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うちの執事は“なにか”がズレてる。〜私にだけ俺様攻撃を仕掛けてくるので、絶対にその秘密を暴いてみせます〜

作者: 海伶

 私たちの出会いは最悪だった。



「レイラ、今日から執事見習いとして、うちで働くことになったリアムだよ」


 ある日突然、お父様から紹介されたのは、執事服を端正に着こなした同い年の男の子だった。


(なんて、綺麗な子なんだろう)


 それは、私が“リアム”にはじめて会った時の、彼への第一印象だった。


 少しだけ癖のある黒色の髪に、眼鏡をかけたその姿は、知的さだけでなく、言葉では言い表せないほどの色気を醸し出し、私は一瞬にして目を奪われた。


 思わず見惚れてしまった。


 コホンっというお父様の咳払いが聞こえてきたことで、我に返った私は、急いで頭を振って、何事もなかったかのように、できる限り平静を装った。


 そんな私を、リアムに付き添っていたおじさまが優しく微笑んでくれる。


 初めてお会いした方の前で恥ずかしいと、少しだけ頬を赤らめながらも、私はリアムに挨拶をした。


「リアム、私はレイラよ。よろしくね」


 よそ行きの澄ました笑顔をリアムに向けながら、私はリアムの前に手を差し出した。

 それなのに、


「きゃっ!!」


 私が差し出した“初めまして”の挨拶のためのその手は、突然強引に引っ張られ、私はリアムの方に引き寄せられてしまった。


(えっ、何するの!?)


 そう思うのと同時に、リアムは私の腰に手を回し、私の顎をクイッと持ち上げるではないか。


 頭が真っ白になって、自分の身に起きている今の状況を全く理解できない私は、抵抗することさえできず、固まってしまった。


「レイラのことは、俺が必ず守ってやる」


 そんな私にお構いなしに、リアムは私の瞳を見つめながら、一言だけそう告げた。


 眼鏡の奥に隠された金色に輝く瞳で、射抜くほどに真っ直ぐ私を見つめながら。


 驚くほど真剣に紡がれたその言葉は、情熱的なプロポーズのようで、私の心臓はドクンドクンと早鐘を打ち始める。


 それはまるで、警鐘を鳴らすかのように。


 私の顔は耳まで真っ赤に染まり、そのまま私の時間(とき)は止まってしまった。


 付き添いのおじさまに「バシッ」と思いっきり頭を叩かれるリアムを見つめながら。



 そして、叩かれた頭を押さえながら、リアムはおじさまに引き摺られながら、サロンを出て行った。


 今もなお、私は呆然と立ち尽くし、動くことができない。


 一連のその様子を間近で見ていたお父様も、さすがに苦笑いをしながら、リアムたちの後を追ってサロンを出ていった。


「一体、なんだったのかしら……」


 残された私の呟きだけが、サロンに響いた。



 ******



 私の名前は、レイラ・ラフィム。


 ラフィム公爵家の長女として生を受け、現在は貴族女学院に通う15歳。


 家族思いの両親と、私とそっくりな4歳下の弟のライリー、そして多くの使用人のみんなに囲まれて、仲睦まじく暮らしている。


 ミルクティーベージュの温かみのある髪色は優しいお父様、ぱっちりとした大きな瞳に透き通るように白い肌は美しいお母様譲りで、自分で言うのもなんだけど、この恵まれた容姿には両親に感謝さえしている。


 これと言って不満もなく、大切に育てられてきた私には、貴族の御令嬢のお友達もそれなりにいて、学院生活も楽しんでいる。


 今だって、お友達主催のお茶会に出席しているところ。



「昨日、ジョージと一緒にお芝居を観に行ってきたわ」

「ジョージって婚約者の彼? いいなぁ、私もお芝居を観賞するような大人のデートがしたいわ」

「そういえば、マリアはあの幼馴染みの婚約者の彼とは最近どうなの?」

「もちろんうまくいってるわよ。ここだけの話、この前キスしちゃった」

「「「キスー! きゃー、大人!!」」」


(キス!? 結婚前にしてもいいものなの? でも、婚約者だからいいのかな? いや、でも、やっぱり……)


 お友達が、デートやらキスやらと盛り上がる中、私は自分の日常とは掛け離れた未知の世界に、一人脳内パニックを起こしていた。


 そんな私に気付いたのか、私の隣に座る親友のアリアナが、こっそりと話しかけてきてくれる。


「レイラ、そろそろあなたも婚約者を見つけてもらいなさいよ?」

「え、あ、婚約者ね。そうね……まぁ、欲しくないと言ったら嘘になるけど、せっかくの結婚相手になる人だもの、好きになった人がいいわ。だから、私はまだいいかな」

「そんなこと言ってると、碌でもない男と政略結婚させられちゃうわよ?」

「お父様に限って、それはないわ。お父様は仕事熱心だけど、家族思いの人だもの」

「とか言って、レイラがウィル王子の婚約者候補として名前が挙がっているのは有名な話じゃない。嫌じゃないんでしょ?」

「嫌じゃないけど、それは噂よ。お父様が側近として古くから陛下に仕えているから、そういう噂があるだけよ」


 実のところ、私に婚約者の話が全くないわけではないらしい。


 最近になって、お父様が私の婚約者を探しているという話を、うっすらと耳にしたことがあった。


 残念ながら、お母様に別件で呼ばれてしまい、詳しいことは聞けなかったのだけれど。


 でも、私は公爵家の娘だし、家のために用意される婚約者や政略結婚は覚悟をしているつもり。


 欲を言えば、それが物語に出てくるような格好良くて優しくて、ピンチになったら駆けつけてくれる王子様のような人だったら嬉しい。そんな人はいないと思うけれど。


 お友達の話に出てくるような、いつも綺麗な花束を持って遊びに来てくれたり、可愛いよって会うたびに褒めてくれたりする婚約者は、羨ましくもあり、私にとっては夢のまた夢の話。


 そもそも男の子という存在自体が、私にとっては夢物語のようなものだから。


 私の周りの男の子というと、弟のライリーくらい。


 私の通っている学院は、女学院だから男の子と接する機会なんて皆無だし、どうしてなのか、お父様もお母様も、男の子のいるお茶会やパーティーには絶対に行かせてくれないから。


 最後に行ったのは、王城でのガーデンパーティーで、それももう遥か遠い昔の話。

 けれど、今でも鮮明に思い出せる大切な思い出だったりもする。


 私はガーデンパーティーでの出来事を思い出し、ふふっと笑ってしまった。


「レイラ、今、何を考えてるの?」


 私の思い出し笑いを怪訝に思ったのか、アリアナが尋ねてきた。


「ガーデンパーティーのことを思い出していたのよ」

「またぁ? もしかして、まだあの彼のことが忘れられないの? たしかにお姫様抱っこをされたら、恋にも落ちるよね。でも、レイラは綺麗なんだし、たくさんの男の子と遊ぶくらいでちょうどいいかもよ。変に真面目なんだから」

