梨花編② 【救世主】
梨花編②
教室から飛び出した私は、行く当てもなく軽音部の部室に逃げてきていた。
軽音部の部室は中休みと昼休みの時間、いつも先輩方が部室に来て、楽器とか音楽の話をしていた。だから私は、一人になってしまった時、いるも此処に来て先輩とお話をしていた。
先輩方はとても優しくて、時折やってくる私を直ぐに受け入れてくれた。
部室の鍵は、いつも開いていて、笑い声が聞こえてきて。唯一ある私の救済の場でもあった。
けど、もう誰もいない。いなくなってしまった。鍵もかかっている。
今、身に染みる。
小さいときから、いつもそうだった。
全て見えているような顔みせて、本当は何にも見えてない。まるで、大人ぶっている子供の様だ。背伸びをして、近くにある物を掴まない。近くにある物が一番大切なのに。
結局、こうなってしまったのも、失敗を恐れて逃げているから。まだ、私には可能性があったのかもしれないのに。学習能力が無いやつだな、私は。
それに、本当はこの場所があるから大丈夫だと、心の裏側でそう思っていたのかもしれない。
どこかでそんな思いが生まれていて、甘えていたのかもしれない。なにかあったら、この場所に逃げればいいと。
「また、・・・後悔しちゃったな。」
後悔しないと、決めていたのに。私は、部室のドアに力なく寄り掛かった。
☆☆☆
昼休み。
私はまたも、軽音部の部室に逃げていた。
鍵が開いていたので、たぶん吉原先生が来たのだと思う。
久しぶりの部室に入ると、誰もいない事をあらためて実感した。
悲しくて、感慨深い気持ちになる。それと共に、本当の目的を思い出した。部員集めの事だ。
今、部活の宣伝になるものを書こう。そう自分に鼓舞を入れ、少しカサカサになっているマジックペンを棚から取り出し、コピー用紙に大きく部員募集と書いた。なんだかパッとしないけど、今できる事はこれくらいだろう。
その紙は部室のドアに貼ることにした。テープをピロっと剥いで、ドアにピタリとくっつける。
少しの作業を終わらせると、疲れたわけではないが一つ溜息が出る。
張った紙を確認するし、じっと見ると、自分がちっぽけに思えてしまう。何故だろう。
そんな時だった。
私の冷え切っている背中を誰かが、トントンと叩いた。
何事かと思い、振り返ると、まだ初々しい新一年生らしき女子が立っていた。どうして、新一年生の生徒がここに? と不思議に思う。
彼女は、何も話さず、じっと私の事を見つめていた。
なんだ・・・?この子。
時間が一時停止したかのようにとまっている。私も彼女を無言で見つめた。
じっと見ていると、どことなく見覚えが・・・? あるように思えた。
「先輩、私の事忘れちゃいましたか?」
急に喋りだし、声にビクッと反応する。けれど、この声にも聞き覚えが・・・。
もしかして、会った事ある? 私は頭の中をフル回転にして、記憶を辿った。
「・・・は、原ちゃん?」やっと出てきた名前は、声に出していた。
「はい!そうです!」私は直ぐ、再び会えた事に対して、歓喜溢れる声を出した。
「原ちゃん、ここに受かったんだ!良かったね!」
「はい!ありがとうございます!連絡とれてなくてすみません!」
「いいの、いいの。原ちゃんはまだ、スマホ持ってなかったし!」
私は、原ちゃんの肩をポンポンと優しく叩いく。それぐらい、この子とは親しい仲であった。
原ちゃんとは、同じ塾に通っていた私のいわゆる、[後輩]だ。
受験先が同じで仲良くなり、他にもドラマや小説が好きという共通点があったので、よく話をしていた。
ただ、高校へ入り少し経った頃。私は塾をやめてしまったので、原ちゃんと会う機会がなくなり、音信不通状態になっていた。
そんな中、まさかこんな日に、こんな時に会えるなんて・・・。
嬉しくて、無理やり顔を整えようとしても、口角が上がり笑顔になってしまう。
