始まりの物語 Ⅱ
いつも通りの時間に目を覚まし、いつも通りにテレビを点けて同じニュース番組を見る。
お供は渋い緑茶に饅頭。
まだ少しに寝ぼけている脳みそに一番効くのがこのセットなのだからしょうがない。
「あら? 随分と起きるのが早いのね、おはよう」
あぁ、そう言えば全然いつも通りじゃなかった。
「おはようございます。部長」
「えぇ、おはよう依代君」
寝癖一つない長い髪、眠気さを感じさせない起きた表情筋、いつも通りの体の動き。
……もう既に朝の準備は整っている。
「部長、何時に起きてたんですか? 準備万端じゃないですか」
「五時少し前かしらね。たった今準備運動を済ませたばかりよ」
「準備運動?」
「私は毎朝ヨガをしているのよ」
「へぇ……ストイックですね」
「女性なら美容と健康に気を使っていたいものじゃない。私の母を見たでしょう?」
「確かに……凄い若々しかったです」
「あれで四十近いのよ?」
「そ、そう言えばうちの母さんと知り合いなんでしたっけ。忘れてました」
朱里と葵と並んでも遜色ない若さを保っていた秘訣は、やはり健康な生活。
正直、あの場所で出会ってなかったら母親だなんて思いもしなかっただろう。
授業参観なんかで出会ったら「あ、お姉さんいたんだ」くらいにしか思わなかったと思う。
「葵もランニング中よ。まぁ、あの子は美容とか健康のためじゃなく強くなるために鍛えてるだけなのだけれどね。よく母には「あまり筋肉をつけすぎないよう」にと言われているのだけど、あの子が〈赤き虎〉灼天様の継承だから」
「あぁ、何か大変みたいですね。俺も夢の中で説明はされましたけど……なんでも〝戦闘〟において最も才能がある者から継承者が生まれるんでしたっけ?」
「そうね……随分と噛み砕いてはいるけれど」
廻奇の社に東西南北の各所を寝床とする守護神。
その西にいるのが〈赤き虎〉――――灼天。
贖罪との戦いにおいて必要不可欠な存在。またの名を〝戦いの神〟とも言われ、朱里や葵たちののように贖罪と戦う者たちに、戦い方と加護を与えている。
故に、継承者という存在は戦場という舞台で最も活躍できる存在ではないといけない。
先導し、躍動しする。戦いにおいて最初から最後まで〝砦〟と呼ばれる存在でいなければならない者が選ばられる。
「それで依代君は? いつもこんなに早く起きるわけではないのでしょう?」
「俺は昨日のことを整理しようと思いましてね。色んなことがありすぎてまだ全然受け入れられてないんですよ。まさか自分が非日常に入り込むなんて思わなかったですから」
眠った後に連れて行かれた灼天の記憶の世界。
黒い煙のようなものと、戦闘服に身を包んだ大量の人間の衝突。
老若男女関係なく……その場で散って行った。
初めてだった――――人が残酷に死ぬ姿を見たのは…………。
それも、事故や事件ではない殺戮の光景。
こんなことを灼天の目の前では言えないけど、一生許さない。こっちは普通に暮らしていた一般人だぞ?
腕が吹き飛んだ。
脚が吹き飛んだ。
体が吹き飛んだ。
内臓が噴き出した。
その場にいた訳ではないのに、生臭い鉄の香りがした。
正直、トラウマになるってよりかはもう二度と見たくないって感じだったことを覚えている。
「それに学校も遠くなっちゃいましたしね。早めに出て道を覚えないといけないなって」
まとめる……というよりかは、深く考える。
未だに変わらない日常の感覚が狂わせてくる異常事態への危機感を整えると言った感じだろうか。
朱里も葵も、二人共がいつも通り過ぎるが故に慣れそうにない非日常というのがどれほど恐ろしいことなのか。
「車で向かった方が良いんじゃないかしら? 流石に歩いていくのは大変よ」
「毎日ではないですよ。ただ今日は歩いて行きたいんです、伊達も誘ってますしね」
「……本当に、加藤君とは仲が良いのね」
「まぁ一年の頃からの付き合いですから」
「本当に……何がとは言わないけれど、疑いたくなってしまうほど一緒にいるものね」
「いや、疑わないでくださいよ」
◆
いつもとは違う道。
いつもとは違う人。
いつもとは違う景色。
何だか、入学式の時のような感覚にも似た初めての感覚というものがこみ上げてくる。
学校までは五キロほど。
流石に生まれ育った街で迷うことはないが、それでもスマホで地図のアプリを活用しながら道を歩く。
「(静かだな……)」
不思議と冷静になれる環境。