「そんなことないよ、アリアナったら」


 私は愛想笑いで誤魔化した。


 たくさんの男の子と遊ぶよりも、私は運命の人ただ一人と結ばれる方が幸せだと思っているから。


 お茶会は、延々と各々の婚約者の話をして幕を閉じた。


「では皆様、お気をつけてお帰りください。最近物騒なことが増えているらしいですから」

「そう言えば、可愛い女の子が誘拐されるって話があったわね」

「魔法が使える子も、人攫いに会いやすいって聞くわ」

「まあ、怖い。皆様、可愛い私たちは特に気をつけましょう」


……とは言うものの、ここにいるみんなは王都にある貴族女学院のお友達。


 住んでいる場所はそれぞれの領地ではなく、王都内の別邸だったり学校の寮だったりするので、帰宅先は目と鼻の先だ。


 けれど、用心するのに越したことはない。いずれにせよ、安全に帰ることは重要だから。



 ******



 私はお茶会から無事に帰宅した。それもそのはず、馬車でお友達の家まで送り迎えをしてもらっていたから。


「お帰りなさいませ、レイラお嬢様。旦那様からサロンに来るように仰せつかっております」

「お父様が? こんな時間にどうしたのかしら? まだお仕事中のはずよね? 待たせてはいけないわね。早く準備して行きましょう」


 私を出迎えてくれたのは、私の専属侍女のエリーだ。エリーの笑顔を見ると、家に帰ってきたって気がしてとても落ち着く。


 もしこれが、あの執事見習いのリアムだったら、おそらくドッと疲れが出たと思う。


 私は一旦自分の部屋に戻り、エリーに手伝ってもらいながら着替えを始めた。


「エリー、最近、恋人とはどうなの?」


 エリーには王城の騎士として務めている年下の恋人がいる。


 エリーは少しだけ照れながらも、私の問いに答えてくれた。


「おかげさまで、順調ですよ。早くプロポーズをして欲しいくらいです」

「プロポーズ!? もうそんなに進んでるの?」

「はい、私も、そろそろいい歳ですから」


 エリーは23歳。料理も上手で、運動神経も良い。私が男なら真っ先にエリーにプロポーズをしたいくらい。


「レイラお嬢様は今日のお茶会はいかがでしたか?」

「もう、みんな婚約者の話ばかりよ。私にはまだまだ先の話ね」


 恋愛の話は好きだけど、やっぱり疲れる気がする。それは、私の心が枯れているからなのか。それとも、まだお子ちゃまだからなのか。


「レイラお嬢様なら、きっとすぐに物語に出てくるような王子様が迎えに来てくれますよ。はい、出来上がりです。レイラお嬢様はなんでもお似合いで羨ましいです」

「ありがとう、エリーのセンスがいいからよ!」


 私はエリーに元気付けられ、お父様の待つサロンへと向かった。


「あら? 誰もいないわね。お父様もまだなのかしら?」


 私はサロンのソファーに座って待つことにした。サロンのソファーはふかふかで座り心地が良い。私のお気に入りの場所だ。


「レイラお嬢様、お帰りなさいませ。旦那様は急ぎの仕事が入ってしまわれ、先ほど王城へ向かわれました」


 そう言いながら、リアムは紅茶とお菓子を私の目の前に出してくれた。知ってか知らずか、それは私の一番大好きなお菓子だった。


(これくらいじゃ、私の目はまだまだ誤魔化せないわよ!!)


 私はまだ、リアムと初めて会った時のことを根に持っている。


 心が狭いと言われようが、嫁入り前の女の子の腰を掴んで、顎をクイッとした罪は重い!!