「私先輩に会いたくて、中休みの時、抜け出して先輩の教室に行ったんですけど、不在で・・・。その時、そういえば先輩は軽音部に所属していたという事を思い出したんです!だから、また抜け出して来ちゃいました」
すみません、そう付け足すと、えへっ、と無邪気に笑った。その笑顔がとても健気で可愛くて、原ちゃんをぎゅうっと抱きしめてしまった。
原ちゃんは、本当に前から、純粋で健気な女の子なのだ。
逆に、私の黒い部分を見せたくないと思える人で、私にとって凄い存在でもある。そんな存在に今日、また出会う事が出来たなんて奇跡のようだ。
「原ちゃん、ありがとね。上の学年なんて勇気はいったよね」
「ははっ、そんなこと。先輩に会いたいって思いが強くなっちゃって、行動しただけです。それだけしか考えて無かったですから。ははっ、泣かないで。もう先輩、前と全然変わってない」
また、原ちゃんは天使の様なスマイルで笑う。それと対照に私は完全に涙目だった。
この子は強いな。私とは全く違う。強くて、明るくて、行動的で。
自分より年下なんて、神様はどこで運命を間違えたのだろう。
本当に尊敬しなければならない存在だ。
抱きしめた手を離すと、原ちゃんは急に不思議そうな目をした。
「あの。先輩。後ろに貼ってある紙はなんですか?」
抱きしめた時に後ろが見えたらしい。
嫌な所を思わず突かれたので、私は気まずそうな顔を向けてしまう。
すると、スルっと私の懐に入ってきて、原ちゃんは貼られた紙の文字を読み上げた。
「部員募集中・・・」
その紙の文字をじぃっと見つめている原ちゃんに、私はなんだか裸を晒しているような気分がして、恥ずかしかった。
「もしかして、部員が少なかったり?」
「あー、うん。私しかいなかったり?」
思い切って、ジョークを混ぜた事実を言ってみたが、時間がまた、一時停止してしまった。
固まる二人、静まり返る空気。
あ、ヤバいなこれ。
頭の中で危険信号がでたので、私は話を逸らそうと何か喋ろうと試みた。すると、それを被せるように原ちゃんが言葉を発した。
「じゃあ、私、軽音部に入ります」
・・・え!?
今度は違う意味での危険信号が出た。
正真正銘、私は驚く。頭のなかに、ビックリマークとはてなマークが大きく表示される。
「け、軽音部に入りたい・・・?」少し声が裏返る。まるでニワトリのような声だ。
「はい!」
まっすぐな目が痛い。こんな、純粋な子が軽音部に入ってもいいのだろうか。
いや、別に軽音部をバカにしているわけではないけどさ!
もっと、彼女に合った運動部とかが良いと思うのに。
「け、軽音部は楽器を使うし、週3活動だよ?」私は、無理矢理顔をニコッとさせる。
「はい。全然大丈夫です!」
全く偽りのない、曇りのないような目だ。逆に気を使わせているのではないか、と心配になってしまう。もし、私が原ちゃんと同じ状況だったら、気を使って入部せざるを得ない。
「あのね、原ちゃん。あなたは自分の好きな事をしていいんだよ?気を使わなくたって」
そう言いかけた途端、原ちゃんは覆い身を乗り出し言葉を被せた。
「気なんか使っていません!私は先輩の協力がしたいのです!」
きょ、協力・・・?なんか、モロに気を使わせていそうな、感じもするけど・・・。
すると、原ちゃんは体を引き、手を口元に寄せて小声で喋った。
「そ、それに、先輩とバンド活動するのが夢だったの・・・」
さっきとは大違いの雰囲気で、まるで、捨てられた子犬のような目で私をみる。
そんな、目をされては断れないじゃないか・・・。
放っておけないという気持ちにも駆られ、私は他に打つ手がなく白旗を上げた。
「わかった。入部を、許可します。だから、そんな目をしないで・・・」
優しく言うと、彼女はパアァっと明るくなり、みるみる目が輝いた。
「ありがとうございます!」
は、原ちゃん?さっきの顔つきは何だったのかい?と、思う程の変わりようなので、私は動揺する。
さ、策士だな・・・? もしかして、私に似てきた?ま、まさか・・・ね?
