梨花編① 【スタートは遅いままで】
梨花編①
始業式も終わって、今から学校へ登校する。
学年、クラスも変わり、私は3年C組に振り分けられた。
自分の想像を上回るように、クラスはごちゃ混ぜにされていて、知っている友人や同じだったクラスのもの達は、ほぼ、と言っていいほどに居なかった。それは、たぶん生徒数が多いからだと思うけど。さすがに、悲しんでいる者もいた。
けれど、クラス替えというリセット的な行いは、私にとって新規の友人を作ることができる大きいチャンスなのだ。新しいクラスで、心から楽しいと思う高校生活を望む私にとっては最大のチャンス。
神は今、私に味方をしてくれていると思う。心を許すことができる誰かと出会えるチャンスをくれたのだ・・・!
冷静に考えたら、今日の私は、バカみたいにポジティブである。
スッキリとした気持ちで、私はスタートラインを切る。友達も作って、恋人も作って。部活も、卒業した先輩たちみたいに、楽しんで。もう、完全に夢見る少女だな・・・。
よし、そろそろ行こう。
☆☆☆
学校に少し早く着いた私は、真っ先に職員室に向かった。何故真っ先に職員室へ向かったのかというと、私はある問題を抱えているからである。
職員室の扉を叩き、私は吉原先生という方を呼ぶ。メガネをかけた、真面目そうな先生だ。しかし、その先生は、私が所属している部活の顧問なのだ。
そう、私がいま抱えている問題というのは、部活問題であった。
私の所属している部活は、軽音部といういかにも青春をしていそうな部活である。
入部理由は、青春という言葉に惹かれたのもそうだが、一番はピアノと音楽をやりたかったからだ。
他にも音楽が関係している吹奏楽部などの部活を見たけれど、私はあえて軽音部を選んだ。他を選ばなかった理由としては、人数が多いから。人と合わせる事は得意だが、趣味の音楽までは気を使いたくなかったのだ。けれど、その反面、誰かと音楽をしたいという気持ちもあり、私は人数も少なく個性が出る軽音部に入部した。これがきっかけである。
担当は、言うまでもなくキーボード。
だが、その部活が今、大きな問題を抱えている。
それは・・・、存続の危機である。
「小坂さん。あなた、ちゃんと早急に部員を獲得してきてくださいね。じゃないと、廃部ですからね」
「・・・はい。分かっています。先輩方の意思を受け継ぐ責任は私にありますから。」
チクチクと痛い言葉を言われたが、私は動じずに真剣な眼差しで返した。心の中では、あ・・・ううん、やめとこう。
先生が来られて、今、私はこれからの方針について話している。この事を話すため、いつも通りより、早く登校したのだ。
「小坂さんは、真面目で素晴らしいですね」
「ありがとうございます」
フフッと私は心の中で笑う。先生からは良い印象を持たれていると思う。それは、私が、[真面目で従順な生徒]だからだ。先生との良い付き合い方はこれに限る。やっぱり、味方を付けるといえば、年上の人よね。
「やはり、部長はあなたが適任ね。」
「はい。任せてください。」
部長になることは想定以内だ。営業スマイルでニコッと笑う。
そもそも、どうして廃部の危機に陥っているのかというと、私以外の部員、全てが先輩ばかりだったから。
つまり、先輩方は卒業してしまっているわけで。今、部員は私しか居ないのだ。
なので、新一年生が入ってくるこの時期などに、新部員を獲得しなければだめなのだ。でなければ、廃部。もう、心が折れそうだ・・・。
青春とやらよりも、先にこっちの問題を片付けなければならない。色々と崖っぷちだ。
けど、軽音部は廃部にはさせたく無いと思う。素敵な先輩ばかりで、感謝をしていた事もあるし、ピアノが学校で弾けなくなってしまうのは辛い。