 余裕がないって馬鹿にされそうだから、もちろんそんなことは一切口には出さないけれど。


「リアム、ただいま。お父様もお忙しいのね。リアムは、執事見習いも順調そうね」


 リアムとの衝撃の出会いからはや数日、リアムは最初のトチ狂ったような行動とは裏腹に、とても優秀な執事見習いだった。


 博識で、所作も綺麗で、気が利いて、もちろん淹れてくれる紅茶も美味しい。


「美味しい! やっぱりリアムの淹れてくれる紅茶は格別に美味しいわね。お菓子もやっぱりこれが一番よね。甘くてとっても美味しいわ」


 私がニコニコとお菓子を頬張っていると、リアムが突然、私の座っている一人掛けのソファーの肘掛け部分に、寄りかかるように座り始めた。


「え!? なんでここに座るの!?」


 驚いて文句を言っても、リアムは全くお構いなしに私のことをジッと見つめてくる。


 その金色の瞳に吸い込まれそうになり、どうしてか、動きたくても動けない。


 しかも、次の瞬間にはさらに思いもよらない行動を起こしてきた。


「付いてるぞ、レイラは本当にそそっかしいな」


 そう言いながら、リアムは右手で私の口元に付いているお菓子のかけらを、その指で拭いとり、あろうことか、そのまま自分の口へと持っていってしまった。


「甘っ」


 お菓子のかけらを拭った自分の指を舐めると、険しい表情をしながら文句を言った。きっと甘いものが苦手なのだろう。


 だったら尚更……


「な、なにしてるのよぉ!? 絶対にあり得ないっ、信じられないっ!!」


 私は耳まで真っ赤に染めながら叫んだ。


 それなのに、リアムときたら、してやったり顔でククッとおかしそうに笑っているではないか。


 堪らず、リアムを押しのけようと、両手をリアムの方へと思いっきり突き出した。


 恥ずかしくて、リアムの方を見ることのできなかった私の手が、あさっての方向に行ってしまい、リアムの頭に微かに触れる。


 少しだけ、癖のある柔らかな髪の感触に、私はさらにドキッとしてしまった。


「危ねっ!!」


 瞬間、リアムは頭を押さえながら、ソファーから立ち上がる。


「えっ、痛かった? ごめんなさい」

「いや、当たってないから大丈夫。それよりも、これくらいで真っ赤になって、レイラは本当に可愛いな」

「あ、赤くなんてなってないじゃない!!」

「ふーん、強がっちゃって。まっ、今日はこれくらいにしてやるよ。では、何かありましたら、いつでもお呼びください。純情なレイラお嬢様」


 最後には優秀な執事見習いらしい所作で、綺麗にお辞儀をして、サロンから出て行った。


「なんなの!? あの執事見習い!! もう絶対にリアムの淹れてくれた紅茶なんて飲まないから!」


 怒りとは少し違う感情がどうにも収まらない私は、とりあえずこの心臓の高鳴りを鎮めようと、目の前にある紅茶を飲んで落ち着くことにした。


「美味しい……」


 それは紛れもなくリアムが淹れてくれた紅茶だった。もちろん紅茶を飲んで冷静になった私は、その事実に気付いてしまう。


「仕方がないよね。だって、紅茶に罪はないもの」


 そう自分に言い聞かせて、私は紅茶を一気に飲み干した。そして決意する。


「絶対に、あの執事見習いの被ってる猫を脱がして、みんなに秘密を暴いてやる!!」



 ******



「……てことがあったのよ!! 信じられる?」

「すごい執事見習いがいたものね。むしろ執事見習いじゃないんじゃないの?」

「でも、私以外には至って普通というか、優秀すぎるくらいなのよ? きっと、ものすごい猫を被ってるのよ! もうっ、どうして私にだけ?」


 私は今、貴族女学院の食堂で盛大に愚痴を漏らしていた。相手はもちろんアリアナだ。


 アリアナは、唯一私がなんでも言える友達で、私の素の部分をも理解してくれている貴重な存在だ。


 少し口は悪いけど、はっきりとした物言いで本音を話してくれるので、私には心地良く感じている。



 ----ひらりっ


 アリアナと話していると、私の近くハンカチが落ちてきた。またか。

 私の近くにハンカチが落ちるのは、今月でもう17回目だ。


「落としましたよ?」


 私はそれを拾い上げ、落とし主の女子生徒に渡してあげた。


「あ、ありがとうございます」


 私からハンカチを受け取ると、その女子生徒は一目散に走り去って行った。


 そして、遠くから聞こえる……


「きゃー!! レイラ様に拾っていただいたわ。もうこのハンカチ洗えない。一生の宝物よ」


 こっちが恥ずかしくなるほどの大きな声で、盛大な独り言を言うのは、先ほどの女子生徒だ。話すというか、もう叫んでいる。


「出た。レイラ狂いの女。あとであの子は『レイラお嬢様を遠くから愛でる会』に怒られるわね」

「はぁ……」


 もう深い溜息しかでなかった。


 貴族女学院での私、それは、公爵令嬢という身分のためか、周囲のみんなから一目置かれている。


 そのことは仕方がないとしても、何故か、周囲からは“完璧令嬢”と呼ばれているのだ。


 私自身、公爵家の名に恥じないようにと、勉学には人並み以上の努力をしてきた自負もあるし、運動もそれなりにできる。


 普段は適当でも、人前に出ても恥ずかしくないくらいの礼儀作法だって身についている。


 けれど、


「ヘタレなのにねぇ……」


 アリアナが残念な子を見るような目で私を見ながらそう呟いた。


「本当よ! どうしてみんな、そんなに私に幻想を押し付けるのよっ!!」

「ま、仕方ないわよ。公爵家の令嬢で、容姿も良くて、浮いた話の一つもない。そりゃ物語のお姫様のような幻想も抱くわよ。もう一人の女神様に王子の話でも聞いて気分でもあげましょうよ? ね、ソフィア様」


 アリアナは隣の席でランチをしていたソフィア様に話を振った。


「ウィル王子、のことですか?」


 ソフィア様が可愛らしい声で小首を傾げながら聞き返してくれた。その姿は、愛らしい小動物のようで、可愛すぎる。


「はい、そのとおりです。レイラが婚約者候補に上がっている話を聞いたからには、できるだけ相手の情報収集もしとかなきゃ!」

「もうっ! アリアナったら。ソフィア様、突然ごめんなさい」

「いいえ、私にできることがあれば、もちろん協力しますよ」


 もう一人の女神様ことソフィア様は“聖なる乙女”と称される聖女様だ。


 聖女様は、この国に平和と安寧をもたらすとして国で保護されるほどの存在だ。


 希望があれば親元でも暮らせるが、ソフィア様のご両親は残念ながらいらっしゃらないみたいで、今は王城で暮らしている。


 だから、この国の王子であるウィル王子とも仲が良いと有名だ。


「ウィル王子は、とても素直で実直なお方ですよ。どのようなことにも一生懸命だし、誰にでも分け隔てなくお優しいです。もちろん優秀なお方なので、陛下からの期待もさぞ大きいことでしょう。ちょっと思い込みが激しいというか、なにかを勘違いしちゃってるみたいで、そんなところも弟のように可愛いのですけどね」


 ソフィア様は、慈愛に満ちた表情でウィル王子について話してくれた。


 ソフィア様のお話を聞いてわかったことは、ウィル王子が噂通りのお方だということ。


 ウィル王子の噂は良いことしか聞かない。私たちは気軽に王族の方にお会いできないので、全ての情報と言えば、噂だけが頼りだから。


「全く非の打ちどころがなさそうね。もしかしてブサイクとか?」

「ちょっと、アリアナ、それは不敬よ!」

「ふふ、とっても美形ですよ。目が奪われてしまうほどです。人を惹きつける不思議なオーラもありますしね」

「じゃあ、どうして今まで婚約者がいないのよ? 引く手数多ってことでしょう? そんな有望株、絶対におかしいわよ」


 なにやら、アリアナは不満そうだ。


 もしも、ウィル王子がブサイクと言われる部類のお方だったとしても、今のアリアナなら文句を言うだろうけれど。


「ここだけの話、ウィル王子には想い人がいるみたいなんです」

「えっ……」

「そんなこと言って、実はソフィア様が想い人だったりして?」


 アリアナがソフィア様のことを肘で突く。アリアナの人を選ばずに接することができるコミュニケーション能力は尊敬に値する。


「それはないですよ。私にお慕いしている方がいるということは、ウィル王子もご存知ですから」

「「ソフィア様、恋人がいるの!?」」


 私とアリアナは二人揃って声を上げた。


 ソフィア様は頬を赤く染めながらもこくりと頷くその姿は、まるで天使のようだ。


 私たちが驚いたのも、決してソフィア様をバカにしているわけではなく、ふんわりおっとりとしているソフィア様に、どのような恋人がいるのかということに興味があってのこと。


「内緒ですよ」


 ソフィア様は可愛らしく口元に人差し指を当て、シーっという仕草をした。私とアリアナは、こくこくと頷き返す。


 私たちは、今度王城で恋の話をする約束をした。どうして王城で、なのかというと、ソフィア様の想い人が王城の騎士様だからだ。


 もしかしたら、そのお姿を拝見できるかもしれないと盛り上がり、その勢いで王城で開催されることに決まった。



 ******



「ただ今帰りました」


 学院から帰宅し、私は着替えを済ませると、今日もサロンに向かった。


「やっぱりここが一番落ち着くわ」


 ソファーにだらんと座る私の今の姿は、完璧令嬢とはほど遠い姿だ。こんな姿、誰にも見せられない。


(それにしても、ウィル王子には好きな方がいらっしゃるのね……私なんて問題外じゃない。あんなに酷いことをしてしまったんだもの)


