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コード・ア・インフィニティ  作者: 豚肉の加工品
星空解放
2/14

もう始まっている物語  1

入学式を終えた午後の時間。

いつもならあまり賑わいを見せない街の景色には、大勢とまではいかないほどの人たちが歩いていることだろう。

親と手を繋いで歩く小学生、初めての部活に心を躍らせる中学生、高校という最後の義務教育に対して何らかの希望を持つ新入生、そして最後の義務教育を終えようとしている高校生。

大勢の学生諸君が一日を終えて校門から出ようとしているのだから。


「その点で言えば、二年生というものはとても〝人間として成長できる時間〟なのかもしれないと今日この頃になってようやく考え始めることが出来るよなぁ」


これは誰に話しかけているわけでもない独り言。

いつもなら一緒にいる伊達(いだち)も今日は隣にいない。

「彼女、迎えに行ってくるぜ!」なんて言って誰よりも先に教室を出て行ったきりである。


「こうして見ると……やっぱり春休みを経て皆んなに変化があったんだろうな」


新調したヘッドフォンを身に着けて黄昏ているような者。

Bluetoothで繋がるコードレスイヤホンを付けてスマホを見ながら歩いている者。

髪色が明るくなった者。

言動が不良のそれに近しくなった者。

男女関係なく誰しもに変化が訪れている。

だからこそ、何だか置いて行かれた感じが否めないのが少し悔しくもあった。


「俺、春休み何もしてないんだよなぁ……」


行った所場所で言えばコンビニと書店。

家族は仕事に忙しく、一緒に遊ぼうと思える友人だって少ない。かと言って入部している文芸部では春休みに集まるような行事はなかった。


「(ほぼ女子部員……と言っても部長と俺しかいないしね……何もないわな)」


何だか渇いた笑いが出てきそうだ。


「あら、加藤君の相棒である依代(よりしろ)君じゃない」


柔らかく響くような声音が耳を通り抜ける。


「部長じゃないですか。校門で読書なんてラブコメに出てくるヒロインのような登場ですね」


春休みの間、連絡すら取り合っていなかった文芸部の部長である菅原朱里(しゅり)が目の前で書籍を広げたまま道を塞いだ。

日に当たると薄く青く輝く黒い長髪に、荒れたことなどないんだろうと思わせるような白い肌。まだ寒さを応えるように灰色のコートを羽織り群青色のマフラーを巻かれた彼女に立ち姿は、馬鹿にするまでもなく二次元から飛び出してきたかと思わせるほどの容姿だった。


「部長を口説くなんて春休みを経て成長したようで嬉しいわ。どう? 加藤君じゃなくて私に乗り換えてみないかしら、男と男よりも男と女の方が出来ることが多いんじゃない?」


「いいですねぇ、部長のような美人に迫られるなら断れる気がしないなぁ。それならどうですか? 一緒に帰るなんて」


「あら、依代君にしては良い提案を出してくるじゃない。ならしっかり私を護衛しつつ楽しませないよ? 私ってこう見えても美人だから暴漢に会いかねないの」


ようやく言葉遊びに終着すると、流れるように隣に立って腕を絡める朱里。


「…………すみません。調子に乗りました」


一瞬の静寂を挟んで集は溜息と共に言葉を吐き出した。

隣では鼻で笑う微かな音がするも絡めた腕を離そうとしない朱里の姿がある。


「相変わらずのへっぽこ野郎で安心したわ。春休みを経て、ここまで変わらないのは依代君の敬語とこの肌寒い春の風くらいよ。全く、初めての出会いから一年以上も経っているのにどうなってるのかしら」


「すみませんね。敬語は直りそうもないです」


ここまでの一連は一見すると恋人同士の会話に見えなくもない。寧ろ、知らない人たちからすれば彼らは恋人なんだろうと勘違いされている可能性すらある。

だが、何を期待しようと何を思われようと二人は部長と部員である。もしくは友達。


「同い年で敬語を使われると距離が空いている気がするわ。早く直して頂戴」


「直して欲しい云々の前に腕を離して欲しいんですが? 恥ずかしくて顔が沸騰しそうです」


「なら丁度良かった。私が寒がりなのを分かっていて熱くなってくれているんでしょう?」


何を上手いことを……


「まぁいいわ。周りから恋人なんだなんて勘違いされても目立つし、他人から噂されるのは面倒だもの」


こんな感じで出会う度に弄ばれるのは馴れてしまった。

本を読んでいるからか、裏側に意味をもたせる言葉を恥ずかしげもなく吐き出せるのが文芸部部長である。同じように言葉で遊んでみてもこのように圧殺されてしまうのは日常茶飯事といったところだろう。