「とにかく、早く部員を集めなさい。何しろ、廃部にならないように、期間を長く設けて貰っているのですから。」
「ありがとうございます。頑張ります」
私は、深く頭を下げる。感謝の気持ちと、それと共に期待されているという責任も感じた。
吉原先生は、本当に協力的で素敵な方だと思う。私理論だけど、メガネを取ったら絶対モテる。あと、髪もほどけばね。
「フフッ、いいのよ。これから、かしら?新一年生が入ってくるから、分からない子がいたら、ちゃんと教えてあげなさい。あなたはもう、最長学年なんだから」
「はい・・・」私は、返事をした。
時計を確認すると、時間が迫ってきていたので、私はお辞儀をして職員室を去った。
任せてください、なんて大口叩いたけど本当は不安でいっぱいだ。これから私が先頭を切ってやらなければいけないのだから。
☆☆☆
先生との話も終わり、私は係の仕事をした。新一年生の確認などの係。
そして、今はもう、係の仕事も一段落し、片づけをしている最中だ。
「梨花ちゃん。軽音部、大丈夫だった?」
げっ・・・。
軽く話しかけられて、私は記入していた鉛筆を止める。そして、不機嫌な顔を彼に見せた。
「三浦かよ。あんた、その呼び方やめてもらえる?」
「ごめんごめん、じゃあ、小坂ちゃん?」
「それも嫌。」「やっぱ、辛口だなぁ。」
あはは、と彼は笑った。
コイツは、三浦廉。ぶちゃけ、友達でも何でもない。ただの知り合い程度。
女好きで、よく女と遊んでいるような、いわゆる、チャラい奴。そして、空気のように軽い。緩い。
それでいて、コイツは私の本性を知っている。いや、出させた、唯一の人間。
「うるさい。営業妨害。サッサと立ち去れ」
「えー、せっかく、来てあげたのに?」
「また、あんたと同じクラスになったんだから嫌でも会えるでしょ?」
「そうだけど、梨花ちゃん僕以外に友達いないでしょ?」
は!?、私は口に出して言う。友達なんて、思ってないっつーの!
けれど、コイツとは一年の時から何故かクラスが一緒なのである。腐れ縁だと思うけど。
決して、仲が良い訳ではない。むしろ、関わりたくないほど嫌なタイプ。
では、なぜこんな関係なのか。それは2年生の時の事。勿論、1年生の時は彼に優しくしていた。本題は2年になってから、彼は私に段々しつこくナンパをしてくる様になったのである。コイツは女好きだし、ふざけてだと思うけど、アプローチ(?)的なこともされて、話しかけられる回数も増えて、私も仏じゃない。それが、本当にストレスで耐え切れなくなり、勝手に口から下衆な言葉を出していた。
そこからは、本性丸出し。けど、逆にそれで良かったと思う。嫌いなタイプだったし。
今では、人の悪口で盛り上がる仲。意外とコイツ、中々ゲスイので、話が合うのだ。
こういう中に慣れたのも、たぶん似たもの同士だからだったからなのかもしれない。
「ねぇねぇ、部員困ってるんなら、俺入ろうか?丁度、区切りいい時だし」
三浦は軽音部の廃部の件を知っていたらしい。
「・・・・、あんた、ギターとか弾けんの?」否定せず、恐る恐る聞く。
「出来るよ?俺、めちゃくちゃ器用だし一日ぐらい練習すればすぐ出来ちゃう」
確かに、三浦は器用だ。何でも、飲み込んで出来てしまう。いわゆる、天才肌。
話も上手いのは、器用だからなのかもしれない。だが、それ故に難点がある。
器用すぎて軽すぎる。まるで風船の様に、発言も行動も全て。心配になるほど軽い。
「器用なことは分かるけど、部活に入ったら女と遊べなくなるわよ?軽音部の部活は遅くまでストイックにやるつもりだし、週に3回もあるのよ?」呆れた態度をとりながら喋る。
「へぇ、俺の心配?」すると、覗き込むように、三浦が私を見た。
なっ!コイツ! 距離近い・・・!