 学院でソフィア様が仰っていたことを思い出し、盛大に落ち込んでいた。


 そして、私の淡い初恋の思い出を脳裏に蘇らせる。


 あれは5歳の時のこと。あの日のことは、決して忘れはしない。




「うぅ……ここどこ? おとうさまはどこにいるの?」


 5歳の私は、お父様に連れられて王城で開かれたガーデンパーティーに訪れていた。

 そして、広い広いそのお庭で、私は見事に迷ってしまったのだ。


「もうやだ、かえりたいよ……」


 大きな木の影に隠れて、一人泣いていた。


 つい先ほど、キョロキョロと周りを見回しながら歩いていたところ、盛大に転んでしまったからだ。


「どうしてないてるの?」


 その時、とても優しい声が頭の上から降り注いだ。俯いて泣きじゃくっていた私は、その声のする方へと顔を向ける。


「だれ?」


 顔を上げると、金色に輝く髪色をした天使のような綺麗な男の子が立っていた。


「どうしたの? まいご?」

「うん、かえれなくなっちゃったの。それに……」


 私の足は真っ赤に腫れていた。転んだ拍子に、膝を擦り剥き、足をくじいてしまったから。


「ちがでてる!?」


 男の子は、自分のポケットに入っていたハンカチを取り出し、血が滲み出ている私の足に優しく巻いてくれた。


「いたいの、いたいの、とんでいけ〜」


 その一生懸命な姿に、私は一気に魔法にかかった気がした。


 そして、男の子は私のことをお姫様抱っこをして医務室まで運んでくれようとした。


 けれど、


「……ん、も、もういっかい、うぅっ」

「ごめんね、わたしがおもいから、わたしあるけるよ?」


 残念ながら、何度挑戦してもお姫様抱っこをすることは叶わなかった。


 小さい頃は女の子の方が成長が早い。残念ながら、私の方がほんの少しだけ大きかった。


「だれかよんでくるからまってて」


 そう言うと、男の子は走って行ってしまった。


 男の子が行ってしまってからすぐに、見回りの騎士様が声をかけてくれた。


「どうなさいましたか、お嬢様?」

「あしをくじいちゃったの」

「本当だ。足が真っ赤になっていますね。早く治した方がいい」

「でも、いまたすけをよびにいってくれて……わっ!」


 その騎士様は、私のことを軽々とお姫様抱っこをし、医務室まで運んでくれた。




(……あの男の子がウィル王子だったのよね。せっかく助けを呼びに行ってくれたのに、なにも言わずにいなくなるなんて、悪いことしちゃったよね。それに、ありがとうも言えてないし。でも、本当に天使のように美しい男の子だったな。きっと今頃は、さぞ美しく成長されているんだろうな)



「なに、ニヤニヤしてるんだよ?」

「えっ?」


 私は5歳の時に会ったきりのウィル王子の今のお姿を想像して、盛大にニヤけていたらしい。


 そして、少し不機嫌でぶっきら棒なその声に、私の意識は現実に引き戻された。

 その声はもちろん、紅茶を運んできてくれたあの執事見習いの声だ。


「リアム、なによ、その言い方?」

「思ったことを言っただけですよ、素敵な笑顔のレイラお嬢様」


 そんな軽口を叩きながらも、音を立てずティーカップを置く所作はさすがとしか言いようがない。だから余計に腹が立つ。


「で、なんでそんなにニヤニヤしてたんだよ?」


 やっぱりリアムの声は不機嫌だった。


「リアムには関係ないでしょ?」


 プイッと、リアムとは反対の方向へと顔を背けた。


「また、この前と同じことをされたいのか?」


 リアムが私の方へと、ジリジリと近寄ってくるのがわかる。


「残念でした! 今日はそれを見越してこっちのソファーに座ったんだから!」


 前回と同じようなことが起きないように、絶対に肘掛け部分に座られないように、今の私は三人掛けのソファーの真ん中に座っている。


 フフンと鼻を鳴らして勝ち誇った気持ちでいると、いきなりソファーに押し倒された。思いのほか、とても優しく。


『ボスッ』


 私の顔のすぐ左横のソファーの座面に、勢いよくリアムが右手を突いた。押し倒された私の上に、覆いかぶさるようにして。


 私の顔の前には、初めて会ったあの時のような、真剣なリアムの顔があった。


(床ドンならぬソファードン!? ドンってならなかったから、ソファーボスッ!?)


 そんなくだらないことでも考えていないと、とてもじゃないけれど、平静を保っていられなかった。


 それでもリアムは、全く表情を変えることなく私を見つめ続ける。

 そして……


「他の男のことなんか、考えるな」


 私を見つめる金色の瞳は一向に揺るぐことのないまま、リアムは空いている方の手で、私の髪を1束掬い取ると、それを自分の口元に持っていく。


 その仕草に、私の鼓動がトクンと大きく跳ね上がるのを感じた。


「レイラお嬢様、お待たせしました」

「「!?」」


 私と今サロンに入ってきたエリーは、この状況を「これは非常にまずいタイミングだ」とすぐに理解する。


「チッ、邪魔が入ったか」


 そう吐き捨てたリアムは私の上から退いて、何事もなかったかのように紅茶のティーポットを片し始めた。


 エリーは相変わらずサロンの入り口で固まっている。だから私は必死に話題を探す。


「エ、エリー、どうだった? 顔合わせは? 恋人の職場の上司の方たちに会ったのでしょう?」

「はい……」


 エリーはチラチラとリアムの方を見ては、なにやらオドオドとした態度をしているではないか。


 男の人の前で婚約者の話をするのが恥ずかしいのだろうと思った私は、わざとらしくリアムに告げた。


「ちょっと、リアム、女の子同士で恋の話をしているのだから、気を利かせて何処かへ行ってくれないかしら?」


 先ほどまでの仕返しをするように、私はリアムを追い出そうとした。


「レイラに恋の話なんてあるのかよ?」

「まっ、失礼ね。それより、エリーの前で本性を出していいの? 被るのをやめたの?」

「は? な、何も被ってねえよ!!」


 リアムは見るからに狼狽えた。私はチャンスだと思いリアムに追い込みをかける。


「私以外の人たちの前で猫を被ってるじゃない、立派な猫を。きっとリアムは真っ黒な黒猫を被ってるんだわ」

「……猫の話かよ。驚かせるなよ、鈍感レイラ」

「はっ? エリーの前でなにその態度? まさか、エリーにも私にしているような失礼な態度をとってるんじゃないでしょうね? エリーには恋人がいるんだから、絶対にちょっかい出しちゃだめよ」