「全く……早く本題に入って下さいよ。今日は新刊発売日なんですから」


離された片腕の温もりが冷たい春の風によってすぐに冷やされる。

それを待っているかのように見つめている朱里に向かって急ぐように集は不貞腐れつつも言葉を返した。


「本題……という訳でもないんだけれど、新しい部員が入ることになったって言う報告よ」


「わざわざ? スマホで連絡なりなんなり……他にも方法はあったでしょうよ」


「流石は推理小説を知らない依代君ね。私がただの部員のためにここにいる訳がないでしょう? 待っているのは――――あ、ほら、来たわよ」


首で指示されるがまま後ろを振り返ると朱里と色違いのコートとマフラーを巻いた紛れもない美少女が歩いて来ているのが見えた。

遠くからでも分かってしまうほどの華麗な容姿に「そっくりだなぁ」と漏らしそうになってしまうほどであった。


「あの特徴的な紅蓮のマフラーを巻いているのが私の妹よ。こっちに気が付いて早歩きになっているから自己紹介は自分でお願いね」


確かに早歩きになっている……。

それに何だか表情も険しいし、俺のことを睨みつけているような気が――――何だかデジャヴだなぁ。


「ちょっと、うちの姉に何の用ですか?」


あ、そうだよ。部長と初めて会った時もこんな顔してたっけ。

眉間にくっきりと表れた嫌悪感。

警戒以外に感情がない視線。

あくまで警戒。それ以外には何もないよと言わんばかりの冷たさ。


「やっぱり……そっくりだな」


「「は?」」


前後からの種類の違う「は?」に、挟まれている身体を震わせた。


「いや、何でもないですよ? 初めまして依代集と申します。部長とは部長と部員の関係になって一年の付き合いです」


気を取り直して……対人での関係はやはり第一印象が重要だ。

春休みを経て髪を染めた者や耳に穴を空けた者もいるなかで、集はあまりにも平凡と言わざる容姿をしている。整髪料を使っているとはいえチャラついている様子もなく、紺色の制服を着崩しているわけでもなく、装飾品を身に着けているわけでもない。

それでいて違和感のある普通(・・)ではなく、あくまで高校生らしい普通なのだ。

これで第一関門でもある第一印象の『無害そうな人』は完璧と言えるだろう。

あまりの普通さと無害さは自身も深く頷けるものがあると自負しているつもりである。


「(まぁ、部長にも全く同じ反応されたけどね……)」


それはまぁ、出会い方が違うならば対応は変わってくるということも知っている。


「あぁ、この人が…………す、すみません。あとその節は本当にありがとうございます。もし先輩がお姉ちゃんを助けてくれなかったらと思うと……」


「いや大丈夫だよ。もう〝ありがとう〟と〝すみません〟は言われたからね、それにこれから文芸部に入るんでしょ? 畏まらずによろしくしようよ」


「……はい、ありがとうございます」


「で、なんて呼べばいいかな?」


やっぱり部長とはそっくりだ。

同じ環境で生活しているからとかではない。姉妹だからという理由でもない。

これから仲良くなっていけば、自分がイジられる未来が見える。

そう思わせるほどに雰囲気が似ているのだ。


「あ、菅原(あおい)です、好きなように呼んでください。これからよろしくお願いします」


「それじゃ部長妹(ぶちょまい)って呼んでもいいの?」


「は? 普通に名前で呼べばいいじゃないですか」


……いや、前言撤回だ。

もしかしたら部長よりも攻撃力が高いかもしれない。

部長がカウンタータイプなら、妹である彼女は一発の攻撃力が高いタイプだ。


「(これは……口を滑らせると面倒なことになる)」


「なんか言ったらどうですか? 集先輩」


「は、いえ……すみません」


もう既に負けているのだろうかと思う今日は、部長である朱里の一言によってあっさりと終わりを迎えた。姉妹が仲睦まじく帰る様子を見送ってから徒歩で帰宅する。





一度帰宅してからどこかへ出かけるという行動を少しだけ新鮮に感じつつ、隣町の大型書店に向かうために電車へと乗り込んだ集は、酷く困惑していた。


「(……何か、見られてる? というか触られてる?)」


午後三時。

本来ならば学生がいないため空席が目立つ電車は大変混みあっている状況。

まさにガヤガヤとした喧騒のなか、集は背後の違和感に意識を集中させていた。

時々視界に映る誰かの鞄、服と服が掠れる音、押されるように背中から下半身に向けて感触がある。


「(まさか、俺が痴漢に会うなんてな)」


そもそも男が痴漢に会うなんて経験は滅多にないことだというのは、世間一般に知られていることだろう。むしろ逆で、だからこそ女性専用車両が存在しているし、痴漢という事件が起これば警察が動いて報道される。ましてや未成年に対してならばそれなりの問題になってしまうこと間違いなしだ。

どうしようか? そんなことを考えていると、次は視線を感じる。


「(痴漢を見られているのか、それともその様子を楽しんでいる変態か……。どっちにしても最悪だなぁ、男の俺が動ける状態じゃないよ)」


もしも「痴漢です!」なんて男が言ったとしよう。

静寂とまではいかないが、ある程度の節度を守って会話されている車両内から音という音が一瞬なくなるだろう。

そして何よりも――――信用はされないだろう。


「(次の……次か。そこまでは我慢しようか)」


降りる駅は決まっている。

相手が女だったとしても向こうからこれ以上の反応はないだろう。

確かに下半身へ強い感触はあるけど気のせいということにしておこう。それが一番平和に乗り切ることが出来る選択肢なのは間違いない。


「――――……ふぅん」


そんな声が小さく背後から聞こえた。

だからと言って弄る手つきが激しくなったりはしていない。

まるでゲームのガチャで最高レアのキャラが当たった時のような、欲しいキャラが当たったかのような声音でただただ背後で呟かれただけ。

だからこそ不安が積もり始める。


「――――なにそれぇ?」


そんな気持ちが――――――…………

無言で書いてました

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