始まりの物語 Ⅳ
勢いに任せて書いてしまった。
つまり、誤字脱字や辻褄が合わないところがあるかもって言い訳をさせてほしい
帰りホームルームを終えて、集は一人で本校舎とは少し離れた場所にある旧校舎へ向かっていた。
帰宅部と呼ばれる非公式な部活に所属している者たちは真っ先に校門まで向かっている中、その中に混じって校門の脇にある階段を一人下って見えるのは木造建築の大きな建物。
今となっては職員の駐車場と避難所の役割担っている旧校舎だ。
手摺も錆びつき、コンクリートで造られていたであろう階段は粗い石の粒が剥き出しになってしまい時間が経っていることが分かる。
現代の最適化された造りではない。校門からたった道を一本ずらすだけで、まるで世界が変わったかのようにすら思えるほどの違い。
その〝違う〟という感覚は、何だかあの時と感覚が似ていたような気がしないでもない。
世界と世界の間の世界――――
あれはどんな世界だったか……正直なところ分からない。
そんなことを考える暇がなかったから。
だが、今日でその不可解な部分を無くすことを決意した集は階段を下り終え旧校舎に入った。
玄関に置かれた文芸部の部員証明書に名前を書いてチェックマークをつけ、旧校舎用の上履きに履き替えて踏むたびに軋むような音がする階段を上って二階へ。
そして、二階の奥にある文芸部の部室前にある自分の名札を表にして旧視聴覚室に入った。
「ちょっと遅れましたー」
「……言い訳しないことはいいことね。許してあげましょう」
「え? 言い訳?」
「お姉ちゃんは、先輩のクラスがホームルーム少し遅れてるの知ってましたからね。それを言い訳に使わなかったのが許しに直結したんじゃないですか?」
「何で知ってるんですか……部長」
「同じ階の同じ学年よ、把握していて当然でしょう?」
「視野広すぎますって」
いつも通りの定位置に座りいつも通り筆記用具しか持ち帰らない鞄から本を取り出そうとした時、部長が飲み物を出しつつ隣に座った。
「前置きも無しに本題に入らせて貰うけど良いわよね」
「と、唐突ですね」
確かに聞きたいことは沢山ある。
思いついたこともあれば、最初から説明してほしいことまで含めてノート一枚書いてきた。
というよりか、今日の授業をすっぽかしてそれしかやっていない。
「どうせ朝から例えようがない感覚に陥っていたんでしょう? それなら出来るだけ早く答えに辿り着いた方が良いわ。帰りが遅くなれば迎えを呼ぶし、ここで話が終わらないなら家で続きをやればいいだけのことでしょう。それとも何? 貴方はこのまま巻き込まれるだけ巻き込まれて、悶々とする日々を過ごしたいのかしら」
……そうだ、ここで心を決めなければいけない。
時間が解決してくれるわけでもないし、贖罪と呼ばれている存在が悠長に待ってくれるわけでもない。
もしもまた襲われたとして、次もこうやって生きているか分からないのだから。
「いいえ。話が早くて逆に助かりました」
本を取り出すのをやめてノートを破って書いたメモを一枚取り出す。
箇条書きではあるがずらりと並んだ文字の数に二人共目を見開く。
「こ、これ……授業中に書いてたんですか?」
「うん。おかげで家に帰ったら今日の授業のノート取り直さないといけないけどね」
書いてあることは単純だった。
まず、どのようにして贖罪が生まれたのか。それから朱里や葵たちのような贖罪と戦う者たちの総称、どうやって戦っているのか、何を目的として戦っているのか。
特に赤文字で書かれた場所は、朱里の視線を釘付けにしていた。
・あの時、どうして俺が助けることが出来たのか?
・どこかしら聞こえた声の正体とは何か、どうして俺に聞こえたことに驚いたのか?