「ふーん、じゃあ、恋人のいないレイラには、今までどおり、あんなことやこんなことをしてもいいってことか」


 リアムは、それこそわざとらしくニヤリと笑った。


「あんなことやこんなこと!? 私にも好きな人くらいいるんだから、だめに決まってるでしょ!!」

「ガーデンパーティーの、か?」


 私の言葉にリアムは食い気味に言う。その声色は思いのほか平坦で低い。


 けれど、私はリアムの口から“ガーデンパーティー”という単語が出てきたことの方に気を取られ、思わず耳を疑った。


 私の初恋の人の話を知っているのは、アリアナとエリーくらいだから。


「なんでリアムがその話を知ってるのよ? そうよ、私が泣いている時に駆けつけてくれたヒーローなんだから!」

「チッ、勝手にしろ」


 リアムは怒ったようにそう吐き捨てると、私のことを一度も見ずに、サロンから出て行ってしまった。


「勝手にしろって、どうしてリアムにそんなこと言われなきゃいけないのよ?」


 どうしてなのか、私の心はモヤっとした気持ちになった。



 ******



 私は今、アリアナと一緒に王城の庭園に来ている。以前約束をした、ソフィア様と恋の話をするためだ。


 今日は私の宝物も一緒に持ってきている。


 それは、ガーデンパーティーで、ウィル王子に巻いてもらったハンカチだ。


 本当は返すべきだろうけど、私は大切に大切に鍵付きの宝箱の中に入れて閉まっていた。


 いつか、ウィル王子に会うことができたらこれを持ってお礼を言おう、そう思っていたから。



「ソフィア様、ソフィア様の恋人はどのお方ですか?」

「アリアナ、早いって! まずは馴れ初めから聞こうよ」

「ふふ、馴れ初めって言っても、私がこの王城に迎えられた時から、私の護衛もしてくれている騎士の方ですから、これと言ってはっきりとしたものはないんですよ」


 ソフィア様は頬を赤く染めながら、王城での出来事を話してくれた。


「はぁ、もう羨ましすぎる! 私も優しくされたいよ!!」


 私は思わずそんなことを口に出していた。それほど、ソフィア様の恋の話が素敵だったから。


「レイラ様は、好きな人はいらっしゃらないのですか?」

「レイラはね、5歳の時からそれはもう一途に想い続けているのよ。ほら、あの宝箱の中にその時の思い出の品が入っているのよ。私は何十回と同じ話を聞かされたことか」


 なぜか私の代わりにアリアナが説明しはじめた。たしかにそれくらいアリアナに話しているのかもしれない。


「まぁ、5歳から! どのような宝物なんですか? 私も見てみたいです」

「はい、いくらでもお見せしますよ。欲しいと仰っても絶対にあげませんけどね」


 私はそう言いながら、宝箱を開けようとした。が、そこで痛恨のミスに気付いてしまう。


「あー!! 鍵を忘れた。せっかくだからお見せしたかったな……」


 自分のうっかり具合に、盛大にしょんぼりしていると、ガヤガヤとたくさんの騎士様たちが歩いてくる音が聞こえてきた。おそらく訓練が終わったのだろう。


「もしよろしかったら、鍵を壊さないで開けてもらいましょうか?」

「そんなことができるんですか?」

「ええ、ちょうど訓練も終わったみたいですし、お二人がお会いしたいと言っていた方に会うための、ちょうどいい口実になりますから」


 そう言うと、ソフィア様は先ほど歩いていた騎士様たちの方へ小走りで駆けて行った。


 すぐに一人の騎士様を連れて、私たちの方へ戻ってきたけれど、私はその騎士様を見てとても驚いた。


「あ! あの時の!!」


 私がガーデンパーティーに訪れた日、お姫様抱っこをして医務室まで運んでくれた騎士様だったから。


 あの時の騎士様が、偶然にもソフィア様の恋人だと紹介された。


「覚えていらっしゃらないと思いますが、私が5歳の時、ガーデンパーティーで、医務室まで運んでくださってありがとうございました」

「あぁ、あの時の可愛い女の子か。大きくなったね」


 騎士様は優しく微笑んでくれた。


 それを見たソフィア様が、コホンと可愛らしく咳をして騎士様に尋ねた。


(ソフィア様、少し嫉妬してる? もう、とても可愛いわ!)


 私はソフィア様のそのお姿に、胸がときめいた。恋をしている女の子は可愛い、まさにそのとおりだと思ったから。


「アラン様、これなんですけど、鍵を壊さないで開けることはできますか?」

「簡単だよ。はい」


 まるで手品のように、ものの数秒で鍵を開けてくれた。


「どうして、こんなことができるんですか?」


 アリアナが不思議に思い、騎士様に尋ねた。


「俺たちは、いつどのような状況になるかわからないからね。閉じ込められてしまった時のことも想定して、いろんな訓練をしているんだよ。俺たちもだけど、ウィル王子もきっと、ドアの鍵くらいなら、ものの数秒で開けられるはずだよ。もちろん悪いことには使わないけどね」


 騎士様はそう言いながら、ソフィア様に目で合図をしていた。もちろんソフィア様は、頬を赤く染める。


((この二人、絶対になにかあったな))


 私とアリアナは、お互いに目で合図をした。

 この時の私たちの脳内では、ありとあらゆる妄想劇が繰り広げられていたことは言うまでもない。


 私たちは騎士様にお礼を言って別れると、宝箱に入っていたハンカチを取り出して、ソフィア様に見せた。


「あら? この刺繍……もしかしてレイラ様の想い人って、ウィル王子ですか?」

「ふふ、はい、実はそうなんです」


 王族の方たちには、それぞれ刺繍のモチーフが決まっているみたい。ハンカチに刺繍されたそれを見て、ソフィア様はすぐにウィル王子だと言い当てた。


「えっ、助けてくれた男の子ってウィル王子のことなの? 私はてっきり騎士様のことかと思っていたわ。だから私、ソフィア様の恋人の方だと知って、どうやってレイラを慰めようか必死で考えていたのに」

「もうっ、アリアナったら。何回も話したじゃない!!」

「何回も聞きすぎて、逆に聞いてなかったのかも。それで、ウィル王子は格好良かったの?」

「それはもう、天使のように綺麗な男の子だったわ」

「そうですか、私もそれが聞けてとっても嬉しいです」


 ソフィア様は心底嬉しそうに微笑んでくれた。


 ソフィア様とたくさんの恋の話をし終えると、私とアリアナは王城を後にした。


 残念ながら、ウィル王子に会ってお礼を言うことは叶わなかったけれど、すごく楽しい時間を過ごすことができた。



「ねえ、レイラ。ちょっと寄り道してもいい?」

「いいわよ。どうしたの?」

「婚約者の彼に渡すプレゼントを頼んでいたのだけれど、きちんと自分の目で仕上がりを見ておきたいと思って」


 アリアナは適当に見えて、実は真面目な姉御肌で、婚約者の彼には尽くしているようだ。


 私たちは文房具屋についた。アリアナは万年筆に名前とメッセージを彫ってもらっているみたい。


 すぐに終わるということで、私は外でアリアナを待つことにした。


 私が外で待っていると、私の目の前にヒラリとハンカチが落ちた。


(またか……)


 正直そう思ったけれど、私は目の前に落ちたハンカチを拾い、落とし主に声をかけた。


「すみません、ハンカチを落とされましたよ?」

「あぁ、本当だ。ありがとう。あなたはとても優しい人だ。ぜひお礼をさせていただきたい。これから食事にでも一緒に行かないか?」


 その人は、見るからに貴族という身なりで、私が声をかけた時からずっと、私のことを上から下まで舐め回すように見てきた。


(なんとなく、この人、嫌だわ……)


 私は不快に思い、早くこの場を立ち去りたかった。


「いえ、お構いなく。友人が一緒なので」

「そう言わず、食事に行こうよ」


 その人は引き下がることなく、今度は強引に私の腕を引っ張った。


「痛っ」


 リアムが私の手を引っ張った時とは全く違い、痛くて、そして一瞬にして恐怖が私を襲ってきた。


(もしかして、人攫い!?)


 ふと、お友達とのお茶会で話に出た、人攫いという言葉が私の頭を過ったから。


「やめてください、離して!!」


 必死に抵抗するも、全く歯が立たなかった。泣きそうで、でも必死に泣くのを堪えながら抵抗していたその時、


「汚い手で触るな、こいつは俺のだ」


(この声は……)


 私は怖くて瞑っていた目を開けてみると、リアムがその人の手を掴み、私の腕から引き離してくれていた。


 リアムが現れたことで安心したのか、私は思わず涙がポロポロと零れ出した。


「リアム、リアム……」

「もう大丈夫だよ、レイラ」


 リアムはそう一言だけ言うと、優しく私を包み込むように抱きしめてくれた。


(どうして、こんな時だけ優しいのよ……)


 そう思いながらも、リアムの腕の中が優しくて温かくて、私はいつの間にか安心しきっていた。


 その姿を、店から出てきたアリアナに見られた時は、さすがに弁解するのが大変だったけれど。



 ******



 それから数日後、私はお父様の執務室に呼ばれた。


 お父様の執務室に入ると、ドアの横にはリアムが控えていた。

 あの日、リアムに助けてもらった日から、リアムとはまともに会っていなかった。


(どうしよう、私、なんか変よ?)


