物をするにはかなり目立つから少し恥ずかしい気持ちもある。
きっとこの本屋の店員は「水色財布の高校生」で記憶しているに違いない。
やはりそんなことを思いながらも、向かう先は専門書が並ぶ本棚。
この頃はラノベや漫画の買い物以外にも買っている本がある、それが…………
「『誰でも極められる防御術 非武装編』…………うん。これいいね」
ネットや雑誌でも取り上げられるような『誰でも極められる』シリーズの格闘編である。
その他にも種類はあるが、真っ先にこれが必要な理由があるのだ。
「電車に乗れるように克服しないと」
乗り物の免許を取るまでに電車にトラウマを抱えているなんて、そんな息苦しい日常は送りたくはない。
ましてや電車にトラウマを抱えている高校生……そんなツッコミどころしかないのに馬鹿には出来ないような理由が隠れてそうなトラウマを持って生きていたくはないのだ。
「何読んでんの?」
「みゃっ!」
耳元でのくすぐったい吐息と、背後に立たれるという背中を蠢きまわる何かを抑えようとすれば変な声が上がってしまう。
しかも、それが女性なら尚更のことだ。
あまりの突然さに、ここが大型書店であることを忘れてしまった。
微かに聞こえてくる笑い声に重たい一拍を置かれた空気を感じると、また耳元で声が聞こえてきた。
「うふふ……驚き方やばすぎでしょ」
「ちょ……ホントに止めてくださいよ。自称店長さん」
この本屋に通い始めて早三年。
少し肌黒くて、頭髪が白と黒の斑になっているチャラい店員。
胸元についた名札には苗字を消すように店長と手書きされたシールがべったりと貼られているが、隠さずにいうと見た目からして店長には見えない。
だから〝自称店長〟と呼んでいるのだ。
ちなみに性別と容姿以外は、何も知らないというのが気さくに話せる要因の一つでもある。
「自称じゃないって何回も言ってるっしょ? そんなこと言ってっと本代倍にするよ?」
「その言葉は何回も聞きましたよ。ていうか、俺はこんなことをしてる場合じゃないんです! この本を熟読して再現できるようにならないといけないんですから。あと……店長さんの距離近いです、もっと節度を持って下さいよ。こっちは学生ですよ?」
「言葉数が多いのは緊張の表し…………なるほ、もしかしてドキドキしちゃってんの?」
「あ、それはないですね」
「はい。本代が二乗になりました」
あ、敬語知ってるんだ。
なんて思ったことは口には出せなかった。
彼女は水色の財布と集が手に持っていた三冊の本を奪い取るようにして、レジへと足早に向かって行く。
「……もうっ」
なんだかんだと文句が出そうになるが、これ以上購入しようとしていた本がないので彼女の後ろを追いかけた。
休日や新刊発売日以外にはあまり混むことのない本屋のレジは早い。
特にここはブルーレイや本の貸し出しなんかを一切していないので、特別と言っていいほどにレジの回転率がいいのだ。
なんと言っても――――
「お、水色財布高校生!」
「……やっぱりそう思ってたんですね」
名札に〝れじぷろ〟なんて丸文字で書かれたシールを貼っているこの女性が本当にレジが早い。
「え、だってそれ以外にツッコミどころないでしょ?」
「まぁ……俺の容姿とかってどこにでもいそうな感じですもん。目立つ物と言えば財布だけですよね」
「そうそう――――あっ、またこのシリーズ買ってんじゃん! 何で買ってんのか分かんないけど君が買うと思うと…………笑っちゃうよね」
「何でそこで溜めたんですか……てか、笑っちゃダメだよね? あとそこ! 勝手に俺の財布から金を取らない! さっさと返して下さいよ、自称店長さん」
レジの奥まで手を伸ばして財布だけを回収すると、音にならない音を口から強調させる店長。
「ッ、ッ、ッ!」
「舌打ち下手くそかよ」
「はーい、五万円になりまーす!」
「一冊の値段おかしいよね? レジプロもここまで来ると〝自称〟が付きますよ?」
「あっしが店長だって言ってんじゃん? 次にこっち見ながら〝自称〟って付けたら、ここの店員にすっからんね?」
「アルバイトとして雇って下さいよ」
「違うでしょ店長。〝かう〟んだよね?」
「こっちを見ながら言ってるけど本のことだよね? 買うって買うことだよね?」
本を買いに行く度に、畳み掛けられる毎日である。
こうしている間にも客足が完全に失われてしまい、書店の閉店時間が訪れる。
春の夜七時というのは、考えている以上に暗いもので四つも駅を走って帰るとなると、それだけで億劫になってしまう。
だが、文句を言っていてもトラウマは治らないのだ。
ショルダーバックに専門書と財布を詰め込んで、また夜を駆ける。
――――帰宅したのは夜八時半だった、というのが木曜日の話である。
問題は次の日の金曜日のこと。
メールでは『今日は学校を休みなさい』その一言だけの一通がスマホを震わせた。
だが、
「いや、もう登校している途中なんですが?」
そんなことをメールで伝えるのも憚られるが、これから帰宅するとなると十分くらいはかかってしまう。
学校へ向かう徒歩の時間は意外に好きだ。
そもそも徒歩で登校している人などほとんどいないから、静かにゆっくりと自分のペースで登校出来る。
あとは、周囲には誰もいないのにゴミ捨て場に生活から出たゴミが置いてある光景とかが以外と好きだったりするのだ。
「……連絡を見る限り重要なことなのかな? 部長が学校を休めなんて言うと思ってなかったけど、あの時の反応も少しおかしかった気が――――――」
見つけたよ。
週一で投稿していきたいなぁ、って感じです。