深く考えないようにしておこう。私は、懐疑的になる気持ちをグッと抑えた。
「じゃあ、楽器とか弾けるのかしら?」「はい!ギターなら!」
ん?それは初耳だぞ?そう思い、「ギター弾けたの?」と訊いてみる。
「はい。先輩が塾をやめてしまった頃に、父親のギターを発見して、それで教えてもらいました。ちなみに、ギターは愛用して所有しています!」
これは、良い。ギター経験者で、礼儀正しい後輩ときた、最高のシチュエーションじゃない!
「うん。じゃあ、入部してもらおう!」「わぁ!やった!」
原ちゃんは、満面の笑みで笑った。
「けど、本当にいいんだね?放課後とかも友達と遊べなくなっちゃうし」
「はい。でも、私は先輩とお話ししたいです!」
その目はまた、曇りのない真っすぐな目で、私はぶり返すように目尻が熱くなった。
「・・・そうだね。私も原ちゃんとお話ししたい」「はい!勿論です!」
あぁ。本当に良い後輩を持ったと思う。
持てたことが私の力だというのなら、まだまだ捨てたものじゃない。大丈夫。
神は私に味方をしてくれたと思う。
だって、今、私は一人じゃない。
☆☆☆
その後、原ちゃんは嵐の様に去って行った。新一年生なので、入部手続きはまだ出来ないらしく、もう少し経ったら入部をしてくれるらしい。
吉原先生にも、この事を伝えようと思い、職員室に行ったが不在らしく私は、トボトボと教室に帰っていた。
階段を下りて、新しい教室へと行く。ふらふらと廊下を歩いていると、前に居た三浦と不意に目が合った。そういえば、廊下に三浦が居る事忘れていた。変わらず三浦の周りには沢山のギャラリーがいる。私は焦ってすぐに、目を逸らす。
「梨花ちゃん」すると、三浦の軽い声が聞こえた。その声は透き通っていて私の耳に届く。
え?え? と、取り乱して動揺する私は、目線を三浦の方にまた戻した。
三浦は軽く手を振っている。私はどうすればいいのか分からなくて、ただ返すように曖昧に手を振り返した。これぐらいしか、思い浮かばなかった。許してほしい。
あぁ、後ろにいる女子達の冷たい目線と、男子のお前誰だよ?みたいな目が痛い。
そして、私はすぐさま教室に入った。アイツ、覚えてろよ・・・。心の中で呟いて。
☆☆☆
「ねぇ、廉くんあの子誰?」
手を振った後、廉の周りでは梨花の事が話題になっていた。周りにいる女子が目を光らせる。
「う~ん。梨花ちゃんとはね~、悪友?」
なにそれ~、周りの女子が口々に言う。そんな中、一人の男子の声を上がった。
「俺、知ってるー!小坂さんだよね。ちょっと、大人なギャルみたいな感じの」
「え?山口知ってたの?」廉が不思議そうに顔を向けると、予想以上の言葉が返ってきた。
「おお!めちゃっ良い人!購買のパン譲ってくれた事あってよ、親切でノリも良いし!」
すると、輪の中に居た一人の女子も賛同の声を上げた。
「あー!小坂さんね!由奈も話した事あるー!めっちゃ、オシャレだよね。優しいし、彼氏とか普通にいそうー」
「だよな。恋愛経験多そうな感じする」
二人は息ピッタリにケラケラと笑った。楽しそうに笑っている二人をみて、周りの女子はそうなの?と興味を示した顔をする。
そんな中、
「あっははははっ!」
急に大きな声で笑いだした廉に一気に注目が集まった。
「え?なに、俺の話そんなに面白かった?」「あはっ、うん、最高!」
こんなにも、廉が大声で笑っているのは初めてなので、周りは唖然となる。
そして廉は密かに、無知というものは本当に怖いな、と心の中で悟った。
「へっくしょん!」
その時、梨花の大きなくしゃみが教室に響いたらしい。
お読みいただき、ありがとうございます。
新キャラがどんどん増えていく(汗)