 リアムがそこにいる、そう思うだけで、心臓の鼓動が早く脈打つのがわかった。


(やだ、ドキドキしてるのがバレちゃうよ)


 そんなことを考えている中、お父様から思いもよらない話を突きつけられた。


「婚約の申し込み、ですか?」


 私は後ろにいるリアムをチラリと見た。しかし、リアムは全く微動だにもしなかった。


(少しくらい、反応してくれたっていいじゃない……)


 どうしてか、そう思ってしまった。やっぱり私、変だ。


「あぁ、ダリ侯爵家のご子息なんだけれど、レイラに一目惚れしたらしくてな」


 私の脳裏に一抹の不安が過ぎった。


(まさか、あの時の……絶対に嫌)


「今月末の女学院の休みの日に、一度会ってみないか、ということになったんだが、こちらとしても無下に断ることもできなくてね。大丈夫かい?」

「……はい」


 私は、もしかしたらあの時の男の人かもしれないと思うと、身体の震えが止まらなかった。


 でも、お父様が断れない相手なのだから、私は首を縦に振ることしかできなかった。


 政略結婚は仕方がないと、ずっと覚悟をしていたのに……


 リアムは、ただ黙ってジッとドアの横に立っていた。私がお父様の執務室を出るまで、ずっと。



 ******



「ダリ侯爵家ってあれでしょ? 急激にお金周りが良くなったっていう?」

「うん、多分そう」


 私は毎度の如く、アリアナに愚痴を溢している。


 貴族間、それも令嬢の間でも噂になるほど、ダリ侯爵家の評判は良くないらしい。


「随分と悪どいことをやっているって噂だよ? 裏の組織とつながりがあるとか。やめときなよ」

「やめるもなにも、お父様が断れない相手だもの、無理よ」

「本当に政略結婚の話が出るなんてね。誰かに助けを求めてみたら?」


(誰か……)


「ウィル王子なんてどう? もしかしたら恋に発展するかもよ!」

「はあ? どうしてそこでウィル王子が出てくるのよ?」

「だって、ウィル王子はレイラの想い人でしょ?」


 アリアナにそう言われて気付く。たしかについ最近まではそうだった。でも今さっき、私の脳裏に浮かんだのは……



 ******



 とうとう顔合わせ当日の日が来てしまった。


(よりによって、どうしてこのメンバーなのよ?)


 顔合わせに向かうのは、お父様、リアム、エリー、私の四人だった。


 馬車に揺られ、ダリ侯爵家を目指す。車内では、当たり障りのない会話が続いた。もう帰りたい。


 それなのに、リアムと一緒にいられて嬉しいと思ってしまう私がいる。きっと、もう確実だ。


 そして、ダリ侯爵家に着いた。


(やっぱり、あの時の男の人だ……いやだ)


 あの時、私の腕を掴んだあの男、ダリ侯爵の御子息は、最初に会った日のように、これでもか、と言わんばかりに私のことを舐め回すように見てきた。


(うぅ、気持ち悪いよ……)


 しかし、私の思いとは裏腹に、顔合わせはどんどん進んでいった。


「本日は息子のために無理を言ってご足労いただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、一度ダリ侯爵殿とはゆっくりとお話しをしてみたかったから、ありがたい申し出でしたよ」


 双方の自己紹介が終わり、ダリ侯爵家自慢の庭園をみんなで見ることになった。


「レイラ、ここからは二人で歩こうか」


 庭園についたところで、ダリ侯爵の御子息が私に手を差し出してきた。


(いきなり呼び捨て? 失礼すぎるわ)


 助けを求めるかのように、周りを見回した。


(あれ? リアムがいない?)


 リアムがいないことに気付くと、いてもたってもいられない気持ちが膨れ上がり、トイレを口実にリアムを探しに行くことを決めた。


 一緒に庭園まで来ていたダリ公爵家の使用人の方が案内を申し出てくれたものの「屋敷の中で誰かに声をかけるから大丈夫です」と、もはや令嬢とは思えぬほどの速さで、私は脱兎の如く駆け足で全てを振り切った。


 御子息には「私のことは気にせずごゆっくり」と一言だけ告げて。


 唯一、私に付いてこれたのは、私の侍女のエリーだけだった。さすが、我がラフィム公爵家の優秀な侍女だ。



(リアム、リアムはどこ?)


 私は、人目を気にしながらも、トイレに行くフリをして、必死でリアムを探した。


(これじゃ、まるで泥棒をしている気分だわ。あ、いた!)


 リアムを見つけると、一目散に近づいた。リアムも私に気付いたようだけれど、ドアに向かって座り込み、作業の手をやめない。


(一体、なにをしているの?)


 リアムはある部屋の鍵穴になにかを入れて、ガチャガチャとやっているようだった。


(えっ? 泥棒?)


 その姿は間違いなく、部屋に侵入しようとしている泥棒そのものだった。


「リ……」


 リアム、だめ。と言おうとするも、リアムが唇に人差し指を当て「シーッ」と言う仕草を私に向ける。


 大人しく私は様子を見守っていると、すぐに「カチャッ」と音がして、鍵が開いたようだった。


(えっ、どうしてそんなことができるの?)


 リアムは無言のまま、私たちを部屋の中に入るように促した。部屋に入ると開口一番


「何しにきたんだよ、バーカ」

「な、なによ。リアムがいなくなったから、なにかやらかすんじゃないかって心配になって探しにきたんじゃない。そしたら泥棒なんて」


 私が話しをしているのに、リアムは部屋の中を隅々まで押したり触ったりして、なにかを探しているようだった。


「さっきからなにしてるの? ねえ、ねえったら!!」


 壁をペタペタと押して回っていたリアムを邪魔するように、リアムと壁の間に立ちはだかった。


「黙れ、そんなに、こうされたいのかよ」


 そう言いながら、リアムは壁をドンと叩いた。おそらく『壁ドン』をやりたかったのだろう。


 それを見越して、私はくるりと壁伝いに一回転をして見事に横に逃れた。


「ふふふ、そう何回もやられてたまるものですか」


 リアムは私の挑発に乗ったのか、横に動きながら壁をドン、ドンと叩いていく。私はそれを交わすように、華麗にくるりくるりと横にずれていく。


「あ、回り過ぎた」


 少し目眩がしたため、私は立ち止まってしまった。

 すると、とうとうリアムが私のことを逃さないように目の前に立つと、渾身の一撃を私の横に向けた。


『ドン』『ガコッ』


 リアムが本棚の本に『壁ドン』した瞬間、本がガコッと凹み、体勢を崩したリアムは偶然にも『肘ドン』の体勢になってしまっていた。


 その瞬間、お互いの時間(とき)が止まった。


 そして、そのままリアムの顔が次第に私の顔に近づいてくる。


 私がドギマギしながら目を瞑る。すると……


「階段が、現れました……」

「「えっ?」」


 エリーがこの部屋に入ってはじめて口を開いた。すっかりエリーの存在を忘れていた私は、エリーの言葉に驚き、瞑っていた目を一気に開けた。


 目を開けた瞬間、リアムの唇がもう少しで私の唇に触れるのではないか、と言うほど近い距離にリアムの顔があった。


 リアムも驚いたのか、慌てて後方に退いた。


(え、私、今、もう少しでリアムと……)


 私はその続きを考えないように、そして何事もなかったかのように、お互いに距離を取りながら、エリーの指差す方を見た。


 そこには、先ほどまでは確実になかったはずの階段が現れていた。


 先ほどの『ガコッ』という音は、なにかの仕掛けが作動した合図だったようだ。


「こんなところに仕掛けが隠されていたのか……ちょっと中を見てくる」

「え? リアム危ないよ?」

「レイラはここで待っていろ」


 リアムは躊躇うことなく中へと入り、階段を下りていった。


 待っていろと言われたにもかかわらず、リアムのことを追いかけてしまった。


「きゃあ」


 隠し階段は思ったよりも暗く、私はリアムに付いていくのが精一杯で、階段の一番下の段を盛大に踏み外してしまった。


「いたたたたっ」

「大丈夫か? 見せろ」


 そう言うと、有無を言わせずに私の靴を脱がせ、私の足首を眺める。


「は、恥ずかしいよ、やめてよ」

「腫れてるな……ごめん、俺のせいだ……」


 そういうと、赤く腫れた私の足首にリアムは自分の唇を落とした。


(え、えぇぇぇぇぇぇぇ!!)