車が走行する音は不規則にも聞こえるが規則的にも聞こえるもので、後ろにも前にも高校生らしき人物が歩いていない。
周りを見渡せば犬の散歩をしている人だったり、何やら急いでいるサラリーマンの姿だったり、あまり自分とは関係がないような人たちばかりだ。
この、誰しもが関係のない世界を感じることで独りの感覚を味わえる。
朝の空気は澄んでいて、肌に当たる風は少し冷たくて、薄っすらと白い雲が漂う空は快晴で、歩きながらでも日向ぼっこをしているようなリラックスを与えてくれる。
「(あ、そう言えば朝ご飯食べてないな。コンビニでいいか、昼は食堂にでも行こう)」
あぁ、本当に綺麗な世界だ。
犯罪だってあるし、もちろん人だって死ぬこともある。
それでも綺麗だと一層感じてしまうのは、あの世界を見せられたからだろう。
――――〈星空弾圧〉 戦いの名はそう言った。
例えばマンションが崩落したとしよう。
当然、そこに住んでいる人たちや近くに住んでいる人たちに被害が及ぶ。だが、それがもしも奇跡的に助かった時に大量の奇跡が生まれることになる。
そういった奇跡の重なりによって起きた出来事は、世界と世界の間の世界で贖罪に姿を変え世界への侵食を始めた。
その中でも、日本で起こった最大級の戦いが〈星空弾圧〉と呼ばれるものだ。
沢山の奇跡が起きてしまったことにより生まれた贖罪。それと対峙したのが廻奇の社だったというわけだ。
そして、なぜ集がそんなものを見せられたかというのが〈赤き虎〉灼天に身体を貸すことが出来るから。
ようするに……お前もいずれ戦うことになるぞ、と遠回しに言われているのだ。
「(はぁ……全く実感が沸かないわ)」
対人での戦闘ならまだ理解も実感も出来たことだろう。
だが、まるでアニメや漫画に出てくるような化物が相手であるということに理解は出来ても実感が沸かない。
もう一度を溜息を吐き、先に見えていたコンビニに入り菓子パンとお茶をいくつか購入する。
用事を済ませたコンビニから出てスマホを確認して学校の位置を再確認。
「あと二キロくらいかぁ。やっぱり少し遠いな、自転車でも買ってもらおうかな」
流石に学校でも美女として有名であろう朱里と葵なんかと一緒に登校してしまえば、変な目立ち方をしてしまう。それだけは何としても避けたい。
ただでさえ文芸部にいるってだけで羨ましがられるのだから相当だ。
「……依代集くん?」
「ん?」
背後からの声に振り返ると、そこには全く知らない女子生徒が立っていた。
「えぇ……と、どちら様で?」
「あっ、おっシュー!」
「…………伊達の彼女さんか」
どうしてだろう。
今の一言で、この可愛いさが一瞬にして崩れ落ちていったような気がする。
「うわぁ、ホントに伝わるんだ! 正解だよ依代くん!」
満面の笑みと可愛らしい声。
容姿も整っていて美少女として完璧だと言える存在だろう。
「そんなこと言う奴は伊達しかいないから」
そして、彼女のどこか抜けている感じが加藤伊達という人物の彼女としての相応しさを感じさせるのだから相当相性が良いのだろう。
「やっぱり仲が良いんだね! あれ、でも依代くんってこっちの方に家あるの? なんか伊達くんが家が真反対にあるから一緒に帰れないって言ってたけど」
「……まぁ、色んな事情が重なって引っ越したんだよね」
「そうなんだ! ここら辺に引っ越してきたの?」
「いや、もうちょっと遠いよ。そこの橋を渡った向こう側だから」
「え、かなり遠いじゃん。橋の向こう側って電車で行くところだよ? 見たところ歩きに見えるけど」
「まぁ今日は歩きってだけで毎日じゃないよ。今回は道を改めて覚えたかったって感じかな」
「そっか。あっ! やばっ私朝練あるんだった!」
「なるほどね。だからこんなに早いか……あっ、もしかしてコンビニで何か買ってく予定だったりした?」
「うん……でも行かないと遅刻するから購買で済ませる! じゃぁまたねー依代くん!」
そう言い残して走ってどこか行ってしまった。
制服が違うことから別の学校に通っていることは分かるが、生憎とどこの学校の制服かは分からないがきっと少し離れた場所にあるのだろう。
ここらで生活していて一度も見たことがない制服だった。
「マイペースというか、何と言うか……よく似合ってるよ、伊達には」
というよりも伊達……。
自分の彼女に俺のことを教えなくていいから。
顔も知ってる当たり画像も見せたんだろうけど見せなくていいから。
学校で会ったらまずは伊達への苦情から始まりそうな一日が始まった。




