秦広王と第一の裁判
第二作目です
実際の文献でも秦広王の裁判する場所までは
スタート地点から約3200㎞も離れていて、約6日間かけて亡者は歩くそうです。
「ねぇ…その十王さんがいる所っていつになったらたどり着くの?もう3日は歩いてるんじゃない…?」
母さんに会いたいという願いを胸に十王の元へ向かおうとした私だったけれど、こんなに時間がかかるなんて聞いてない。
せいぜい2時間程度で着くだろうと思っていたのに、3日たっても十王のいる建物どころかあかりひとつ見えやしない。
死んでるからか、疲労感や空腹感はないけど同じような場所を3日も歩き続けると流石に頭がおかしくなりそうだった。
「おい。てまり頑張れ!まだ半分だぞ?」
「うっそ。あと半分もあるの?どんだけ広いのよ…」
倶生神の言葉を聞いて心が折れそうになった。
せめて母さんと一緒だったらこんな困難も少しは楽しみになるけど、得体の知れない倶生神2人と歩いたってちっとも楽しくはならない。
「冥途に距離という概念はないのよ?人間は必ず6日間歩き続けなければならないの。最初の裁判までに生前の行いを振り返る時間を設けられるようにと、1人目の裁判官…秦広王が取り決めたの」
「秦広王…?誰だか知らないけど、絶対ハゲのおっさんよ。
そんな硬っ苦しい考えしてるのは。
6日間歩けなんて今どきの罰ゲームでもしないもの。
とにかく、あったら絶対文句言ってやる…!!」
~6日後~
…って思ってたのに…
「よくきましたね。ここが第一の裁判所秦広宮です。早速裁判を始めましょうか…」
(すっっっっごい美人なんですけど?! )
秦広王がいるという秦広宮につき裁判の間に通されるとその部屋のとても大きな椅子にとても綺麗な女の人が座っていた
私の頭の中の秦広王はハゲでメガネかけてていかにも会社の課長とかにいそーな感じの人を想像してたけれど、その予想は実際の秦広王に鮮やかに裏切られてしまったようだ。
艶やかな黒髪はどこまで続いているのか分からないほど長いのに、毛先まで手入れはちゃんと行き届いてる。
それに肌も陶磁器みたいに白くて、それを強調するかのような鮮やかな桜色の瞳。まるでおとぎ話に出てくる女神様のようだ。
「あの…先程から話を聞いていますか?私の顔を凝視しても何も出
てきませんよ?」
椅子に座った彼女はキョトンとしたような顔で私を見下ろしている。どの顔も美しすぎて言葉が出てこないほどだ。
「あ…すみません!つい見とれちゃって…」
「うふふ。大丈夫ですよ。次からはきちんと話を聞いてくださいね。」
秦広王はくすくすと笑うと話を切り替えるように
「さて…」と一息付き私を再び見下ろしてきた。
「…っ」
あまりの美しさに恐怖にも似た感情を抱いた。
畏怖、とはこのような感情なのだろうか。
「貴方は、生前生き物を殺したり虐めたりしましたか?」
秦広王は私の感情などお構い無しにそう聞いてきた。
生き物を虐める、ましてや殺すなんて非人道的なこと私は今まで1度もしていない。
「いいえ…。」
私が素直にそう答えると秦広王は「あら…」と頬に手を添えて顔を曇らせた。
「天音 てまりさん。嘘はダメですよ?私、嘘偽りを申し上げる方は大嫌いなんです。」
「ひっ…」
秦広王が私を見下ろすと場の空気が凍りついた。
さっきまでの女神のような微笑みはどこへやら。
圧倒的強者からの圧に私は完全に萎縮してしまった。
完全に我を失い、腰を抜かしてしまっている私の耳元に男の子の具精神が近づいてきた。
「おい。お前生前に蚊を殺してるだろ!バチンと手で潰すようにして!あれも立派な殺しだ!」
「まじで?!」
「まじだ。人間界では蚊の命はとても軽んじられているが、あれらも立派な生き物だ。1匹1匹に生がある。
理由があって殺したんだから罪にはならないが言わないと
十王に真実を報告しなかった罪として地獄に落ちた時の刑が重くなるぞ!」
確かに蚊にも私たちのように命があるのだ。
他の動物の命を憂いて、蚊や虫の命だけ軽んじていいなんて通りは言われてみれば確かにどこにもなかった。
そういえば母さんは蚊や虫を1度も叩いたり潰したりして殺していなかった。きっと母さんにとっては人間も虫も同じひとつの命だったのだろう。
「すみません…生きてる間に、蚊を殺してしまいました…。」