「心配なんてしてないわよ!遠回りに拒否してんの!あー、近づくなー!」
顔が近づいてくるので、私は三浦の足をガンっと蹴った。
「ちょ、地味に痛い・・・(笑)。けど、梨花ちゃん部長でしょ?厳しくすんの?」
「まぁね。ライブとかもやりたいし、青春したいじゃない?・・・やっぱり」
「へー、梨花ちゃんって、そんなこと考えるんだ」
以外そうに見つめられて、私はフンっと鼻息を漏らした。
「まぁね、私意外とロマンチストよ?」ちょっと、自慢をしてみる。
え?それ、自慢することなの?、三浦は、あはっと、笑った。なんだか、ムカついたので、私はもう一度三浦の足を蹴った。
「ははっ、サバサバしてるくせに、意外と可愛い所あるよね?」
「なによ?お得意の口説き文句?」
「あはっ。ま、そんなかんじ。バレてたかぁ」
「・・・ほんと馬鹿ね。フフッ」
あまりにも彼が軽々しく、おかしくなって笑ったしまった。
なんとなくコイツが周りに好かれる理由は、わかる気がする。
☆☆☆
あの後、私は教室へ戻り、新しい担任の元、私は席に座り話を聞いていた。
新しい教室、新しい席。新しい景色。全てがリニューアルしている。
途中、スピーカーから放送の音声が流れてきたけれど、何だったのだろう。2年A組のクラスだったかしら?少し、このクラスの空気が和んだのは良かったけど、初日から慌ただしいな。私はそう思った。
先生の話を聞いて、普通に自己紹介を行って、ムードはいい感じにホノボノとしきた。
なんか、三浦の自己紹介の時だけ女子の目が甘くなっていたな。顔もよくて、コミュニケーション力高いやつっていいよね。勝手にモテるんだから。
そんな事を思いながらもあっという間に時間が過ぎ、もう中休みとなってしまった。
やっと来た!絶好のチャンス!これを、掴めばクラスには馴染める!
テンションが上がっていく私に、ある疑問が直面した。
じゃあ・・・!えっと・・・・・。あれ?友達ってどう作ればいいんだっけ・・・?
そ、そもそも、友達って言っても私の本性も知るよね。
だから、ズバッといく?いやいや、それじゃあ完全に引かれるし・・・。
とにかく、誰かに話しかけなくちゃ。どんな、キャラでいく?いや、キャラなんて考えちゃダメだよね。どうしよう。一番いい案は・・・。
あり地獄にハマるように、段々と考えが深くなっていく。
このままじゃ、ハマってしまう。もがく前に、席から立とう。
私は机に手を付けてゆっくりと立った。
周りを見回すと、お喋りしている人達や、違うクラスに行って誰かに会いに行っている者がいた。ガヤガヤしている音が教室外からも聞こえてくる。
周りを見ると、皆は楽しそうに誰かと駄弁っていた。誰も一人の者は・・・いない。
孤独。その言葉が一瞬にして頭を過る。
そっか、この人たちはもう、前から一人じゃなくて、誰かといたんだ。
私は、そのまま唖然と立ち尽くす。
私に与えられた時間は何だったのだろうという後悔と情けなさ。その二つが重たくのしかかって足が動かせなかった。勇気も出ない。
私の入れる隙間は・・・、これから、なんて。
なんだか一人でいる自分が恥ずかしくなって、教室から出た。立ち止まらずに、下を向きながら。
すると、廊下に三浦が居るのを見かける。だが、周りにいる沢山のギャラリーを見て、話しかけようとすら思えなかった。
そうか。この人は、元々、私とは違う所に居る人だったな。知っていたはずなのにそれでも、実感させられた。私とは、立っている舞台は違いすぎる。
一瞬にして、何かが打ち砕かれる感覚だった。私は何もかもが、遅すぎたのかもしれない。
梨花編プロローグの、ピアノのシーンにあったある問題というのは、軽音部の廃部の危機です!