「……ようやく、依代君もミステリー小説を読み始めたのかしら。勘が良いわね」
「まずは私のことよりもお姉ちゃんの話からの方がいいかもね。私と先輩の関係は家の方がいいかもしれないし」
「いえ、まずは〈廻奇の社〉からね。依代君は分からないことが多すぎるもの」
「なら最初はどこから話そうか……」
「〈廻奇の社〉とは何か……という質問に答えると、色んな言葉を使いたくなってしまうけれど簡単に言えば〝七十億人の後始末〟よ」
奇跡というのは、いつでも、どこでも、誰にでも起こる。
些細なことから人生がひっくり返るような出来事まで、故に奇跡にも大きなものから小さなものが存在する。それが贖罪となって生まれ変わり、またそれが贖罪の強さに関わってくるものなのだ。
「誰かの欲望や絶望からは決して生まれないけれど、誰かの幸せから生まれる。でもそれが欲望や絶望から生まれた贖罪ならとても強力なものとなって現れるでしょうね。依代君は言葉を話す贖罪に出会ったらしいわね? それは私の指標としている強さで表すならば〈運命級〉と呼ばれるものに匹敵する可能性が高いわ」
贖罪は基本的に人型である。
〈幸運級〉
〈逆転級〉
〈運命級〉
〈世界級〉
と、上から順に定められているらしいが未だに〈世界級〉は出現したことがないらしい。
何でも奇跡というよりも世界の理がひっくり返るような出来事が生まれない限り、基本的な最上級は〈運命級〉のようだ。
それこそ……死者が墓から生き返ったりしない限りは――――。
「そして私たち贖罪と戦う者……というより誰かの罪を世界へと戻す者たちを〝還元者〟と呼ぶわ。これは〈廻奇の社〉の者たちだけではなくて、周りにいる善人も同じように例えることが出来るわね。本当に些細な奇跡というのは誰かによって還元されているわ、例えば迷子を助けた人や、財布が落ちていて交番に届けた人なんかがそうね」
「つまり〈幸運級〉以下は、人の善意によって世界に還されているってわけですか?」
「そういうことよ。そうでなければ今頃世界が崩壊していることでしょうね」
「それなら医者とかの人助けする職業は……」
「それは該当しないわ。はっきり言うけれど、善意と善意のある仕事はまるで別物よ。彼らは人間のために命を救っているけれど、決して世界のために人間を救っているわけではない。それが私たちとは決定的に違う所よ」
二人の表情はあまり良くはない。
どちらかと言えば、仕事を一方的に増やしてくる厄介者のような扱い方であった。
確かに医学というのは奇跡を生みやすいものだと思うし、感動と共に幸せを運ぶ可能性が最も高い職業だと言える。
この医学の世界にだって〝ゴットハンド〟と呼ばれる医師がいるのだから、それはもう神にしか解決できないような不可能を可能にしてしまったものがいるのだ。
それは、普通の人ならば泣いて喜ぶことだろう。
だが、彼女たちは泣いて喜ぶことが出来ても束の間なのだ。何故ならこれから起こるかもしれない大きな戦いへと意識を向けないといけない。
「誰かが奇跡的に救われたとしても、還元者が救われるわけではないですからね。寧ろ屍が増える可能性が多い…………唯一の救いは私たちが病気にならないってことですかね」
「それは還元者だからとかですか?」
「〈廻奇の社〉の加護です。古くから贖罪と戦ってきた先人たちが四神様に授かったものらしいですが、それが徐々に〈廻奇の社〉に浸透していって出入りしている者に付与されるらしいですよ」
「ほぉー」
「あと応えるべきなのは……日本にどうして贖罪が収束するのか、かしらね」
「もちろん海外にだって贖罪という存在はいるんですよね?」
「当然ね。それでも強力な贖罪はこちらに引き寄せられてきてしまうの、理由は単純で日本には四神様がいるからよ」
四神というのは集が思っているよりも重要な存在だ。
朱雀、白虎、玄武、青龍の聖獣が東西南北を守護している。
その本体は〈廻奇の社〉に身を置いているが、何も守っているのは〈廻奇の社〉だけではない。日本を四方から囲って守っているのだ。
だが、それが良い方向に働くわけではない。
何回、何百回、何千回、何万回、何億回と日本を徹底して守っていたからこそ〝世界の矛先〟がこちらに向いてしまったのだ。
――――ここならば世界中の奇跡の代償を償ってくれるだろう。
そう〝世界〟に思わせてしまってもおかしくないほどの力を示してしまった。
それから世界中から還元者が集まっていった結果、〈廻奇の社〉という組織が広がっていったというわけだ。
残すは〈廻奇の社〉の内部についてだ。
これは二人で説明できることだし、ここでまとめて説明することではないだろう。
問題は――――
「本題……というか、依代君が特に疑問を抱いているところを説明しましょうか」
それは菅原朱里との初めての邂逅。
そして、どこからともなく聞こえた声の正体。
「依代君と初めて出会ったのは中学生最後の春休みだったわね」
「そうですね……あの時、何故かボロボロの部長を抱き留めてたんで焦りましたよ」
「あの時、どうやって私を助け出したのかは分からないけど本当に助かったわ。改めて……ありがとう」
「いやいや、記憶にないことなんで。それにその言葉は沢山もらいましたから」
集から言わせてみれば、記憶はないけれどどうやって助けられたのかは分かっていることだった。
〝コード〟
この力のおかげだろうと勝手に確信している。
たった一言呟けば意識が切り替る力――――いや、後悔しそうな時に後悔しないように目の前の出来事を片付ける力と言った方が良いのだろうか。難点を上げれば、直前の記憶が無くなることと筋肉痛で体が軋むことくらいだろう。
「……私は貴方に返せないほどの借りを作った。いずれは必ず返すつもりでいるわ」
でも、
「まだ、もう少しだけ貴方に力を貸して欲しいの。私の中で未だに終わっていない戦いに――――」