 私は驚き、声にならない奇声を発した。


「な、なんでキスしたの? え? なんで?」


 しきりにリアムに尋ねても、リアムは何事もなかったかのように平然としている。


「すぐ終わるから少しだけ我慢してくれ」


 そう言って、階段下の隠れ部屋を漁り始めた。


 すぐにお目当てのものが見つかったようで、手に幾つかの資料らしきものを持ち、私の方へ戻ってきたけれど、私は未だに立ちあがれないでいた。


「ごめんなさい、先に行ってて」


 私がそう言うと、リアムは私の横を通り過ぎて、階段を上って行った。


(行っちゃった……)


 私の心にポッカリと穴が空いたようで、そしてズキンと心が痛んだ気がした。


 次の瞬間「本当によく転ぶよな」と言いながら、リアムは私の背後から優しく抱きしめてくれた。


(えっ? えっ? 行っちゃったんじゃなかったの? それにこれって……バックハグ!?)


「なに? 俺がレイラを置いて行くとでも思った?」


 リアムは私を抱きしめる手を優しく解くと、私を軽々とお姫様抱っこして、階段を軽快に上っていった。


(絶対に、今の私の顔は見せられない!!)


 それくらい私は自分の顔が熱を帯びているのが分かった。私にとって、階段が薄暗かったことだけが、唯一の救いだった。


 そして、そのまま何事もなかったかのようにその部屋を出て、はじめに顔合わせをした部屋に戻っていった。


 リアムは、私を優しく椅子に座らせてくれると、すぐ様エリーに冷やす物を持ってくるよう頼んでくれた。


(あれ?)


 お礼を言おうとリアムを見ると、リアムの眼鏡がなくなっていることに気が付いた。


「リアム、眼鏡がなくなっちゃってるよ?」

「あぁ、さっき見え辛くて外したからか。まあ大丈夫だ」


 そう言うと、少し俯き加減で私から離れていった。


(眼鏡がなくても見えるのかしら?)


 そして、程なくしてお父様たちが庭園から戻ってきた。


「レイラ、どうしたんだ? ずっと待ってたんだぞ?」


 御子息はそう言いながら、私の近くに寄ってきた。


(やだ、こないで)


 そう思っていると、リアムが私を守ってくれるかのように、私の前に立ちはだかってくれた。


「なんだお前、邪魔するなよ、執事風情が貴族様に逆らっていいと思っているのか?」


 御子息がそう言うのと同時に、リアムが先ほど隠し部屋から見つけてきた資料をお父様に差し出した。


 お父様がそれに目を通すと「間違いないです、よくやりましたね」そう一言呟いて、窓の外に向かって合図をした。


 大勢の足音がどんどん近づき、瞬く間に今いる部屋には武装した騎士たちが詰め寄った。


「な、なんだお前たちは?」


 ダリ侯爵が上擦った声を上げる。


「ダリ侯爵、不正の証拠は確認した。もう観念しろ」


 お父様は、先ほどの資料をパタパタと見せびらかすように提示しながら、ダリ侯爵に告げた。


 それを見たダリ侯爵は、その場に崩れ落ち、騎士たちの手によって連れられていった。


(一体、なにが起こったって言うの?)


 なにも知らない私は、呆気に取られ立ち尽くしていた。


「レイラ、驚かせてすまない。後でゆっくり話すから」


 そう私に告げて、お父様も騎士たちと一緒に部屋を出ていった。


 呆然とする私には、見知っている騎士様が声をかけてくれた。5歳の時にお姫様抱っこをしてくれた騎士様、ソフィア様の恋人だ。


「レイラ様、お怪我をしていると伺いましたが大丈夫でしょうか?」

「あ、そういえば」

「もし、嫌でなければ、私がお支えいたしますが?」

「えっと……」


 私は言い澱みながら、なぜか周りを見回してしまった。


「では、ご要望をお叶えしますね。なぜかあなたが私を好きだと勘違いされて、ずっと素直になれない方がいらっしゃるみたいですよ」


 そう言って、クスクスと笑いながら騎士様は一旦廊下に出て、リアムを連れて戻ってきた。


「レイラは、あの騎士のことが好きなんじゃないのかよ?」


 リアムが指差しているのは、ソフィア様の恋人の騎士様だ。


「え?」


 私は本気でリアムがなにを言っているのかが理解できなかった。


「だって、ガーデンパーティーで助けてくれた人が好きって言ってたじゃないか!」

「ええ、そうだけど?」

「なら……」

「ガーデンパーティーで私を助けてくれたウィル王子が私の想い人よ? 5歳の時からずっと。それは変わらなかったわ」


(今は、違うかもしれないけど……)


 そう言いながら、私は少しだけ頬を赤く染めてリアムのことを見つめた。


「えっ!?」


 私の言葉を聞いた途端に、一気にリアムの顔は真っ赤に染まった。


 私たちのやりとりの一部始終を見ていたソフィア様の恋人の騎士様は、ずっとクスクスと笑っている。


(どうしてリアムが赤くなるのかしら? きっと勘違いしていたことが余程恥ずかしかったのね)


「だから、騎士様は私の好きな人ではないわ。変なこと言って騎士様に迷惑をかけないでよ。それに怪我をしたのはリアムが原因なんだから、リアムが責任とって私の面倒をみなさいよ」


「……あぁ、一生面倒みてやるよ」


 リアムは私には聞こえないようにポツリと呟くと、私のことをお姫様抱っこして、外に連れて行ってくれた。


 馬車の前では、すでに先回りをしていたソフィア様の恋人の騎士様が待ってくれており、リアムは私を馬車に乗せると、騎士様の方へと向かった。


 きっと迷惑をかけたことを謝りに行ったのだろう


 そして、話し終えたリアムが馬車に乗り込もうとしたその瞬間、


「ウィル、もうこれはいらねーだろ?」


 騎士様がそう言いながら、リアムの髪の毛をガシッと掴んだ。リアムはとても驚いたようで、咄嗟に両手で頭を隠した。けれど、もう遅い。


 騎士様の手に持っているのは黒い塊。まるで黒猫のように、もふもふっとしたふさふさの毛。

 

 私も「ウィル」という言葉に一瞬「?」となったけれど、それ以上にリアムの頭に釘付けになってしまった。


(本当に、黒猫を被ってた!? リアム、まさか、ハ……)


 リアムが物理的に黒猫(カツラ)を被っていた事実に、衝撃を受けた私は驚きを隠せないでいた。リアムの秘密は、私の念願どおり暴かれ……


「!?」


 リアムの頭を見た私はさらに驚いた。


 リアムの髪の毛は金髪だった。もちろんサラサラのフサフサだ。


「え、リアム!? でも、金色の髪で、ドアの鍵を開けられて、ウィルって……」


 そこまで言って、私は悲鳴をあげる。


「えぇっ!! まさか!? リアムって……ウィル王子!?」


 驚きのあまり大声で叫ぶと、リアムは観念し口を開いた。


「隠していてごめん……」


(えっ、だって、さっき私、ウィル王子が想い人だって言っちゃったよね? それって、本人に盛大に告白しちゃったってことじゃない!?)