母さんの事を慕い、理解していたつもりなのに、母さんと同じようにものの価値観を正しくみさだめることができていなかった。
その事実が私の心に刺さりとても悲しくなった。
死んでいるから涙はこぼれないけれど、とても泣きたい気持ちになってしまった。
「きちんと罪を認めることは恥じることでは有りませんよ」
「…え?」
顔をおそるおそる上げてみるとそこには慈愛に満ちた女神様のような笑顔を称えた秦広王がいた。
泣きたいと思っていた心も自然と晴れていく。
「罪を認めることは悪いことではありません。大事なのはその罪を認めたあとどう来世に生かすか、なのです。
それに倶生神の報告によると貴方は15歳の時、1匹の犬の命を救っていますね。犬の魂もこちら側に渡ってきた時、あなたの事をとても気にかけていましたよとても素晴らしいことです。」
確かに15歳の夏に捨て犬を拾った。拾った時から老犬だったから拾った2年後に死んじゃったけど。
仕事帰りにたまたま見つけて周りの人が素通りする中で私はどうしても見捨てることができなかったんだ。
「貴方は確かに、いくつかの命を己がために殺しています。
しかし、それ自体は自然の通。何も悪いことではありません。
それに貴方は何物も見捨てられないという優しい心を持っています。あなたの何を咎める必要があるのでしょう。
よって秦広宮の判決は無罪と致します。」
「…っ!ありがとうございます…女神様!」
無罪と言われたことよりも私という人間を評価してくれたことが嬉しかった。ここが生きている世界ならきっと大泣きしていただろう。
「あらあら。私は女神様ではありませんよ。地獄の裁判官です。」
秦広王はクスクスと笑うと椅子から立ち上がり私の前まで進み出てきた。
その手には1枚の木の札が握られている。
「こちらをどうぞ。
これは三途の川の通行札です。これがないと三途の川のあちら側には行けないので気をつけてくださいね。」
渡された木札には秦広王と掘られた文字の下に大きく
漢数字で一と書かれていた。
「ありがとうございます」
深くお辞儀をすると秦広王はにこりと微笑んだ。そして何か手帳のようなものを見ると「悪いけど、次の裁判があるから」
と私に出るように促した。
「まだあと裁判が9つもあるもの。2人とももう行きましょう」
けれど倶生神の2人は一向にここを離れようとしなかった。
「てまりごめんなさいね私や兄さん達倶生神はここに残っててまりの前世での行いを秦広王に全て伝えて記録に書き写さないと行けないの。それがこれから先の裁判でも使われることになるから。だからここでさよならよ」
「そんな…2人がいないと心細いじゃない…。」
「しょうがないだろう、どの亡者も同じなんだ。」
倶生神の2人は少し残念そうな表情だが、こればっかりは仕方がないようだった。
「そっか…2人とも今まで案内してくれてありがとうね。」
「ええ。てまり残り9つの裁判、頑張るのよ」
女の子の倶生神は私に近づくと頬に軽くキスをしてくれた。
そんなことをしてくれたからか、はたまた別れが近づいたからか今になってとても愛らしく感じる。
男の子の方はなにか言いたげに近づいてくると私と目を見て初めて微笑んだ。
「てまりはきちんと真っ当な人生を歩んでいた。それは俺が保証する。てまりならきっと天界か人間界へ転生できるだろう。
頑張れ。それと次の人生はもっと長生きしろよ。」
「うんっ!ありがとう…」
私は感極まってしまったのか気がつくと2人のことをひしと抱きしめていた。
「今まで私の事見守ってくれてありがとうね…」
倶生神の2人は言葉こそ言わないけれど私の目を見てにこりと笑ってくれた。あって1週間足らずだったけど、私たちの間には深い友情が生まれていた。
しばらくすると秦広王が再び私の近くへとやってきた。
「ほら。もう行きなさい。次の王があなたのことを待っているわ。」
秦広王は囁きながら私の頭に人差し指をつんと当てた。
すると次の瞬間目の前が光に包まれた。眩しくて目を瞑っていると、いつの間にか腕の中にいたはずの倶生神たちの姿はなく、わたしは見知らぬ道のど真ん中に突っ立っていた。
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