プロローグ
地獄乙女の恋心、プロローグです。
物語のあらすじを読んでもらった後に見た方が、
話の流れがわかりやすいかもしれません。
私の世界には色がなかった。
最後に色が映っていたのはいつのことだろうか。
それはきっと、母さんが死んだ時までだろう。
私は貧しい平凡な母子家庭に生まれた。唯一平凡ではないことといえば、世間の私たちに対する評価だろうか。
黒髪黒目のごく普通の容姿の母さんに対して私はあまりにも浮世離れした容姿だった。無駄に鮮やかなプラチナブロンドの髪に青い目。母さんは好きだと言ってくれたけれど、私は好きになれなかった。
周りの人が私と母さんを見比べて、こう嘲笑うからだ。
「外人に産み付けられた哀れな女性とその子供」
と。実際は全然違うのに。
私が小さい頃にいた父は純日本人だったが、
母さんはクォーターだった。私の曾お祖母さんがイギリス人で、私は曾お祖母さんの血を色濃く引き継いだだけなのだ。
けれど、周りの人の噂を聞き母が浮気をしたと思い込んだ馬鹿な父は母さんやまだ幼稚園児の私を置いて出ていった。
母さんは悲しみのあまり食事が喉を通らなくなり、重い病気になった。母さんは大丈夫だと言っていたけれど、幼い私でも母さんが精神的にやられていたのは察せたし、このままでは私たちは生活していけないことは理解出来た。
だから、働こうとした。
まだ、8歳の私が稼ぎを得られる道は限られていたけれど、無いわけではなかった。
「母さん、私、子役になるよ!」
病室で寝込んでいる母さんにそういった時、母さんはとても驚いたような顔をしていた。
最初はとても反対されたけれど、私が必至に頼み込むと泣きながら、了承してくれた。
初めはその涙は私に対する感謝の涙だと思っていた。
それからの日々は多忙を極めた。
外人のような見た目の私は所属することになった事務所の
推し子役に抜擢され、次々と仕事が舞い込んできた。
映画に出演させてもらうこともあって、私と母さんは十分に裕福な生活を送ることができた。
けど、母さんは私がお金を稼ぐ度に泣いて私に謝ってきた。
「母さん、泣かないでよ…私母さんのためならいくらでも頑張れるから!」
そう言って励ましても母さんは泣くことしか無かった。
子役として成功し、世間から注目された私は高校生になり
モデルになる道を選んだ。
モデルになっても世間は私のことをもてはやした。
相変わらずお金に困ることは無かったし、仕事に楽しみさえ見いだせるようになってきた。
モデルとして順風満帆になった頃、1度だけ母さんと喧嘩した。
「モデルをやめて欲しいってどういうこと?!」
私が母さんに誕生日プレゼントは何がいいかと聞いた時、
母さんは私にモデルをやめて欲しい、と言ったのだ。
私はその時だけは母さんを憎んだ。
私は母さんのために必至に働いているのに、どうして母さんは
そんなことを言うのだろう。
まだ精神的に幼かった私は母の意図を汲み取れなかった。
私が泣いて怒ると母はふと悲しげな顔になりごめんねと言うと
再び泣いてしまった。
今考えれば子役になった時から私と母さんはすれ違っていたのかもしれない。
私がいつも通りモデルとして雑誌の撮影をしていると母さんから電話がかかった。
「母さん。今忙しいの、悪いけどあとにしてくれない?」
私はその時イラついていたのか母さんからの電話を強引に切ってしまった。
まさかそれが母さんとの最後の会話になるとは思わなかった。
いつも通り夜の10時に家に帰ると母さんが電話の前で倒れていた。
目の前が真っ白になった。
私は急いで救急車を呼び母さんを病院へと運んだけれど、
病院に着いた頃には母さんは既に死んでいた。
脳卒中で急死だった。
きっとあの昼の電話は母さんが倒れる直前にかけた私へのSOSの電話だったんだろう。
母さんを守ると決めて芸能界に入ったのに、
結局母さんよりも芸能界での活動を優先してしまった。なんて滑稽な話だろう。
私はその時生まれて初めて泣いた。母さんに見せないようにと堪えていたものはその支えが亡くなった瞬間に留まることなく
ボロボロとこぼれ出した。
「もっと…母さんと一緒にいてあげれば良かったっ…」
その日から私の世界には色が無くなった。
私からこぼれ出した物の中には母さんの思い出と一緒に世界の色も含まれていたのだろう。もしかしたら母さんとの思い出が私にとっての絵の具だったのかもしれない。
楽しいと感じ始めていたモデルの仕事も楽しくなくなった。
周りの全てのものが私にとって無価値なものになった。
辛いと思えても母さんのためだと思えば頑張れた。
アンチにもストーカーにも母さんのためだからだと真摯に対応してきた。
けれど母さんがいなくなれば頑張る理由がない。
母さんを失った私は無気力な人形同然の存在となった。
喜びも楽しみも悲しみも怒りも、全て感じることが無くなった。
それはストーカーにナイフで腹を突き刺されても同じことだった。目の前には見知らぬ男が血まみれのナイフを持って
たっていた。
なにかふざけたことを呟いているけれど、全く耳に入ってこなかった。そして男が走り去ると同時に私の体は力なく地面に崩れ落ちた。
(あぁ、そっかこれが走馬灯なのね…。私死ぬんだ…。)
今までの過去のフラッシュバックが俗に言う走馬灯なのだと察した。私はもうすぐ死ぬ、けれどなんの悲しみも感じない。刺されたところは痛いはずなのに血が流れていく感覚以外は何もなかった。やっと死ねる、やっと母さんの所へ行ける。その事に嬉しさすら込み上げてきた。
「…生まれ変わったら…母さんにもう一度会いたい…」
周りの人の叫び声が聞こえる。
必至に私に呼びかける女の人の姿が見える。
けれどそんなことは私にとってはどうでも良かった。
(母さん…待ってて…ね…)
私の意識はそこでプツリと途切れた。
最後まで見ていただきありがとうございました。
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