 途端に、私の顔は耳まで真っ赤に染まった。



 帰りの馬車の中で、リアムに詳しい話を聞いた。


 ダリ侯爵が不正を働いているが、決定的な証拠を掴めていなかったので、まだ婚約者のいない私を囮に使って、屋敷内に隠された証拠を探しに潜入しようとしたこと。


 その計画を聞いたウィル王子(=リアム)が「危険だからやめてくれ」と、陛下に直訴したところ「それならお前がレイラを守ればいいだろう」ってことで、執事見習いとして派遣されたこと。


 最初に付き添いでリアムと一緒に来ていたおじさまは、なんと国王陛下だったとか……


 いくら国王陛下も変装していたからって、知らないって恐ろしい。


 極秘事項なのに、途中でエリーに対する態度を急変させたのは、エリーの婚約者の上司たちっていうのが、ウィル王子を含めた騎士様たちのことだったみたい。


 リアム仕様の恰好でなければ気付かれないと思っていたウィル王子だったけれど、すぐにエリーに気付かれてしまったのだとか。さすがエリーだわ。


 気付かれてしまったからには、エリーに優秀な執事見習いのリアムとして取り繕う必要がなくなって、なんと、エリーにまでこの計画に加担させることにしたんだって。もう!!


 そして、私が一番知りたかったこと。


 どうして優秀なウィル王子がリアムになった瞬間に、あんなにトチ狂った態度だったのか。


 それは、私の初恋のお相手だと勘違いしていた騎士様のせいだった。


 騎士様は騎士の訓練になると、それはそれは、ものすごいドSに豹変するらしい。



 相手が初対面だろうが関係なしに、相手の顎を掴んでは「お前の面は覚えたからな」と言い放つ。その様子を見ていた他に騎士様たちが


「あんなの初対面でされたらイチコロ(一瞬にして殺されたのと同じ)だよな」


と話しているのを聞いて、顎クイをすればイチコロ(メロメロ)にできるんだと、盛大な勘違いをしたらしい。いや、あり得ないでしょ。



 また別の日には、新人の騎士様を壁の方に追いやって、壁を思いっきり叩いて


「てめえ、どこ見てんだよ、あぁ? 俺を見ろって言ってんだろ」


と言っている場面を見たソフィア様が、格好良いと認めたらしく、少し乱暴で強引なくらいが良いと思い、壁ドンをすれば女の子のハートが掴めると、これまた盛大な勘違いをしたみたい。

 いや、まさかソフィア様がそういう趣味だとは……



 挙句の果てに、後ろから抱きついてスリーパーホールドをかましていたところを目撃し、次の日にスリーパーホールドをされた騎士様が


「一瞬にして(意識が)落ちた」


と言っているのを聞いて「恋に落ちた」と、もはや救いようのない勘違いをしたみたい。

 だからといって、どうしてそれがバックハグになるのよ……



 そして、その騎士様が最終的にはソフィア様の心までも射止めたものだから、騎士様の真似をすれば女の子は喜ぶと思ったらしい。


 なにをどうやったらそんな解釈になるのだろうか? 確かにウィル王子は一生懸命で実直なのかもしれない。実直っていうか愚直っていうか……



 そして最終的に私に対するあの行動に行き着いたのだった。



 ******



 今日、私は婚約をする。


 相手はもちろん……


「ウィリアム王子!」


 執事服と黒猫(カツラ)を脱いだ、見惚れてしまうほど綺麗な男の子に向かって、笑顔でその名前を呼んだ。


「レイラ、いつもどおり呼べよ。まだ正式な名前じゃないんだから」

「反則だよ。ウィル王子もウィリアム王子もどちらも本当のお名前だなんて。それにリアムも名前からとっているのでしょう? 一体なんて呼べばいいのか、逆にわからないわ」


 正確には『ウィル王子』が成人を迎えるまでの名前で、成人後に正式に『ウィリアム王子』と名乗るらしい。


 王族には古くからの慣わしがあって、18歳の成人の御祝いに、今の名に意味のある名を付け加えられるそうだ。


 ウィル王子の場合は『リアム=強い意志を持って光をもたらす存在であるように』との願いを込めて、ウィリアム王子となる。


「せっかくレイラが俺の名前を呼ぶんだ。偽名じゃ嫌だろう? ずっと、ずっと会いたかったんだから。レイラの名前も呼びたかったし、レイラに名前を呼ばれたかった」


 さすがに、正式に発表する前にウィリアムと名乗ることは気が引けたため、リアムと名乗ることで落ち着いたみたい。


 ウィル王子も、私とはじめて会った5歳の時から、私のことをずっと想い続けてくれていたんだって。


 ただ、どこから話が洩れたのか、私の恋の相手を勘違いして、ずっと婚約に踏み切れなかったらしい。


 その話を知っていたからこそ、お父様は私に婚約者を作らず、変な男を寄り付かせないように、お茶会にも出席させなかったみたい。


 ウィル王子は、ソフィア様が仰っていたとおり、本当にすごく優しくて、とても素直で、だけど思い込みが激しくて、盛大に勘違いをするような可愛い人だった。


 私が憧れていたような、甘くて優しい言葉もたくさんかけてくれる。もちろん可愛らしい花束を持ちながら。


「初めから普通でいれば良かったのよ」


 私がそう言うと、ウィル王子は私に近づき、顎をクイッと持ち上げた。


「二度目だから、別になんとも思わないわ」


 私が強がると、ウィル王子はニヤリとしてからそのままゆっくりと私に顔を近づけてくる。


(リアム!? 顔が近い、私……キスされる!?)


 思わずギュッと目を瞑る。不意に耳元で優しく囁かれた言葉に、私の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。


 そして、優しく頬にキスを落とされた。


「何されると思った? これからはもっと覚悟しておけよ」


 キスされた頬が熱を帯び、身体中が火照り出す。囁かれた言葉が、いつまでも、いつまでも、私の中をこだまする。



 ーーーーレイラのことは、俺が一生守ってやる 



 止まっていた私の初恋は今、私とウィル王子(時々、リアム)の物語として再び動き出した。






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[一言] お返事ありがとうございました。 また続きを書いて頂けそうとのことで楽しみにしています(*´ω`*) 14歳で成人だとエリーがかなり行き遅れ感がありますね。 彼氏さん、早くプロポーズしてあげて…
[気になる点] レイラや、ガーデンパーティーで助けてくれた騎士とかの年齢が知りたかったです。 レイラが4歳の時には騎士として働いていて、現在レイラが何歳か分かりませんが14歳と仮定すると10年経ってい…
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